騎士、隊の詰所にて覚悟を決める
よろしくお願いします。
「そろそろ目を覚ましてもいいんじゃないかしら? この寝坊助騎士様は」
ほうと溜息をついて、目を回して気絶している彼を見る。焦げ茶色の髪を短く切り揃えて逆立たせているのは彼なりのお洒落なのだろうか。精悍な顔立ちやがっちりとした身体つきによく似合っており、男らしくかっこよく見える。これが惚れた弱みというやつだろうか。彼は世界一カッコいいのだが、それをわたくしの使用人たちに話してもあまりピンとは来ないようだ。分かってないわね。
「けれど、後ろにぴったり立つのはやはりやり過ぎでしたわね……」
わたくしの日記を見て、悲鳴をあげるものだから少しばかりからかいたくなってしまったのだ。そんなに怖がることないじゃない。わたくしもちょっとやり過ぎてしまったのは認めますけど。
それとも、やはり舞い上がっているのだろうか。念願が叶って、シキを側に置けるのだ。仕方がないというやつだ。
「わたくしがどうして、あなたを慕うのか分からないのでしょうね。そして、それが怖いのでしょうね。でも、それでいいのですわ。わたくしだけが分かっていればいい。この気持ちをあなたが理解する必要などないのですわ」
だけど、理解されずとも届いて欲しいと思うわたくしはきっと罪深いのですわ。
あれから2日。俺の退団手続きはあっという間に完了した。早過ぎない?
この王国における騎士団はいくつかあるが、俺が勤めていたのは王都を中心に活動をしている中央騎士団だった。
ちなみに俺は三番隊の中隊長だった。割と凄くない? いや、隊長以外は下っ端なんだけどね。下っ端エリートだったわけですよ。その中隊長が抜けるのに2日。お嬢様の取った行動の早さは最早神速の領域である。団長はともかく、ウチの隊長が隊員が死ぬ以外で脱退するのを認めるとは驚きを通り越して怖かった。最近、ずっと怖がってるよぉ……
とにかく、俺は騎士団を退団、というよりは移籍に近いらしい(籍は削除されず、有事の際にのみ騎士団員として活動しろとのことらしい)が、俺は正式にお嬢様の側付きの騎士、所謂護衛騎士となったのである。ちなみに、この護衛騎士が多数付くと親衛隊となるらしい。よくわかんないね。要は子飼いの騎士団ってことみたいです。近衛騎士団の貴族様バージョンということで、俺は納得した。
お嬢様の護衛騎士は俺のみである。他に増やす予定もないらしい。教えて下さりありがとうございます。
お嬢様は、基本的にあれからは優しかった。おそらくだけど、元々はお優しい方なのだろう。ちょっと歪んじゃったみたいだけど。まぁ、なった以上は精一杯の忠義を尽くそうという気概はある。国のために死ぬか、お嬢様のために死ぬかの違いでしかないし、お嬢様を守ることは国を守ることにも繋がるしね。
そうして決意した俺は、新たな日常を歩み始めることになったのである。
「というわけで団長、お世話になりました。長い間のご指導を活かし、新天地でも中央騎士団の名を汚すことなきよう努力して参ります」
「おう、気を付けてな。お前、敬語下手くそなんだから無理に使おうとしなくていいんだぞ?」
退団の日、俺は荷物を取りに行くついでに世話になった方々へ挨拶回りをしていた。そこへ初っ端の団長、グラディア・サンドルからの敬語のダメ出しである。泣きそう。
「とはいえ、俺が騎士団として働けてるのは団長のおかげですし、下手でも敬意は払いますよ」
そう言われて、敬語が崩れるのはご愛嬌である。しかし、それでも団長(あだ名はグラサン)は笑いを堪え切れないとばかりに大きく笑っていた。
「ガハハハ! あのクソガキが立派なこと言うようになったじゃねえの! 俺たちに敬意を払うだってよ! 聞いたかよ、ユリディス!」
「聞こえてますよ。喧しい人ですね……シキもこんな人に敬意を払う必要はありませんよ。昔みたいに寝首をかかれないように気を付けな、とか言っておけばいいんです」
副団長は俺の心を傷付けるのがとても上手だ。そんな昔の話をしなくてもいいじゃない。
「それにしても手続き早かったですよね? いくら俺が下っ端でもこんなに早いっておかしくないですか?」
俺がふと気になったことを尋ねると団長はピタッと笑うのをやめ、冷や汗をかき始めた。
「あー、まぁうちは仕事はええからな。うん。それにお前、戦闘はできても指揮官としては無能もいいとこだったし、本当に平隊士が抜けるのと変わらなかったからというかな」
「何言ってるんですか、グラサン団長。シキが抜けると戦闘を安心して任せられるやつが減るって嘆いてたでしょ」
そんな嬉しいことを言ってくれてたのか。指揮官としては無能もいいとこというのは聞かなかったことにしておいてやろう。そうやって俺が少しニヤニヤしていると、ユリディス副団長が更に口を開いた。
「スカーレット大公家の圧力ですよ。あなたの穴を埋めるのは、後回しにしました。とにかく退団させて、そちらの契約を先回しにしたんですよ」
「あー、まぁ予想はしてましたが……でも、ウチの隊長は反対しなかったんですか? あの人、隊員が抜ける時は死ぬ時だけとかいう頭がおか……騎士団に心を捧げてる人じゃないですか」
「あいつは、今西にいるからな。この件についてはまだ知らん」
サラッと飛び出した新情報に、俺はどうしてここまでスムーズに話が進んだのか納得した。
「なるほど。俺が意識を飛ばした日に隊長には急に指名で出張依頼が舞い込んだ訳ですか」
「その通りです。おそらくそれさえもスカーレット家のご令嬢のお力でしょう。ウチの騎士団の人間関係をよく熟知している」
もう驚きませんよ、本当ですよ。はい。
「まぁ、あの御令嬢かあいつかの違いだ。今までと大差ねえと思うぞ。力抜いてやれや」
どちらに対しても不敬過ぎることを言っていて、俺もうドキドキだよ。どうして隊長はともかく、スカーレット家のご令嬢相手にそこまで言えるんです?
「まぁ、そうですね。覚悟は決めてやることやっときますよ」
「とにもかくにも、これからよろしくお願いします」
「えぇ、よろしくね。と言っても、余り忙しくはないわね。学園生活が再開されてからが本番ですわ」
挨拶回りを済ませて、お嬢様の元へ向かうとそんなことを言われた。口調はどんどん粗雑な素に近づいているが、彼女はまるで気にした様子がない。むしろ嬉しそうな感じまである。
「学園生活?」
「そうですわ。シドゥーレ王立学園、そこでシキにはわたくしの護衛騎士として働いてもらいますわ」
予想はしていたが、実際に言われると心臓に悪いな。やっぱりそこは職務に入るのね。
「そこで、今から学園生活が始まるまでの間はわたくしの側付きとして、執事の仕事も覚えていただくことになりますわ。あなたの騎士団での評価は知っています。個人の戦闘能力は各隊の隊長に引けを取りませんが、他が無能過ぎるということも」
「そこまでご存知でしたか。でしたらお言葉ですが、他の執事をスカーレット家から連れて行けばよろしいのではないでしょうか? 適材適所ということもありますし」
「あら? あそこまでわたくしの想いを見ておいて、わたくしがあなた以外の者を連れて行くと思ってまして?」
理解してても納得はしておりませぬ。
「諦めなさいな。しっかり我が家で学んでいただきますわ」
「かしこまりでーす」
こうして俺の地獄は幕を開けたのである。
執事ってすごいね。
もっと文量や描写を増やしたいです。
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