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お嬢様、調理実習にて胃袋を掴む

よろしくお願いします!

ほのぼの回です!

「暇ですね、お嬢様……」

「暇だわ、シキ……」

「暇だな」

「暇だ!」 

「暇ですねぇ……」

「皆さん、余裕ですね……。僕は昨日からご飯が喉を通らないんですけど」

「私は腹が痛いですよ……。なんだか胃がキリキリするんです……」


 遠征授業当日、キモート地方の宿泊地までの馬車は各グループ毎で移動をするのだが、それはもう暇だった。準備も終え覚悟も決めたとなると、遠征授業はちょっとした旅行も同然で、俺たちはダラダラしていた。一部は緊張でガチガチになっていたが。


「周りの護衛も今はいらなかったんじゃねぇか? 野盗が出ようが、わざわざ学園の印がある馬車の集団を襲う馬鹿はいねぇだろ」

「俺たちの場合はいらんだろうが、戦い慣れていないグループもある。そもそもイゾン大深林に全員入らないグループだってあるのだ。そういった者たちを安心させる為にも護衛は必要だろう」

「そうですわ。そもそもシドゥーレ王立学園が護衛を遠征授業で付けないなんてことがあれば、貴族の方々から非難轟々となるのは目に見えてるでしょうに……主人に似て脳筋なのね」


 お嬢様はもう最近は取り繕わないどころか、当たり前のようにですわ口調を使わなくなってきた。本当にそっちの口調に矯正する気なんだな。


「スカーレット様の仰る通りですね!」


 ティアベル様はもうお嬢様の立派な信者に仕上がっている。君、平民だったよね? 大丈夫? ヴェルク様に凄いこと言ってない?


「何にせよ護衛がいるのは有り難いですし。実際、彼等はそれなりの場数を踏んできている雰囲気だったじゃないですか」

「そうですね……僕としても気持ちが楽になりますよ。コーズもそうでしょう?」

「えぇ、やはり私たちは庶民に気持ちが近いところもあるので、皆様のように肝が太くありません」


 護衛の方々と顔合わせをしたが、立ち振る舞いも装備もかなりの質だった。しかも、お嬢様やヴェルク様とは面識もある程度には、貴族に重用される傭兵らしい。


 基本的に傭兵というカテゴリーは幅広い。戦争屋と言われる程に血気盛んな連中もいれば、そういった仕事は一切行わずに護衛などを請け負う連中もいる。今回の傭兵たちもその類である。


 魔物という凶悪な獣に身を守る手段は武力が1番である。話も通じず、いきなり襲って来る人よりも大きな身体を持つ動物を撃退するにはそれなりの戦力が必要となる。そういった意味で傭兵の需要は高い。危険な仕事なので、バンバン死んでいって人が慢性的に足りていないのだ。


 他にも遺跡の調査や野盗、山賊などの討伐をすることもあるらしい。賊には賞金首とかもいるから、護衛ついでの賊狩りは中々実入りの良い仕事だ。俺もいい思いをさせてもらっていた。


 閑話休題。

 とにかく護衛の傭兵たちは信用のおける人物たちだった。有り難いことである。


「それに中央騎士団からも手隙の方々を、後日寄越してくれるのは助かりましたよ」


 そう、あれからユリディスさんの連絡があり、中隊規模を編成して人員を割いてくれるという話があった。何でもキナ臭いのは感じていたから、学園の遠征授業の護衛を念のために行うという名目で押し通したらしい。すげぇな。


「本当にそうね。間に合うかどうかは微妙だけど」

「だが騎士団がいるとなれば、派手に動くことは難しいはずだ。相手側も騎士団の動きを把握できないはずがないからな」

「それであの男が蜥蜴の尻尾切りされても困るのだけど」

「それはそれでしょう、お嬢様。まずは乗り切ることが大切です」


 そんな会話ができる位には、道中は平穏に過ごすことができたのだった。
















「では、まずは各自荷物を置いてこの広場に集合である。その後、全体オリエンテーションを始める」


 宿泊地に着き、最初の指示はそれだけだった。一応行動予定表をもらったけど、オリエンテーションって何すんだろ?


「お嬢様、本日以降は暫く武装する御無礼をお許し下さい」

「構わないわ」

「ありがとうございます」


 荷物を置き、お嬢様の隣に武装した状態で立つ。久しぶりだなぁ、この感じ。背中に感じる大剣の重みは懐かしい感覚で、少し気分が高揚する。


「それにしても服装は燕尾服のままでよかったのかしら?」

「いや、この服が優秀過ぎるんですよ。軽くて丈夫で動きやすいですもん」

「そう、久しぶりに騎士の格好をしているシキが少し見たかったわ」


 騎士鎧も良いんだが、いかんせんこの燕尾服は布でも鎧並の性能なのだ。マジでどうやって出来てんの?


「この武装が1番力を発揮できるんで、これで良いんですよ」

「そう……」


 自分で用意したのにお嬢様はどこか不満げだ。お嬢様は俺の心の声を聞き取れますけど、俺は出来ませんよ。


「今度騎士鎧を着て、撮影会ね」

「魔導具をそんな下らんことに使わんで下さい」

「この世でシキを撮影するより大切なことなんてそうないわ」


 いっぱいあるよ?


「とりあえず帰ってからの長期休暇かしら……」

「まぁ、それ位は構いませんが……」


 今後の予定がバシバシ埋められてくよ。


「全員揃ったか……。それでは全体オリエンテーションを始める!!」

「ふと思いましたが、魔術の教科担当の方が全体を取り仕切るんですね」

「シキ、ホラス先生は学年主任なのだけど……」


 あぁ! お嬢様が呆れてらっしゃる!

 お嬢様に呆れることはあっても、俺が呆れられるとは心外だ。


「いえ、あの方は属性魔術の研究にゾッコンですし……。そういったものには携わらないのかと」


 俺はあの授業を聞いていて、魔術研究所からの外部講師だと思ってたよ。


「まぁ、そうね。あの方は元は研究員だったけど、研究にも教育にも情熱的よ」

「そうなんですね。お嬢様が他人をプラスに評価するってことは、かなり熱心な方なのでしょうか」

「少なくともわたくしに下賤な視線は浴びせてきませんでしたわ。わたくしの火魔術には興味津々でしたけど」


 まぁ、俺から見ててもそんな感じだ。魔術以外には一切の興味を示さない研究者という印象が強い。


「にしても、何をするんでしょうか。特にやることを書いてなかったんですけど」


 その答えはすぐに分かった。ホラス先生は一通り注意事項を説明した後、オリエンテーションの内容を叫んだ。


「では、今から各グループに分かれて、各々の魔術を私に披露せよ!!」


 あの人、生徒の魔術が見たいだけだわ。


「他の先生方もビックリしていますね……。おそらくオリエンテーションは一任されていたんでしょうが、まさか共有していないとは」


 超自由だな、ホラス先生。

 オリエンテーションっていうかこういうのって、一般的に学年の仲を深めるためのゲームとかだよね。去年はグループに分かれて、アイスブレーク的なゲームをしたとか聞いたし。


「ホラス先生、このオリエンテーションでは魔術を絡めたゲームをするという話でしたよね!?」

「あぁ。各々の得意魔術を披露することで、グループの仲を深めるのだ」


 それはゲームじゃないです。


「それはゲームではないでしょう!?」


 ほら見ろ、他の先生も同じことを言ってるぞ。


「何を言うか、ワイズ先生。グループごとに魔術を披露すると言っただろう」

「は、はぁ。それが何か?」

「つまり、同時に魔術を発動し、それが渾然一体となる瞬間を見ることでグループの仲が深まるという寸法だ。幸い、この辺りに民家はない。学園と違って全力で魔術を使うことができるだろう?」

「危険過ぎます!!!」


 あの人、お嬢様とは別ベクトルでヤバいわ。学園だとかなり我慢して講義してたんですね。

 他の先生方の猛抗議によって、結局はアイスブレークとしての自己紹介型伝言ゲームになったけど、ホラス先生はヤバいという評価が定着することになった一件だった。
















「え〜、色々ありましたが、本日のプログラムは皆さんに今日の食事を作っていただくことです」


 次の日の午前はキモート地方周辺の散策とイゾン大森林の周りを全体で見学した。そして、午後は昨日ホラス先生に最も抗議したワイズ先生による料理教室だった。貴族様って料理作る必要なくない?


「この遠征授業にはいくつかの狙いがありますが、その内の1つに庶民の生活体験というものも含まれています。民がいるからこそ、貴族は貴族であることができます。そんな民のように自分たちの食事は自分たちで用意するというものを体験していただきます」


 そうでもしないと貴族は自分で食事を用意することはないってのがすごい。


「僕は家族が多いので、よく母の準備を手伝っていましたよ」

「あ、そうなんですね」

「私もですよ、長男なので今後のために入学させられましたが、暮らしは平民よりも下手すれば貧しかったですからね……」


 貴族様も大変ですね……。ザディス様やコーズ様の悲哀に満ちた言葉に少し涙ぐみそうだ。この人たち、よくヴェルク様と騎士団の縁があるからってグループを組めたな。


「自分たちで食事の用意をし、食べることも良いものですよ。是非皆さんで協力して、美味しいご飯を作ってください。もちろん、使用人の方々がメインで作っても構いません。実際に作る大変さを御覧下さい」


 それ意味なくない? とは思っても言えない。


「それ意味なくねぇ?」


 ジェフは思ったことそのまま出ちゃうもんね。


「要するに、完成された食事しか見たことがない方々に作る工程を見てもらうんですよ。それも大切なことの一つではありますし」


 ジェフの言葉に、手慣れた様子で食材を洗っているザディス様が答えた。


「まぁ、そんなもの必要ない貴族も多いとは思いますが」


 隣で野菜の皮を剥き始めたコーズ様が付け加える。めっちゃ手慣れてますね……。


 そんな風景を見ているとティアベル様は剥かれた野菜を切り始める。連携抜群ですね。もしや昔からの付き合いがあったのでは? そんなことを考えながら、火を起こすための準備を進めていく。


「全員手慣れているな……。俺が出る幕はなさそうだ」

「若旦那も俺も料理なんざしたことねぇからな。その点はスカーレット様も一緒じゃないですか?」

「そうね。でも調理風景位なら見たことあるわ」


 そうですね。俺が扱かれてるのずっと後ろから見つめてましたもんね。背中に穴が空くかと思ったよ。


「だから手伝いますわ。そして、シキはわたくしが準備したものだけを食べなさい」


 殺す気かな?


「お嬢様、失礼ながらお聞きしますが、調理経験はありませんよね?」

「ないわ。でも、ウチの料理長が言っていましたわ」

「はぁ、何をですか?」


 不安しかないけど、聞き返してみる。


「料理は愛情さえあればいいと」


 殺す気だよね?

 他の人たち絶句してるよ、ほら。いや、ティアベル様は尊敬した目を向けてんな。


「カッコいい……スカーレット様……」


 じゃないよ。1回目玉を交換するべきでは?


「愛で料理が濁るんじゃないですか?」

「おめぇも大概無礼だよ。言葉遣いの問題じゃないだろ」


 そんな俺の言葉にも、お嬢様は不敵な笑みを浮かべる。何でそんな自己肯定感強いんですか。


「目を回す程の美味しい料理を作って、もうわたくしの料理がなければ生きていけないと思わせるわ」


 それはもう料理じゃなくて、違法の薬か何かだよ。しかもお嬢様の料理頻度を考えると、俺は餓死するしか道がないわ。


 そんな俺の視線はどこ吹く風と言わんばかりに、お嬢様も調理を始める。


 ご丁寧にコーズ様は、お嬢様の切った野菜を別の容器に分けていた。更にザディス様は別の鍋を持ってきている。極め付けにティアベル様は俺の準備したものとは別に火を起こす準備を始めていた。


 君たち、お嬢様の良い部下になると思うよ。










 お嬢様の用意した食事が本当に美味かったことだけは、ここに記しておく。天才か。 



 

ありがとうございました!

Twitterで山場とか言ったのにほのぼの回になってすいませんでした!!

でも、書いてて超楽しかったです


次回、イゾン大森林に入ります!!

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