098.興味津々なのはお互い様のようです
ふいに現れたペガサスだが、何か伝えたいような目でこちらを見てくる。そしてゆっくりと、出てきた茂みではなく、その隣にある山道の方へと歩いていく。
(あんな道……さっきまであったかしら?)
そんな疑問が浮かぶも、道口でこちらへ首を向けるペガサスが、何か訴えているように思えてしかたない。そんな事を思っていると、
「レミリア姉さま、もしかしてアレってよくある──」
「──付いてこい、ってヤツかしら」
マリアーネも同じ事を考えていたらしい。なのでミシェッタ達にはこの場にいなさいと告げる。もちろん慌てる二人だが、もう一度真剣に言葉を繰り返すと渋々了承してくれた。本心ではそれでも納得できないのだろうが、私達が本気でお願いとした時はちゃんと聞いてくれるのだ。
だが、今回はそれでもやっぱりという感じで引き止めてきた。というのも……
「あの……着替えてからの方がよろしいのでは?」
……はい、そうですね。すみませんペガサスさん、もうちょーっとだけ待っててもらえますか……。
手早く着替えた私とマリアーネは、ペガサスの後をついていく。乗れないのかなーなんて思ったりもしたけど、ほぼ手付かずの山中での騎乗はやめたほうが無難かな。
何より先程から気にしないようにしているのだが、私達が歩いている道は──道じゃない。ペガサスの周りだけ何故か歩くことが出来るのだ。これはやはり、私とマリアーネだけを招待している……という事なのだろうか。
そんな私達は、少し心細いので手を繋いで付いていく。先程精霊があんなに戯れていたペガサスが、よもや私達を貶めるようなことはしないだろうけど、不安な気持ちは隠せません。
まださほど歩いてない気もするけど、周囲の状況がよく把握できない山中での歩行は、距離感覚がズレてしまうと思う。もしかして、既に結構歩いているのかも……と思った時、前方の木々の隙間から光が見えてきた。思わず握る手に力が入り、進む足取りも早くなる。そして──
「おおぉ~っ!」
「わあぁ~っ!」
少し暗い森を抜け、眩しい陽射の向こうに見えたのは、緑眩しい草原とまるで鏡のような済んだ泉のある広場だった。
勿論ここは二人とも初めて訪れた場所だが、同時に脳裏には見覚えがあるという気持ちがふつふつと湧き上がる。
「ねぇ、ここってやっぱり……」
「はい、私もそう思います……」
草原を歩く私達の周りを、精霊達が軽やかに踊るように飛び回る。前をいくペガサスに連れられ、静かな泉のほとりまでやってくる。するとここまで一緒にきたペガサスが、泉の中央までゆっくりと進んでいく。やはり先程のように、水面に波紋すらたたない。そして振り返ったペガサスは、ゆっくりと頭をさげたかと思うと……一瞬強く輝き、そして沢山の精霊になって舞った。
「ええっ!?」
「精霊……だった?」
ペガサスだと思っていた精霊達は、私達の周りと何度か飛び交い、その後は泉に佇んでいる精霊達にまじっていった。
それを見て、やはりこの世界にはペガサスはいなんだなぁと少し残念になったが、逆に考えれば魔物とかそういうのもやっぱり居ないのだと安心もした。でもそれならば、何故精霊はわざわざペガサスの姿で私たちを招いたのだろうか。それに関しては謎だけど、少なくともこの地に私たちをすんなりと招く事には成功したというわけね。
泉の辺に座り、そっと手を差し入れてみる。心地良い冷たさを感じる水面は、私の手から波紋がゆっくりと広がっていく。その広がる波に、精霊達がじゃれるように纏わり付いていたりする。それがなんだか面白くて、私とマリアーネはゆったりと水面に手を触れたりした。
「……レミリア姉さま。この場所って多分殿下達は……」
「ええ。知らない地なのでしょうね。以前お連れして頂いた『聖地』は、王族と聖女のみが入れる場所だった。でも多分ここは……」
「私達のみ、ですかね」
佇む空気などは、以前訪れた『聖地』と限りなく似通っていた。だから多分、ここも同じような場所なのだろう。だがもしここも殿下達が与り知る場であるならば、私やマリアーネが殿下達に聖地について尋ねた時に話してくれただろう。何より、この地へ入ってくる時の感覚……あれは、限られた者だけが入れる聖地よりも、さらに制限があったような感じがした。
「この場所の事は、殿下達には内緒のほうがいいのかもしれないわね」
「……そうですね。たとえ話しても、お連れする事ができないと思います」
そんな事を話していると、ふと直ぐ脇に何かの気配を感じた。てっきり存在感の強い精霊かと思ったが、その姿をみた私達は驚いた。
「……小熊?」
「……ですよね」
何故か私とマリアーネの間にちょこんと入り込んで、泉の水をちょろちょろと舐めている小熊。唐突すぎて反応できないでいると──
「あ、今度は……狼?」
「そちらに……うさぎ?」
気付けば、何種類かの動物達が皆泉の水を飲みにやってきていた。思わず立ち上がって、すこし後ろに下がってしまう。そこで私達は初めて気がついた。いつのまにか泉の周りだけじゃなく、草原にもたくさんの動物達が集まってきていたのを。
「えっと、これは……何かしら」
「もしかして、ここって動物達の……?」
驚いている私達の傍にも、いくらか動物達が集まってきた。だがその動物達から感じる気配が、あまりにも穏やかで楽しそうだったので、驚いたけど怖いとかそういうのは一切なかった。
中にはちょっと大きなトカゲ……もしかしてワニ? なんてのもいたけど、擦り寄ってきたその背中を思わず撫でて「おーゴツゴツしてるー」なんて感想を述べるほどだった。
「なんだかここって、聖地というよりも……えっと、なんだっけ……」
もう少しいい呼び名があったような気がして、私が頭を捻っていると、マリアーネが「あぁ」と声をあげる。
「もしかして『聖域』ですか? 聖域って動物の保護区域とかって意味ありましたよね?」
「そうそう、それ! ここって『聖域』って感じよね」
マリアーネの意外な知識に愕く。なんでも前世での授業中に話題に出たのを、なんとなく覚えていたらしい。絶滅危惧動物の保護のために定められた地域を『聖域』と呼ぶとか、そういう話を聞いたとのこと。ちなみにその後、『聖地』っていうのはアニメやゲームの舞台になった地を示し、そこへ行くことを『聖地巡礼』と言う……という蛇足話もしてたとか。前世の私にとっては、そっちの方がなじみ有るかも……。
そんな前世記憶が少し残念な聖女こと私の元に、いろんな動物達が歩みよってくる。中にはフワフワの毛並みの子とかもいて、笑顔でわしゃわしゃと撫でしまったり。
しばらく精霊や動物達と穏やかな時間をすごしていたが、さすがにいつまでもこうしているわけにもいかない。名残惜しいけれど、私とマリアーネは立ち上がって周囲を見渡す。
……うーん、どうやって帰ればいいのかしら?
マリアーネを顔を見合わせて、軽く途方にくれる。ここに来るときは、ペガサス──精霊が連れてきてくれたけれど……。そんなことを考えていると、周りから集まってきた精霊達が目の前に集まって、そして再びペガサスの姿をとってくれた。そしてくるりと向きを変え、ここへ来るときに通ってきた方向を見る。
「着いて来いって事かな?」
「……たぶん」
それならばと歩き出したペガサスに着いていくと、再び森の中へと進んでいく。途中一度振り返ると、動物たちが皆こっちを見送ってくれていた。なんだか嬉しかったので手を振ってから森へ入っていった。
森の中の様子は来るときと同じだった。ペガサスと私達のまわりだけ、歩く事ができるような地面になっている。そのまま再び距離感覚がつかめないまま、私達は元の場所……滝の前に戻った。
「「レミリア様! マリアーネ様!」」
私達を見て、安堵しながら声をかけて走り寄ってくるミシェッタとリメッタに、私達もどこかほっとした気持ちになっていた。そうだお礼を……そう思って振り返るも、既にペガサスの姿はなくなっていた。
「心配かけたみたいね。ごめんなさい」
「でも、私もレミリア姉さまも大丈夫です」
その言葉に心底安心した様子をみせるも、やはりどこへ行ったのか気になる様子。意を決したミシェッタにどこへ行かれていたかを聞かれたが、「精霊と、ちょっとね」と言葉を濁した。この二人ならば、それで理解してくれるから。
こうして、本来の目的である滝での水浴びが、思わぬ出会いとなってしまった。何故だかあの場所──“聖域”は、殿下をはじめとする王族にさえ話す必要がないと思えてしまった。きっとあれは、精霊が呼びたいと思っている人だけを呼ぶ場所なのだろう。
もしかしてペガサスの姿で案内したのも、私達が動物とどう接してくれるのかを試されたのかもしれない。
ともかく、ここにはこれからも訪れたい。そして今度は、ちゃんとお礼をしたいわね。……お菓子とかあったほうが喜ぶかしら。