騎士、病院にて入院中
よろしくお願いします!
あれから俺は王都の病院で入院していた。表向きは魔物の群れが来て、それを隊長達と共に追っ払っていて不意を突かれたということになっている。
最初のうちは、隊長が真実を全て洗いざらい吐こうとしたが、部下の人達が全力で止めたらしい。俺ですか? 寝てましたよ、はい。
そんな俺の怪我の状態は以前より酷かったものの、王都にいる優秀な治癒魔術師たちのお陰で治りも早かった。なんと全治1週間である。マジかよ、すげぇな。
「いやぁ、助かったなぁ」
「何が「いやぁ、助かったなぁ」よ、ふざけないで。人がどれだけ取り乱したと思ってるのかしら?」
すいません、反省しております。
横にいるお嬢様がマジ切れのトーンで俺の独り言に返答した。どうやらお嬢様はまた俺の看病につきっきりだったようで、本当にごめんなさい。
「謝る必要はないわ。ただ感謝と愛してるの一言位は欲しいわ」
それでは二言になります、お嬢様。
しかし、それだけ心配を掛けてしまったのだろう。以前あれだけカッコつけて啖呵を切っておいて、このザマである。本当に情けない。せめてお礼位は丁寧に言わなければ。
「本当にありがとうございました、お嬢様」
「それと?」
言えと? まぁ、お世話になったのは間違いないし、御要望にはお応えしてみせようじゃないか。
「お嬢様に仕える事ができて幸せです。最近は特に可愛いですし」
「はにゃっ」
はにゃ?
まさかこの間の抜けたような声はお嬢様が出したのだろうか。いやいや、あのエリザ・スカーレットともあろうお方がそんなまさかだよねぇ。
「お嬢様、今のって……」
「わたくしではないわ。断じて気の抜けた『愛してる』を予想していたら、思いがけない言葉に意表を突かれて、嬉しさのあまり出した声じゃないわ」
お嬢様だった。今のめっちゃ可愛いですね。
「それで褒められても困るわ」
「もしかして俺もう喋る必要なかったりしません?」
「そしたらシキの声を聴くことができないじゃない、馬鹿なのかしら?」
じゃあ、心の声に返答すんなし。今は馬鹿を否定できないけどさ。
そんな馬鹿な俺はボーッと病室を見回す。個室には人の気配はなく、俺とお嬢様しかいない。お嬢様は何故かリンゴの皮を剥いている。ほんと何故だ。辺りにも探りを入れるが、誰かがやってくるような気配もないので、今回の顛末をお嬢様に語ることにする。
「第二王子に喧嘩を売って、負けました」
「………………やはりそうなのね」
「えぇ、惨敗です。あの人、人間辞めてますね」
とりあえずは簡潔に結論を伝える。喧嘩を売って返り討ちとか、本当に恥ずかしい。
だが、現実は受け入れて次のことを考えなければならない。
「やはりそうなのね……。勝手に喧嘩を売ったことは、生きて帰ってきたことと着古した下着一式の献上でチャラにしてあげるわ」
「ありがとうございます……。ん? 着古した下着一式?」
この人、サラッと自分の要求を突き付けてきやがった。
「最近、匂いが薄くなってきたのよ。そろそろ新作を仕入れておきたいと思っていた所なの」
「いや、まずは自分の要求の意味不明さを省みてください」
「やっぱり薄いと使用感がイマイチのよね」
絶対にどうやって使用してるとか聞いてやらねぇ。
閑話休題。
「しなくていいわ」
「心の声に割り込むなよ!? ていうかさせてくださいよ!」
「はぁ……仕方ないわね」
これ俺が悪いの? 真面目に話そうとしていたんだけど。
コトリと剥き終わったリンゴが俺の側に置かれる。ところで、どうして俺の顔そっくりに剥いたのかな? 共食いになっちゃうだろ。
「はい、あーん」
「しませんよ?」
「はい、あーん」
「だから、しませんて」
「はい、あーん」
「夜会で味を占めやがりましたね、チクショウ!」
「はい、あーん」
「無視か!?」
強過ぎる。
仕方なく俺は口を開けて、俺の顔の形をしたリンゴを食べる。何が悲しくてこんなサイコなリンゴを食べなきゃいけないんだ。うめぇ、リンゴの味がする……。というかそもそも、どうしてこんな剥き方できんの?
「愛ね」
「随分と捻れた愛情表現ですね。もしや感情表現の仕方が狂っていらっしゃるのでは?」
病院をお勧め致します。あ、ここ病院だった! お嬢様、チャンスですよ!
「あら、確かに今日は良い天気よね」
今の思考は察しないのかよ!
「まぁ、いい加減話を戻しましょう」
「そうね、たしかシキが夜会で酔ってあーんしてくれた話だったわね」
「戻しましょうよ」
そんな雑な話の広げ方したら会話がとっ散らかって、いつまでも本題に辿り着けないだろ。
「第2王子の件ですよ」
「知ってるわよ」
「俺、そろそろ申し訳なさが消えそうなんですけど」
むしろ腹立つまである。
「で、他の女の為に喧嘩を売りに行った話が何ですって?」
「それも知ってるんですか」
「シキのことで知らないことはないわ。髪の毛の本数から今日抜けた髪の毛の本数まで知ってるもの」
「俺の髪しか知らないじゃないですか」
範囲が狭くて深過ぎない、それ。俺の髪の毛の本数とか俺も知らない、というか大体の人は自分の髪の毛の本数は知らない。ましてや他人の髪の毛の本数を知ってるって、もう狂気の沙汰だよ。こわ。
「まぁ、そうですね。どうにも抑えられませんでした」
「そこで抑えるような男なら惚れてないもの。わたくしだけにして欲しいところだけどね」
落差が凄い。本当に何でこの人は恥ずかしげもなくそんなことを言えてしまうのか。いざ自分が言われると「はにゃっ」とかあざとさの塊みたいな声を上げるくせに。
「忘れなさい」
「無理です。魂に刻まれたんで」
「そのままわたくしの身体の味も魂にまで焼き付けてあげましょうか?」
ごめんなさい、少し調子に乗りたかったんです。そういうお年頃なんです。
「とにかく、現在の状況を確認しましょう」
「そうね」
本題に入るまでの茶番がなげぇ。
改めて表情を引き締め、今回分かったことを1つずつ確認していった。
「一通りの説明としては以上です。帝国自体の狙いなどはともかく、今後どう動くのかといったことについては、特に情報は得られませんでした」
「…………………………………………………………そう。思った以上にイカれた野郎だったわけね」
お嬢様は暫く沈黙した後、絞り出すようにそんなことを言った。お嬢様も受け止めきれずにいるのだろう。いっそ、王位継承権を確固たるものにする為とか国を売り、帝国の地位を得てしまおうとかの俗っぽい理由だったらよかったのだが、そういったものにはまるで興味もないといった様子だった。
「はい、目的も思想も共感する所が一つとしてありませんでした」
「聞いた話からして、シキに全くの同感よ。でも、奴がこれまで通りに過ごすだろうというのはどういうことかしら?」
「それは奴の言動からの推測にしか過ぎませんが……」
おそらく奴はそういったことはしないという確信めいたものもあった。
「何故そう考えたの?」
「単純にそのような手法は奴にとってつまらないからです」
奴の基準は自分の暇を潰せるかどうかということにある。そして、お嬢様にとって国での立場が悪くなる事が絶望となることはない。
「つまらない?」
「はい。奴が言うには、全ては暇潰しであり、俺とお嬢様を絶望させたいと言っていました。聞きますが、お嬢様、仮に学園での立場が悪くなり国を追われるようなことになって絶望しますか?」
「ないわね。シキと何処かで穏やかに過ごすと喜ぶわ」
ほら、言うと思ったよ。
「だからですよ。それにわざわざこんなことで立場を悪くしても、誰もが懐疑的だ。悪くて俺の首が飛んでしまうくらいのものです」
「最悪じゃない」
合いの手がやりづれぇ!
「でも、その程度のことですよ。仮に悪くて俺が処刑となる程度、それは奴にとって絶望の底なんかじゃない。もっと然るべき舞台で、もっと残酷なことをする力が奴にはあるんですから。だから、今回程度の件で騒ぐこともないだろうってことです。俺達も騒ぎ立てるつもりないじゃないですか。証拠として弱いんですよ」
「そういうことね……胸糞悪い話だわ」
本当に胸糞悪い話だ。俺がこのように判断する決定的な理由があのクソ野郎の持つ力なのだから、憤懣やるかたない。
「じゃあ、今後の方針はまたお父様も交えてやりましょう。今日の所はそろそろ時間のようだし、失礼するわ」
「そうしましょう。お嬢様、今日もお見舞いありがとうございました」
「本当はおはようからおやすみまでのつもりだったのだけどね」
それはやめて。
「明日には退院ですし、そんな少しのことじゃないですか」
「全てお世話したいに決まってるじゃない。地下室にしておくべきだったかしら……」
「旦那様にまた怒られますよ」
この人、俺が寝込んだ最初の3日間は本当におはようからおやすみまでいたらしい。それを同じく王都にいる旦那様に咎められ、今では朝から面会終了時間までになったのだ。まさか下の世話もしたの、この人?
「お父様もうるさいわね、反抗期を迎えそうよ」
「至極真っ当な意見に反抗しないでくださいよ」
「正論に意味もなく反発する年頃なのよ」
さいですか。でも、三日三晩付きっ切りは誰でも諫めますよ。
「おやすみなさい、シキ。愛してるわ」
「おやすみなさい、お嬢様」
そう返して、お嬢様が出ていくのを見届けようとするが、お嬢様は不満げな顔をこちらに向けて動こうとしない。どうしたんだろうか?
「愛してるは?」
「え、それ待ちだったんですか!?」
帰れよ!!
「はぁ……お嬢様は俺を驚かせてばかりだよ、ほんと。…………………………さて、行くか」
退院前に申し訳ないが、どうしても1人で行かなければならない場所がある。明日以降、それはきっと難しくなる。
ささやかなあの人の願いを叶えに行こう。
ありがとうございました!
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