091.故に選ばれし者達は威風堂々と
突然のアライル殿下訪問の翌日、今度はアーネスト殿下がマリアーネを訪ねてきた。とはいえ、今回は前日にアライル殿下より先触れがあったので、私の時のように慌てることはなかった。
それで、一体用件は何だろうかという事だが、アーネスト殿下が是非ともマリアーネを連れて行きたい場所がある……という事だと。要するに、今日はマリアーネをあの場所へ連れて行くということらしい。無論私は行き先を知っているが、そこは案の定口止めされているので教える事はなかった。
やってきた馬車にアーネスト殿下とマリアーネが乗り込み、私の時と同じように御者以外は同乗せずに出発をする。
その馬車に、ちょいとおふざけでハンカチを振りながら「しっかりね~」と叫んでおいた。なんかマリアーネが喚いていたけど、よく聞こえなかったわ。
「……さて。マリアーネも行ってしまったし、私は何を──」
「あの、レミリア様」
何をしましょうかねーという言葉に、訪ねる言葉を重ねてきたのはマリアーネの専属リメッタだ。基本的に彼女が私に話しかける事は少ない。順番でいえば、マリアーネ、ミシェッタ、その次くらいだ。
「マリアーネ様はどこへ向かわれたのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うーん……どうなんだろう、話しちゃってもいいのかしら。でも貴女達は、私達姉妹にとって大切な腹心みたいな存在だし……。その、詳しくは言えないけど、それでもいいかしら?」
「はい、お願いします」
「私からもお願いします。もしかして、昨日レミリア様が行かれた場所と同じでしょうか?」
お、流石ミシェッタいいカンしてるわね。最も私も正確な場所……道を知らないから、場所はどこどこですって言うことも出来ないんだけどね。
「その通りよ。これからマリアーネが向かう場所は、昨日私がアライル殿下に連れて行っていただいた──『聖地』よ」
「「!!」」
私の言葉に二人の顔に緊張が走る。勤勉な二人だからこそ、仕える私達姉妹が聖女と知り、それに関わる幾多の事を知識としているのだろう。そのため、私よりも余程聖地というものに対し強い反応を示すのかもしれない。
「そんな訳だから、この話はこれでおしまい。……ね?」
「「はい」」
私の言葉に二人そろって深く頭を下げる。聖地の話が出来ないのは少し寂しいけど、こればっかりはしかたないわね。
そんな訳で話せないと、二人にもしっかりと納得してもらえた。綺麗な場所だったから、マリアーネが帰宅したら二人で聖地の事を話したいなとは思うけれど。
そして夕刻となり、アーネスト殿下とマリアーネの乗った馬車が帰ってきた。マリアーネを降ろした後、アーネスト殿下は挨拶もそこそこにすぐさま城へと戻っていってしまった。第一王子ともなれば、色々と忙しいのだろう。こうやってマリアーネに会いに来るのは、アーネスト殿下にとっては公共の息抜きになっているのかもしれない。
「ただいまレミリア姉さま」
「お帰りマリアーネ」
どこか高揚した様子のマリアーネを迎えて、私達は家の中へと入る。
「レミリア姉さまが行き先を教えてくれなかった理由がわかりましたわ」
「ふふっ、ごめんなさいね。そういう事よ」
軽口をたたきながら彼女を連れて私の部屋へ。そこでミシェッタ達にお茶を用意してもらい、そのまま二人には部屋を退室してもらった。
私とマリアーネの二人だけという状況で察した彼女が口をひらく。
「二人を外したということは、またゲームの事で何か?」
「ええ、そう……でもあるわね。とりあえずまずは『聖地』の話をしましょう」
その提案にマリアーネも「ああ、そうね」と同意する。
「まずはその『聖地』なんだけど、あの場所は『リワインド・ダイアリー』にも登場するわ。両殿下のどちらかと訪れるイベントCGもあるのよ」
そう言って私の脳裏に浮かぶのは2パターンの絵。一つはアーネスト殿下で、もう一つはアライル殿下。そのどちらにも映っているのはヒロインだ。当たり前にだが悪役令嬢は映っていない。なんせゲームの彼女は、聖女でもなんでもないのだから。
「……結局、『聖地』って何ですか? 一応アーネスト殿下には尋ねたけど、どこか抽象的な物言いでしか言い表せないような返答で」
「そうねぇ……名前の通り“神聖な地”なんだけど、一応ゲームの設定資料にはもう少し細かい事が書かれてたわね。多分殿下達──王家に伝わってる話は、あの地に神聖な力の道……私達の前世でいう地脈やレイラインって呼ぶものが集まった場所との事だけど……」
「ど?」
私の言葉尻にマリアーネの興味が惹かれる。
「あの場所で、沢山の精霊達を見た?」
「見ました! 物凄い数の光が、大地や湖からぶわっと広がって……」
興奮してその時の事を話すマリアーネを見て、私と同じ光景を目撃したんだと実感。うん、それなら話がしやすいわね。
「その精霊達を守っているのが、『聖地』をぐるりと取り囲んでいる森なの。でも、実はその森にこそ一番強い神聖な力が宿っているの。あの森に棲む精霊──ドライアドって呼ばれる樹木の精霊ね。それが森を生やし、大地を作り、精霊達が集まる『聖地』を守護している……という事らしいわ」
この辺りの事柄は、もう少し堅い言葉で記述してあったが、当時は知らなかった精霊などを調べていくうちに、概要をきちんと理解して覚えてしまった。後で自虐的に『学校の勉強もこんな感じで記憶できてたらもっと成績よかったのに』なんて思ったりもしたもんだ。
「……精霊とお話しは出来ないのかしら」
呟くようなマリアーネの言葉。それが出来るのであればかなえてみたいけど。
「恐らくは無理ね。あそこで見た精霊達……皆同じ光の塊にみえたけれど、本当は風や土、水といった色々な要素の精霊なの。それがちゃんと見れるようになってから、初めて意思疎通が可能になるわね」
「やっぱりですか。わかってはいましたけど、ちょっと残念」
「でも、精霊たちの気持ちは感じられると思うわよ。私達人間が表情で他人の機嫌を測れるように、精霊たちからも感じ取れると思うわ」
「そっか……。今日みた光は、皆ふわふわして楽しそうに感じたのって、そういう事かな」
「多分ね。私の時も精霊達が、随分と楽しそうに見えたしね」
そういえば踊るように舞う光たちを見て、アライル殿下は『精霊達が喜んでいる』って言ってたわね。マリアーネの時もそうだったみたいだし、どうやら私達は聖地に……精霊達に受け入れてもらえたようね。
そう思うと、どこか少し気が楽になった気がする。自身がイレギュラーな存在だとわかっていても、聖女だなんて言われて色々と心労もあったのかもしれない。それが全てとは言わないけど、いくらか軽減したんじゃないのかなって今なら思える。
「ねぇレミリア姉さま。今度殿下達にお願いして、二人一緒に聖地に連れて行ってもらいませんか?」
「あらっ! それは楽しそうですわね。また精霊達は歓迎してくれるかしら」
「もちろんですよ。ふふっ、もうなんだか楽しみです」
「そうね、私も楽しみだわ」
昨日の今日での話だが、私達は既にまた聖地へ赴くことが待ち遠しくなっていた。それほどまでにあそこで見た光景は、鮮烈でそして心地よいものだった。
単純だが、『聖女でよかった』などと思ってしまうのは、ちょっとばかり俗っぽかっただろうか。
それから私とマリアーネは、ゲーム以外の話をたくさんした。元々二人ともおしゃべり好きだったが、学園に入学して部屋が分かれてからは、ここまで時間を共有する機会は少なかったかもしれない。
話す内容はいつまでも尽きなかった。勉強……についてはあまり話さなかったけど、学園の話やクラスメイトの話など。ただ、やはり一番話題に出るのはフレイヤとティアナだった。特にお互い部屋の相方としてしか知らないエピソードなんかは、思わずくすりと笑ってしまう事も多かった。
だからこそ、そんな風に話をしていると段々と会いたくなってきた。まだ夏休みも四分の一が過ぎた頃だが、初めての学園がかなり充実していたせいだろう。
「……なんだか、久しぶりに二人に会いたいわね」
「あっ! 私も今そう思ってた!」
ポツリともらす私の言葉を聞き、マリアーネは飛び上がらんばかりの同意を告げる。それに思わず二人で顔を見合わせて苦笑してしまった。そして相貌を崩して微笑む。
うんっ! まだまだ夏休み!
不思議な奇跡からめぐり合わせた人生、思いっきり生きないと損よね。