騎士、屋敷にて波乱の予感
第二部、よろしくお願いします。
診療所の一件以降は、穏やかな日々が続いた。もちろん、診療所の先生からはお叱りを受けた。当たり前過ぎる……。勝手に治療器具を外し、立ち歩き騒いでいたので、それはもう平謝りだ。本当にごめんなさい。
ヴェルク様やジェフ、ティアベル様もお見舞いに来てくれた。ティアベル様はギャン泣きで、おいおいとあんまりにも泣くもんだから、また怒られた。解せぬ。
そんな感じで俺は治療がある程度完了し、当分の間はスカーレット家の領地にて静養をすることになった。お嬢様は当然の如く学園をサボって俺についてこようとしたのだが、旦那様に叱られて流石に諦めたようだった。そもそも平然とサボろうとしないで下さい。
そんな訳で俺は今、非常に暇だった。
「暇ですね……」
「それは仕方がないですな、シキ様」
「セバスさん、そんなこと言われても、身体動かさないと鈍っちゃいますよ。あと様付けはやめて下さいって」
「未来の旦那様候補ですので」
「寒気のする冗談をセバスさんも言えるんですね、アハハ」
冗談だよね? 真顔やめて。
そんな訳でスカーレット家の屋敷で俺が静養している間、お嬢様のお付きはシアさんが代行している。そもそも、この屋敷で1番仕事ができないのは俺だ。特に不自由なくどころか、より快適にお嬢様は学園で過ごしているだろう。
あの一件以降、そろそろ2週間が経とうとしている。ようやく仕事に復帰はできても、俺の執事スキルはこの屋敷においては最底辺レベルなので、俺が1つ仕事をこなす間に皆さんがおおよその仕事を終わらせてしまう。有能過ぎる。
暇過ぎてお嬢様が恋しくなる日が来るって、俺はかなり毒されてきているのかもしれない。嫌過ぎる。
「掃除も皆さんの普段の仕事が凄過ぎて、全然やることありませんし」
「それはそうですが、だからと言って手抜きは許されませんよ」
「いや、全力なんですが……」
「ふむ、あれで……」
泣いていいかな? チリ一つ残すまい! 位の気持ちでこなしてたんだけど。どうやらまだまだ精進が足りないようだ。
「セバスさん、旦那様はいつ頃戻られる御予定なのでしょうか?」
「3日後には戻られるはずです。この間の一件の詳細な報告もその日に行うことになるでしょう」
「そうですか……。ありがとうございます」
3日後か。旦那様の方も色々手を尽くして調べているようだけど、中々尻尾は掴めていないだろう。詳細な情報の共有はしておきたいところだな。
それから、とセバスさんはからかうような声音で俺に話し掛けてくる。
「もうすぐお嬢様ともお会いできますよ」
「言わないでくださいよ……。急に現実に引き戻された気分です」
「おや? お嬢様と密に手紙のやり取りをなさっていたので、もう陥落されたのかと」
ひでぇ言われようだ。
「冗談よして下さいよ……そんな恐ろし、いや、そんな畏れ多いですって」
「しかし、あれから2週間。毎日5通ほど手紙が来てますよね」
「何で毎日届くんですかねぇ……」
ストーカからスカーレット家の領地に手紙が届くのに、普通は早くても1週間は掛かるのに、何で離れたその日に来るんだよ。しかも5通て。多い日は10通位来るし。しかも1通に便箋4枚は短くてもあるってどういうことなの……。
「お嬢様の愛は凄まじくいらっしゃる。昔の奥方様を思い出します」
「あの重さは血なんですね……」
愛の重さが遺伝するって初めて聞いたよ。
「ここ1ヶ月は平和だったんですけどね。お休みは終わりかぁ」
「では、通常業務に加えて、そろそろ本腰を入れて執事修行も始めるとしましょう」
「うへぇ」
「うへぇ、ではありませんぞ。そろそろもう少しマトモに茶を入れれるようになっていただかなくては」
いいんだけど、セバスさん超厳しいからな……。お嬢様が長期休暇で戻ってくる頃には、パーフェクト執事になってんじゃないだろうか、俺。
あぁ、短いお休みだったなぁ。さらば、平穏。また会う日まで。
「シキ、大儀であった。まずは娘を守ってもらったことに礼を言おう」
「滅相もございません、お嬢様の身体に傷をつけてしまったことを深くお詫び申し上げます」
3日後、俺は予定通り旦那様と情報の擦り合わせを行なうことになったのだが、旦那様の第一声はまさかの感謝だった。事情は事情とはいえ、叱責くらいはされるもんだと思っていたんだけど。お嬢様に怪我させちゃったし。
「いや、事の顛末は娘からもイージス家の者からも聞いておる。故に感謝を捧げたいと思うのは当然のことだ」
「勿体なきお言葉にございます」
「そうか……。まぁ、よい。本題に入るぞ」
「かしこまりました」
俺は俺が見たもの全てを余すことなく旦那様に伝えた。驚いた顔をするものだと思っていたが、存外旦那様は落ち着いて話を聞いてくださった。これが貫禄ってやつか。
「………………やはり、帝国と繋がっていたのか。それにグラシア家のベックマンも」
「ご存知でしたか」
「いや、以前も言ったように確証はなかった。しかし、出入りは明らかに帝国と縁のある者が多くてな。それにグラシア家のことについては全く知らなんだ」
同感である。そもそもグラシア家は第1王子の陣営だっていうのに、何で荷担していたのかは分からなかった。あいつ、意味深なことばかり言う割には、まるで核心を口にしなかったからなぁ。
「おそらく学園に入ってすぐということもないでしょう。それにしては彼奴は心酔していましたから」
あれで入学後とかだったら恐れ入る。
「しかし、肝心のグラシア家の息子の遺体は見つからなかったと。確かに殺したのだな?」
「えぇ、間違いなく魔力の容量を越えて死亡した、若しくは廃人になったはずです。此方は俺が意識を失った後、お嬢様やヴェルク様が確認されました」
「回収された、と見るのが妥当だろうな」
「同じ考えでございます」
つまり、事の成り行きを見守るクソ野郎がいたのだろう。あのクソ王子の差し金に違いないだろうが、腹立つことである。
「分からんな。第2王子は帝国に肩入れして何の得があるというのだ? あの国に肩入れしたとして、今より良いポストにつける可能性など皆無だろうに。グラシア家の御子息も同様だ」
「分かりません。……それと、他にも気になる点はあります」
「帝国の技術とやらか」
旦那様の言葉に肯定の返事をする。あの一件、ベックマンを殺すことはできたが、あの魔導技術は理解できなかった。
「死なない身体というやつか。魔力を2種類流していたということだったが、そんなことを可能にできるのか?」
「できますが、それにしても奇妙でした」
俺の『シュヴァリエ』と原理は似ていた。可能か不可能かで言えば、可能だろうとは答えられる。
「私の魔術では、空気中の魔力を強引に取り込み身体能力を極限まで強化します。その原理に近いものを感じました」
「なるほど、貴様の魔術と同様の技術なら実現可能ということか」
「はい、しかし、奴らは外から取り入れていた様子がなく、絶えず体内に2種類の魔力を流していました。つまり、新たな属性魔力を無理矢理植え付けたのでしょう」
そして、その植え付ける源はおそらく最悪だ。
「……続きを聞こう」
「おそらく植え付けた魔力の源泉は、他の人間の魔力です」
その言葉に旦那様の顔が強張る。それを見ながら言葉を続ける。
「魔力は人間の生命を支える力でもあります。それを強引に移植したのでしょう。そうすれば単純に2種類の魔力を宿すことができます」
「移植した人間は死ぬだろうがな」
吐き捨てるように仰る旦那様に、俺も頷いて同意する。
魔力は基本的に全ての人間がもち、生命の支えとなっている。それを無理に移すのは、強引に心臓を移植されるようなものだろう。
全ては推論の域を出ない。だが、おおよその見立ては合っていると確信している。
「何にせよ、悍しい技術だ。存在が害悪だな」
「同感です」
旦那様との報告会で、改めて雲行きの怪しさと帝国の繋がりの影を濃く感じるのだった。
「そうだ、暗い話ばかりしてられんな。西の戦線だがな、近況は落ち着いてきたらしい。それでサンドル殿から手紙を預かったのだった」
「ありがとうございます。……団長が申し訳ございません」
団長、大公家の当主を顎で使うなよ。首飛ぶぞ。
にしてもあの筆不精な団長が手紙って何だろ? 何か良いことでもあったのか? そんな俺の呑気な考えは即座に打ち破られることになる。
旦那様の元から失礼し、部屋へと戻り手紙を開ける。そこには1枚だけ便箋が入っており、内容も一文しか書いていなかった。
『すまん、あいつ止められんかった』
察したよね。
「お嬢様もそろそろ帰ってくんのに、あの人も戻って来たのかよ……」
これから始まるであろう地獄に俺は1人嘆息するのであった。
控えめに言って、最悪だ。
ありがとうございました。
続きを気になって頂けるとめっちゃ嬉しいです。
あと感想・評価・ブクマ頂けると狂喜乱舞です。





