お嬢様、屋敷にて夜会の招待を受ける
よろしくお願いします!
「手紙? わたくし宛に?」
朝を迎え、お嬢様が起床されたタイミングで手紙の件について話すと、お嬢様も心当たりはないようだった。不思議そうな顔で、手紙を見つめている。
「この封蝋は、見覚えないわね……。王家のものとも違うわ」
「そうですか、不思議ですねぇ」
全くもって不思議だ。
しかし、封蝋の誂えはかなり凝っていて、間違いなく何処かの貴族家のものだろうとは分かる。
「我が家と交流のない家でしょうけど、事前に話もないなんてね」
そう言いながら、お嬢様が封を開けていく。いや、そういうのって俺の仕事なんですが。
便箋もかなり高価そうだ。いや、金掛かってんな。一体全体何処の家だ?
「…………へぇ、そういうことなのね」
「? 何が書いてあったんですか?」
お嬢様は不快なものを見たと言わんばかりの表情で、声も低くなっている。何が書いてあるんだ? 悪口か? お嬢様だし、ありそうで困る。
「学園の卒業生の方々からだったわ。学園生による夜会の誘いよ」
「あ〜、それで見覚えなかったんですね」
「そういうことね、非公式なものみたいだし」
そりゃあ見覚えないわ。お嬢様、入学したの今年からだもんな。しかも、お嬢様はそういうのに絶対興味ないだろうし。そもそも、非公式な会なんてあまり大々的には宣伝とかもやらないだろうし。
「有力な家での集まりってことですか」
「そ、コネ作りよ」
お嬢様は一瞬で興味を失ったようで、手紙を捨てようとする。
「行かないんですか?」
「行く理由もないわ」
「そりゃそうですけど」
お嬢様にとって、貴族の繋がりなんて今日の朝飯の内容よりも興味ないだろうけどさ。こういうのって、のし上がりたい人向けだし。そういった仕事はジュラス様がしていらっしゃるし。
「でも、ヴェルク様とかも行くんじゃないですか?」
「どうしてわたくしがヴェルクのために行動しなければならないのよ」
「いえ、俺が久しぶりに会えるかなと思っただけです」
実際、スカーレット領で静養してから会っていないので、少し会いたいなと思っただけだ。あの筋肉たちと久しぶりに手合わせはしたいもの。
「シキ、あの脳筋どもと仲良いものね……」
「脳筋かどうかは置いときますね。それにしてもお嬢様、別に俺の為に気を遣う必要とかはないですよ。どうせ新学期が始まれば会えますし」
「それもそうね」
どうせ会えるのにわざわざ無理をする必要もあるまい。そもそも夜会で会ったところで身分差的に、声を掛けることなんてできないだろう。
結局、そこでこの話題は打ち切られ、お嬢様は食事へと向かわれた。
「やっぱり行くわ」
昼過ぎの休憩時間に、お嬢様はいきなり意見を翻した。あれ、めっちゃ面倒臭い感じだったのに、急にどうしたんだろうか。悪いものでも食べたのか?
「悪いもんでも食べたんですか?」
「シキ、わたくしも時には怒るわよ」
割とキレるのに、そんな滅多に怒らないみたいな言い方しないで下さい。
「わたくしの我儘に付き合ってもらうわよ」
「いえ、全然夜会の付き添いとか大した問題ではありませんが」
むしろ日頃の破天荒の方が余程疲れます。撮影会はやばかったね、うん。
「そこではないわ。第2王子に喧嘩を売りに行くことよ」
「話飛びすぎてません?」
夜会の付き添いだけだと思うよね、さっき迄の流れがあったらさ。
「今回の夜会の招待状に、賓客として招かれた名前に第2王子の名前があったのよ。そこでわたくしは考えたわ。そうね、宣戦布告をしておきましょうと」
「思考回路のバーサーカーっぷりは治りませんでしたね」
「以前の一件は証拠がないとはいえ、あの男の仕業であることは明白よ。そして、今後もこういった展開が予想されるわ」
「あれ? 無視ですか?」
俺の無礼をガン無視して、お嬢様は話を進めていく。言ってることは分かるけど、喧嘩腰過ぎるわ。ベックマンの発言からして、どう考えてもウーサー様がバックにいるんだろうけどさぁ。
「そのための先手を打つわ」
「なるほど、奇襲ですね。闇討ちが有効かと」
「……シキ、貴方も大概思考回路が野蛮なのを自覚なさい」
あれ、喧嘩売りに行くって言ってたから、てっきりそういうことかと。
「あくまで釘を刺しに行くのよ、別に戦闘をしにいくわけではないわ」
「それ、今更じゃないですか? 向こうも気付いてますよ、そんなこと。しかも問題になりますって」
向こうだって別に馬鹿じゃない。俺とウーサー様がやりとりした瞬間から俺が気付いたように、向こうだって気付いているに決まっている。しかも、俺が言ったように下手に口に出せば、不敬で問題になってしまう。
「話すこと自体は問題ないわ。どうせ向こうもそんなことに意味はないことは分かっているわ」
「あの事件の後ですしね、お嬢様が疑心暗鬼になって乱心したとでも言えば、ちょっとしたトラブル程度で終わるかもしれませんが」
「そう、それにわたくしはあくまで直接的に言うつもりはないわ。遠回しに言うに決まってるじゃない」
じゃなきゃ困るよ。
しかし、それなら本当にどうしてわざわざそんなことを言いに行くのだろうか。
「内通者がいるわ。ヤディーレ学園に」
「イゾン大森林で俺がいなかった間に何か聞いたんですか?」
あの一件で、俺がいない時に何か内通者を匂わせる発言があったのか。
あと俺の思考を読んで会話しないで。違和感なさ過ぎて気付かなかったんですけど。
「ベックマンは肉体を改造されていたでしょう? しかし、学園から帝国には行った形跡が無かった」
「あぁ。そういうことですか」
学園内にそういったことに手を出している裏切り者がいるんだな。
「夜会に来ているかもしれないし、あの男にわたくしが接触してそれとなく探りを入れるのよ」
「そんなこと漏らすとも思えませんが」
「でも、何もせずにまた同じように受け身になっては、またしてやられるだけだわ。何かしら行動を起こさないと何も得られないじゃない」
そう言われると弱い。
確かに、俺たちは未だに敵の狙いどころか、その全体像の把握さえできていない。待っているだけなら、前回の二の舞になってしまうのも事実だ。
「それにしたって、お嬢様が前に出る理由はありませんよ」
「馬鹿ね、シキ。この前話したじゃない。わたくしの為に誰かが傷付くのはもう懲りたのよ」
「………………貴族向いてないですよ、お嬢様」
だから前に出るって、まぁ、俺を頼ろうとはしているから許してやるか。
「シキ、頼りにしているわ」
「えぇ、何があろうとお守りしますよ」
「あとエスコートもね」
「えぇ……第2王子殿下に頼んでくださいよ。婚約者でしょ」
俺が悪かったんで、首輪をつけようとしないで下さい。
「ところで夜会っていつ何処で行われるんですか?」
「来週の王都で行われるわ。非公式とはいえ、有力な貴族の集まりだから中央騎士団も護衛で動くみたいよ」
……嫌な予感がする。しかも多分当たるわ。
脳裏にチラつくのは、あの金髪貧乳で吊り目な隊長の恐ろしいご尊顔だ。絶対いるだろ、これ。
「お嬢様……気を引き締めて参りましょうね……」
「シキ、わたくしも同じ予感があるわ……。でも、雑魚には気を払う必要もないわよ」
雑魚て。
ありがとうございました!





