お嬢様、診療所にて愛を叫ぶ
よろしくお願いします。
エピローグです
あれからの後日談というか、聞いた話では色々大変だったらしい。
まず、俺はベックマンに魔力を流し込んだ後にぶっ倒れた。『シュバリエ』の反動だ。
あれは使用すると無理矢理に外の魔力を体内に取り込んでしまうので、使い続けると取り込み切れない過剰な魔力が血管に移り、血と同化する。その結果として、魔力が血で赤く染まり身体も赫くなってしまう。要するに、血と魔力を同時に消費するので、血液不足になってしまうのだ。
俺含め3人が重体、お嬢様も骨折した状態で、ティアベル様も魔力が切れて動けなくなってしまった。
そんなピンチを救ったのは、中央騎士団の増援だったらしい。俺達を担いでヴェルク様とジェフが出口に向かって歩いて、力尽きていたところを助けてくれたそうだ。
「だから今、俺この診療所にいるんですね」
「そうよ、丸3日も寝込んでいたわ」
学園の人達はボロボロの俺達を見て、遠征授業を中止にしたらしい。続行したら驚くわ。
特にヤバかったザディス様とコーズ様は既に王都の治癒魔術師の元へ搬送されたらしい。
「霊薬、間に合いました?」
「ギリギリね。今は小康状態と連絡を受けたわ」
「そりゃよかったです」
お嬢様が霊薬の手配はしてくださったとのことだが、一体そんな高価な物をどこで仕入れたんだ?
「霊薬とは言っても、要は最高級の治癒魔術士が時間をかけて最高級の素材を調合したものに過ぎないわ。この辺境の領主から買い取ったわ」
「そういうことでしたか」
まぁ、あの2人が無事ならいいや。
「それとお嬢様、帝国と第2王子殿下の繋がりの件はどうなったんです?」
「……見つからなかったわ」
「はい?」
「死体が見つからなかったの。わたくし達も移動をしたと話したでしょう? 騎士団の方々が現場にも向かったようだけど、見つかったのはヒュドラの死体だけだったそうよ」
何じゃそりゃ。
俺の記憶では、確かにあいつらを仕留めたはずだ。じゃなきゃ、ベックマンが指示した時に矢が降り注いでいた。
「どうなってんですかね」
「まぁ、掴めなかった証拠はどうにもならないわ」
仰る通りですがね、収穫なしってのはどうにも後味が悪い。俺達の情報の信憑性も大分薄れてしまうだろうに。
「……ところでお嬢様が俺と手錠で繫がってんのは、治療と関係あるんですか?」
「……あるわ」
「シレッと嘘吐かんでくださいよ」
どう考えても関係ないよ?
そもそもお嬢様も骨折とかしてたから、軽傷ではないはずなんだけど。何でピンピンして俺の看病をしてるんですかね。
「愛の力で治したわ」
「メルヘンな頭してますね」
その内、夢の国でも探しに行くんじゃないか。
「シキとなら夢の国を見つけられそうね」
「相変わらず俺限定の一方通行で考え読むのやめましょ?」
「冗談よ、治癒魔術師の人達がわたくし達を治してくれたのよ」
何が冗談なのか、俺にはサッパリです。
ともかく俺の血液不足は治癒魔術じゃどうにもならんから、俺だけまだ入院してんのね。通りで身体がダルいだけで済んでる訳だ。
「他の皆さんは?」
「まだ滞在して街で講座を受けているわ。その内お見舞いに来るんじゃないかしら」
「講座? 授業やってんですか?」
「えぇ、調査を終えた騎士団の方々から非常時の危険への対応などを受講しているわね」
暇なのかな、みんな。てっきり俺はもう学園に帰ってるもんだと思ってたよ。というか、今授業してるって言わなかったか?
「じゃあ、お嬢様何でここにいるんですか?」
「サボりよ」
「サボりでしたか」
サボんな。
「結局、手錠の意味が分かんないんですけど?」
答えをすっかりはぐらかされてしまったので、仕方なく話を戻す。気はこれっぽっちも進まないけど。
「わたくし思いましたの。今回の件、シキがそもそもわたくし達と離れてしまったことに原因もあると」
「で、手錠で物理的に離れないようにしようと」
「フフ、察しが良くなったわね。その通りよ」
お嬢様が優しげに笑う。どうやら俺も少しはお嬢様の思考回路が読めるようになってきたらしい。最悪だ、ちくしょう。
もう少し欲望に慎みをもって生きてください。
そんなことを考えていると、いきなりお嬢様に抱き締められた。慌てて引き剥がそうとするが、抱きついてきたその細い身体が震えていることに気付いて、やめた。
「ちゃんと居ますよ、お嬢様」
引き剥がすには惜しい感触だし、たまには許してやろう。
「……落ち着きました?」
「もう少しよ」
「そうですか」
今回の件はお嬢様なりにショックな出来事だったんだろう。
護衛が死んだ、俺達も死にかけた。その原因はおよそお嬢様のせいだ。いや、そもそも企てた帝国やクソ王子がダメなんだけど。
それでも選んだのはお嬢様だ。罠と分かっていながら、踏み込んで蹴散らすと決めたのはお嬢様だ。だからきっと、お嬢様は俺が目を醒まさないこの3日間が堪え難い程に不安だったにちがいない。
目に隈が出来ていた。
美しい髪はボサボサに傷んでいる。
心なしか痩せたようにも見える。
「わたくし、子どもだったわ」
「知ってますよ」
「自分のすることは全て上手くいくと思っていたの」
「知ってますよ。そんなことある訳ないじゃないですか」
俺の胸に顔を押し付けて、震えた声で懺悔をするかのように話す。病衣の胸の辺りが湿っていくのを感じる。
「わたくしはエリザ・スカーレットよ。雑魚が群がることを理由に歩む道を変える道理はないわ」
「そうですね」
いつかどこかで聞いた台詞だ。でも、多分続く言葉は違うだろう。
「……でも、わたくしの我儘で人が死ぬことに耐えられなかったわ」
「そうでしょうね。普通耐えられませんよ」
自分1人が決めたことで死ぬのはまだいい。いや、きっと後悔するけど。それでもマシではある。
でも、大概の人間は自分の我儘で他の人が死ぬことは耐えられない。俺だって無理だ。我儘でなくても、俺の命令や指示で死んでも多分耐えられない。
お嬢様もそういう人だったんだろう。気付いたのは今みたいだけど。
「強くなりたいわ、シキ。我儘を押し通しても、誰も傷付かないように」
それは無理だ。どれだけ強くたって、誰かを巻き込めば絶対はない。
「無茶言わないでください。知らないんですか? 1人の力って限界あるんですよ」
「それでも何とかしたいのよ」
「無理です。諦めてください」
絶対にできない。だって、自分1人が最強無敵でも死なないのは自分だけだ。他全ての人の身代わりになんてなれやしない。
「じゃあ、わたくしはどうすればいいの……?」
お嬢様自身もどうしていいか分かんないんだろうな。俺もそんなの分からん。分かっていたら、俺は今頃世界を平和にしてる。
「そんなの分かりませんよ。そもそも我儘なんてある程度は我慢しましょうよ」
「…………それもそうね。流石に懲りたもの、危険だと思う我儘は避けるべきよね」
カチャリと手錠が外され、お嬢様が俺から離れた。美しい目を腫らして、笑顔を作りながら扉へ向かって歩いて行く。
「また来るわ」
「えぇ、お待ちしております」
その背中は、いつも後ろから眺める背中より小さく見える。
これからお嬢様はきっと分別ある素敵な女性へと成長していくことだろう。俺への愛がどうなるかは分からないけれど、多分他の人と接する時は以前より正しく優しい対応をするに違いない。
執事兼護衛騎士として鼻が高いですよ、お嬢様。
でもそう思うと、何か溢れる想いが止められなかった。だから、考えるよりも前にお嬢様を呼び止めていた。
「お嬢様」
「何かしら」
此方を向いてはくれない。
「俺は巻き込まれても何とかしますよ。これからもずっと」
「少し、意味が分からないわ」
分かっているくせに、意地っ張りなお方だ。声、震えてますよ。そのいじらしさに、口元が少し綻んでしまう。
「あの時も言ったじゃないですか。俺は貴女の最強の騎士なんで、何が起きても貴女を守るし、死にませんよ」
「絶対なんてないわ……今回の件で分かったもの」
「ありますよ、絶対死にません」
お嬢様が振り向き、表情を歪めて叫ぶ。
俺と同じように想いが溢れ出す。言葉を考えるより前に無茶苦茶に叫ぶ。
「次は死ぬかもしれないのよ!! 何で絶対なんて言い切れるの!? 今回だって、3日も意識がなくて! 死んでしまうところだったのよ!! それなのに何で!! 何で……言い切れるのよ。……わたくしは、何よりも、わたくしの我儘で、シキが死んでしまうかもしれないことが、たまらなく、怖いわ……」
お嬢様の最後の言葉には力がなく、途切れ途切れで小さかった。俯き、震えるお嬢様は誰がどう見ても普通の女の子だった。
だから俺は身体に付けられた管を外し、悲鳴を上げる身体を無視して立ち上がる。そして、そのままお嬢様に歩み寄り、そっと抱き締めた。
「死にませんよ。貴女の我儘で、俺は死にません」
「そんなの言葉だけよ……次はもっと酷い目に合うわ」
まだ言うか。
「死にませんて」
「だから!! 何を根拠に……」
「俺が貴女の! 騎士だからですよ!! それ以上の理屈はいらねぇだろ!!」
我慢の限界だった。後ろ向きなお嬢様の言葉に被せるようにして叫ぶ。
「貴女の我儘で他の人は死ぬかもしれない。でも、俺は死なねぇ! だから、何かをしたいと望むのなら俺だけを巻き込め!! 俺は何があっても死なねぇし、俺がお前を守ってやる。俺に惚れてんなら、それぐらい信じてみやがれ!!」
言い切った。言い切ってやった。
ポカンとしたお嬢様のその顔がおかしくて、思わず笑ってしまう。一泡吹かせたのって初めてじゃないだろうか。
「これからも……わたくしは厄介事に巻き込まれるわね」
「そうですね」
「でも、シキがいてくれるのね」
「無茶も無謀も俺とお嬢様がいれば、きっとなんとかなりますよ。だから、どうしても押し通さなきゃならない我儘は俺に相談して下さい」
そう言うと、お嬢様は笑った。何がそんなにおかしいのか、クスクスとずっと笑っている。何なんだ、一体。でも、まぁ機嫌良さそうだからいいけど。
「やっぱりわたくしは、どうしようもないくらいシキが好きみたいだわ」
「今更何言ってるんですか。知ってますよ」
承諾はせんけど。
「あんな滅茶苦茶な言葉で、こんなに気持ちが軽くなるなんて思ってもみなかったわ」
「滅茶苦茶ですいませんね。要するに、我儘に巻き込むのは俺くらいにしとけってことですよ」
他の人は巻き込まれたら死んじゃうかもしれないからね、仕方ないね。
「えぇ、これからはきっとそうするわ。さっきも言ったけど、他の人に迷惑をかけるのは本当に懲りたもの。何より、シキがいればそれでいいわ」
そう言って、お嬢様は顔を上げて俺の頬にキスをしてきた。
「シキ、貴方を愛しているわ!!!」
あぁ、この人を守ることができて本当によかった。心からそう思えるような素敵な笑顔を見て、俺も笑った。
ありがとうございました。
これにて第一部はおしまいです。
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