乙女は騎士さまに夢を見る
よろしくお願いします
「帝国だと……? 貴様ら、帝国に魂を売り渡したのか!? この売国奴どもが!!」
「我らは正しく評価されるべきところに行くだけだ。それより状況を理解しているのか?」
囲まれている。正確な数は分からないが、おそらく先程の矢の数を見るに20人程度はいると考えるべきだろう。やはり、全て燃やし尽くすべきかしら?
それに、向かい合っている奴らの姿も妙だ。皮膚が変質して銀色になっている。
思考を巡らせていると、ティアベルさんの悲痛な声が響いてきた。
「ザディスさん、コーズさん大丈夫ですか!? ……ごめんなさい、私を庇って……すぐに治癒しますからね」
どうやらあの2人はティアベルさんを庇う為に、ヴェルクの風魔術の範囲内に突き飛ばした結果、矢を受けてしまったらしい。
「あの2人は死ぬぞ。鏃にはバジリスクの毒を塗ってある。治癒魔術で命を繋ごうとしているようだが、掠っただけで致命傷の毒が刺さったのだ。苦しみを引き伸ばすだけだ」
「この……畜生どもがぁ!!!」
「ジェフ、待て! 下手に動けば矢の掃射を受けるぞ!!」
その通りだ。今下手に動けば、わたくしやヴェルク、ジェフはともかく他は死ぬ。それを理解し、ジェフは動きを止めた。
「状況は理解できたか?」
「結局、何が目的なのかしら? わざわざここまで大逸れたことを仕出かすなんて、騎士団が動いているのは気付いていたのでしょう?」
「質問で返すな、売女が」
土魔術で形成された岩が腹を打ち付ける。涙は流さない、絶対に。悲鳴は上げない、絶対に。
口の中に血の味が滲む。
シキ、ごめんなさい。貴方の予想、当たっていたわね。でも、これはわたくしが傲慢に決めたことだから、絶対に後悔しないわ。後悔をした瞬間に、わたくしは護衛の方々の任務への誇りやグループの方々の想いを踏み躙ってしまう。
「約束の時間はまだか……。仕方あるまい、話してやろう。目的は2つだ」
「どういう風の吹き回しだ? さっき迄は答える義理はないとか言ってたくせに」
「口を挾むな、下賤な」
ジェフに魔術が叩き込まれた。約束の時間? どういうことかしら。
「1つはシキ・トアルを消すことにある」
「それは第二王子への不穏分子を強引に消すためか」
ヴェルクの言葉を無視して、ベックマンは話を続ける。
「もう1つはエリザ・スカーレットとアーシャ・ティアベル、貴様らだ。貴様らはあの方の元へ来てもらう」
「……スカーレット様と私、ですか?」
「それは後ろの貴方のお友達が全然お喋りしないことと関係あるのかしらね」
わたくしの言葉に眉を顰め、再び魔術を撃ち込まれた。
「黙れ」
「図星かしら? 乱暴な男ね、程度が知れるわ」
「黙れと言った」
連続で魔術を叩き込まれた。身体中のあちこちで骨の折れる音が聞こえる。血も止まらない。それでもわたくしはこの不遜な態度を崩さない。
「……ティアベルさん、治癒を続けなさい。バジリスクの毒であっても治癒魔術は効果があるはずよ。彼らの命を繋ぎなさい。生きていれば、彼らを霊薬で完治させられるわ」
小声で涙を流すティアベルさんに話し掛ける。そのまま笑みを顔に貼りつけて、奴らを睨む。視線で殺すと言わんばかりに。
「スカーレット嬢……君は……」
「黙りなさい。わたくしはエリザ・スカーレットよ。この程度大したことないわ」
傷ましいものを見る目で、ヴェルクとジェフはわたくしを見ている。
「大したものだ。その惨めな姿に敬意を評して教えてやろう。……こいつらは私と同様にあの方に忠誠を捧げ、帝国に渡ることを決めた者たちだ」
「あの方というのは第二王子で間違いないようだな。殿下が何故……」
「貴様らには分からぬ。あの方の憂いなど考えることすらおこがましいわ」
淡々と話すベックマンには、狂気が明らかに宿っていた。
「シキ・トアルは厄介極まりなかった。騎士団とのパイプ、スカーレットの護衛騎士という立場の全てが邪魔だった。……何より奴の力は私よりも明確に上だった」
「俺との手合わせを見ていたからか……」
「しかし、あの方は私に奴を排除しろと命じた。故に数を揃え、肉体を改造した」
それもあの日か。しかし、帝国と王国を往復するには時間がかかり過ぎる。その間、学園に奴はいなかった? そんな筈はないわ。あの日以降の学園の人間の動きはシキが調査していた。
………………他にも内通者はいるのね。それも帝国の魔導技術に精通している者が。
「そして、我らは超越した肉体を手に入れ、こいつらは心を失ったのだ。正気を保つことができたのは、私のみだった……」
「それはさぞ気分が良かったでしょうね。選ばれし者にでもなったつもりだったでしょう?」
「黙れ、あの方が貴様を望みさえしなければ、今に殺していたものを」
「つまり、そのお友達を治すために、もしくはその下らない技術を高みに押し上げる要素はティアベルさんなのね」
「フン、今更何を気付こうが遅い。時間だ、他の者には死んでもらう」
ベラベラとよく回る口なのに、どうしてこいつさっき迄は頑なに話さなかったのかしら。約束の時間とやらが来る前にわたくしとティアベル様以外は殺せば良かったのに。
いや、違うわね。ヴェルクやジェフを殺そうと矢を放っても、奴が手を下そうとしても、わたくしやティアベル様は一緒に死んでしまう。それを嫌がったのね。だとしたら、奴の言う約束の時間というのは何かしらの増援しか考えられない。そして、その増援は奴が会話で視線を集めることで、わたくしたちを気付かずに1度で無力化させられるような存在だ。
「ヴェルク!!! わたくしたちを空へ打ち上げなさい!!」
風魔術で一気に上空まで弾き飛ばされる。凄まじい衝撃に気を失いそうになるが、何とか体勢を整えて地面を見る。そこに居たのは、巨大な9つの首を持つ蛇だった。嘘でしょ……ヒュドラ? さっきの魔物たちだけでなく、そんなものまで手懐けていたというの?
「わ、若旦那ぁ! このまま落ちるのはヤバい!! そのまま喰われる! あいつはまだ地面から出て来てない。せめて横へ逸らしてくれ!!」
「分かっている!」
ティアベルさんとジェフがザディスとコーズを抱えて、ヴェルクの魔術でそのまま着地点をずらす。わたくしがせめて火の防衛ラインを作らなくては全員蛇の餌だ。いや、作ったところでどうなるというのだ。ベックマンたちは妙な力で焼いても死なない。その戦闘力は未知数だ。
何よりそもそもヒュドラを殺すような力をわたくしたちは持っていない。仮にシキが戻って来ても、その戦力差が絶望的過ぎる。
「だから言っただろう、死ねと」
絶望に心が軋む音が聞こえた気がした。
恐怖で涙が出そうになる。止められない。
恐怖で脚が震え出した。止められない。
エリザ・スカーレットの傲慢が導いた結末であるというのに、泣いてしまいそうだ。もう強がりの仮面は殆ど剥がれかけている。
ねぇ、シキ? 本当は貴方が爆発に巻き込まれた時、悲しくて泣き叫びそうだったの。でも、無理矢理怒りで塗り潰して、それ以外の思考なんてないと思い込もうとしたのよ。
ねぇ、シキ? 本当は貴方が爆発に巻き込まれた時、全てを後悔したのよ。でも、わたくしの我儘が貴方やグループの人達を危険に巻き込んだと思いたくなかったから、後悔なんてしない、わたくしの選択だなんて強がったの。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
でも、もしこれが現実じゃなくて夢を見ているのだったら。夢を見ているのだったら、わたくしの騎士はきっとこの悪夢に来て救ってくれる。そんなことを夢想したものだから、ついポツリと呟いてしまった。
「ねぇ、シキ? ごめんね。…… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… たすけて」
「かしこまりました、お嬢様」
ありがとうございました





