騎士、庭にて戯れる
よろしくお願いします!
現在の隊長との邂逅から時は遡ること15分前、お嬢様と俺が会場に辿り着いたところまで話は戻る。
会場は宮廷だった。マジで? 学園生の集まる夜会程度で、宮廷を使うの?
「第2王子のご厚意だそうよ、この夜会が非公式であってもデビュタントになる子も多いだろうからという配慮らしいわ」
「へぇ〜、良い人ですね。第2王子殿下」
それだけ聞くと本気で良い人っぽい。実際、お嬢様と関わりがなかったら、俺は王子様ってやっぱ器がでかいんだなぁとか思っていただろう。そうはいかなかったんだけどね。何か企んでいるんだろうか。
「じゃあ、わたくしは化粧直しや髪型直しもあるから控室に向かうわ」
「そこってちゃんと護衛とかいますか?」
「いるわ、そんな心配しなくても大丈夫よ」
この人、大胆なのか迂闊なのかよく分からん時あるな。何かあってからじゃ遅いだろ。しゃあないな。
「念の為、これ持ってて下さい」
「何かしら? 婚約指輪?」
「違いますよ、アホですか」
目、どうなってんの? どうみてもネックレスじゃん。
「俺の魔力を込めたネックレスですよ。それに魔力流してくだされば、俺のネックレスにも反応がありますから。何かあった時のために持ってて下さいね」
そう言って、俺の持つ同じタイプのネックレスをお嬢様に見せる。
「えぇ、一生外さないわ」
何で俺のあげたもんを一生持とうとするんだ、この人。イヤリングもずっとつけてくれてるし。お嬢様、このままいくと俺が渡したもので重装備になるんじゃないの。
「風呂に入る時とか寝る時は外しましょうよ」
「拒否するわ」
するなよ。不衛生だろ。
「それにしてもこんなものがあるなら、早く渡しなさいよ」
「いや、それこの前の一件の後に発注したものなんで」
以前の一件の時はたまたま側にいたからよかったものの、もし側にいなかったらヤバかった。実際以前はそこまでの危険があるとは考えもしていなかったから、別に必要性も感じてはいなかったのだ。しかし、状況は変わった。だから、あの後発注したんだが、そんな細工をネックレスにしようと思ったら、かなりの金額がかかってしまった。おかげで俺の懐は大惨事である。
「そう……でも高かったでしょう? 代金は払うわ」
「いりませんよ、女性へのプレゼントに金をせびる程の甲斐性無しではないです。それに俺があげたいと思ってあげるんですから、黙って受け取って下さい」
そう言うとお嬢様は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。新手のギャグですか? そんなことを考えていると、お嬢様は俯いて肩をプルプルと震わせ始めた。うわ、久しぶりだなこれ。
「そう……シキからのプレゼント……しかもお揃い……お揃いですって……!! フフフ……アハ……オーホッホッホッホ!!!! シキィ! 貴方がそこまでわたくしを想って下さっていたなんて知りませんでしたわぁ!!!」
高笑いだった。物語のお嬢様を絵に描いたような高笑いだった。あぁ、久しぶりですね。ですわ口調。
「オーホッホッホッホッホ!!! アーハッハッハッハッハ!!!!!」
いつまで笑ってんだ、この方は。というか宮廷の前なんですけど、恥ずかし過ぎて死にそう。周りの視線を独り占めだよ、この宮廷の前でお嬢様が変人の主役だよ。
「フー…フー…フー。あぁ、またもや一生分くらい笑いましたわ。それにしても、愉快ですわ。シキはわたくしをどこまでも悦ばせようとしますわね」
してないよ? あと、プレゼント1つで一生分の笑いを勝ち取ろうとしたこともないよ? そこまで喜ばれるとは思っていなかった。いや、婚姻届を持ち出そうとする程度には暴走するかなとか思ってたけど。
「フフフ……ヘヘヘ」
まだ笑うか。ていうかめっちゃダラシない笑い方してんな。まぁ、そんな嬉しそうに身につけて貰えるなら、高い金払った価値はあったかなぁ。でも一生身に付けるのはいいとしても、風呂の時とかは外してね?
「フフ……どうやら着替えも必要になってしまいましたわ。シキ、またすぐに会いましょう。準備ができたらこれに魔力を流せばいいのね?」
「いや、使うのは緊急時にしてくださいよ。そんな日常的に使おうとしないでください」
居場所まで分かるわけでもないし、緊急時の手段として欲しい。
「仕方ないですわね……じゃあ、行ってきますわ」
そう言って歩いていくお嬢様、門兵の人はかなりビビって道を譲っていた。分かるわぁ、奇声を発する御令嬢とか何するか分からなさ過ぎて怖いよね。あと、お嬢様いつまでですわ口調やってんだろ?
そして、手持ち無沙汰になった俺は庭を散歩しているところで、隊長と邂逅を果たしたのであった。これ、別に時を遡る必要なかったな。
「で、あの妙な叫び声をあげていたおっぱいとおっぱい魔人は何しにきたのよ?」
「わざわざおっぱい魔人を2回も言わないでください。誰かに聞かれたらどうするんですか」
隊長はかなり不機嫌そうだ。団長曰く、スカーレット領から帰ってきた隊長にスカーレット領にまた行くのを禁止されていたらしいし、怒りを発散できなかったんだろう。理不尽かな?
「あんたなんておっぱい魔人でいいわよ。あたしにあんな屈辱的なこと言いやがって……!」
「勝手に怒りのボルテージを上げないでくれません? 瞬間湯沸かし器みたいな人ですね」
魔導具かよ、この人。いや、最近の魔導具でもこんなすぐ沸騰しないぞ。しかも勝手に起動しないし。
「うるさいわねぇ!! あんたの喋り方すごい腹立つわ!!」
「そう言われましても……強く生きて欲しいと願っただけじゃないですか」
「それを言ったタイミングがどう考えても最悪でしょ!?」
ですよねー。
「ところで宮廷の庭ってすごいですよねぇ」
「話の逸らし方、下手くそすぎない!?」
隊長はもう怒髪天だった。ごめんね、隊長。悪いとは思ってるんだけど、今隊長は客の俺に手を出せないから、おちょくるのがすげぇ楽しいんだよ。別に積年の恨みを晴らそうとしている訳じゃなくてね。
「吹き飛ばしたいわ……このアホ……!」
「いやぁ、庭師の方の腕前が伺えますね。この木の切り口も整え方も乱れがない。長年仕えてきて、この庭を知り尽くしていないとできませんよ!」
「庭の話はもう分かったわよ!」
いや、実際凄いんですよこの庭。俺は庭師の仕事も教えてもらいましたけど、全体の調和ってやつは全くできなかったし。木を切り揃えることしか考えなかった。しかし、ここは庭の池や花の咲き方も計算されているように感じる。気のせいだったらすいません。
「で、庭の話でしたっけ?」
「あんたさっき迄何を話してたのかも忘れたの!? おっぱいの話よ!!」
「ブフォッ!!」
それは不意打ち過ぎる。
死ぬかと思ったね。
「忘れなさい! 忘れなさい!! 忘れなさいぃぃ!!!」
「わ、忘れます! 忘れますから、もう揺らさないで!!」
あの後、隊長から死ぬほど追い回されて、今に至る。ブンブンと首を振られてそろそろ吐きそうだ。
「……本当?」
「ほ、本当ですってぇ! 許してくださ……フフッ」
「やっぱり記憶がなくなるまで、頭を殴るしかないのね……」
悲しげな顔で隊長は頭がおかしなことを言う。その悲劇を起こそうとしてるのはあんただよ、自覚しろ。
「話し合いましょう!」
「もうそれで解決出来る時は過ぎたのよ……」
「まだ話も碌にしてないのに通り過ぎんな!」
それはもう野蛮とかじゃなくて対話不能な獣だろ。
「まぁ、いいわ。特別に許してあげるわ。ただし忘れること、思い出し笑いをしないことが条件よ」
「何で俺が許される側なんです?」
自爆した責任を俺のせいにしないでいただきたい。
「夜会に参加しに来てるのは正直分かってたし、絡んで悪かったわね」
「いえ、別に構いませんが」
急に謝られてもびっくりするね。日頃の行いってやつだろうか。
「でも、その格好は何よ? 髪型もカッコつけちゃって」
「あぁ、これですか。今夜お嬢様をエスコートするんで、それなりの格好をということで着飾られたんですよ。やっぱり似合ってませんかね?」
「はぁ!? あんた、あのクソ女をエスコートするの!? あたしにもしたことないのに!?」
いや、そりゃ隊長をエスコートはしないだろ。何だ、任務の時にでもしろってか? 死ぬでしょ、そんなの。
「し、しかもそんなカッコいい格好で……いいな」
「え、もしかして俺って今カッコいい? 本当か?」
隊長が俺を褒めるとは思わなかった。最後は何て呟いたのか分かんないけど、多分カッコいいって言ったんだろう。照れるなぁ!
「ま、まあまあね! 具体的には家畜が着飾ったくらいよ!」
「それカッコいいの? ほんとに?」
その評価は酷くない?
「そんなことはいいのよ。それよりあんた踊れるの? 夜会ってことは舞踏会でしょ?」
「踊れますよ、失敬な。セバスさんに扱いてもらったんですよ」
「スカーレット家の執事にねぇ……。シキ、リズム感クソなのに頑張ったのね、その人」
クソとは失礼な。ちょっと右手と右足が同時に動くだけだろ。
「隊長も元は貴族でしたよね? じゃあ踊れるんですか?」
「元も何も今も貴族なんだけど……。踊れるわよ、別に」
「強がらなくてもいいんですよ?」
「強がってないわよ!」
まさかあの蛮族も真っ青な隊長が踊れるとは思えず、俺は哀れみの目で見てしまう。強がっちゃって、可哀想に。
「信じてないわね、こいつ……!」
「まぁ、機会があったら教えてあげますよ」
「縊り殺してやろうかしら」
何で日常会話で縊り殺すとか出てくんの? 俺、会話の中で言ったことないんだけど。
そんなこんなで話していると、ネックレスが輝いた。いや、日常的に使うなって言ったじゃん。
「じゃあ、そろそろ行きますね。隊長が護衛なら安心です、よろしくお願いします」
「早く行きなさいよ」
相変わらず当たりが厳しい人だなぁ、なんて昔と変わらない隊長に思わず笑ってしまう。俺はそのまま背を向けて宮廷に歩いて行った。
シキとの2人での会話はとても楽しかった。その時間が名残惜しかった。去っていく後ろ姿を見て、思わず独り言が溢れてしまう。それは後悔と憎しみの塊だった。
「あたし、もっと素直になれば今頃あいつとここで護衛ができていたのかな……。シキ、喋り方も格好も変わっちゃったのに、中身は変わってなかったわ」
そんな少女の小さな呟きは彼の耳には届かない。いつもそうだ。肝心なことは小さく呟くだけで、彼の耳にはいつだって届かなかった。
「分かってるわよ、あたしが悪いって。でも、怖いもの……。あの女はいいわね。全部シキにぶつけられて」
殺意が湧く。臓腑が憎しみで焼け爛れそうだ。あの女が元凶だ。あたしとシキの全てを壊した女。シキが守ろうとする女。シキに今夜エスコートされる女。シキと今夜踊る女。あたしじゃない、あの女が全てシキとやるんだ。何で? あたしもシキに守られたい。大切にされたいのに。
あぁ、あいつが居なくなれば、シキは戻ってくるのかも。なんてね。悪い方向にばかり考えがいく。切り替えよう。あたしは3番隊隊長ラニア・アリシアだ。強く理不尽な女よ。
「……これは今回も面白い傀儡になってくれそうだ」
切り替えようとして頬を叩いていた時、そんな言葉が聞こえた気がする。でも、誰かは分からない。だって、あたしの意識はそこで途切れた。
ありがとうございました!
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