084.悪役令嬢と誘いの言葉の行方
魔法学園での学生生活も三ヶ月と半分ほど経過した。そうなると、季節がいよいよ夏となる。こちらの地域も日本に程よく似た四季があり、段々と夏らしくなってきている。そのため、一学期末のテストが終わったこの時期、生徒達の関心の多くは夏休みに向けられている。
あー夏休み。
思わずどっかの歌謡曲でも口ずさみたくなるが、そういう事は大浴場だけにしている。うん、たまに入浴中に唄ってるのよねぇ。ただ私が口にする歌と、マリアーネが口にする歌が、時々ジェネレーションギャップなのは地味に傷心だったりするけど。
……そうそう、夏休み。
基本的に夏休みとなると、多くの生徒は一旦実家に戻る事が多い。やはり成果報告やら、寂しいと思ったり思われたりとか、理由は色々あるがそういう事だ。
かくいう私達も、夏休みになったらまとまった日付で帰省することになる。思えば昨年も一昨年も、お兄様は夏のこの時期には戻っていらしたわね。
マリアーネは私と一緒に戻るが、フレイヤとティアナはどうするのか一応聞いてみた。結果、やはり二人共帰省するようだが、私達と違って「なんとなくー」ではないようだ。
まずフレイヤだが、どうやら彼女を慕っている妹分のクレアに会いに行くそうだ。クレアも出会った頃より随分元気になったが、やはりフレイヤと会えないことが寂しいらしい。ただ、その話を聞いて思い出したのが、そのクレアの専属メイドであるリィナの事。たしか彼女は孤児で、元々は教会にいる孤児達と一緒に生活していたとか。
その事を思い出した私は、この夏休み中に皆で孤児院に遊びに行くことを提案した。マリアーネとフレイヤは即賛成したが、ティアナは孤児院に行ったことなかったのでそこから説明をした。話を聞いたティアナは「行きたいです!」と笑顔で賛成してくれた。
そのティアナだが、実家にはどうやら農作業関係で戻りたいらしい。いわゆる“夏野菜”の収穫ピークが、ほどよく夏休みになっているので手伝いたいとの事。野菜の収穫と聞くと面白そうと思うけど、実際に育てている農家にとっては迷惑になると思うので、夏休み中に遊びに行くときは気をつけないと。
そんな大まかな予定があるものの、特に目標を掲げるわけでもない夏休みがせまる日。授業も終わり、教室を後にしようと思った時。
「レミリア、ちょっといいかな?」
「あ、はい。なんでしょうか、アライル殿下」
近くの席のアライル殿下に呼び止められた。まぁ、これは別に珍しいことじゃないので、クラスの皆も別段気にした様子も見せない。だが、立ち止まった私を見たあと、こちらを見ているマリアーネ達に視線を向けると、
「マリアーネ、フレイヤ、ティアナ。君達にも話がある」
「はい、なんでしょう」
「もしかして、生徒会の?」
殿下が呼び止めた面子が、クラス内の生徒会役員ばかりなのでフレイヤがそう聞き返す。
「いや、王宮使い経由で母上からのお願いだ。夏休みの間、また庭園に遊びに来て欲しいそうだ。それも、今度は泊まりで」
「「「「え……」」」」」
殿下の言葉に私達は固まった。そして、周りの生徒たちも。ただ、その心境はまったく違うだろう。私達は、喜び・戸惑い・不安そういったものだが、周りは主に羨望の感情だ。そんな私達の様子を、さして気にするでもなく殿下は話を続ける。
「先日母上に会った時、君達が庭園に遊びに来た時の話を随分と聞かされたよ。母上があそこまで親しく時間を過ごしたと話すのは本当に珍しかった。普段は品良く澄ましている事が多いが、時間を忘れるほどずっと楽しげにしていたからね」
言いながらその時の事を思い出したのか、どこか楽しげな声色の殿下。確かに私達も、それまでの女王陛下と、庭園で一緒に花を愛でていた時の女王陛下は、だいぶ違った印象を持った。
しかし、そっか……また招待を受けたか。しか今度はお泊りつきで。……女王陛下と一緒に女子会……パジャマパーティーでもするのかしら?
「お話はわかりました。是非ともまたお邪魔させていただきたいと思いますので、そちらのご都合がよろしい日時を幾つかお教え下さいとお伝え下さい。その中で、こちらが皆揃う時にあわせます。皆はそれでいいかしら?」
三人の方を見ると、皆頷いてくれた。
「という訳です殿下、女王陛下へのご返事はお願いできますか?」
「大丈夫だ、感謝する。すぐさま使いを出して確認をする。では、呼び止めて悪かった」
そう言うとアライル殿下は足早に教室を出て行った。おそらくすぐにでも使いを出しにいくのだろう。
それが合図だったかのように、クラス内の喧騒がもどってくる。だが私達は、すぐには戻れずに先ほどの内容を思い返していた。
「女王陛下からお泊りのお誘いかぁ……楽しみね」
「そうですね。ん~、今から楽しみ!」
私とマリアーネはお気楽に楽しみが増えたと喜ぶ。だが、そうではない二人が。
「……ど、どうしたらいいのかしら。まさか女王陛下からなんて……」
「うぅっ……私なんてもっとどうすれば……平民ですよ私……」
先ほどは私が勢いで頷かせた感があるが、ふと我に返ってオロオロしているといった所か。
「大丈夫よ二人共。とっちかと言えば貴女達がメインなんだから」
「「!?」」
私の言葉に二人がびくっと肩を震わす。そこにマリアーネが追い討ち……じゃない、補足を述べる。
「多くの本から沢山の花の知識を得たフレイヤと、実際に家で植物に携わっているティアナ。貴女達二人と色々なことを話したいのよ」
「そ、そうなんですね……」
「が、がんばります……」
私達と違ってお気楽になれない様子を見ると、どうにもコレがこの世界での普通なんだろうなぁという気持ちも浮き出てくる。ただ、そうしても根底にある“身分の無い世界のド庶民”感覚は抜けないのよ。
ともかく、私達は女王陛下からのご招待を受けることとなった。
そして、いよいよ明日から夏休みという日に。
今日は授業はなく、全校集会とクラス毎の時間があれば終わりだ。ただ、一応生徒会役員は生徒会室に集まることになっている。
といっても、特に用事があるわけじゃなく休み前の顔合わせだ。簡単な話と、休み明けの初日にまた集まる連絡をうけて解散。
「うん。さて、帰りましょう……か?」
とりあえず戻って、明日からの帰省の準備と確認をしようと席を立つ私。だが、ふと周りを見れば私以外はまだ返る雰囲気ではない。
「マリアーネ嬢。しばらくお会い出来ないのが残念です」
「で、殿下……。ありがとうございます、私もです」
「フレイヤ嬢。休みの間、妹達のところへ遊びに来た際は、少しでもいいから顔を見せていただけないだろうか?」
「も、もちろんです。その、ご迷惑でなければ、お話も致したいと思います……」
「ティアナ嬢。私はほぼ毎日、王立図書館におります。その、もし時間があれば……」
「わ、わかりました。私も日々魔法の鍛錬をしますが、そ、その……わからなかったりしたら、その時は、その……」
「………………なんだコレ」
私の目に映るのは、どうにも初々しい感じの異性の組で……まぁ、ぶっちゃけ初期段階バカップルだ。アーネスト殿下もお兄様も、コツコツと積み重ねてきた成果なんだろうか。実際マリアーネに関してだが、彼女がアーネスト殿下……王位継承権一位の人物と懇意になるなら、私への不当な断罪を回避する手段にもできるのではと、最近では二人を認める方向も考慮しているのだ。
あとは……クライム様。以前の告白ですっきりしたのか、あれからはよりティアナを気にかけてくれている。身分どうこうの問題はあるけど、もしかして本当にあの作戦は必要になるのかも。
「まぁ、皆が幸せならそれでいいわね」
「そうだね」
私の言葉に肯定の返事が。声のする方を見ると、ニコニコと笑みを浮かべたアライル殿下が。
以前クライム様が生徒会室で私に話をした件、実はあれアライル殿下も知っていたらしい。クライム様は先にアライル殿下にそういう旨の話をすると伝えて、放課後の生徒会室を使わせてもらったとか。言われてみればあの日以外は、ずっとアライル殿下が生徒会雑務をしていましたわ。
そんなアライル殿下を見て、もう一度私は皆を見る。……うん、流石に邪魔する気はないわね。
「……はぁ。しかたないわね、門を出るところまで一緒に帰りますか? アライル」
「あ、ああ! もちろんだ、レミリア」
私の言葉に、さらに嬉しさを顔に浮かべるアライル殿下。
まぁ、今日で一学期も終わりですもの。サービスよ、サービス。
今回で第四章は終了です。次からの第五章は夏休み時期の話となります。