お嬢様と騎士、馬車にて戯れる
よろしくお願いします
王都へ向かう馬車は暇だった。何だかいつも馬車に乗ると暇を感じている気がする。
そもそも王都にも学園にも馬車を使って1日という距離がしんどい。いや、普通の馬車ならもっと時間かかるんだけどさ。
貴族の使う馬車を引く馬たちは魔術が扱える。馬に魔術ってそれもう魔物だろという気もするが、血統のある馬は風魔術が発現することがあるのだ。俺、属性魔術使えないんだけど、馬に負けてんのかな……。
とにかく、風魔術を発動した馬のスピードは凄まじいのだが、いかんせん速過ぎる。景色なんて凄まじい勢いで進んでいるので、楽しむ暇もない。窓から顔を出すとかしようものなら、首を痛めるどころか下手な人間なら首が千切れ飛んでしまう。
あまりの暇さに負けた俺はお嬢様に何となく話し掛ける。
「お嬢様、暇ですし何かしませんか?」
「子作りね?」
「倫理って言葉、知ってます?」
知ってたら言えないだろ、そんなこと。知ってて言ったのなら、残念ながらその倫理は破綻しております。
「冗談よ、初夜はわたくしの部屋よ」
「アハハ、それも冗談ですか?」
「どうかしらね?」
目がヤバい。そんな目をしないで、お願いだから。ね?
というかそもそも初夜をお嬢様は地下室でおっぱじめようとしてたじゃないですか、とは言えない。
「それはさておいて、確かに暇ね」
「さておかずに冗談だと断言して欲しかったのですが、まぁいいでしょう」
「そういえば、子作りゲームというものを聞いたことがあるわ」
「話を変えろぉ!!」
あの手この手で同じネタを出してくんな!
「つれないわね……ところでわたくしの衣装はどうかしら?」
つられたら不味いだろ。
お嬢様の衣装ねぇ……。まぁ、丁度いい話題かもしれないな。これから夜会に出るわけだし、俺も初めて夜会の付き添いなんてするし。いつもは会場の見張りとかだったからな。
「似合ってますよ、というか基本的にお嬢様は元がいいんで何でも似合いますよ」
「それは嬉しいわ。でも、わたくしはこの衣装に対するシキの具体的な褒め言葉が欲しいのよ」
「そんなもんですか」
「そんなもんよ、乙女心は」
「アハハハハハハ!!! お嬢様のその手の冗談はめっちゃ面白いですよね」
あ、やめて、折角着た衣装を剥ごうとしないで!
茶番は程々に、改めてお嬢様の格好を見る。
ドレスは真紅のもので派手な装飾がされているが、不思議と下品さは感じない。お嬢様の眼の色や髪色によく似合っている。腰まで伸ばした髪も美しくダウンスタイルで纏められていて、上品な仕上がりだ。大胆に胸元も開けており、色気とその存在感がすごい。いやぁ、すごい。
「あら、おっぱい魔人はわたくしの胸ばかりに目がいくのね」
「いってまちぇん」
噛んだ。
「んんっ……はい。よく似合っておられますよ。髪や眼の色によく似合っております」
「陳腐ね。世界一美しいわたくしに掛ける賛辞とは思えないわ」
「えー」
えー。
「もっとわたくしが喜びそうな言葉を考えなさい」
「うーん、お洒落ですね」
「0点よ」
難しい。これは難しいぞ。どんな褒め方が良いというんだ。全然分からん。
「太陽よりも赤き姿に、俺の目も焼き尽くされそうです」
「燃やされたいのかしら?」
おっとぉ、命の危機だ。でも、確かに太陽よりも赤いって別に褒めてないし、焼き尽くされそうって攻撃受けてるみたいだわ。
「火の化身のようですね!」
「燃やすわ」
どうやらこれも違うようだ。妖精とか精霊って言うべきだったか。そっちの方が響きも可愛い感じがする。
俺に褒めるセンスを求められても困るんだけどなぁ。お嬢様、そこら辺ちゃんと理解してもらえないと駄目ですよ、理不尽だなぁ。それで怒られても、悪いのはお嬢様ですよ。
う〜ん、他に褒め言葉かぁ。
「…………おっぱいすごいっすね」
「そう、ありがと。お礼にそのおっぱいからミルクが出る身体にさせる権利をあげるわ」
「すいませんでしたぁ!!!」
これは俺が悪い。
ポロッと出ちゃったよね、本音。
「ただ普通に、『今日のお嬢様も世界一美しい。俺と結婚しましょう。夜会なんて行かずに貴女を独り占めします。他の男どもの目には触れさせません』と言えばいいことだったのよ? 鈍い男ね」
「分かるか、そんなもん」
言えるか、そんなもん。
発想の中に一欠片もなかったわ。
「でも、お嬢様がそんな胸元開けたドレス選ぶの珍しいですよね。普段はしっかり着込まれるのに」
「あら? まだ胸の話をしたいの? 本当に好きね」
違わないけど、違います。
「でもそうね、他の男に出来る限りわたくしを見られたくないもの」
「そうですね、お嬢様ってそんなイメージだったんですが」
「でも今日はシキがエスコートしてくれるもの、わたくしが最高に美しくなるドレスを選んだわ」
……お嬢様、そんな……俺。
「俺、エスコートするって言ってないんですが」
「無粋な男ね、そこは流されなさい」
まぁ、多分するんだけどね。ウーサー様にエスコートさせるわけにもいかんし。護衛がエスコートすることもそこまで珍しいことではない。相手がまだ決まっていない御令嬢の場合だけど。
「それは構いませんが、俺もここまで着飾る意味ありました? お嬢様がそのドレスを着た理由は分かりましたけど、俺は目立たない格好でよかったですよ?」
「馬鹿ね、最高にカッコいいシキを見せつけたいからに決まってるじゃない」
恥ずかしい。こういうストレートな言葉には上手く反応が未だにできない。
「そんなん見たいのお嬢様くらいですよ」
「そうよ」
そうですか。自分の欲望に忠実で何よりです。
「しかし、着慣れませんね。こういう装いは経験ないもので」
俺の服装は、貴族様が着るようなものだ。詳しい名称とかは知らない。何か上着にもシャツにも色んな装飾が付いている。ムズムズするなぁ。
髪型もオールバックにしており、元々厳つい顔だったのに更に厳つくなっている。普段も髪型は短くしている為か、ツンツンに逆立っているが、後ろに撫で付けると印象変わるよね。
「よく似合っているわ。このまま夜会に行かずに監禁したいくらい」
「褒め言葉に監禁って単語入れるのやめてくれません?」
嬉しくないわ、その褒め言葉。
「それにしても随分時間が潰せたわ。そろそろ着く頃かしら?」
「そうですね、もう少しで王都も見えてくるんじゃないですか?」
暇は潰せたし、結果オーライとしておこう。
王都に着き、まずは旦那様とジュラス様に会いに行く。旦那様たちの構える王都の邸宅に泊まる予定なのだ。事前に手紙も出しておいたし、つつがなく会えることだろう。
しかし、久し振りの王都だが、流石に人が多い。貴族階級だろうという方々もチラホラお見かけする。貴族の多い地区とはいえ、相変わらずすごいな。
「お嬢様、その格好で出歩く気なんですか?」
「一々着替えるのは面倒だもの」
着く時刻が思いの外早かったので、夜会の開催まで時間がある。前日入りしてもよかったのだが、お嬢様の準備もあり当日入りという形になったのは少し裏目だったかもしれない。
お嬢様の格好はそりゃあもう目立つ。派手派手だ。衆目がざわつく姿が目に浮かぶようだ。
「シキ、行くわよ」
「はい、お嬢様」
まぁ、いっか。基本移動は馬車だし。
「よく来たな、エリザ。それにシキも」
「お父様、お兄様、お久し振りですわ。お父様とはそうでもないですけど」
「旦那様、ジュラス様、ご壮健のようで何よりです。お久しぶりにございます」
邸宅へと上がり、旦那様とジュラス様に挨拶をする。旦那様もジュラス様もお忙しいというのに、わざわざこの時間に仕事を切り上げてくれたようだ。
それにしてもジュラス様は相変わらずイケメンだ。赤いサラサラな髪に怜悧な瞳、スラッとした長身とイケメンの必要な要素を全て兼ね備えている。王都の貴婦人は微笑まれただけで惚れるらしい。すごい。
「久しぶりだな、エリザ、シキ。イゾン大森林の件で心配していたが、息災のようで何よりだ」
「えぇ、シキがよく働いてくれましたわ」
「そうか。話は聞いていたが、よく我が妹を守ってくれたな、シキ」
「滅相もございません。お嬢様に怪我をさせてしまった我が身の未熟を嘆くばかりです」
ジュラス様、優しい……。というか基本的にスカーレット家の方々はお嬢様も含めてお優しい。いや、やっぱお嬢様は微妙だな。しかし、男性陣はとにかく優しい方たちだ。奥方様は、お会いする前にお亡くなりになられていたが、やはりお優しい方だったのだろう。
「夜会の件については手紙でも見たが、くれぐれも気をつけよ」
「父上の仰る通りだ、第二王子殿下も参加されるのだろう」
お2人が心配するように声を掛けて下さる。胸が痛い。
言えない。申し訳ございません、実はその夜会でその第二王子殿下に喧嘩を売りに行きます、とか俺には言えない……!
「えぇ、気をつけて楽しんできますわ」
この人のメンタルは鋼なんだろうか。俺は罪悪感で押し潰されそうなんだけど。そんな風に俺の胸を痛めつけて、スカーレット家でのささやかな再会は終わり、俺たちは夜会へと足を運んだ。
「何しにきたのよ、おっぱい魔人」
ほらみろ。
嫌な予感ほどよく当たるわ。
ありがとうございました





