騎士、外れの森にて開戦する
お久しぶりです!
よろしくお願いします1
「えぇ、殿下のお蔭で楽しく過ごさせていただいてますわ」
「そうか、それは何よりだ」
やべーよ、冷静に考えたら俺やべーよ。俺って貴族の皆々様の前で何してくれちゃってんの。ウーサー様の婚約者とあーんをしたりされたりって、首が吹き飛んでもおかしくねぇよ。
「しかし、お前は俺の婚約者なのだから使用人との距離感には節度を保ってもらわねば困るのも事実だ」
「あら? お気に障りましたか? それは失礼致しましたわ、失望されましたでしょう」
お嬢様、公衆の面前で喧嘩を売るつもりですか? 使用人風情が悪かったので、勘弁していただけませんか?
「あぁ、流石に少し失望したぞ。そのように節操のない女だとはな」
「そうですか、ではどうされるおつもりなのですか?」
俺が悪かった! 調子に乗った俺が悪かったですよ、お嬢様! だから、そろそろブレーキ踏んでください!
ただでさえ集まっていた周りの視線が更に集まってくるのを感じる。この不穏な空気を感じ取ったのだろう。鈍い俺でもわかるもんね、他の人は尚更気付くよね。
「いや、どうもしない。が、節度を覚えよ、エリザ・スカーレット。次はどうなるかわからんぞ」
「フフフ、恩情感謝致しますわ。殿下の器が大きくて助かりましたわ。わたくし、少しはしゃぎ過ぎてしまったみたいですわ」
「分かったのならばいい」
そう言ってウーサー様は移動される。その足は会場の出口へと向かっている。どうやら少し会場の外へ行くつもりのようだが、これってひょっとしてチャンスなのではないだろうか。
「お嬢様、危なかったですね……」
「残念、婚約破棄して貰えなかったわ」
「あの状況で破棄されるとか最悪のタイミングじゃないですか」
白紙に戻すにも順序があるだろ。ちゃんとした手続きを旦那様が踏んで、白紙に戻そうとしてくれてるのに、この暴走爆速お嬢様ときたら。
「それよりお嬢様、これチャンスですよ。喧嘩売るチャンスです!」
まさかこんな形でチャンスが訪れるとは思ってもみなかった。これを追いかけて行けば、問い詰めることも不可能ではないだろう。
「それもそうね、追いかけましょうか。端から見ても、婚約者の令嬢が王子様のご機嫌を損ねて謝りに行こうとしているように見えるでしょうし」
「ラッキーでしたね! いや、むしろファインプレイでは? 酔っ払って正解でしたよ!」
酔っ払うのは別に正解ではない。
「酔っ払ったのは、別に正解では無いと思うわ」
おっしゃる通りにございます。
ウーサー様を追い掛けて、庭園の外へと向かう。しかし、そこにウーサー様の姿はない。どういうことだろうと辺りを見回してみると、妙な気配を感じた。
魔力だ、しかも隊長のものだ。どういうことだろうか? 隊長が苦戦するような賊がこの辺りで暴れているのか?
「お嬢様、すいませんが嫌な予感がします。万が一の時は、ヴェルク様を頼って下さい」
「シキがそう感じたのならそうなのでしょうね。分かったわ、油断せずに臨みましょう」
庭園は相変わらずに美しく、そこはただひたすらに丁寧に整備された景色が広がっているだけだ。しかし、それでも妙な気配は収まらない。
念の為にお嬢様に声を掛けるが、お嬢様も同じことを考えていたのか、俺の言葉に同意を示す。
「それにしたってまずはあのクソ王子を追わなければならないわ」
「分かりました。とりあえず、今回は俺の指示に従って下さい」
「勿論よ、頼むわ」
とにかくウーサー様の気配を探るが、その気配を感じることがなく、隊長の魔力の発露を感じるだけだ。これは間違いなく隊長は臨戦態勢だ。それほどの賊がわざわざ有力な貴族になる予定でしかない、この夜会を狙うことがあるのだろうか?
いや、ありえない。今までそんなことが無かっただけでなく、そもそも非公式とはいえこんな大規模な夜会で襲撃を受けたなどという話を聞いたことがない。
「お嬢様、すいません。嫌な予感がしますから、どうかヴェルク様と共に逃げて下さい」
「それ、貴方の勝算は加味されているの?」
「もちろんです。そもそも俺は誰にも負けませんよ」
俺の強がりをお嬢様は信頼し、ヴェルク様に声を掛けるために遠ざかっていく。
さて、ここからが本番だな。
そう独り言を呟き、隊長の元へ加速していった。
隊長の気配は何故か宮廷の外れの森から感じた。仕方なく向かうが、またトラブルは森で起こるのかよという思いでいっぱいだった。
「……おい、お前もしかしてシキか?」
隊長の元へ向かう途中、見知った顔がいくつもあった。以前騎士団で、俺と共に隊長に扱かれていた同僚たちだ。
その見知った顔の人間たちは、誰も彼もが自分の護衛位置で意識を朦朧とさせながら地に伏していた。
「おい、お前らみたいなのがどうして揃って地面に転がってやがる?」
「どうもこうもねえよ……。隊長がいきなり自分で指示した配置を無視してやってきて、このザマだ。せめて、止めようと応戦したが呆気ないもんだったぜ」
あの任務バカの隊長が自分で指示した配置を無視してまで、こいつらを叩きのめした? あのクソ王子がやらかしてるのは知ってたが、隊長も加担していただと?
一体全体どうなってやがる。この前の大森林の時もそうだが、まるでどいつもこいつも洗脳されたみたいに動かされてやがる。それが隊長もって、意味がわかんねえ。
「お前らをぶちのめした時、隊長は何か言ってたか?」
「さぁな……。それを聞き取るほどの余裕もなかったし、聞こえたのはお前のことばかりだったぜ。お前の名前ばかり呟いて、気味悪いったらなかった。ありゃあ正気じゃねえよ」
「そうか……使えねえな」
全く手掛かりを得ることもできず、思わず落胆してしまう。もうちょっと粘って情報を引き出せよ。
「てめぇ! 動けねえことをいいことに好き勝手に言いやがって! ぶん殴ってやるからツラ貸せや!」
何にせよ、正気がぶっ壊れていやがるなら、それ相応に動かねぇとな。そう考えて再び追跡を始めようとする。
「……なぁ、シキ。恥ずかしい話だが、隊長を頼むわ。さっきのあの人、めっちゃ痛々しくて見てらんなかったんだよ」
「……愚痴ばかりのお前が珍しいじゃねえか、ボルス」
「俺たちだって恩義くれえ感じてるさ。だから、誰にもバレずに隊長を止めてくれ。あの人は理不尽で暴力的だけど、いい人だろ? 犯罪者なんぞにしたくねぇよ」
それはかつて部隊に居た頃の同僚が口にするには意外な頼みで、軽口で返そうとした俺の口を噤ませるには十分だった。
「…………任せておけよ。だから安心して眠ってろ。今夜は何も起こらねぇからよ」
俺の言葉を聞いて、ボルスもそれを聞いていた周りの奴らも安心したように笑って意識を手放した。
隊長はあっさりと見つかった。森の外れ、木々があまり生えていない広場のような場所に、隊長はいた。
その隠す気0の態度で、少し困惑するがいつも通りを装って声を掛けた。
「隊長、何か不審な方でも通すようなことがありましたか?」
「ないわ、今まで通り退屈なダンスでもしてなさい」
なるほど、嘘が下手ですね。そんな大規模な魔術を行使していて、嘘をわざわざつくなんてさ。
隊長の大鎌には、土がまとわりつき、既に王宮に致命的なダメージを与えられそうなまでにチャージされている。あれはもはや鉄槌に等しい。実際、その大きさは既に隊長の背丈を大きく超え、大樹のようなサイズになっている。あんなもの周辺全てを叩き壊すつもりでもなければ発動はしないはずだ。
「どうしたんです? らしくもない」
思わずそんな下らないことを聞いてしまう。だって、隊長は無駄を嫌う人だった。それなのにこんな訳の分からないことをしようとしている。
「あんたには、分からないわ。あたしが何を求めてるなんて」
「知りませんよ、部下を叩きのめしてまでやりたいことなんて」
道中、元同僚が力尽きて倒れていた。どいつもこいつも俺との久闊を叙するどころか、気を失う前には隊長を止めてくれとまで頼み込んできた。
「なぁ、隊長、何がしたいんだよ? あんたを慕っていた部下を叩きのめしてまでしたいことって何だ?」
俺の言葉に隊長の動きが一瞬止まる。よしよし、その調子でそのイカれた大きさになってる魔術も止めてくれ。
「あんたには分からないわ」
その一言だけだった。その言葉と同時に再び魔力が巡り、隊長の足元が盛り上がっていく。その手に持つ鉄槌の如き鎌は宙に浮き、振り下ろす準備が始まった。前から思ってたけど、何で鎌が宙に浮いてんの?
どうにも止める気はないらしい。
「分かってたまるか。だから、力づくで止めさせてもらうよ」
「そう、シキ如きがあたしに勝てるの?」
「勝つぞ、俺は」
不敵に笑う。
「お嬢様の騎士だからな」
ブチィッと何かが切れる音がした気がする。
「見せつけてくれちゃって……! あんたの飼い主もろとも死ね!!」
鉄槌が振り下ろされる。
あぁ、もう何が沸点なのか全然わかんねぇよ、この人!
ありがとうございました!
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