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お嬢様、遠征前にて金の力で圧倒する

よろしくおねがいします!

 グループが決まってからの俺は、遠征授業にむけての準備で大層慌しかった。ウーサー様の動向に気をつけて情報収集をしたり、グループに付く予定の護衛を信頼できる者かどうか調査したりと目が回るようだった。

 あのお嬢様ですら俺へのちょっかいが鳴りを潜め、遠征授業に向けて家の者に相談をして護衛に手を回していた。


 そして休日の今日、以前デートで訪れた料理屋の個室でお嬢様と互いの進捗について報告し合っていた。

 しかし、報告し合ううちに、ウーサー様関連でめぼしい情報も手に入らない日々がどちらも続いていたということが分かっただけであった。


「弱りましたね……。せめて確定的に怪しい情報を掴むことができれば、もう少し派手に動き回れるのですが」

「そうね、でも仕方ないわ。獣はそうした小賢しい知恵が回るものよ。腐っても第二王子だもの、そう易々と尻尾を掴ませるような無能なら、とっくに王家から勘当されているわ」


 その通りだと思う。実際、ウーサー様は第一王子殿下に負けず劣らずの優秀さであるというのは、有名な話である。だからこそ、第二王子を跡継ぎに望むような派閥も存在しているのだろう。


「一応、団長にも相談の手紙を出したのですが、色良い返事というわけにはいきませんでした……」

「それもまた仕方のないことよ。今、政治情勢がキナ臭いのは、帝国との緊張状態も関係しているわ。国王様ももう随分なお歳だからこそ、今の時期は面倒が多いもの。確か、シキの所属していた隊の隊長も今は、西の戦線にいるのでしょう?」

「そこに隊長飛ばしたのお嬢様ですけどね」

「知りませんわ」


 とぼけやがって。いや、実際に西の戦線に戦力を新たに当てておきたいという話は前から出てたけど、そこに捻じ込んだのはお嬢様だったはずだ。どうやったのかは知りたくないけど。


「とにかく、お父様から話があったほどの動きは現在、見受けられないわ。ここから考えられることはただ一つだわ」

「……戦力などの準備は既に整っているということですね」


 苦虫を噛み潰したようとは、よく言ったものだ。今まさに俺の表情はそんな感じだろう。

 一体いつから動き出していたのかを知る術は既に俺たちにはない。しかし、もう派手に怪しい動きを見せる素振りがないというのはかなり不気味だ。


 それに、何より戦は準備が全てだ。相手側の準備が完了しているとしたら、今動き出した俺たちには時間が圧倒的に足りていない。例えその準備が俺たちとの戦いに向けたものじゃないとしても、戦力や装備が十全ならば、後は駒を動かすだけで事足りる。……分が悪いな。


「お嬢様、俺は今回の遠征授業は欠席すべきだと愚考します」

「そうかもしれないわね」

「はい、お嬢様の言うように相手はけだものであっても、狩りの準備を整えたけだものということが分かりました。あの時何故わざわざ俺に話しかけたのか、その理由は分かっていませんでしたが、今は分かります。アレはもう狙いが看破されようとも構わなかったのでしょう」

「シキは戦いというものを知っているものね。ああいった輩は見覚えがあるのかしら?」


 ある。そんな奴らばかりで、俺もそうだった。

 準備が整ったけだものは調子に乗る。時にはそれを覆されることもあるが、大概は上手くいく。何せ見破られても叩き潰せるように準備をするのだ。逆に見破ったところで何ができると蹂躙し、嘲笑うのだ。


「ですから、危険です。勝ち目はあっても、それは十割ではありません」

「負ける可能性もあるものね」

「はい。そして俺が敗れることがあれば、間違いなくお嬢様は陵辱の限りを尽くされます。そういう眼をしていたとは、お嬢様も気付かれていたのでしょう?」

「そうね、知ってるわ」


 お嬢様は淡々とさっきから答えている。自分のことだぞ、人としての尊厳を辱められるんだぞ。何でそんな淡々としていやがるんだ。


「だから、お嬢様は欠席すべきです。おそらく、狙いはお嬢様の御身です。お嬢様がいなければ、他のメンバーの方々もターゲットにはされないはずです」

「でも、グループを組んでしまったわ」

「仕方ないじゃありませんか。敵が既にここまでと考えられなかったのは、俺たちの落ち度です」


 正直、侮っていた。キナ臭いとは聞いていたから、メンバーを固めて迎え撃つ方向で考えてはいたが、十分それで対応出来るレベルだと思っていた。いくら優秀であっても第一王子を差し置いて、第二王子を即位させようと目論む連中だ。大層な夢物語に酔った奴らだと考えていた。


「浅はかは俺たちでした。既に一介の者たちで対応できる話ではないでしょう。この国でこんな話を信じられる方なんて数が少ない。何より俺たちの敵をあの人たちの敵にするべきではありません」


 巻き込みたくはない。自分たちの下らない事情に他の人を付き合わせるのは、趣味じゃないのだ。お嬢様も高慢ではあるが、同じ思いのはずだ。


「そうね。同じ思いだわ」


 安堵の息を吐く。そうだ、個人間の問題の枠を越えるなら、退くことが賢明だ。


「ありがとうございます。早速、皆さんにも伝えに行きましょう。学園の方にも連絡を入れておかねばなりませんね」

「もう伝えてあるわ」

「流石、お嬢様。調査の時点でこの展開を予期されていましたか」

「えぇ、シキはきっとわたくしのために日和ると考えていたもの。……ほら、もういいですわよ。お入りなさい」


 え? どういうこと? 展開に追いつけずボケッとしているとドアが開けられ、ゾロゾロと見知った顔が入ってきた。


「事情は聞かせてもらった。俄かには信じ難い話だがな」

「おう、だが遠征授業で若旦那と組みたがった理由が分かったぜ」

「私はスカーレット様の御意志に従います!」

「僕は未だに受け入れ難いのですが……」

「私も同感ですよ、ザディス……」


 まさかのグループのメンバーだった。っていうか個室にこの人数入ってくんなよ、せめぇ!


「不利も承知だわ。その上で敵を叩き潰すのよ」


 お嬢様の思考回路がバーサーカー過ぎる。
















 一先ず、個室をより大きい所に変えてもらって(お嬢様が先程の個室も大きい個室も予約していたらしい)、仕切り直すことにした。

 それにしても、お嬢様いよいよ俺の思考を先回りしなかった?


「まずは俺に事情説明をして下さいよ」

「えぇ、遠征授業には出席して、襲われても叩き潰す方針で行くことにしたの」


 それはさっき聞いた。問題はその理由とグループを組んだ方が納得している理由だ。


「何で不利も承知で戦いに行くんですか」

「まずシキは勘違いをしているわ」

「何を勘違いしていると?」

「そもそもわたくしたちが襲われる可能性は万に一つということよ」


 いや、それは知ってるけど。


「考えてもみなさい。そもそもあの男がここで動くメリットがないわ」

「それはそうなんですけど……」


 確かにそうだが、旦那様にも気を付けろって言われてるし用心するに越したことないじゃん……。


「でも、やっぱり万に一つはあるんですからやめておくべきでは? 御迷惑もおかけしますし」

「その点は気にするな」


 ヴェルク様の断言に思わず閉口してしまう。そこへティアベル様とジェフが更に言葉を続ける。


「そうだよ、トアルさん。折角グループになったんだし、そんな気にすることないよ」

「嬢ちゃんの言う通りだぜ、あるかも分からん襲撃を気にしてたら、何もできねぇだろ」


 能天気か。


「僕としてはシキさんの意見に賛成ですがね……」

「私としても危険度が上がるのは避けたい所ですが」


 だよね。というか出会って間もない奴らのために、命の危険に晒される可能性があったらそういうリアクションだよ。


「ほら、満場一致というわけでもないんですし、そもそもお嬢様は遠征授業やる気なかったじゃないですか」

「そういう問題ではないのよ、シキ」


 俺の意見に、お嬢様が微笑んで答える。これはロクでもない答えが返ってくるな、俺には分かるよ。


「あの男如きにわたくしの動きを制限されることが我慢ならないの。わたくしはエリザ・スカーレットよ? どうして雑魚が群がることを理由に歩む道を変えねばならないのかしら」


 この言葉にザディス様とコーズ様の顔が引き攣っていた。多分、俺の顔も引き攣ってる。そういやこの人はこういう事を言う人だったわ。

 そんな俺たちの表情を無視して、お嬢様は更に言葉を重ねていく。


「グループの方には少し申し訳ないとは思っているわ。それでもまぁ、尊い儀性よ」

「まだ死んでません、お嬢様」


 ジェフは大爆笑、ティアベル様はキラキラとした視線をお嬢様に送っていた。ロクな面子じゃねぇな。


「そもそもわたくしは思うのよ。仮に休んだとするわ。それでその場の悲劇を避けたとして、次はどうするのかしら?」

「そりゃあ準備をして、騎士団とかも動員すればいいんじゃないですか? 多少のコネ位なら使えますよ?」


 騎士団も大公家の娘のピンチにはある程度加担してくれるのではないだろうか。


「第二王子の動きを危機として伝えるのは不可能だろう。現実的じゃなさ過ぎるし、俺たちも正直言って信じられないと思っている」


 ヴェルク様の言葉に、俺は言葉が詰まった。確かにこの人たちも半信半疑だし、動くとは考え辛い。


「シキは本当にバカね。そういうところが可愛いわ」


 馬鹿ですいません。へけっ。


「でもまぁ、ヴェルク様の言葉通りよ。実際問題、お父様が動いているとはいっても、そこまですぐに尻尾を掴まえるのは不可能だわ。それに騎士団だって、遠征授業の護衛のためって理由である方が動きやすいわよ」

「まぁ、第二王子の陰謀よりかは間違いなく動きやすいだろうよ。何せこの国最高峰の貴族たちが通う学園だ。その護衛となりゃ、少しは部隊を割く気にもなるだろ」

「そして、何より襲われる日が分かっていれば、分からない勝手なタイミングで動かれるよりはマシよ」


 言っていることの筋は通ってはいる、通ってはいるんだが……。未だ納得しかねる俺にお嬢様は更に追撃をしてくる。


「第一、わたくしの護衛がいれば何も問題はありませんわ」


 信頼というか、もうこれは呪いだよ。


「まぁ、言いたいことは分かりましたよ」

「そう、分かってもらえて嬉しいわ」

「でも、やはり他の方々の中には同意していらっしゃらない方がいるのも事実です。せめてそれに対しては誠意をもって対応すべきだと思うんですよ」


 これだけは譲れないラインだ。

 お嬢様にもそれは分かってもらえるだろう。義理や人情が成り立つ程の深い関係でもないのだ。それ位はしなければならない。


「あら? 同意してないなんてことはないわ。言ったでしょう? 既に伝えてあると」

「えっ?」


 会話を思い返すと、確かにやめた方がいいとは言っているが、やらないとは誰一人として言っていない。ザディス様もコーズ様も俺の意見には賛成と言ったが、抜けさせてもらうとかは一言も話してない。


「報酬のこともキチンと伝えたわ」


 お嬢様はジャラと金貨の詰まった袋を取り出して、そんな事を言い放った。

 金の力、つえぇ……。
















「前金払いで金貨20枚。それから何もなければよし。もし襲撃があって、その撃滅で活躍した時は追加で30枚を支払うと約束したわ。また、その際に死亡した場合は家にそのお金を支払う契約よ」


 破格の条件だった。そりゃ乗るわ。

 貴族だからといって、全ての貴族が金持ちというわけでもない。領地経営を普通にしていたら赤字だとかはよくある話である。


 また、騎士団もそこまで身入りのいい仕事でもない。いや、庶民からしたら凄く貰ってるんだけどね。大貴族様に比べたら大したこともない。俺が中央騎士団でおよそ年間金貨5枚程もらっていた。その4倍が前金で、満額支給なら10倍て。


 何もなければ、並の騎士団員4年分の金がタダで入るとか虫が良過ぎる話だ。普通なら信じない。信じないのだが……、スカーレット家の御令嬢ならという説得力がある。そして、受け取ってしまったわけだ。


「僕、悪魔の囁きに乗せられた気分だよ……」

「私もです……。しかし、金貨20枚もあれば、家の借金の返済目処も立ちますし、50枚なら完済してもお釣りがきます……」


 ボソボソと話す声は悲痛だった。内容も切ない。苦労してんだな……。


「ティアベル様たちにも同様の条件でお願いしましたわ。ヴェルク様には断られましたけど」

「はい! 癒して癒して癒しまくります!!」


 なるほど、余りにも現実的ではないお金を見てトチ狂ってたからあのテンションなんだな。

 しかし、ヴェルク様は断ったのか。貴族様でも破格の条件だと思うけど。


「俺は別に金に困ってるわけではないからな。別の要求をさせてもらったよ」

「そうだったのですか。一体何を望まれたのですか?」

「あぁ、貴様をウチの護衛にとな」


 シュッ。(お嬢様がナイフを投げる音)

 カカッ。(ナイフがヴェルク様の横の壁に刺さる音)


「次は眼よ……」

「じょ、冗談だ……スカーレット嬢。ハハハ……」


 怖過ぎる。あのヴェルク様を青い顔にするってヤバい。


「コホン……実はウチも面倒事を抱えていてな。具体的には話せぬが、その時に助力をしてくれるように頼んだのだ」


 面倒事を抱えているのは何処も同じか。世知辛い世の中だよ。


「シキ、納得はできたかしら?」

「まぁ、そういうことでしたら構いませんよ」


 しゃーなし、俺のやることに変わりはない。お嬢様を守るだけだ。


「ならいいわ。それに今回の件であの男の尻尾を掴めば、婚約破棄も近くなるわ。フフフ……血祭りにあげてやるわ」


 血の気がありすぎてこえぇよ。最早、この人だけでも襲撃を退けられるんじゃないだろうか。決意揺らいじゃう。

 兎にも角にも、覚悟は決まった。

 遠征授業で何があっても俺が何とかしてやる。……いや、何も起きないに越したことはないんだけどね。

ありがとうございました!

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