097.時に好奇心は千載一遇を招く
あけましておめでとうございます。これが年明け最初の投稿となります。
この『転生令嬢姉妹は平穏無事に過ごしたい』は、今年もマイペースに更新していきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。
別荘へ来た翌日、私とマリアーネはメイド姉妹を連れて出かけた。行き先は当初からの予定である、この近くにある滝だ。そこの滝壺はとても綺麗で、水浴びができるほどだという。なので私とマリアーネは、この世界に生まれてから初めての水着での水遊びをすることにしたのだ。
水着を作る際にミシェッタ達から聞いた話では、やはりまだ水着──水に浸かるための着衣は存在しないらしい。そもそも服を着て入るという事は、行動の妨げになり事故を招く……という考えが一般的なんだとか。前時代的なのも甚だしい……と言いたいが、この世界では普通なんだろう。おかげで当初ビキニ水着をデザインしたら、思い切りはしたないと怒られたし。
そんな感じに色々あったけど、無事私達は水着を用意してお目当ての滝へやって来た。滝といっても、別にナイアガラとかみたいなドドーッ! ってヤツじゃなく、大きな岩盤段差をザアァ……と流れる、なんとも風流な感じの滝だった。なので滝壺も特別深い事もなく、最深部でも私達くらいなら肩くらいまでの深さらしい。
到着早々、さっそく私達は水着に着替える。最初は下に着ていけばいいのかな、なんて思っていたのだけれど、
「行きはそれでよろしいですが、帰りはどうするのですか?」
と聞かれて断念した。確かに水に濡れた上に衣服を着るのは無理だ。水着で家に帰るのはもっと無理だし。
そんな訳で、パイプと長布を使った簡易更衣室を持ってきた。まずはそこで私達が着替え、次は交代してミシェッタ達が着替えた。全員一度は着ているのだが、相変わらずミシェッタとリメッタは恥かしそうにしている。やはり女性が二の腕や股を晒すのは恥かしいのだろう。私達でも普通なら恥かしいけれど、「これは水着!」と思うと途端にそれが薄まるのは不思議だ。
そんな水着を着て私とマリアーネは、滝壺の傍に寄る。メイド姉妹は離れるわけにもいかないと、バスタオルを羽織って着いて来る。まったく……往生際の悪い。
「……んっ、冷たい……」
「ふわっ……でもやっぱり気持ちがいい……」
私とマリアーネは、まずはつま先を浸して次に足先から順番に水に馴染ませていく。こういう清流ってすごく冷たいイメージだけど、正直そこまで冷たすぎるということはない。最初冷たく感じても、すぐになれるほどの温度で、なんだかプールとかと同じくらいの感じかな。
「これなら滝のところまでいけるわね。それじゃあ……」
「あ、私も…………はい、コレ持ってて」
現在足が浸かっているけど、もう少し深いところへいくのでパレオを外して渡しておく。心配するメイドたちをなだめ、私とマリアーネは歩いていく。そして滝の所までくるが……うん、確かに私達の肩が出るくらいの深さだ。これなら学校のプールと同じくらいだ。違うのは流れがあることと、塩素とかがまったく匂わないことよね。
そして近寄ってみると、滝の下の岩盤が一部出っ張っているため、そこが天然の打たせ水みたいになっている。その下へ行ってみると、頭の上からちょろちょろと水が流れてくる。んー……なんだろう、日本人ってこういうの何故か好きなのよね。こういう流れが竹から流れてると理想かしら。
「レ、レミリア様! 大丈夫ですかっ!?」
「んー? あー、全然大丈夫ヨー」
この世界の人にとっては見慣れぬ光景に、ミシェッタがあわてて声をかけてくる。ただ私としては、温泉での打たせ湯ごっこをしてるくらいの感覚なので、暢気な返事を返すだけだ。隣で見てるマリアーネも「わたしも~」と言いながら、同じように流れ落ちている場所の下に入っていく。そしてあちらも、リメッタがあわあわしながら様子を見ている。
そして、私達がしているこの世界では奇異な行動……これに反応しているのは、メイド姉妹だけではなかった。普段なら川辺や水面をふよふよ浮いている精霊達が、水に浸かっている私達に興味を示したのか意図的に私達の周りを飛び交い、代わる代わる顔の前で明滅したりする。言葉は交わしてないけど、それがなんだか楽しげな会話をしているようで、私もマリアーネも終始笑みがこぼれていた。
その後、ミシェッタとリメッタにも滝壺にはいることを薦めたが、やはり常識の壁が厚いのか無理そうだったので、せめてもと足だけを滝壺に浸していまは並んで座っている。上半身は私達もバスタオルを羽織っている状態だ。
「涼しくていい場所ね。これだけ環境がいいと、山菜とかも豊富なのかしら」
「はい。とはいえ産業として運用しておりませんので、この地域の人達が自分達で食すためだけに取っていくだけです」
「そうなんだ。……御免なさい、幼い頃は視野が狭くて……」
ミシェッタとリメッタに頭を下げる。その頃の私は厳密には私じゃないけど、それでも私が我が儘だったせいで二人が帰省する機会を長い間奪ってしまっていたのは事実だ。
「……もう本当に気にしてませんから、謝らないで下さい」
ふわりと私の頭をなでる手を感じる。よく私が悪いことをして謝っていると、ミシェッタがやってくれた行為だ。ここ最近はされなくなったけど、久々に気恥ずかしさと申し訳なさがにじみ出てくる。
「ええ、ありがとう……」
そう私が返事を返した時だった。
「ッ!? レミリア様!」
「マリアーネ様!」
ばっとミシェッタとリメッタが私とマリアーネをかばう様な体勢をとる。滝のすぐ横にある草むらから、ガサリと音がしたからだ。あきらかに風などではなく、何か生物の移動で起きた物音に、私達全員に緊張が走る。野生動物? それともまさか、盗賊とかそういう系? よりにもよって水着の時になんてことだろうか……。
そう思っている間にも、ガサガサという音は近付いてくる。そして終にその音の主が姿を見せ──
「これは……馬?」
「いえ、これは……ペガサス……?」
そこに姿を見せたのは全身が真っ白な馬だった。だがその背には、見間違えようもない見事な翼がついていた。一瞬白い馬に誰かがイタズラで付けたのか……とも思ったが、その馬が私達を見たあとそのまま滝の方へ歩いていったのだ。──水の上を歩いて。いや、よくよく見ると水面に波紋は広がってない。おそらく水面の上を歩いて……もしくは飛んでいるのだろう。
そのペガサスと思われる者は、滝の傍へ行き……先ほど私が打たせ水をしていた場所へいってそこの水に口をつけた。あらま、私ってばペガサスの飲み口で遊んでたって事かしら。なんだか複雑。
っていうか、ペガサス? この世界って、そんなの存在したの? 確かに精霊は存在するけど、魔物とかそういうのはいない世界よね。なら、これっていったい何なのかしら。
そんな思考をめぐらしながらも、視線はペガサスから外せない。そのペガサスだが、やはり特別な存在なのだろう。多くの精霊が集まってペガサスの傍を飛んでいる。だが、そのうち幾つかの精霊がこちらに……正確には私の方へやってきた。
「え? な、何!?」
驚くも、別段精霊に悪意を感じないので戸惑うだけの私。精霊もすぐ傍にきて私のまわりを飛ぶけど、何かする様子もない。すると、先程まで滝の傍にいたペガサスが、ゆっくりとこちらに歩いてくるではないか。
「は! レミリア様!」
あわててミシェッタが私の前に立とうとする。例え相手が何であろうと、得たいが知れないと思うのなら主君を守るべきという事だろう。
「大丈夫よミシェッタ。ありがとう」
「……はい」
でも精霊同様、ペガサスからも何も敵意も悪意も感じない。なので心配するミシェッタにはそっと横へどいてもらった。そのまま私の前にペガサスがやってくる。うん、こうやってみると本当に翼が生えた馬なのね。
でも、どうしたらいいのかしら? そう思っていると、ペガサスがすっと顔を私に近づけて、そのまま頬ずりをするように優しく顔で触れてきた。
「……ふふっ、なんだか可愛らしいわね」
衝動的に頭や鬣、頬や首筋などをなでる。上質な絹をも思わせる肌触りで、きめ細かな感じが普段みている馬とは明らかに違うことがわかる。すると、今度はマリアーネの方を見る。気付けば先程まで私のまわりを飛んでいた精霊が、今はマリアーネのまわりと飛んでいる。
ペガサスはそれに導かれるように、すすっとマリアーネの前に行く。そして私の時と同様に、優しく顔を擦り付けていく。私を見るマリアーネに頷くと、同様に手を伸ばしてゆっくりとなで始めた。
「レミリア様、その……」
「ええ、何も心配いらないわ」
どう聞いていいのかわからないといったミシェッタに、私は安心していいと言葉をかける。おそらく彼女もペガサスが特別な存在なんだと理解しているので、「大丈夫ですか?」みたいな言動が相応しくないと思ったのだろう。
ただ、どうしてこんな場所にペガサスがいるのだろう。ペガサスって川とか滝じゃなくて、泉とかってイメージがあるんだけれど。そう考えた時、ふと何か頭の中をよぎる。少し高揚したマリアーネが、ペガサスを撫でている様子を見ながら、私はミシェッタに質問をする。
「ねえミシェッタ。この滝の上流って、どうなっているの?」
「それなんですが、その……」
「ん? どうしたの?」
なんだか歯切れの悪いミシェッタに、私は不思議そうな目を向ける。だがミシェッタは、どこか申し訳なさそうな顔で述べる。
「この滝というか流れの上流は、実はよくわからないのです。流れの傍は人が歩けるような道はなく、離れて山頂を目指しても、なぜかそれらしい場所に辿りつけず山向こうへぬけてしまい……」
そう聞いた瞬間、なんとなく私の中で察しがついた。たぶんこの流れの上流は、あそこと同じなんだ。
私とマリアーネが連れて行って頂いた場所──『聖地』──と。
年末年始の間も、誤字報告をありがとうございました。大変感謝しております。