099.この地ならではの柔和温順を感じて
家族旅行の三日目。
昨日は滝へ遊びに出かけ少々疲れた、という事でのんびり休む運びとなった。実際は滝というより、その後に赴いた“聖域”の事が大きかったが、ひとまずその事は内緒にすることに。
ただ、そこで精霊や動物達と暫し過ごしたからなのだろうか……ちょっとした変化が私とマリアーネに起きていた。それは──
「………………」
「あの、お兄様? どうされましたか?」
別荘の裏に広がる庭地にて、今は兄妹三人だけでまったりとした時間を過ごしている。家族であり、同じ学園に通い、さらには全員生徒会にいるにもかかわらず、こんなにゆったりと顔を突き合わせたのは久しぶりだ。だがそんな状況にて、お兄様は私とマリアーネをじっと見つめている。
……いやまあ、その理由はまったくもって理解してるんだけど。
「……二人共、以前からそんなだったか?」
「えっと、そんなとはどういう意味でしょう?」
必死にすっとぼけるマリアーネだが、私共々演技が苦手なため『知ってるのに惚けてます』オーラがひしひしと溢れてしまっている。そんな私たちをもう一度見て、はぁ……と一つため息をつくお兄様。
「いつから二人は、そこまで動物に好かれるようになったんだ?」
「あははは……」
「えーっと……」
ド直球の質問に、今度こそ私とマリアーネの顔が引き攣る。
そうなのだ。今私とマリアーネはベンチ用に置かれている丸太に座っているのだが、私の膝の上には真っ白な猫がいて、マリアーネの膝の上には茶色と灰色のリスが二匹いるのだ。それらがいかにも気持ち良さそうに寛いでおり、二人とも優しくそれらを撫でてあげている。あと、肩や頭にも小鳥等がとまっており、足元には毛並みの良い犬が擦り寄って座っている。
……うん。何処から見てもすんごい不自然。前世のテレビでみたことある動物王国のおじさんでも、ここまで懐かれたりしないだろうってレベル。
「その、先日の散歩で出会った子達です……」
「何故か懐かれてしまいまして……」
しどろもどろに説明するも、多分あんまり信じてもらえてないっぽい。というよりも、私達もなんでここまで懐かれたか不思議なのだ。とはいえ、やっぱりあそこで触れ合った事が一番の原因なんだろうとは予想できるけど。
そんな私達を見て、これ以上聞いても仕方ないかとお兄様は渋々追求をやめる。動物たちも皆おとなしいので、特に問題ないだろうと思ってくれたようだ。
そのまま、久々にのんびりと談笑をする。話題もこれといって特に突飛なことは何も無い。単純に学園の話、寮の話、友人の話……そんな事を他愛もなく口にする。
その中で、友人の話……フレイヤの話が出た時だ。ずっと涼やかな表情を浮かべていたお兄様が、少しだけちょっと気持ちが揺れたような気がした。まだお兄様本人からは聞いてないが、フレイヤとの仲については公然の秘密みたいな感じになっている。
「あの、お兄様。お兄様は、フレイヤと特に親しい間柄ですわよね?」
「んっ!? ま、まぁそうだな。だが彼女とならば、お前達の方が仲が良いだろう?」
私の言葉にどこか慌てたような声を返してくる。んー……どうやらお兄様はこういう方面には、疎い……というか、苦手なようだ。返事を聞いたマリアーネがちょいと意地悪そうな顔を浮かべる。
「お兄様、そういう意味ではない事……お分かりなのでしょう?」
「うっ……それは、その…………ああ」
根が正直故に変にごまかしたりしないのがお兄様の良い所よね。頬を少し赤らめて肯定する。だが、すぐにどこか不安そうな顔をこちらに向けてくる。
「その……何か彼女が言ったのか? 俺の事とか……」
「いいえ。でも見てれば誰でもわかるじゃないですか」
「そうそう。誰でも…………あっ」
「!?」
私が発した最後の言葉に、思わずといった感じでお兄様は立ち上がる。それに愕き、何匹かの動物がバッと身を翻して私達の後ろに逃げ込んできた。
「ダメですよお兄様、そんなに荒々しく立ち上がられるのは。この子たちがびっくりするじゃありませんか」
「そうですよ。ホラ、大丈夫ですよ~ふふっ」
「あ、ああ、すまない」
マリアーネは後ろを振り返り、少しおびえるようにしている……タヌキ? 違うわね、あらいぐまかしら? を優しくなでている。
私達にたしなめられたお兄様は、気落ちしながらのろのろと座りなおす。だがその視線はじっとこちらを見据えている。私が先程最後に発した「あっ」という声が気になるのだろう。
「先程の私の声は、別にお兄様を驚かそうと思ったわけじゃありません。もしそう受け取ってしまったのであれば、申し訳ありませんでした」
「い、いや。それについてはこちらも少々過ぎるところがあった。それで、その……」
「はい。あそこで声を上げてしまった理由、ですよね」
私がそう言ってお兄様を見ると、深く大きく頷いた。
「大したことではありません。ただお兄様とフレイヤのことを考えた時、同時にクライム様の事が頭をよぎったのです」
「クライムの事?」
「はい」
なんでそこにクライムが出てくるんだ? みたいな顔をするお兄様。うーん……この様子だと、お兄様は知らないのかな。ならばあまりはっきりと教えるのはダメですわね。
「……その、クライム様もお兄様と同じように、少しばかり他より親しくしているお方がおります」
「えっと、そうなのか? でもクライムは以前、その……」
私の方を見ながら少しばかり言い難そうにゴモゴモしている。過去にクライム様から言い寄られていた時期のことを知っているからだろう。
「大丈夫ですよ。寧ろ今では私は、クライム様達の行く末を応援しておりますから」
「…………そうか。だが相手を聞くのは、無粋というものなんだろうな」
「そうですね。こればっかりは、私からお教えするわけには」
お兄様にとって親友でもあるクライム様の事だから、気にはなるのだろうけどこればっかりは。しかたないなと苦笑したところで、ようやく先程までのおだやかな空気が戻ってきた。
それと同時に、愕いてマリアーネの背後に逃げていたあらいぐまがポテポテと歩いてくる。そしてそのままお兄様をじーっと見つめている。それをじっと見ていたお兄様は、腰を浮かして地面に膝をついてあらいぐまに顔を寄せる。
「先程は驚かせてすまなかったな」
そう言って優しく頭をなでる。触れられる瞬間、一瞬だけビクンと身体が動くも、そのあとはお兄様の足元によっていきそのままもたれてしまう。どうやら気に入られたみたいね。お兄様の水属性と相性でもよかったのかしら。
折角だからと、私とマリアーネもお兄様の傍で地べたにすわる。幸いここは芝生が一面にあるため、座り込んでもほとんど汚れない。もし傍にミシェッタたちが居たら何か言われたかもしれないが、今はお兄様が一緒だからと説得し、二人とも別荘で作業をしてもらっている。
いつしか膝の上で寝てしまったアライグマをなでながら、お兄様が優しげな表情を浮かべる。
「ありがとうな、レミリア、マリアーネ」
そんな声をかけられて思わずマリアーネと顔を見合わせてしまう。何に対して『ありがとう』なのかは、言ってないけどなんとなくわかる。なので二人で笑みを浮かべると、座ったまま軽くスカートを片方つまんで、
「こちらこそ」
「ありがとうございました」
軽く頭を下げて返事を返す。そして三人で顔を見合わせて、誰からともなく笑いがこぼれる。なんだか本当に、久しぶりに童心に帰ったような気がした。
その後ミシェッタ達が呼びに来るまで、私達は地面に座って過ごした。その光景をみたミシェッタとリメッタは、驚きと呆れと、どこか感心したような表情を浮かべていた。
ちなみに二人とも、呼びにきたついでに毛並みのよさげな動物をモフモフしてた。……好きだったのね、そういう事。