089.それは遠くない内助之功かも
街へと遊びに行き、そこでちょっとした出来事のあった翌日。今日はどうしようと思いながら、自室でマリアーネとたわいない会話をしていると、ノックの音がなった。
「レミリア様、マリアーネ様、よろしいでしょうか」
「ミシェッタ? ええ、大丈夫ですよ」
ドア越しに利きなれた声が私達の名を呼ぶ。了承の返事を返すとすぐさまドアが開き、ミシェッタが姿を見せる。
「実は先程、前触れ無くアライル殿下がいらっしゃいまして……」
「え? アライル殿下が? 何で?」
「御用向きはお伺いしておりませんが、レミリア様にお話があるとの事でした」
そう告げられて、なんとなくわかった気がする。昨日の今日で随分と耳が早いが、おそらくは昨日私達が“聖女”としての魔法を使用したことに関する話だろう。
「そう、わかったわ……って、あれ? 私だけ?」
「はい。少なくともアライル殿下からマリアーネ様の名前はお聞きしておりません」
「じゃあ何の話かな。てっきり昨日の事かと思ったのに……まぁいいわ。じゃあ行くわね」
「わかりました。それでは私も自室へ戻りますね」
部屋主の私が呼ばれたので、マリアーネも自室へ戻ることにしたようだ。それじゃああまり待たせても悪いし、さっさと行きますかね。
それにしても家にこうやってアライル殿下が来るのって、なんだかんだで久しぶりね。学園にいるときは教室で毎日顔を合わせてるし、寮は男女で分かれてるから部屋への行き来は皆無だし。
……にしても、何の用からしら。ついでに昨日の魔法使用とかも、聞いておきましょうかね。そんな事を考えながら、アライル殿下を待たせている応接間へ。ミシェッタがノックをする。
「レミリア様をお連れ致しました」
「ああ、入ってくれ」
「はい。失礼致します」
中に入ると座ってこちらをみているアライル殿下と目が合う。一体なんの御用かしら。まぁ、別に大した用事じゃなく「遊びにきたよ」でもかまわないのですが、王族ってそんなに暇じゃないですわよね。
「こんにちはアライル殿下」
「ああ、こんにちは。すまないね急にやって来て」
アライル殿下の向かいに座り挨拶をする。普通なら王族である殿下の声があるまで座ることはないのだが、彼は自分に対し私がそうやって遠慮する事を嫌うので、こういう内々の場ではこんな感じだ。
「それは構いませんが……一体どうなさいました? 急な訪問ですので、てっきり昨日の件かと思いましたが、ここにマリアーネが呼ばれてないので違うようですし……」
「昨日の件? …………ああ、街で起きた事故にて、聖女である二人が魔法で助けた話かな?」
「やっぱりもう知ってたんですね……」
あの場でも結構な騒ぎになったし、きっとすぐさま城に報告が入ったのだろう。
「報告を受けた時は驚いたよ。確かまだ二人とも、聖女としての正式な魔法はそこまで修練していなかったはずだからね。それなのに報告では、其々が回復系魔法を使ったと聞いたから」
「……はい」
そこまで知ってるのか。思った以上に情報伝達が早いわね。多分私達の知らないところで、聖女を監視報告している人がいるんだろうなぁ……仕方ないけど。
「ん? どうかしたのか?」
「その……私達がそうやって魔法を、聖女の力を行使してしまうことは、国として大丈夫なのでしょうか? 何か特別な制約とか色々……」
なかなか上手く伝えられないながらも、なんとなく私が言いたいことは理解してもらえただろうか。そう少し不安になりアライル殿下を見ると、少し愕いたような様子を見せた後……くすりと笑った。
「……驚いた。まさか君がそんな風に心配するなんて」
「ちょっ、酷い! 私だってそういう事くらいありますよっ」
自分でもらしくないかなぁとは思うけど、自身の未来に関わってくるかもしれないし、今回は私だけじゃなくマリアーネも一緒だったのだから。そんな考えが顔にでたのか、少しふくれている私を見てアライル殿下はまた笑みをこぼした。
「心配しなくても大丈夫だ。なにせ君たちは“聖女”なんだから。自分がそうしたいと思ってやった事なら、私も──父上でさえも何も言わないよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。元々聖女というのは、立場としては比べる事が間違っているとされる存在だからね。だから聖女がその力を振るうということには、誰も何もいう事ができないんだよ」
以前にもそんなような話は聞いたが、やはりこうやって殿下から直に聞かされると重みがある。でも、だからこそ心配になることもあるわけで。
「でも、それなら聖女がその力を何か悪い事に使ったりしたら……」
「えっ?」
私の言葉に愕いたアライル殿下だが、すぐさま顔を伏せてしまう。どうかしたのかと思ったが、その肩が揺れてじわじわと笑い声がもれ聞こえてきた。
「くくく……、そ、そんな事を考えていたのかレミリアは……」
「ちょっとー!? 今度はバッチリ笑ってるしー! なによーっ!」
ムキーッと怒ると、「ごめんごめん」と手を前に出して私を制しながら謝ってきた。
「そんな心配はないよ。元々聖女になる人物は、それにふさわしいと認められた者だけだからね。貧富とか人種の差に関係なく、困った人がいれば自然と手を差し伸べる……そんな事があたりまえだと心から思っている人だからこそ、聖女の資格を得ることが出来るのだから。聞いたことあるんじゃないか?」
「そういえば、そんな事も……」
アライル殿下の言葉に、私はある事を思い出しながら頷く。それはこの世界の基礎となっているらしい乙女ゲーム『リワインド・ダイアリー』の悪役令嬢だ。
ゲームに出てくる彼女は、私と違って聖女ではない。闇属性魔力を有しているが、それが私のように『常闇の聖女』として目覚めてはいない。そのためゲームを遊んだ多くのプレイヤーは、闇=悪みたいな印象を持っているが、設定資料には光と闇の魔力類似設定が掲載されていた。
「そんな訳だから、もし君やマリアーネ嬢が昨日のように聖女の力を行使したいと思ったのなら、その心のままに行動してかまわない。そう認められた者が、聖女となっているのだからね」
「…………わかりました。マリアーネにもそう伝えます」
とりあえず、これで昨日からの懸念事項は解消された。大丈夫かなとは思っていたが、こうやってちゃんと立場有る人にお墨付きをもらえれば安心だ。
「それでなんだが、その……」
「はい?」
「その、本題に入っても……大丈夫かな?」
「……ああ! そ、そうでしたね」
安堵してソファに深く座り込んだ私に、アライル殿下が遠慮がちに声をかけてきた。そういえば今の話は私から出したもので、アライル殿下の用件はまだだったわね。
あわてて居住まいを正し、きちんとソファに座りなおす。そんな私以上に、どこか緊張した様子のアライル殿下。
「アライル殿下?」
「ん、んんっ。その、だな……先日、レミリアは孤児院に行ったそうだが……」
わぁお、そんな事も知ってるんだ。やっぱりどっかに秘密の諜報員でもいるんかい? 思わず視線をきょろきょろとするも、ソレっぽい人影は見当たらず。
「その際に、その……ディハルトと会ったそうだな」
「ディハルトって、ヴァニエール先生ですか? はい、お会いしました。なんでも学園へ来る前は、孤児院の子達に読み書きや計算などを教えていたそうですね」
「ああ。彼は自身の知識もそうだが、他者へ物事を教えるのも上手でな。私も兄上も、彼に魔法指導をしてもらった。父上も母上も、彼ほど優秀な人材は手元に置きたいのか、学園へ行ってしまった今でも時々城へ招待しているんだ」
そこで先日、私に会った事を聞いたらしい。なるほど、そこまでは理解できた。
「それでアライル殿下、本日こちらへ来ました用件は?」
「ああ、いやその……だな……」
何だろう、ハッキリしないわね。……もしかして、そこで私と先生が何かあったのかとか、そういう類の事を聞きたいのかしら? といっても、別に私とヴァニエール先生は何もないんだけれど。確かにディハルト・ヴァニエールといえば、前世の推しキャラではあったけど、そこはちゃんとわきまえている。現実と妄想の区別が付かなくなって、偶像に手を出しちゃうのは絶対ダメなんだから。
とりあえず、心の中で腕組みをしてアライル殿下を睨んでいると、意を決したのか短く息を吐いたあと表情を引き締めてこっちを見た。
「レミリア、今日は何か予定があるだろうか?」
「予定ですか? いいえ、まだ何もありませんので、これから決めようかと──」
「ま、ならばその時間を私にくれないか?」
そうまくし立てながら、前のめりになるアライル殿下。あら、この流れはもしや……。
「……よければ、今日は私と一緒にすごしてはくれないだろうか?」
おっ、やっぱりデートのお誘いだ。
以前であれば「一緒に遊ぼう」という誘い文句だったが、さすがに歳も15となれば日本なら高校生。男女が遊ぶならデートってことよね。
そんなお誘いを受けたわけだが、私の返事はというと。
「ええ、よろこんでご一緒しますわ」
了承である。
実際のところアライル殿下は──いや、殿下以外もだが異性を恋愛の対象にはあまり見れていない。これは私の中身が、まだ社会人風味が残っているせいだろう。それに下手な婚約=バッドエンドの図式は、転生してから延々とくすぶっている。
でも、さすがにアライル殿下との付き合いは長く、こちらも結構気を許している感じがある。たとえるならば、近所の年下の男の子に懐かれて、それが段々と二人の距離を縮めているとでもいうのだろうか。
だからこうやって誘われた場合は、無下に断ることはしない。ただ……多分それはアライル殿下だけだと思うけど。
「ほ、本当にいいのか?」
「なんですか、ご自分で誘っておいて。それともやっぱりヤメますか?」
「いやいやいや! 行く、行くとも!」
慌てて私の手をとり、歩いていこうとするアライル殿下。やれやれ……と思う反面、こうも好意を見せられると悪い気はしないわねぇ……と思ってしまう。
それがちょっと悪役令嬢っぽくて、ふと小さく笑いをこぼしてしまう。
「……レミリア?」
「何でもありませんわ。いきましょうアライル」
「ああ、いこう」
少し頬を赤くしたアライル殿下の手が、どこか大きくて力強いな……なんてことを感じながら、私達は部屋を後にしたのだった。