騎士、屋敷にて痴態を晒す
よろしくお願いします
再会したお嬢様はそれはもうハイテンションだった。
というか、長期休暇始まるの明日ですよね? 何でもういるんです?
「あぁ、この時を待ちわびていたわ! まるで悠久の時を過ごした気分よ」
「表現が大袈裟過ぎる!!」
たった1ヶ月程度の期間を悠久にしないで下さい。
「お嬢様、俺の記憶が正しければ、長期休暇は明日からだと思っていたのですが。どうしてもういらっしゃったんですか?」
「あら? 終業式の日は午前授業よ? そこから出発したのよ」
今、夕刻なんですが。どんなに速く移動しても、学園からここまでは丸一日かかると思っていましたけど。実際、俺とお嬢様が学園に移動した時は、朝に出発して夕刻に着きましたよね?
「愛の力ね」
出たよ、愛の力。なんでもありか。時空とかもその内歪めそうだな。
「もう歪めたわ」
「歪めないでください」
そんな容易く歪められてたまるか。ジョークにしてもぶっ飛んでんな。
「それにしても、久しぶりに会うとカッコよくなっててビックリするわね」
「何も変わっていませんが?」
フィルターかかりまくりですね。俺は久しぶりのお嬢様に追いつかないよ。
あ、シアさんと護衛の方々も追いついてきた。……ちょっとみんな痩せてない?
「お嬢様……速過ぎます」
「シア、悪かったわね。少しテンションが上がっていたのよ」
「上がり過ぎです……」
肩で息をしているシアさんたちを見て、お嬢様が馬車から降りてどれ程のスピードで屋敷に飛び込んできたのかを察して戦慄する。
戦慄はしたが、挨拶がまだだったことを思い出し、改めてお嬢様に挨拶をする。
「まぁ、ともかくお久しぶりです、お嬢様。お元気そうで何よりでした」
「えぇ、堪え難い日々だったわ」
「俺の挨拶、聞いてます?」
元気そうでよかったねって言ったんだけど。この人の話を聞いてない感じ、懐かしいな。屋敷の人達はみんなきちんと話せば意図を汲み取ってくれるからね。
「何にせよ飯の準備をしますから、私室でお休みしてお待ち下さい」
「シキは当然わたくしと部屋へ行くのよね?」
行きませんよ?
「シアさんも旅の疲れなどもあるでしょうし、お休みしててくださいね」
「トアルさん……ありがとうございます。申し訳ありませんが、お言葉に甘えさせていただきますね」
「いえいえ、これは屋敷の皆さんの総意ですから」
絶対大変だっただろうし。護衛で契約していた方々にも声を掛けておく。
「護衛の人たちもお休みくださいね。今日は屋敷でごゆっくりしていってください」
「あぁ、恩に着ます……。トアル殿も大変だったのですね……」
護衛の人たちはげっそりした顔のまま返答して、俺へ同情の眼差しを向けて屋敷に移動していく。この1ヶ月で何があったんです?
「シキ、わたくし大変愚弄されている気がするわ」
「残念ながら、適切な評価かと」
頬を膨らませてむくれるお嬢様に、現実を突き付けてあげるのも使用人の務めだ。
だから、大人しくしててくださいね? あと、そろそろ俺の服の匂いを嗅ぐのやめてもらっていいですか?
食事は穏やかに進行していた。お嬢様が一緒に食べろと言ってきたのはビックリしたが、まぁそんなもんだろう。同席は絶対にしないが。旦那様も居られるのに、同席とかできるわけないだろ。
「エリザ、イゾン大森林の件はご苦労だったな」
「いえ、わたくしではなくグループの方々が大変だったと思いますわ」
「シキからも顛末は聞いている。エリザも怪我をしたということもな」
旦那様が例の一件について話すが、お嬢様はひどくつまらなさそうだった。まぁ、そりゃそうだ。あの一件はお嬢様にとって恥以外の何でもないだろうし。
「大したことではありませんわ。治癒魔術で簡単に治るレベルでしたもの」
「それで治らなかったら、命の危機ではないか」
全くだ。
「ところでお父様、いつまでこちらにいることができるのかしら? 今は王都が大変な時期だと思っていましたが」
「あぁ、直に戻るだろう。ジュラスが今は王都で働いているが、どうにも忙しいらしいしな」
「お兄様をもってして大変と言わしめたのですわね……」
次期当主であるお嬢様の兄君、ジュラス・スカーレット様が大変と旦那様に連絡するってヤバいな。
「あぁ、だから私も早急に戻る必要はあるのだが……あれだけのことがあったのだ。娘の無事を一目見たいと思うのは当然だろう。ジュラスも心配していたしな」
「お兄様もですか?」
「あいつも人の子ということだ。身内が事件に巻き込まれて心配しないような奴ではないさ」
スカーレット家の家族愛は強く、情に厚い。ともすれば身内に甘いと言うべきか。実際、信頼する使用人に対してもかなり気安く接し、必要であれば使用人にすら意見を求め、諌められれば耳を傾けてくださる。貴族として冷徹な決断もされるが、根底にあるその慈しみは領地でも大変な人気だ。
ジュラス様も怜悧な見た目と冷たい口調をされているが、その例に漏れないのだろう。
「そうですか……お兄様が」
「あぁ、あいつもお前の話を聞けば元気に執務に励むことだろう」
「フフ、ありがとうございます……。ところでお父様、シキより話を聞いたのならば、わたくしへの求愛についてもお聞きしていらっしゃいますか?」
もう〜、お嬢様。和やかに終わりそうだったのに爆弾をブッ込むんだからぁ。俺の胃を破裂させたいのかな?
「求愛? いや、それは聞いていないな。そもそもしたのはお前ではないのか?」
冷や汗が凄い。
「いえ、シキですわ。診療所にてシキがようやくわたくしにプロポーズをしてくれましたの」
「…………どういうことだ?」
「話すより、こちらをお聞きくださいな」
コトリとテーブルに置かれたのは、記録魔術の込められた魔導具だった。もしかしてあれを録音してたの? いつ? 部屋を出ようとした時です?
そして、再生される俺の痴態。
誰か俺を殺してくれぇ!!!
「ふむ……そうか」
再生が終わり、暫し沈黙していた旦那様がようやく口を開いた。
俺は不敬罪も覚悟で飛び出そうとしたが、セバスさんに羽交い締めにされた。力強くない? セバスさんって代々執事の家系で、戦闘とかしない人でしたよね?
「確かに求愛に聞こえるな」
旦那様ぁ!!?
「でしょう? わたくし、この時妊娠したかと思いましたわ」
ハハハ、お嬢様は頭がおかしいね。
「なるほど、私はシキが無理に迫られていると思っていたが、少し違うようだな」
「えぇ、お父様の誤解が解けて嬉しいですわ」
誤解じゃないよ? 俺だけを我儘に付き合わせろって言っただけだよ? プロポーズかな? プロポーズかも。
「まぁ……考えておこう」
最終的に旦那様はお茶を濁した。分かる。
そんな次の日に、旦那様は王都へ向かって行った。
あぁ、俺の防波堤が……。これからは荒波直撃だ、つらみ。
「シキ、長期休暇中に騎士鎧姿での撮影会をしましょう」
「また唐突にトチ狂ったことを仰る……。嫌ですよ、そんな恥ずかしいの」
荒波がいきなり襲いくる。何でそんなことをしなきゃならんのだ。
「約束したじゃない、遠征授業の初日に」
「してませ……いや、してませんよ」
確かにそんな話題は出たけどね。一言もするとか言ってないわ。思い出そうとして、そんな約束したかもとか思っちゃったよ。
「わたくしがすると言えば、するのよ」
「え〜」
「やだ、可愛い」
嘘じゃん? 何で成人男性の「え〜」を可愛いと思えるの、このお嬢様。良くてキモ可愛いだよ。
「まぁ、やるのだけどね」
「やるのかよ」
敬語剥がれちゃった。
そんな下らないことを話していると、門の方から聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。
「シキィーーーーー!!! いるんでしょ!? 出て来いやぁぁぁ!!!! この裏切りもんがぁぁぁぁ!!」
あ〜もう、めちゃくちゃだよ。
予想していた地獄の始まりを告げる声だった。
ありがとうございました。
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今後も精進していきたいです。
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