騎士、スカーレット家にて解放される
よろしくお願いします!
「それで……一体何がどうなっているのか説明をしてくれんか? 私も戻ったばかりでまるで事態が掴めとらんのだ……」
あの後、俺の拘束は旦那様の指示により解かれ、しばらくしてからスカーレット家の食堂へと通されていた。俺の薬が抜けるのを待たなくちゃいけなかったしね。旦那様、本当に寛大なお方だなぁ。見た目も燃えるような赤毛に鋭い眼光がよく合っていて、壮年の男性として本当にかっこいいな。体つきもよくある肥え太った貴族の方々と違って程よく鍛えられてるし。
そして、現在そんなかっこいい旦那様は頭を抱えながら俺たちに事情の説明を求めたのだ。もちろん、俺から話せることなんてたかが知れているので、基本的にはシアさんとセバスさん、そしてお嬢様が説明をした。
「なるほど……我が娘ながらトチ狂った……いや、頭のネジの外れたことをしでかしたものだ」
「これも全ては愛故ですわ」
旦那様、あまり言い方変えたつもりでもあんまり変わっておりません。あとお嬢様は愛故って言えば何でも許されるって思ってない?
「少し黙ってくれないか、エリザよ……」
「しかし、お父様。わたくしの行動は一重にそれが全てですわ」
「婚約者の第二王子殿下のウーサー殿がいて、そのような発言をするから黙れと言っておるのだ……一体誰に似たのやら」
旦那様が正論すぎるのに、どうしてお嬢様はあそこまで堂々としているのだろう。俺の頭が悪いからお嬢様の行動とか言動が理解できないのかな。いや、シアさんもセバスさんも旦那様さえ胃を押さえてるから、多分理解できてないの俺だけじゃないな。
「しかし、旦那様が偶然戻られたおかげで本当に助かりました。このセバス、心より旦那様に感謝を申し上げます」
「えぇ、本当に……一時はどうなることかと思いました」
「しかし、お前らもいて娘を止められんとはな……これはもうどうしたものか」
本当にそう思います。
「もう1度問うがエリザよ。なぜ逢引で我慢ができなかったのだ? 私もお前がウーサー殿を気に入ってはおらんことには気付いていたが、これまではそのような凶行に及ぶこともなかったではないか」
「はい、お父様。もちろんそれには理由がございますわ」
あ、セバスさんとシアさんの涙が頬をつたってる。相当に痛ましい思いだったんだろうな、分かります。あと、この後のお嬢様の発言を思うとお腹を押さえたくなるよね。
「それは何だ?」
「わたくし、シキに求婚されましたの」
まだ言うか。
「それは……プロポーズということか?」
「はい」
はい、じゃないが。
「デートの帰り、わたくしはシキからこのイヤリングを頂きましたわ」
言うや否や、まるで見せつけるようにお嬢様は髪をかき上げてイヤリングを強調した。その顔があまりにも誇らしげなので、そろそろ俺は本当に求婚をしたような気がしてきた。
「ふむ、それで? プロポーズでもされたのか?」
「いいえ、それだけですわ」
驚きの余り旦那様は頬杖から顔が滑り落ちた。続きがないんですよね、これが。しかも、プレゼントを渡す前には薬は盛ってるしね。
「エリザよ、いつからヤデル王国はイヤリングを渡せば結婚ができることになったのだ……?」
「わたくしがそう思えばもはやそれは結婚ではないかと思いましたの」
シアさんとセバスさんはもう互いに崩れ落ちそうな体を互いに支え合っていた。旦那様は、震える声でまたしても正論を仰った。
「エリザよ……少なくともまだ我が国では、イヤリングを渡しただけでは結婚にはならぬのだ」
それはもう至極当たり前の結論だった。
「そうでしたか。ですが、わたくしたちの想いはもう固いのです。どうか第二王子殿下との婚約を白紙に戻していただけませんか?」
「たちって誰を含めたんですか、お嬢様」
「あら? 話せる位には回復しましたのね、シキ」
誰からのダメージだったのか忘れてるよね。
「誰のせいだと思ってるんですか……ってしまった。」
お嬢様があまりにお嬢様過ぎて、つい旦那様の前なのに砕けた話し方をしてしまった。これは不味いかと思っていたが、旦那様はそんなことはまるで気にした素振りもなく唐突に爆弾を落としてきた。
「第二王子殿下との婚約については一応私の方でも動いて白紙の方向に進めてはいる」
「お父様、流石ですわ!!!」
これには流石に俺も驚愕した。王家との婚約を白紙の方向で進めるなんて、前代未聞も良いところだ。相手側からの婚約破棄はあれど、王家に仕える貴族側が婚約破棄に動くなんてことがあるのか。この旦那様の発言には、シアさんもセバスさんも驚いたようで、普通に立ち竦んでいた。立ち直ったのか、衝撃の出来事と話の連続でキャパオーバーしたのかどちらだろう。俺は、後者だと思う。俺もそんな感じだしね。
「失礼ながら旦那様。1つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「どうした、シキ?」
「あの……王家との婚約を破棄の方向で動いても大丈夫なのでしょうか?」
不敬にも旦那様に質問をしてしまったが、本当に心配なのだ。スカーレット家は大公家で、王家に近い権力を持つとは言っても、やはり王家の方が貴族家などより権力に限らずあらゆる面で強い。元から大公としてある程度は王家に近い親戚筋でも、やはり新たな強いパイプができるに越したことはないだろう。それなのにアッサリと破棄の方向で動いているというのは、どういうことだろうか。
「まぁ、いくつかの要因があるのだ」
旦那様は俺やシアさん、セバスさんの方に体を向けて話を続けてくれた。お嬢様は白紙に戻るかもという情報だけで完全にトリップしてしまっていた。この人、もうスカーレット家の方々からどんな目で見られるとか考えてないな。
「いくつかの要因の中でも最も大きいものは我が娘、エリザのせいだ」
ですよねー。
「エリザは元はどこに出しても恥ずかしくない娘だった。親の贔屓目を抜きにしてもな」
「えぇ、お嬢様は昔はそれは利発で、才気煥発なお方でした」
旦那様の言葉にセバスさんもしみじみと昔を懐かしむように同意する。そうなんだ。俺が出会った時にはもう頭のネジが随分無くなってしまったようだったけど、そんな時期もあったのか。
「おいたわしや、お嬢様……」
そんな2人の言葉を聞いて、シアさんはまた涙ぐんでいた。皆さん、マジでかわいそう……。
「しかし、最早何処に出しても恥ずかしい娘となってしまったからな。能力もガタ落ちしていれば、いっそ大公家の当主として冷徹な判断を下せたのかもしれんが……優秀さには陰りも無く輝くばかりだった」
そう語る旦那様の顔はどう見ても疲れていた。お嬢様、全力でごめんなさいをすべきですよ。
「後は王宮での情勢などもあるが、それはいいだろう。もう一つの大きな理由はウーサー殿下のことだ」
「第二王子殿下ですか? しかし、私は以前お嬢様と共に学園でお会いしましたが、何か問題を抱えられているようなお方には見えませんでしたが……」
「そうだな、あくまで噂にすぎんし、確証を得たわけではないのだが……」
言葉を区切り、辺りを旦那様は見回した。まるで、このスカーレット家の屋敷であっても滅多な者には聞かせられぬとばかりの態度だった。
「ウーサー殿下の陣営の動きがキナ臭いのだ。金の流れや人の出入りがな」
「それは……」
セバスさんは旦那様に反応をしようとしていたが、二の句が継げなかったようだった。そりゃそうだ。こんな話、噂話であっても滅多に言えないことだ。それを旦那様が口にしたということは、確証はないと言いつつも、旦那様自身はかなり疑っているのだ。
「我が娘とウーサー殿下のこと、これらの要因が合わさると王家とのつながりがどうこうという話ではないというわけだ。劇物と劇物をわざわざ接触させて様子を見たいとも思わん」
めちゃくちゃ納得した。お嬢様は元よりウーサー殿下が気に入らないと言っていたのは、もしかしたらお嬢様も旦那様と同じようなことを直感したのからかもしれない。
そんなことを考えていると、お嬢様もトリップから戻ってきたのか会話に再び参加した。
「理解しましたわ、お父様。婚約破棄が現実のものとなるのなら、シキとの結婚の件はこの際置いておきます。そうなると学園を退学する理由も無くなりますわね……」
この際じゃなくても置いて欲しいと全員が思ったなと俺は確信した。皆さん苦虫を噛み潰したみたいな顔してるもん、俺もね。あと、元から退学する理由とかなくない?
「それでは今後の方針なのですが、わたくしは第二王子殿下と今まで通り付かず離れずの距離感でいればいいのでしょうか?」
「そうだな。婚約を白紙に戻す件もまだ確定しているわけではないのだ。これまでと変わらずに接してくれれば良い」
「分かりましたわ」
そんな訳で、お嬢様のラブラブ新婚初夜作戦は打ち破られ(本当に良かった)、再び学園での生活を始めることとなるのだ。
「シキ、少し残れ」
「旦那様? どのようなご用件でしょうか?」
食堂での話し合いも終わり、それぞれが仕事や自室に戻っていこうとする中、俺は旦那様に呼び止められた。
「少し聞きたいことがあってな。 エリザはお前に入れ込んでるだろう? そのことでお前自身の考えを聞きたくてな」
「はい、私で答えられることでしたら」
「そうか……。お前、エリザのことはどう思っている?」
「異性的な話でしたら、私はお嬢様の想いを丁重にお断りさせていただきました」
そう返した俺に旦那様は大した驚きも無く受け止めた。
「であろうな。いくら何でもあれは重過ぎる。だが、あいつはそれでは諦めなかったのか?」
「お嬢様は非常に前向きでいらっしゃるので」
ポジティブ過ぎて俺の言葉が通じない位だ。
「そうか……。私としてはあいつには貴族として立派に生きてもらいたかったが、自由に生きて欲しいとも思っていた。だから、今お前に入れ込んでるこの状況は、そこまで悪くはないのだ。エリザが自分の力で幸せを掴もうとしているのだから。まぁ、流石に貴族の者が相手であって欲しかったが」
そうでしょうね、俺も心からそう思いますよ。
「この件については、もう全面的にお前に任せる。手は尽くしたが、もう私ではどうしようもない」
丸投げだった。
その眼は諦めの感情が多分に込められていた。あの人、本当に俺を迎え入れる前から何してたの。旦那様にこんな顔をさせるって相当気苦労させてるよね。
そんな顔から一転し旦那様は気を引き締めると、小声で俺に本題を告げてきた。
「それはいいのだ。問題は先ほどの話にあった第二王子殿下のことだ」
「そちらはこれまで通りということではなかったのですか?」
「そうだ。しかし、あの陣営の動きはかなり怪しい。だから、もし何かあればお前が対処しろ」
「つまり、お嬢様に仇なす者に容赦はするなということでよろしいでしょうか」
俺の言葉に旦那様は頷いた。旦那様は確実に何かが起きると睨んでる。その時には敵を殺してでもお嬢様を守れということだろう。
「頼むぞ、次の遠征授業とやらも気を抜くな」
「仰せのままに、お嬢様の障害とやらは排除いたします」
守りますよ、全霊で。俺はお嬢様の騎士ですから。
ありがとうございました!
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