騎士、授業にてまさかの手合わせ
よろしくお願いします!
「なるほど、良く鍛えられている。中央騎士団で中隊長をやっていたとは聞いたが、ジェフが一目を置くのも頷ける話だ」
ヴェルク様は俺を見ながら、そんなことを話す。それを聞くお嬢様は更に不機嫌さを悪化させていく。負のスパイラルが止まらない。
何とかしなければ、というかまずはヴェルク様の言葉に何か返さなければ。
「ありがとうございます。近衛騎士団の団長、ラギア・イージス様には大層お世話になっておりました」
「そうか。しかし、分からんな。それほどの腕があり、中央騎士団でも隊長格になり得る資質が何故令嬢の専属護衛として働くのか。その力は国の為に振るわれるべきではないのか?」
俺もそのつもりでしたがね、脅迫には弱いんですよ。なんて言えるはずもなく、当たり障りの無い言葉を返そうと努める。
「はい、確かに仰せの通りにございますが、スカーレット家は国の中枢にも関わるほどの存在。それを守護することは国の為に剣を取るのと変わらぬもの。そして、お嬢様は私を見出してくださったので、その忠義を果たそうと考えたのです。それに、団長の計らいで私は未だ中央騎士団にも籍がありますので、有事の際には国の為に剣を取る所存にございます」
どうだ、我ながら綺麗に切り返したものだと思う。国を思っているけど、お嬢様も大事なんですアピールをすることで、どちらにも角が立たない言い方になったのではないだろうか。
あれぇ? お嬢様、形相が鬼ですよ?
「そういうことか。確かに己を見出す者に付いていこうと考えるのも分からなくはない考えだ」
「えぇ、そうですわ。シキはわたくしが見つけて絶対の信頼を置いておりますもの」
口を挟むお嬢様の形相は相変わらず鬼だ。いや、微笑んでるんだけどね。俺には分かる、アレはキレてる。
「ふむ、しかし、魔術には長けているとは聞いたが、武での立ち振る舞いにもスカーレット嬢は理解があるのだな」
「いいえ、そういう訳ではございませんわ。ただ、この男はわたくしの為に命をかけてくれる男だと知っておりましたから」
お嬢様の信頼が独断と偏見過ぎる。俺、お嬢様と未だそんな命を懸けるような場面に遭遇したことないですよね?
「尻尾巻いて逃げるかもしれませんよ、お嬢様」
「あり得ませんわ」
バッサリだね、その信頼はどこから? 頭の病気かな?
この生活始まってから、命を懸けるような場面って大体お嬢様がもたらしてるんだけど。
「信頼しているのだな」
「そうでなくてはたった1人に護衛も執事も任せませんわ。ヴェルク様もそうではなくて?」
「まぁ、確かにそうだな。ジェフのことは信頼している。たとえ傭兵上がりで無礼な平民であってもな。その腕は信ずるに値する」
その事情もヴェルク様はご存知なんだな。ラギア様が問答無用で押し付けたのかと思ってた。あの人もクールだけど、ぶっ飛んでるし。
そんな会話をしていると、ジェフも食堂から出てきてやってきた。
「若旦那、飯冷めるぞ? いつまで待ってりゃいいんだよ……ってシキじゃねぇか。それにスカーレット様もいらっしゃるとは」
「あぁ、お前の言っていた男が気になってな」
こいつ、仕える主人にすらその口調なのか。
「いい男だろ? 若旦那もその内手合わせするといいぜ、いい経験になる」
「そうだな、またいつか頼もうか」
「そんな、私如きの腕でヴェルク様と手合わせなど、恐れ多いことです」
面倒事を豪速球でぶん投げてくんな。
「お前が近衛騎士団長で公爵家の息子である俺と手合わせなど確かに面倒ごとでしかないだろう。しかし、ここは学園で学ぶ為の地だ。そこでは地位など大したものではない。是非頼む」
「……そういうことでしたら、またの機会にお願い致します」
「楽しみにしておこう」
「俺も若旦那とシキがやり合うのは是非見てぇな、早めにやれよ?」
仕方ないんだ、俺もちょっとやってみたかったし。ヴェルク様の身のこなしも流石は近衛騎士団団長の御子息とあってかなりのものだ。立場がもうちょっと気楽だったら即答どころか、今からやっても良かった位だ。その立場が問題なんだけどね!
そうして2人は食事を取りに戻り、俺とお嬢様の2人きりに戻った。
「……もし手合わせをすることになったら、わたくしの目の前でボコボコになさい」
お嬢様、キレ芸がもしやマイブームなのですか?
そして、後日すぐその約束は果たされることになった。
それは学園での遠征授業に向けて護身術の講義が開かれた時のことだった。第一学年全体で開かれることとなったこの講義は、武術などとは縁の無い御令嬢や御子息を中心に、何かあった時のためにどう対応するか、護衛の動きを邪魔しない為の立ち位置などを学ぶ為のものだった。腕に覚えのある方々は、実際に組み手などに挑戦することもできるという場で、ヴェルク様はとんでもないことを仰った。
「ロブ先生、今回の合同授業で実際に手練れの戦いというものを見せるべきだと思います」
「あ〜、そりゃいいかもね。実際の戦闘を見てれば動ける可能性も上がるしな」
「俺は腕に覚えもありますし、丁度いい人材もいます」
「聞こうじゃないか、誰だい?」
受け入れんなよ、無茶苦茶だろ。
「スカーレット家の護衛、シキ・トアルという者です。先日、丁度手合わせの約束もしていたのでいい機会かと」
「なるほどね、やってもいいんじゃない?」
よくねぇ。学年の方々の見世物じゃん、と思っていたのだが、お嬢様はノリノリで同意なさった。
「そうですわね。わたくしもいいと思いますわ。是非ともヴェルク様とわたくしの使用人の戦いを見てみたいですわ……有象無象のいる前で叩きのめしなさい、シキ」
最後は俺にだけ聞こえるように小声で言ってきた。血気盛んすぎませんかね。
「両者の同意があるなら、いいよ。優秀な治癒の魔術師もいるし」
俺の同意は?
そんな訳で、今俺は衆人環視の前で、近衛騎士団長の御子息と手合わせをすることになったのである。平民は辛いね。
ちなみにジェフはヴェルク様の後ろでずっとニヤニヤしてやがった。今度ボコボコにしてやる。
「いきなりですまないが、俺はこうも早くに機会ができることを嬉しく思うぞ」
「構いませんが、こんな人目のある場でよかったのですか?」
見世物じゃん。あ、ティアベル様がめっちゃ心配そうにこっちを見てる。
「いいんだよ、それにこの学園にいる者たちは皆危機感が薄過ぎると思っていたからな。要人たちの息子、娘が集まる学園だ。常在戦場の覚悟は求めんが、最低限の覚悟は必要だろう」
要するに、学園の人たちに平和ボケをして欲しくないという意図らしいが、あの方々はショー感覚だと思いますよ。今もヴェルク様に黄色い声援を浴びせてる御令嬢ばっかだし。その辺、このお方も天然らしい。
アクセサリーウェポンに魔力を流し、顕現させる。というか、木剣とかじゃないのかよ。
「本気を見たい。治癒魔術師もいるし、真剣でいいだろう」
とのことだったが、まぁ、お互いに殺意を持った殺し合いという訳でもないから、致命傷を避けることはできるだろうという判断みたいだけど、概ね同意だ。それ位の分別はヴェルク様にも俺にもあるし、そっちのが迫力はあるよね。
互いに構える。ヴェルク様の得物は槍だ。その磨き抜かれた刃や柄から業物だと一目で分かる。ラギア様と同じか、息子だしね。
「準備はいいか? 遠慮はするなよ」
「残念ながら、戦闘で手を抜けるほど器用ではありません」
ヴェルク様の目がスッと細められる。俺も同様にスイッチを切り替える。合図はまだか。早くやりたい、この人は強い、早くその力を見たい。
「んじゃ、行くよ。皆、よく見とくといい。勉強になると思うよ。」
ロブ様が周りの方々に話し、ルールも説明する。ルールはシンプルで、魔術あり、時間制限はなし、どちらかが武器を手放すか「参った」というまで続けるというものだった。
何でもいい、早くしろ。
「始め!!!」
瞬間、全身の魔力で強化し、斬りかかる。それをヴェルク様はバックステップで回避し、そのまま突き技で反撃をしてくる。
俺はその攻撃を自分の大剣の腹で受け止め、槍の柄の部分を蹴り上げる。上に逸らされた槍を一瞬見つめるヴェルク様だったが、すぐにその視線を切り、呪文を唱える。
『吹き荒れろ』
刹那、突風が巻き起こり俺の身体を吹き飛ばす。
人の身体を吹き飛ばす程の風魔術を、この短い詠唱で発動するとは……!
「ぐぁっ!」
空中で体勢を整え、相手を見据える。ヴェルク様は既に俺に突進して来て再び俺に突き技をお見舞いしようとする。
「獲った!」
「甘い!」
叫びながらサイドステップで躱し、槍を叩き落とすべく大剣を振り下ろす。が、それを察知したヴェルク様はすぐに俺から距離を取った。
奇しくも、互いに最初の位置まで戻っていた。殺し合いであれば、此処ですぐに間合いを詰めに行くが、あくまで見せる為の手合わせだ。お互いに呼吸を整える。
いい集中だ。外野の声も聞こえない。此処までできるとは思わなかった、楽しい。
「あの使用人、ヴェルク様と互角に渡り合ってんのかよ……」
「え? 全部見えたの? 私、全然見えなかったわ」
「俺も全部見えた訳じゃないけどな……」
見学していた一年生たちは騒然としていた。あの近衛騎士団長の息子と互角に渡り合うとは、スカーレット家の人材半端ないと。
「うわ〜、トアルさんってあんなに強かったんだ……。女子寮の前で素振りする変態だと思ってはいたけど」
アーシャ・ティアベルもシキ・トアルの友人ではあるが、その強さを目の当たりにしたのは初めてだったので、驚嘆していた。
そうした有象無象の反応に、わたくしはゾクゾクとした快感に震えていた。フフ、そんなシキはわたくしにゾッコンなのよ。これで、シキがわたくしの側にいることを疑問に思うゴミなんて出ないわ。およそ、目論見通りだ。あのヴェルクとかいうゴミも中々いい提案をするじゃない。シキの強さを見せつける機会を与えてくれるなんてね。
「予想通りの強さで、俺は満足だ。やはり、強き者との闘いはいい」
「あれだけで認められても困りますね。もう少し味わって下さい」
気が昂り、挑発的な言葉が飛び出す。互いに笑っていた。
「それもそうだ、行くぞ」
「えぇ」
今度は、ヴェルク様から突っ込んできた。突きを躱し、反撃しようとするが、ヴェルク様は横薙ぎに払ってきた。
それを屈んで回避し、足払いを仕掛ける。これは躱せないが、どう出る?
『舞い上がれ』
ヴェルク様がそう呟くと、身体が浮いた。応用効くなぁ、風魔術!! 関係あるか。斬り上げてやる。
俺の斬り上げをヴェルク様は槍で受け止めるが、勢いを殺し切れなかったのかそのまま更に上に吹き飛ぶ。
「行きますよ!!!」
全身の強化を下半身に回す。脚をバネのように屈伸させ、跳ぶ。その勢いで、ヴェルク様の上を取り、下へ叩きつける! 魔力は全身に回せ!
「速いが、気が急いたな! この俺に空中戦を挑むとは!」
ヴェルク様は体勢を風魔術で立て直し、俺と向き合う。俺の振り下ろしを回避し、反撃の姿勢を取る。予定通りだ。
「ガラ空きだな!」『加速しろ』
魔術で加速された突き技が放たれる。空中での一撃を外した無防備な俺には絶望的な一撃だ。俺がそこまでの男であれば。
魔力を腕と目に込める。瞬間、世界はスローモーションになった。眼を強化した俺にはそう見える。
そして俺は武器を手放し、槍を掴み取る。ヴェルク様の表情が驚愕に彩られ、眼を見開いた。
「俺の勝ちだ!!」
ぶん回し、地面にヴェルク様を全力で投げ飛ばす。その勢いのままヴェルク様は受け身の態勢を取れずに叩き付けられた。
そして、俺は空中で武器をキャッチし、着地して喉元に大剣を突き付ける。
「俺の負けだな……参った」
歓声が轟いた。
ありがとうございました!
戦闘描写、難しいですね……短いし
もし良ければ御意見を戴けると嬉しいです。





