騎士、雨の中にて問答する
よろしくお願いします!
雨に打たれる冷たさは、俺の焼き切れそうな理性をギリギリで繫ぎ留めてくれていた。
第2王子は宮廷の外、外れの森の出口付近に居た。まるで俺に見つけてみろと言わんばかりに、護衛を1人も付けていなかった。あからさま過ぎて、明らかに挑発だと分かる。こいつ、分かっててやってやがる。
視線で射殺さんとばかりに、第二王子を睨み付ける。しかし、そんな俺の視線など意にも介さないとばかりに、この男は口の端を歪めているだけだ。そして、まるで楽しくて堪らないと言わんばかりに奴は口を開く。
「で、どうしたというのだ? 血塗れではないか、森で何かあったのか?」
「転びました」
「クッ、フハハハ! そうか、私はてっきり金髪の獣にでも襲われたのかと思っていたぞ?」
コイツ……! 隊長をどこまでも馬鹿にしやがって!! 全てを理解した上で言っている。この口ぶり、おそらくは自分が元凶だと確信されている事も俺がコイツを殺したいと思っている事も全て見透かしている。
雨の勢いは増すばかりだというのに、頭と身体はどこまでも熱を上げていく。
「殿下、どこまでも貴方の仕業なのですね」
「さて、何のことやら? 私はお前と同様に不審な魔力を感知してここに来たのだ。別におかしなことでもあるまい?」
「護衛もつけずに、ですか」
あぁ、今すぐ口汚くコイツを罵って、剣を抜いて切り捨てたい。だが、まだだ。まだ抑えろ。情報を引き出せ、俺たちに足りていないものを手に入れなければならない。
「そうだ、貴様が動いていることにも気付いていたからな。どうせ収束する結末に人を集めることもないだろう?」
「どうせ収束する結末……?」
何だ、何かがおかしい。コイツは確信していたというのか? 俺が隊長を無力化するということを。俺にだってどうなるか分からなかったんだぞ? そんな未来でも知っているかのような……。
「何だ、貴様は違うのか。今までとは動きが異なるから、てっきり貴様もだと思っていたのだがな」
「気味悪いことばかり言いやがって……。分かるように話せ」
クソ、俺の敬語が脆すぎる。もう限界だ、煙に巻くようなことばかり言って意味が分かんねぇ。
「なぁ、ウーサー第2王子。単刀直入に聞かせてもらうが、お前が元凶だな?」
「クッ……元凶か。そんなことは既に愚問であると思っていたのだがな。まだ確信を持っていなかったのか?」
そう言って、奴は俺を嘲笑った。
「死ね!! 『シュバリエ』」
武装を展開、問答無用だ。袈裟懸けにコイツを斬り捨てて終いにする。敵は無防備、奴がたとえ回避しても次の一撃で確実に仕留める。
そう思っていた。
「焦るな。まだ問答は始まったばかりであろう?」
俺の一撃は、奴の指に挟まれて防がれていた。
雨音ばかりが大きくなっていく。俺は絶句して、奴を見る。全力の一撃だった。いくら俺が傷を負っているからといって、そんな容易く受け止められるような軽いものでは無いはずだ。今の俺の強化された一撃でも岩を砕くこと位は容易く出来るはずだ。それを何で指だけで受け止めていやがる。
「少し私の話に付き合うがいい、シキ・トアル」
「お前が元凶と分かっただけで十分だろうが、これ以上何を話すってんだ」
大剣が抜けない。どんな指の力だ、この化け物。しかも、この男からは魔力の流れを全く感じない。それはつまり、身体強化すらしていないということだ。聞いたことがねぇぞ、そんな化け物。団長やラギア様だって俺の一撃を容易く受け止めるが、それはあくまで魔力による強化をした時の話だ。
「そう言うな。貴様が私と同じではないということは、エリザは私と同じということになる」
「ウチのお嬢様をお前みたいな化け物と一緒にするんじゃねぇ……!」
「いずれ分かることだ。不思議に思わなかったのか? 何故あの女が貴様に執着するのか」
「あぁ? そんなもんウチのお嬢様の勝手だろうが。残念だったな、お嬢様は俺に夢中でお前は眼中にねぇってよ」
それは確かに不思議なことだが、コイツの口から聞きたいとは微塵も思わない。いずれあの人の気持ちが定まれば、自ずと話してくれると俺は思っている。そんなことより今はこの元凶を排除することが最優先だ。
そんな俺の様子を察したのか、この王子は益々愉快そうに笑みを浮かべる。本当に余裕綽々でムカつくわ、こいつ。
「…………そうか、つくづく残念だ。話す楽しみというやつだったのだがな」
「そんなに話してぇなら他のことを訊いてやるよ。お前、帝国とどうして繋がってんだ? あとベックマンはどうした」
時間を稼げ。コイツは化け物だ、化け物なら化け物なりの殺し方がある。殺す為に牙を砥げ。
幸い、こいつは俺との歓談を御所望だ。それなら出来るだけ付き合って、隙を窺うんだ。
「帝国との繋がりか……。強いて言えば、暇潰しだ」
「は?」
「ベックマンなら貴様が廃人にしてくれたから、帝国の研究所でサンプルになってもらっているな」
「は?」
「それ以外に訊きたいことはないのか? サービスだ、何でも答えてやろう」
気持ち悪い。こいつと話していると、ゲロを吐きそうだ。何なんだ、こいつは? 悪意が無い。こいつは自分のしていることに悪意が無い。イゾン大森林であれだけのことをしでかして、隊長の誇りを踏みにじって、悪意が無いだと?
俺たちが必死こいて探している手掛かりの行き着く先は、こいつの暇潰しだと? それじゃあ、こいつは何がしてぇんだ。そうは思うが、帝国の危険性をせめて把握しようと吐き気に耐えながら質問を続ける。
「帝国の狙いは、変わらず王国の侵略か?」
「そうだな」
「あの隷属輪やベックマンの肉体改造は帝国の魔導技術か?」
「一応向こうでも禁術に当たるようだが、最近は皇帝の要請で積極的に開発しているそうだな」
「隊長の首についていたのも帝国のやつなんだな?」
「あぁ、隷属輪の簡易版だ」
「向こうがこっちに攻め入る具体的な時期は?」
「さてな、そんなものは知らん。興味もない」
「兵力は?」
「さてな、それも知らん」
「使えねぇな、おい」
こいつ、本当に何でも答えやがる。その癖、肝心なことはシラを切りやがる。いや、ガチで知らなさそうだな、こいつ。マジで暇潰しだ。この男にとって、帝国とか王国とかその関係の悪化とか全て興味がない。使えるものがあるから使うとしか考えていないんだ。
もうこいつと話す気力は湧かなかった。1秒でも早くこいつを消したい。でも、その前にまだ訊かなきゃならないことがある。
「…………………………今回、何で隊長を狙ったんだ?」
「あぁ、それは面白そうだったからだな」
もう無理だ。本当に理解できねぇし、したくもねぇ。
「………………お前、何がしたいんだよ」
絞り出す最後の質問はそれしかない。もう他の何を訊いても仕方が無い。何がしたいんだ、本当に。復讐か? 何の? ただ自分がしたいように遊びたいだけか? それならそれで本当に死んでくれ。
「クッ……フフフ……フハハハハハハハハハ!!! ようやくそれを訊いてくれたか! 嗚呼、良いぞ! 教えてやろう! 私はな、何もかもを滅茶苦茶にしてしまいたいのだよ!!! 特に貴様とエリザ・スカーレットをな!! それが私の暇を唯一慰める手段だ!!」
「……俺達に何の恨みがあんだよ? 要は復讐がしてぇのか?」
だとしたら、とんだお門違いだ。あと、野郎の高笑いは気色悪いだけだ。
「いいや!? 別に恨みなどはないさ! 言っただろう!? ただ私の暇を貴様らを滅茶苦茶にしてやることで慰めるだけだ!」
「なるほど、通りで気持ちわりぃわけだ。ただの狂った奴だった訳だな」
悪意も無く、ただ徒らに迷惑をかけるだけ。それだけが目的か。理解の及ばない別の生き物と話しているみたいだ。心底つまんねぇ気持ちの悪い野郎だ。
「もう死ねよ」
アクセサリーウェポンをネックレスに戻し、即座に『シュバリエ』を発動する。俺の手には再び大剣が握られる。
姿勢を低くして両手を地面につき、下から奴の顎を両脚で蹴り上げる。奴はそれをまともに受けるが、まるで動じない。勿論、予想通りだ。油断してくれてありがとうよ!!
そのまま奴の顔面に脚を回す。そのまま奴を持ち上げて、地面に叩きつける! 重いな、こいつ!?
「喰らえ」
両腕に力を込めて、身体を跳ね上げる。そして、横たわった奴の顔面に剣をブッ刺す!
「ほぅ?」
今度は、奴が指で大剣を掴み取る。それも予想通りだ、クソ! アクセサリーウェポンを再び戻し、再度顕現させる。このまま何度でも死ぬ迄斬りつけてやる!
刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。刺す。受け止められる。
何なんだよ、こいつ!? いくら何でもありえねぇだろうが!! 横になったまま俺の全力を受け止めてんじゃねぇ!
「上手くアクセサリーウェポンを使いこなしているな。だが、知っているぞ」
「はぁ!?」
「そろそろ反撃させてもらおうか」
刹那、俺は俺の身体が真っ二つになっている未来を幻視した。
脚に全ての魔力を込め、全力で距離を取る。おい、嘘だろ……。何で横たわってる奴に真っ二つにされるなんて思ったんだ?
「流石に速いな。掠っただけか」
言われて気付く。俺の腹に新たな傷が出来ている。それはまるで竜の爪に裂かれたかのようだった。
「……………………お前、もしかしてもう人間じゃねぇのか?」
さっき投げ飛ばした時の感覚もそうだ。明らかに人間の重さじゃなかった。タフネス、反応速度、攻撃速度、あらゆる能力がおかしい。
俺の言葉に、奴はやはり笑うだけだった。
嗚呼、もうどうしようもないくらいにこいつは壊れてやがる。
ありがとうございました!





