騎士とお嬢様、それぞれの場所にて奮闘する
よろしくお願いします!
デートついでにお嬢様のことをもっと知ろうと決意したのが一週間前のことである。そして、今日はお嬢様とデートをする前の最後の休みだった。つまり、デートの準備をするにはここしかない。
準備といっても、最初は燕尾服でデートに臨むつもりだったのだ。しかし、お嬢様から私服で来なければ殺すという厳命が下ったので、しぶしぶ準備をしようとしていてある問題に気が付いたのだ。
「……そもそも俺って私服持ってないんだよね」
そう、そうなのだ。俺は私服が1着たりともないのだ。持っている服は寝巻き、燕尾服、防具といった仕事着や部屋着ばかりなのだ。騎士団に所属していた頃は、非番であっても鍛練をして過ごしていたので、お洒落な服にはとんと縁がなかった。お嬢様と出会ってからもずっと燕尾服を着てたしね。
あれ、素材が良すぎるんだよ。防刃性能も耐火性能もその他諸々も備えてる燕尾服ってなんだよ。便利すぎてそればっかり着ちゃうよ。しかも10着もあるし、サイズはぴったりだし。ちなみに採寸とかしてないよ? なんでだろうね?
「でも、何買えばいいのかわかんないんだよなぁ」
とりあえずはストーカに来たものの、立ち並ぶ服屋を前に俺は怖気づいていた。最初は、ジェフにでも相談しようと思っていたのだが、あいつに服装のセンスを求めるのはナンセンスだと思い直した。脳まで筋肉でできるんだろうあいつにファッションセンスはないはずだ。むしろ筋肉で行けとか言われそうだ。
そんな風に途方に暮れていると、いきなり声を掛けられた。
「あれ? トアルさん、こんな所で何をしてるの?」
「あぁ、ティアベル様でしたか。お久しぶりですね」
声を掛けてきたのは、以前女性寮の前での奇行を止めてくださったアーシャ・ティアベル様だった。買い物の途中だったらしくいくつかの買い物袋を提げていた。
「それほど久しぶりでもないと思うけど、確かにあれから学園ではあまり会わないもんね」
「そうですね。お嬢様とクラスが違うとそうなってしまいますね」
「アハハ、スカーレット様って他のクラスにわざわざ顔をお出しするような人でもないしね」
「えぇ、ですがお嬢様はティアベル様のことは気に掛けてるようでしたが」
「あ、うん! スカーレット様って凄く優秀なのに、寮の図書室でたまに勉強をしているの。その時に偶々私も資料を探していたら貸してくださったんだよ」
まず寮に図書室があるって凄いな。そして、お嬢様そんなことをしていたのか。知らなかったよ。あの人、自分の努力をしている姿を人に見せるの嫌いなのに、わざわざそんな人の目がある場所で勉強をすることがあるのか。
しかし、思った以上に気に掛けているみたいだ。お嬢様はティアベル様のことを割と気にいっていると思うとは、俺個人の考え方だったんだけど。お嬢様は他の令嬢にはかなり辛辣な毒を吐くが、その時にはティアベル様を引き合いに出していた。曰く、
「貴族の学園で、優秀な人材を育てる場所で頭がお花畑の女ばかりね。ティアベルさんのように真摯に学業に打ち込んで欲しいものだわ」
だそうだし。あと、お嬢様も頭お花畑じゃないですかと返したら、その日の俺はノーパンになった。
とにかく、真面目にティアベルさんは努力しているのでお嬢様ポイントが高めらしい。ところでお嬢様ポイントって何だろうね?
「そうなんですか、知りませんでした。お嬢様にも人並みの親切心とかあったんですね」
「前も思ったけど、トアルさんよく首が飛ばないよね……」
そこはもうお嬢様の俺への仕打ちとイーブンだと思ってる。
「で、どうして服屋さんに? 燕尾服でうろついてるから、凄く目立ってたよ?」
「それはですね、実は……」
目立ってたという話は華麗にスルーして事情説明を簡潔に済ませると、ティアベル様はあんぐりと口を開けていた。公衆の面前で淑女がしてもいい顔ではないですよ、ティアベル様。
「……本当にトアルさんって、スカーレット様の特別なんだね」
「否定は致しません」
お嬢様の奇行は説明せずに、デートをする流れだけ説明したのだがそれでも驚きだったようだ。
「じゃ、じゃあ、もしかして声を掛けちゃった私って、今大ピンチなのでは!?」
「大丈夫なはずです。今日はお嬢様も家の方で予定があるとかで、朝一で他の使用人と出掛けていましたし、そもそもそこまで見境いがないお方ではないはずです。……おそらく」
「そこは断言してよー!」
お嬢様の思考回路は宇宙だから断定はできない。もしかしたら今の会話も聞いているかもしれないし。どうやって聞くのかは分からないが、やりかねないとは思う。
「と、とにかく、大丈夫なはずです。それにティアベル様はお嬢様に不敬を働くようなことはないとお嬢様は既に知っていらっしゃいますので」
「そ、そうだよね。トアルさんとは友達でありたいだけだもんね。だから、スカーレット様は安心してくださいね!」
ティアベル様はいない筈のお嬢様に弁明するように、大きめな声で叫んでいた。正しい判断にございます。
「後この話はお嬢様に一目を置かれているティアベル様だから話したので、どうかご内密にお願い致します。」
「もちろんだよ! というか、こんな話誰にもできないよ……」
ですよねー。
「何にせよ、トアルさんがデート用の私服を探しているのはよく分かったよ。よかったら私が手伝おうか?」
「え? マジですか?」
やっぱり心臓に毛がボーボーなんじゃないかな、この人。
びっくりして敬語が剥がれかけたよ。
「うん、それ位なら全然いいよ! スカーレット様もトアルさんがお洒落な方が嬉しいだろうし。あ、でも貴族のお洒落とかだとあんまり力になれないかも……」
「いえ、是非お願いいたします。私は全くこういったものは疎くて、ティアベル様がご協力して下さるなら心強い限りです」
そもそも俺の手持ちのお金では豪奢な服は買うことなどできない。それにお嬢様と俺のデートというのは、お忍びの遊びみたいなものだ。一般的な服である方がいいに決まっている。お嬢様の持つ服は安いものでも、一般庶民では一生着ることがないような服だ。そんなのと一般的な服装をした男が一緒にいれば、貴族様のお忍びのお出掛けとその護衛にしか見えないだろう。実際、俺はそんな気分だ。
「そういうことなら喜んで! じゃあどこかのお店に早速入ってみよう!」
「えぇ、ご指導をよろしくお願い致します。あ、荷物をお持ちしますね」
こうして俺とティアベル様の服選びが始まったのである! あれ? これってもしかしてショッピングデートというやつでは?
「エリザお嬢様、もしや御気分が優れないのでしょうか?」
「そういう訳ではありませんわ。気にせずそのまま着付けをしてちょうだい」
やってられませんわね……。第二王子との会食のために、わざわざ朝からシキと引き離されるなんて。本当にやってられませんわ。
ただでさえ、シキと同じ敷地内にいないだけでも気分が落ちるのに、あの男と会食までしなければならないなんて。忌々しい。
「やっぱりトアルさんも連れて来ればよかったのではありませんか?」
「シア、シキは今日は休みですわよ。そんなことできませんわ」
「トアルさんなら普通に付いてくると思いますけど……」
そうでしょうね。シキは優しいからきっと文句も言わずについて来るはずですわね。でも、わたくしはただでさえ彼を縛り付けている。
「休みは休みよ。シキはわたくしの付き人である前にスカーレット家の使用人ですわ。他の者には求めないことを必要以上に求める気もありませんわ」
「お嬢様やスカーレット家の皆様は本当にお優しくて気高いですね」
「貴族は傲慢であっても、理不尽であってはならないもの」
わたくしのそんな言葉にシアはクスリと笑った。
「お嬢様にお仕えできて、シアは幸せにございます」
「もう10年以上の付き合いで、今更ですわね」
「そうですね、でも本心ですから」
シアはわたくしの最初の専属使用人だった。我が家の使用人一家の1人娘で、幼い頃から共に育ってきた。それ故に互いの距離間の近さがとても心地良い。そんな彼女もわたくしがシキを拉致監禁した時は、流石に苦言を呈してきたが。
「それにしても、これから会うのは仮にも婚約者であるお方なのですから、もう少し位表情を柔らかくすべきだと思いますが」
「それはそれ、これはこれですわ」
あの男は気に入らない。婚約者であることもわたくしを名前で呼ぶことも気に入らないのだ。それからこれはシキには話さなかったが、あの男の下衆な気配と視線が気に入らないのだ。長年貴族の令嬢をやってきたからか、わたくしは男の視線に敏感だ。まぁ、この体と顔のせいもあるのだが。
わたくしはいわゆる男の情欲を掻き立てるような姿をしているらしい。庇護欲とかではなく、もっと醜い肉欲をぶつけたいと思わせるらしい。わたくしの婚約が決まる前、変態で愚図なじじいの視線がそれはもう鬱陶しかった。いっそ醜ければと思うこともあった。
今でこそ見目麗しく生まれたことに感謝しているが、それはシキが喜ぶからだ。断じて他のゴミを喜ばせるためではない。
閑話休題。
とにかく、あの男は上手く隠しているが、わたくしには分かる。あの男は獣だ。それも知恵のある獣だ。いっそ品性も全てかなぐり捨てて獣として四足歩行でもしていればよかったのに。
そんな男に着飾って会いに行くなんてのは、屈辱でしかない。あぁ、早くシキに会いたい。匂いを嗅ぎたい。舐め回したい。わたくしはシキになら下衆な獣になれるのに。
「まあまあ、お嬢様。これをあげますから、頑張ってきてください」
わたくしのそんな気持ちを見透かしたのか、シアはわたくしにハンカチをを渡してきた。
「これは……! まさか!?」
「えぇ、お嬢様の持ってきたトアルさんのパンツをハンカチに仕立て直したものです」
それもただのハンカチではない。ワンポイントのコサージュがシキの他のパンツもふんだんに使われている。慌ててハンカチを顔に押し付ける。なんてこと!
「しかも臭いが残ったままですわ! 一体どうやって!?」
「それはセバスさんの魔術です。セバスさんがシキさんのパンツに風魔術で保護をかけてから加工を施したんです」
まさに職人芸ですわ! 流石、スカーレット家の使用人たち! 優秀過ぎて恐ろしいですわ。シキのパンツを新しく持ち帰ったのは、ついさっきのことだ。それなのにこの短時間でここまでの細工をするなんて。
「これはボーナスを支払わなければなりませんわね」
「もったいなきお言葉です。……いや、本当に」
「働きにはそれ相応の対価を、ですわよ」
「そうですね……セバスさんにはあげてください。彼、自分の魔術の使い方で泣いてましたので」
「そうなの……そんなに嬉しかったのですわね……」
わたくしのそんな言葉に、シアの表情が引きつっていた。
「そ、そうですね……」
「ともあれ、なんとか頑張ってみますわ。あなたたちの働きに見合うようにしなければね」
「おいたわしやエリザお嬢様……昔はこんな振り切れていなかったのに」
シアが最後にポツリと何かを呟いた気もするが、わたくしはハンカチの匂いを嗅ぐのに夢中で聞こえなかった。
「とりあえずトアルさん、自分で選んで試着してみるのはどうかな? それを見て、私もアドバイスをするよ」
「そうですね。何事も経験ですから、やってみますね」
近くの服屋に入り、まずは試着をしてティアベル様に見せることになった。
ふむふむ、色々と種類があるがとりあえず感覚でカッコよさげなものをチョイスしてみよう。しばらく物色をして、組み合わせを考える。
「これだけ種類があると悩みますね……」
「最初はそんなもんだよ、街中で見掛ける人を参考にしてみるといいよ」
「そうですね。気を衒わずにいきたいと思います」
「それがいいね、無理に背伸びをすると大変だよ」
無難そうなものをチョイスして、試着室に入る。そして、姿見で自分の姿を確認してみる。中々いい線いっているのではないだろうか。
「どう? 試着できた?」
「えぇ、我ながら中々のセンスだと思いますよ」
「本当かなぁ? じゃあ早速見せてよ」
「もちろんです」
そう言って、試着室のカーテンを開ける。
「どうでしょうか? やはり、お嬢様の隣に並ぶのですから、無難なタキシードとはいえ色合いを派手めにして、様々な色を組み合わせてみたのですが」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
「あ、店員さんもいかがでしょうか? 慣れないファッションだったのですが、上手く着こなせていると思うのですよ」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
おかしい。なぜこんなにも沈黙が店内を支配しているのだろうか。もしかして、ポージングが足りないのだろうか? 仕方がない。郷に入れば郷に従えということわざを聞いたことがある。存分にポージングを取らせてもらおう。
クルッと1回転、脚を組む、ジャケットの内側を見せるようにヒラヒラと動かすといった動きを見せつけてみる。まだ、足りないのだろうか。試着するというのも大変なんだな、他のポーズも取ろう。
「「も、もうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」」
店内に店員さんとティアベル様の悲鳴が響き渡った。解せぬ。
ありがとうございました!
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エリザ様がヤンデレで素敵になるようにもっと精進いたします!!





