096.一家団欒とは掛け替えの無い贈り物
途中休憩も終わり、再び馬車が走り始めた。ちょっとした休憩ではあったが、馬にとっては十分リフレッシュできたようで、先程よりも馬車は快適に進んでいった。
雑談などをしながらの道すがら、時折窓の外を見ていたミシェッタが「そろそろですね」と呟く。
「そろそろ目的地に到着致します」
「ああ、もうその辺りか」
ミシェッタの言葉に皆の視線が窓の外へ向けられる。だが、私やマリアーネは初めてきた場所なので、当然ここがどこなのかよくわからない。あれ? それならお兄様も一緒では? そう思ったのだが、お兄様は別荘へは来たことないが、ノーバス男爵家には何度か訪れているらしい。
程なくして馬車が速度を落として停まる。お兄様に手をひかれ外へ出れば、そこは何方かの屋敷の敷地だった。隣の両親の乗った馬車も停まっているので、ここが別荘なのかしら。そんな事を考えていると、屋敷の扉が開き年配のご夫婦が出てきた。
そのまま両親の方へ行き、恭しく頭を下げる。その様子を見て私はなんとなくわかった。
「ねえ、ミシェッタ。あちらのご夫婦はもしかして」
「はい。私達の両親です」
あらやっぱり。うちの両親と比較した年配具合が、私とミシェッタの年齢差ぐらいに見えたのよね。少し白髪の混じっている、渋みを感じさせるノーバス男爵が婦人とともにこちらにやってくる。
「ようこそお越し下さいました、ケインズ様、レミリア様、マリアーネ様。お嬢様方とは初めましてでございます。私はノーバス男爵家当主のレギウス・ノーバスです。以後、お見知りおきを」
「お久しぶりですケインズ様。そして、初めましてレミリア様、マリアーネ様。お逢いできて嬉しいです。歓迎いたしますわ。妻のメリアンヌです」
流れるような礼と挨拶を朗らかにされた。これだけで随分と大らかな感じがしてしまうのは、人柄なのか土地柄なのか。続けて私達も挨拶を返した。特に私とマリアーネは初対面だが、歓迎されているのがとても伝わってきて安堵。
一通り挨拶が終わると、まずは中へと通された。これだけの人数で、玄関先でガヤガヤするのも品がありませんし。
屋敷の中は綺麗に掃除されており、それがまたちょっと気になった聞いてみた。
「ミシェッタ、ここが別荘なの?」
「はい。普段はノーバス家が管理をし定期的に掃除等をしていますので、急な訪問があっても特に不自由なくお使いいただけます。それに、ここから徒歩で数分の距離にノーバス家があります」
「へぇ~、本当に目と鼻の先なんだね」
馬車を降りてざっと見渡したとき、ちょっと離れた処に別の屋敷があったけど、もしかしてアレがそうなのかしら。
そして応接間らしき部屋に通された。うちの両親がまずソファの上座に座り、続いて奥の長ソファに私達が通された。あれ? そちらにノーバス夫妻じゃないの?
「レミリア様、ここはフォルトラン家の別荘です」
「あ、そうだったわね。それでは……」
私達が腰を落ち着かせると、お父様がノーバス夫妻に席を勧める。うーん、見慣れた屋敷以外で自分達がホスト側なのは、なんだか落ち着かないわね。ちなみにミシェッタとリメッタは、私達の背後に控えている。先程ノーバス夫妻が、ちらりとそちらを見たのはそういう事だろう。
そこから、改めて歓迎の言葉を受けた。特に私達姉妹は初めてこちらを訪れたうえ、公式に『聖女』であるとの発表もされているので、その歓迎振りはひとしおという感じだった。
そしてなにより、ノーバスご婦人──メリアンヌさんが本当に嬉しいと大歓迎してくれた。私達の事は娘であるミシェッタやリメッタの便りで知っているが、やはり見ると聞くとでは大違いというか……違うな、百聞は一見にしかずだ。ともかく、いろいろ逸話のある──逸話? まあ、そんな私達に是非とも会いたいと常々思っていたらしい。
こちらとしても、気軽に接してくれるご年配のご婦人は大歓迎だ。あの女王陛下にも通じる気軽さが心地良い。
しばらく歓談をしていると、扉をノックする音が響く。誰だろう? という疑問が皆の顔に浮かぶなか、ノーバス男爵が「どうぞ」と声を掛けた。どうやら来るのを待っていたようだ。
扉が開き、そこから見慣れぬメイドが姿を見せる。ノーバス家のメイドのようだ。
「皆様、お食事のご用意が整いました」
そう言ってさっと廊下の方へ下がる。すぐさまミシェッタとリメッタが扉の脇に控えて開く。
「どうやら昼食の準備が出来たようです。それではご案内致します」
ノーバス男爵がこちらを見ながら言う。どうやら予め準備を進めておき、私達の到着と同時に料理の仕上げをしていたようだ。そしてこちらで挨拶と歓談をしながら完成を待っていたとか。手際がいいですねと思わず漏らすと、嬉しそうに礼を返してくれた。うーん、お父様とはまた違う燻し銀のナイスミドルね。
ノーバス夫妻に連れられ、私達はノーバス家の食堂に通された。といっても、家のように侯爵位ではないノーバス家は、そこまで広く多目的な部屋は存在しない。家にあるホールのような部屋もないし、食堂も長テーブルはあるけど、家ほど長くもない。もっとも、前世の日本事情を考えると、2~3世帯同居の家でも一緒に食事ができるほどの広さではあるけど。
テーブルにはノーバス夫妻に薦められた場所へ据わる。だが、両家の夫妻と私達兄妹が全員座ったのに、席が二つほど余っていた。それを見て全員が同じ事に気付く。
「ミシェッタ、リメッタ」
「おと──ご当主様、ですが……」
要するにミシェッタ達も同席して食事をとりなさい、という事だ。みれば家の両親もどこか「してやったり!」みたいな愉快な表情をしている。うわぁ、自分の親のあんな悪そうな顔みたくなかった……。
対してミシェッタとリメッタは、自分が仕えるフォルトラン家の者と同席することに戸惑っていた。私とマリアーネだけなら色々と理由をつけて一緒したりもするけど、両親に兄までいると話は別なんだろう。
「ここは貴女達の家なんでしょ? でしたら何の遠慮もないでしょうが。それとも私達一家と一緒では、ご両親とのんびり食事もできませんの? なら私達がどこかへ行きますわよ。ねえ?」
「レ、レミリア様! 皆様! そんな事はありません!」
「そ、そうです! ですからどこかへ等と言わないで下さい!」
私の言葉に頷く我家の家族を見て、二人が慌てて弁明する。そんな事当然わかってるけど、そのくらい言わないと動かないでしょ?
ふふーんと、気持ちが少しばかりふんぞり返っている私を、兄様が苦笑を漏らしながら見る。
「一度レミリアがこういう無茶を言い出すと、もう収まらないのは知ってるだろう? 悪いが二人共、ここは大人しく同じテーブルについてくれないかな」
「……はい」
「判りました」
私の隣に座るマリアーネのさらに隣に、ミシェッタとリメッタが座る。これでテーブルに用意された人数分の席が埋まった。
それと同時に料理が運ばれてくる。とはいえ、まだ昼なのでそこまで本格的なコースではない。本来なら侯爵家の歓迎として、けっこうな贅沢をするのが筋なのだが、長い付き合いでもある家とはそういう遠慮はなくしているとお父様からお聞きした。私もヘンに畏まった料理だされても困るしね。
それに男爵というのは貴族爵位でも一番下の位だ。その下にくる準男爵というのは、正確には平民であって貴族ではないから。なのであまり贅沢をしないし、こちらとしても無理強いはしない。
なので最初に前菜を食したら、すぐにメインとなった。普通はメインも肉と魚があるけど、肉だけのようだ。鳥のソテーだが味付けもあっさりしており、私としては食べやすくて好みな料理だった。
料理も程ほどおわり、食後のお茶を飲んでいると、ノーバス夫妻が時折ミシェッタとリメッタを見てどこか嬉しそうにしているのが目に付いた。それを何度か見ていると、ふとメリアンヌさんと目があった。
「どうかされたの?」
「あ、いえ、その……お二人が、時々どこか嬉しそうにミシェッタ達を見ていましたので」
「あら。うふふ、気付いていたのね」
そういってコロコロとメリアンヌさんは笑みを零し、隣で男爵は少し恥かしいのか目をそらす。
「いまあの子達が座っている席はね、フォルトラン家に行く前に二人が座っていた席なの。なんだか懐かしくて、ちょっとね」
「ああ、なるほど……。あれ? そうなりますと、今私とマリアーネが据わっている席は……」
「そこはルミエッタとメヌエッタの座っていた席よ。家の長女と次女で、二人共もう嫁いでしまったわ」
あぁ、なるほど。私とマリアーネがそのお二人の席に座ったから、丁度人数的に以前の四姉妹が揃っていた時期を思い出したってわけか。
あっさりとばらされて観念したのか、ノーバス男爵も少しバツ悪そうに此方を見る。いやいや、全然構いませんよ。というか、そちらの娘さんとは全然似て無いだろう悪役令嬢とヒロインですが、思い出に浸る役に立つならいくらでも見て下さいな。
この後ものんびり紅茶をいただきながら、ノーバス家の家族……とくに四姉妹の話をいくつか聞かせてもらった。普段私達を叱っているミシェッタ達の過去話は、途中必死で止めようとする二人があまりにも面白くて笑いが止まらなかったほどだ。
いつしかノーバス夫妻の私とマリアーネを見る目が、今日会った時より優しく感じたのはきっと気のせいではないのだろう……そう思えた事が単純に嬉しかった。
本作の年内更新はこれで終了です。一週お休みをして、次回更新は1/6となります。