093.故に彼女たちは一言報恩を感じる
「聖女さまーっ」
「ノルアちゃん! おいでーっ」
「きゃはー!」
のーんびりしていた私達に、昼寝から復帰してきたノルアちゃんが襲来。案の定私にむかって駆け寄ってくるので、立ち上がって少し姿勢を下げて迎え撃つ。ぐふっ、いいタックルぞよ。
「す、すみませんレミリア様」
「いいのよいいのよ~、ねー」
「ねー」
私に合わせてノルアちゃんが返事をすると、それでまたティアナがわたわたとする。そんな様子をマリアーネとフレイヤは微笑ましいなぁと見ている。
何気なく窓から外をみると、まだまだ日は高く夕方まで時間はある。
「ねぇ皆、ちょっとお散歩に行かない?」
「あ、はい。いいですね」
「そうね。少し話し込んでしまったから、動くのもいいかも」
「賛成です。では、どちらへ行きます?」
全員の賛同をもらってどこへ……と意見を出し合おうとした時。
「川にいきたい!」
行き先会議は、小さな力強い鶴の一声であっさりと決定したのだった。
ノルアちゃんの言う『川』というのは、ティアナの家や畑などに引き込んでいる……いわゆる用水路の源流になっている川だ。川幅は数メートルほどだが、綺麗な水が流れており生活&農業用水としての引き込みのほか、子供達の遊び場にもなっている。ある程度道が整備されている部分は、自然の河原が形成されているので、遊びついでに捕まえた川魚をここで焼いたりすることもあるとか。つまり河原のバーベキューって事ね、いいじゃない。
ただ今日のところは、突発で遊びに来ただけ。同行者は私達四人とノルアちゃんと、フレイヤの専属メイドのマインさん。ミシェッタとリメッタは、本日の夕飯のお手伝いをしている。なんせ私達が来たことで、必要量が倍以上になってしまうからだ。なので泊まりの時は、二人には夕飯他色々と手伝うようにお願いしている。
そうなると私達の護衛はどうなんだという話になるが、マインさんは格闘技能が高くそこいらの冒険者よりよほど強い。あとまあ、いざとなったら私とマリアーネの魔法でなんとかできるし。
川に到着し、河原を歩いて水の傍へ。踏み締める石ころは随分と丸くなっており、ここが結構川の中流~下流だと思うのだが、目の前の水の澄み具合は素晴らしい。上流の……そうね、渓流の水じゃないかしらと思えるほどに澄んでいるし──
「冷たくて気持ちいいわね」
「つめたーい!」
水に手を触れた私とノルアちゃんの感想が合致する。さすがに山頂で湧き出した水よりは温度があると思うけど、夏の陽射しの中で触れる清涼な水は驚くほどに心地良い。
こんな流れのほどよい冷たい水源なので、良く見ると篭などに入れた野菜が水の中にいくつか浸してある。これはヨゴレを落とすとかじゃなく、野菜を水でしっかりと冷やしているのだろう。冷えたキュウリなんかに、味噌とかマヨネーズをつけて食べる……うん、サイコー!
そんなのどかな風景を見ながら、皆して水に手をつけて和んでいた。同行したマインさんにもせっかくだからと声をかけ一緒に水に触れる。最初は遠慮していたけど、いつしか横並びで笑みを浮かべている。
のんびりした夏の午後……そんな言葉が似合いそうな時間を過ごしていたら。
「……おねえちゃん。アレなぁに?」
「ん? ……えっと、何かしらね」
ノルアちゃんが不思議そうな声でティアナに質問をする。その視線の先は……あら。私、どこかであれを見た覚えがありますわね。……ううん、“どこか”じゃないし、多分マリアーネも同じものを見たことあるはず。そう思ってマリアーネを見ると、同じようにこちらを見て頷く。
「……アレは精霊ですわ」
「もしかして、この辺りに住んでいるのかも」
「精霊!? 精霊なんですか!?」
驚いたフレイヤが、あまり聞いたことない程の声量でビックリする。……まぁ、それでも可愛らしい声量なのは、いかにもフレイヤらしいけど。
「ふわぁあああ~……キレイ……」
「そうね。私も精霊は初めて見たわ」
ノルアちゃんとティアナが、ふわふわと揺れ動く光をじっと目で追う。蝶が花の間を舞うように、川の向こう岸に生えている草と水面を、軽やかに飛び回っている。
「ティアナは今まで見たことないの?」
「はい、ありません。ただ……昔聞いたことならあります。土地の色々なものには精霊が宿っていて、時々その姿を見ることができるかも……と」
なんだか付喪神みたいな話ね。でも、物事の根底としては同じようなものかもしれないわね。それにしても、なんで急に見えたのかしら。ここでは無いにしても、これまで精霊がいそうな場所なんてどこかで行ってると思うのだけれど。ただ……そうなると原因は。
「ねえマリアーネ。今日、私達がこうやって精霊を見れたのって……」
「もしかすると、私達が『聖地』に行ったことで何かが少し変化したのかもしれませんね」
「やっぱり、そうなのかしらね……」
でもだからと言って、何がどうだという実感はまだ無い。何より聖地でアライル殿下と一緒に精霊達を見た時、殿下も別に何かを言うでもなかった様子から、精霊が見えるという事に関しては大きな問題ではないと思うから。
それよりも、ここに“精霊が居る”という事は、それだけここが清い場所だという証でもあるわけで。そこの水を引いて作る作物なら、色々安全に対する信用も高いといえるかな。少なくとも、この付近の農家はここの水を生活用水にしているのだから、そういった意味では安心できる材料だとも言える。
その後、もう何個か精霊の光が出てきたのをしばし見たあと、私達は家へと帰っていった。
夕食の頃には、遊びに出ていたティアナの弟二人も帰ってきた。タリックくんとフーリオくんだ。ティアナとノルアがピンク系の髪の毛なのに対し、弟二人は赤系の髪の毛だ。そんな二人には、昼間は遊べなかったのでちょっとした焼き菓子の詰め合わせをプレゼントしてあげた。男の子には、やっぱりお菓子とかがいいのかなって思って。ちなみにノルアちゃんはずっと一緒だったけど、拗ねるといけないので小さな詰め合わせをあげた。結果、ずっとニコニコしてくれたので安心安心。……いやいや、ティアナはお姉ちゃんでしょ。なんであなたも欲しそうな顔してんの。
そして準備も終わり夕食となった。今日は家が持ってきた素材と、ティアナ家で収穫された素材を使っての料理をした。メインはメンチカツ。といっても、肉とジャガイモを使ってのメンチカツだ。配分的には肉が少し多目な感じで、衣が厚くてサクサクなコロッケとも言えなくもない。だが、口に入れると確かに溢れる肉汁は、まごうことなきメンチカツ。トマトをベースにしたケチャップ風のソースも用意し、それをかけて食すると子供だけじゃなく、大人たちも夢中で食べた。
ちなみに私も結構夢中で食べた。というのも、使ったジャガイモが良かった! 家で使うのもいいけど、取れたて新鮮ジャガイモの威力ったら! このジャガイモなら、ふかして食べるのも絶対オススメね。その調理方法はミシェッタも知ってるので、後でメーリアさんにお伝えするように言っておこう。
食後、ミシェッタにお願いしてジャガイモのふかし調理を口伝えしてもらった。だが、帰ってきたミシェッタより「メーリア様がレミリア様とお話をしたい」との言伝を持ち帰ってきた。なんだろうとメーリアさんの処へ。
「態々のご足労、ありがとう御座います」
「あ、いえ。私は娘さん……ティアナさんの同級生なので、そのように畏まらず楽にして下さい」
「ですが……」
「ここへは、私を『聖女』ではなく『娘の友人』としてお呼びになったんですよね?」
「……はい。では、お言葉に甘えてそうさせていただきます」
そう言って、深く頭を下げられた。私としても、畏まった態度は疲れるものね。
進められてテーブルの反対に据わった私を見て、少し逡巡した後メーリアさんは聞いてきた。
「その、この質問で不快な思いをさせてしまったらごめんなさい。何故レミリア様は、娘と──ティアナと仲良くしてくださるのですか?」
「……へ?」
思わぬ質問に、淑女らしからぬ変な声が漏れる。だがメーリアさんは特に気にした様子もなく言葉を続ける。
「家はこの辺りの農家としては規模も大きいですが、ですが……それだけです。そんな家の長女であるティアナが、稀有なことに平民でありながら魔力を持っていた。それで魔法学園への入学となりましたが、正直なところそれだけです。私も主人も、学園へ入学しても身分や立場の違いから、何かを成しえることなく無為な時間が過ぎてしまうだけ……そんな風に諦めていました」
「………………」
その言葉を聞いて、私は何の言葉も……相槌すらもうてずにいた。だって実際そうだったから。少なくとも私達が口を出し、今のようになる前は『平民のくせに』という言葉括りで、いともたやすくすげなく扱われていた部分が垣間見えていた。
「それが入学して最初の手紙……そこには元気で前向きな言葉が綴られていました。その中に、レミリア様、マリアーネ様、フレイヤ様の名前もあり、特にレミリア様には初日からとてもよくしていただいたと。手紙にあるレミリア様というのが、領主様の娘であるレミリア・フォルトラン様であるとすぐに分かりました。そして数日たった日の王都からの発表、レミリア様とマリアーネ様のお二人が聖女であるとの言葉。私はもう、ティアナに何が起こっているのかわかりませんでした」
そう言ったところで、こちらを見て……申し訳なさそうに笑みを零した。それに対して私も苦笑を返す。まぁしかたないわよねぇって感じです、ハイ。
「ティアナから届く手紙は、どれも楽しく頑張っているとの内容ばかり。書かれている文字が、ティアナが本心から書いていると読み取れるものばかりなのも驚きっぱなしでした。そして、初めて皆さんが家へ来てくれた時……目の前で起きている事が信じられなくて、ともすれば今でもまだそんな感じです。なぜここまで、レミリア様が……皆さんがティアナに良くしてくださるのか。皆さんを疑っている訳ではありません、もはや多大な感謝しかないのですから。でもだからこそ、その真意をお聞かせ願えたらと……」
最後の方はいつしか祈るような声になり、両手を組んで私にもう一度頭を下げた。
……が、うーん……私そこまで大仰に考えていたわけじゃないんだよね。もちろん一番大きいところは、ゲームのイベント進行を強制するために、担ぎ出されたのがティアナなんじゃないか説。それの埋め合わせというかフォローというか、その考えが切欠だったと思う。
でも──
「考えなんてありません。入学式の日にティアナさんと出会って、話して、仲良くなった。それだけです。確かに彼女は平民で、私は侯爵令嬢で『聖女』なんて肩書きまで持ち合わせてますが……それだけです。学園においては、ティアナさんとは生徒会の仲間で、行儀作法の指導者で、大切なお友達です」
「そう、ですか……」
私の言葉に、当たり前だがいまいち腑に落ちない様子のメーリアさん。逆の立場なら、想像でしかないけどやっぱり簡単に納得はできないかもしれないけど。
……よし、もうちょっとぶっちゃけてもいいわよね。そう思うと思わず笑みがこぼれる。
「あ、あの……?」
「ふふ、すみません。実は私って、侯爵令嬢だ聖女だって言われてますけど、かなり自由奔放な問題児なんですよね」
「え? え?」
突然の軽い言葉と内容に、メーリアさんが呆気に取られる。
「学校に花壇があるんですけど、私その土とか肥料とかを素手で何も気にせずいじりたおしてます。なんだったら、泥ダンゴつくって投げたりとかしたことありますよ」
「泥……! レミリア様が!?」
「はい。虫とか素手で捕まえたりしてましたし、なんでしたら木登りでもします。そんな自分のしたい事を素直にしてるだけなんです。そんな私に、貴族の柵とかに縛られないティアナは大切な友達たりうる存在だったんです。……確かに、先ほど言われたような身分差からくる言動がティアナさんに向けられていたこともありました」
「っ……」
私の言葉にメーリアさんが少し息を呑む。ティアナはそんな事、一言も手紙に書かなかったのだろう。
「ですが今はそんな事ほとんどありません。少なくともクラスの中では、ティアナさんを平民だと蔑むような人は一人もいません。私達以外のクラスメイトたちも、皆笑顔で挨拶をして会話を交わしてます」
「……本当、ですか?」
「はい、本当です。聖女だなんて事に未だどこまでの価値があるか知れませんが、今の言葉は聖女として真実だと誓います」
「…………はい…………」
それを聞いたメーリアさんは「ありがとうございます」と、少し言葉を詰まらせながらもう一度、今までで一番深く長く私に頭を下げた。
私はそんなメーリアさんの傍により、そっと彼女を抱きしめた。年上の……私と同い年の娘がいる女性を抱きしめるのはどうかとも思ったが、今はそれが正解なんだろうと思ったのだ。
「ありがとうございます……ありがとう、ございます……」
私の腕の中のメーリアさんは、少し震える声で……でも、とても温かい声で何度も感謝の言葉を口にしてくれたのだった。