お嬢様と騎士、宮廷にて夜会の幕開け
よろしくお願いします!
会場近くの控え室へ向かい、お嬢様を迎えに行く。確か約束の場所は女性控え室の辺りだったはずだが、いかんせん人がごった返していて、お嬢様のおの字も見えない有様だった。
「……思った以上に人が多いんだな」
着飾った女性たちはそれは華やかだった。見覚えのある人もいれば、全く見覚えのない人までいる。近い世代ばかりだと思っていたが、どうにも想像していた以上に規模が大きい催しらしかった。しかし、これだけ人がいると、お嬢様を見つけるのも本当に一苦労だな……。
そんなことを考えながら、人混みを掻き分けていく。お嬢様の居場所までは分からんし、声を上げてアピールすべきだろうか。しかし、そんな俺の心配は杞憂で終わることになる。
「ごめんなさいね、通してくださるかしら?」
静かな声だった。この喧騒の中ではかき消されてもおかしくないような、平素と変わらない声。その筈なのに誰もがその声を聞き、まるで海が割れるかのように道が開いていく。この声を聞き間違えるはずはないが、それでも俺は驚きを隠せなかった。
「……お嬢様、目立ち過ぎでは?」
「どうでもいいわ。ほら、早くエスコートをしてくれないかしら? わたくしの騎士さま」
真っ直ぐ、周りの目線に目もくれずに俺の元へとお嬢様が歩み寄って来る。
人々は誰もが道を開け、この人の歩みの邪魔をしないようにと押し黙る。何処の女王様だ。そして、そんな女王様は周りの気遣いなどどこ吹く風のようにスルーして、俺にエスコートを催促してくる。
「畏まりました、お嬢様」
跪き、差し伸べられた手を取る。壊れ物を扱うかのように優しく、丁重にが基本何だっけ? よく分からんが、今の所お嬢様から文句も飛んで来ないから合格なんだろう。
それにしてもいっそ暴力的なまでのお嬢様の美しさに俺も内心たじろぐ。化粧とか大して変わってないのに、どうなってんだ? 世を統べる覇王か何かなんです?
「お嬢様は覇王でございましたか」
「全く意味が分からないけど、シキが馬鹿なことを考えているのは分かるわ」
あ、よかった。いつものお嬢様だった。
会場に入ると、やはり先に入場していた人たちがお嬢様を見てざわついた。そうだよね、注目するよね。でも、俺の方はできるだけ見ないでね?
「……おぉ、あれがスカーレット家の御息女か。見るのは初めてだが、美しい」
「髪と眼と同じ色のドレスが素敵ねぇ……よく似合っていらっしゃるわ」
「……あぁ、しかし恐ろしいほどだな。それに噂に違わず、苛烈そうな見目をしていらっしゃる」
「なぁ、ところで隣の男はなんだ? 確かエリザ様は第2王子殿下の婚約者なのだろう?」
「親族の者だろうよ。いくら大人びていらっしゃるとはいえ、デビュタントだろう? しかも非公式の場ともなれば、そういうこともあるだろうさ」
「しかし、あんな男は今まで見たこともないし、まるで優雅さが足りていないな……品性の問題か?」
「馬鹿か、お前! もし高貴な出の方だったらどうする!? いくら立ち振る舞いが粗野でも分からんだろうが!」
散々な言われようだ。そんなに品性足りない動きなんだろうか、俺。それに対してお嬢様は絶賛だ、いや、ビビってる人も結構いるな。
「有象無象の戯言など聞かなくて結構よ、シキ」
「分かってはいますが、こうも言われるとちょっと凹みますよ」
俺が散々な評価に少し落ち込んでいると、お嬢様が呆れたようにやれやれと首を振る。何だ、喧嘩売りに来てんのか? 買っても負けるから買いませんよ。
「シキ、いつも言っているでしょう? 貴方はわたくしの中で世界一カッコいいの。その評価さえあれば、他全ての評価は塵よ」
塵と言い切りますか、お嬢様。歪みねぇな。
「塵に決まっているわ。他の評価など塵、わたくしの評価が全てで満たされるものと知りなさい」
「言いたいことは分かりましたよ。理解はできませんけど。それより心読んで会話続けられるのことに違和感がなくなってきたのは凄く困りますね」
本当、困るね。
しかし、お嬢様は本当に肝が太いというか、心臓がジャングルというか、凄まじいメンタルしてるよね。俺も見習いたい所ではある。だって、俺がエスコートってどこまで進めばいいか分からんから歩いていたら、会場のど真ん中に着いてしまったのにこの言葉だ。参るね。ところでお嬢様、これってどこでエスコートやめるのが正しい作法なんですか?
「シキ、まだ始まりの挨拶もしていないのだから、ダンスのエスコートをしようとしなくていいのよ?」
「もちろん知っていましたけどね。敢えてですよ、敢えて」
嘘だけど。俺の内心は助かったぁ! そうなんだ! でいっぱいだ。
「嘘、下手くそね」
クスリと笑うお嬢様の仕草は最早妖しげな魅力があり、ぶっちゃけ怖かった。周りの男どもはそうでもないみたいで、お嬢様に視線が釘付けだったけど。君ら、自分のエスコートしてきた女性陣にヒールで足を踏まれてるよ?
「まぁ、慣れないことしてるんで。ちょっと焦ってたみたいです」
「そうね。でも、もう大丈夫そうじゃない」
そう言われて、自分の胸に手を当ててみる。確かに心臓の鼓動は既にいつも通りで、先程エスコートをしていた時のような緊張感はなかった。もしや、お嬢様は緊張する俺をリラックスさせるために、あんないつも通りに接してくれていたのか? やだ、ちょっと感動する……。
「緊張しているシキも可愛かったわね。性的に食べるところだったわ」
全然違うな、これ。さっき迄の俺の感動を返せ。
会場内を散策していると、ヴェルク様に出会った。そりゃこの人は来るよな、ちょっとテンション上がるぜ。
「スカーレット嬢、それにシキも来ていたのか。シキは快復したようで、何よりだ」
「ヴェルク様! お久し振りにございます。それにありがとうございます。この通り、もうすっかり治りました」
「あら? わたくしたちが来ているのは、そんな不思議なことかしら?」
そうお嬢様が返すと、ヴェルク様が苦笑していた。そりゃそうだ。あんなことがあってウーサー様がいらっしゃる場にわざわざ来ないだろうとか思うよ、普通は。
「いや、そうでもないがな。第二王子殿下が主宰のようなものに、首を突っ込んでくるものかと思っていたのだ」
「今回は今回で事情があるのよ」
はい、第二王子殿下に喧嘩を売りに行くという事情がありますね。
「そうだったか。よければ手を貸そうか?」
「いいえ、結構よ。今回はそんな酷いことになる予定はないもの。それよりヴェルクはあの下品な男を連れて来なかったのね? てっきりエスコートされて来るのかと思っていたわ」
お嬢様、よくそんな酷い言葉をポンポン言えますね。隣で従者がドン引きしておりますよ。そう、俺です。
「ヴェルクは実家にいるぞ、アイツはこういう場に向いていないからな。……それにしてもスカーレット嬢の口撃は相変わらず打点が高いな」
「それほどでもないわ」
すげぇ、ヴェルク様は今のお嬢様の言葉を爽やかに笑って返せるんですか? これが貴族の器というやつなのか。それからお嬢様、そこで謙遜される意味が分かりません。
「ふむ、どうやら主賓が到着したようだな。俺も行くとしようか。シキ、また学園で手合わせでもしよう。スカーレット嬢は無茶し過ぎないようにな」
「えぇ、是非ともよろしくお願いいたします」
「言われるまでもないわ」
ヴェルク様もパートナーの元へ移動し、俺たちも主賓の方へ視線を移す。あれが卒業生の方々か、流石に見たことある人も多いな。もう貴族として第一線で活躍されている方が多いためだろう。それにウーサー様もいらっしゃる。
皆が静まり返り、主賓の言葉を待つ。それを見回して確認すると、ウーサー様が口を開く。
「今宵はよくぞ集まってくれた」
そして、長い長い夜会の幕開けが告げられた。
ありがとうございました!
ここから盛り上げていきたいと思います!
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