083.悪役令嬢と一つの想いの門出
11/29更新予定分は11/30に投稿致します
陽射しが強い、もはや初夏を過ぎた頃合だろうか。このあたりの地域は、日本と違って梅雨という時期がない。梅雨が明ければ夏本番! という感じではないため、転生して最初の夏は気付いたらすっかり夏だったという感じだった。
そんな季節の移り変わりを徐々に感じているある日、私はクライム様より放課後の生徒会室に呼びだされた。何でも大切な話があるとの事で。
以前の私であればお互いの関係性から「面倒くさいかも」との感想を持ったであろうが、今は全然そんな事は思わない。なぜなら、どんな話をされるのか大よその検討が付いているからだ。
生徒会室へ到着し中へ入ると、既にクライム様は居た。窓際にて外を眺めていたらしく、私の姿を見てどこか安堵したような表情を浮かべた。
「お待たせしました」
「いや……用件があって呼び出したのはこちらだ。来てくれてありがとう」
そう言ったまま、じっとこちらを見ている。普段の彼であれば、細やかな気遣いに沿ってすぐに座ってお茶を出すくらいはするであろう。だが、今日はこれからの話についてしか考えが及ばず、心境に余裕がないように思えた。
なので私は、すぐにでも話をできるように促すことにした。
「それで、どういったご用件でしょうか?」
「ああ、えっと……その……」
私の言葉を受け、話をしようとするがどうにも上手く言葉が出ないご様子。でも、それも致し方ない事なのだろう。クライム様にとって、今から話すことは中々普段の自分では、触れることの無い話題なのだから。
──そう、恋愛関係は。
彼がいくら優秀でも、あまりに不慣れで自分の性分とは無縁だった事柄に、素で困っているようだ。仕方ないので、私から手助けの言葉を差し伸べる。なんせこれは、私にとっても悪いことじゃないから。
「落ち着いてくださいクライム様。私への婚約申し込み願い……それを取り下げを願いたい、というご相談ではありませんか?」
「っ!? …………はい、その通りです。こちらの勝手な申し出な上、更にそれをまたしてもこちらの都合で取り下げるなど……」
真摯な態度で、本心から申し訳ないと謝罪をするクライム様。彼が私に対して婚約をしたいと申し込んだのは随分と前の話。だが私は色々な事情……主にゲーム知識からの悪役令嬢の婚約を危惧し、その申し込みを受けずにいた。そのため、何事の進展もないまま保留という形になり現在に至ったが、このたびそれを取り下げたいという事だ。
実際に婚約をしていた状態での婚約破棄ならば、双方に相応の……いや、主に女性側に良くないイメージが付与されるが、今回は子供時分の申し出という感覚である。それでも互いの家族を通して話をしているため、ある程度の覚悟はしていたのだろう。
「お話して下さい。その心境の変化には、一体何があったのかを」
そう私に言われたクライム様は、かすかに揺れる瞳で私を暫し見た後「はい」と返事をする。
「……私は人を『好き』になるという事を知りませんでした。もちろん両親や妹の事は愛していましたが、それは私の家族だから……そう自分でも納得していました。だからレミリア嬢、貴女のことは私は鮮烈に感じました。家族以外の人間に対し、私が興味を持った異性は貴女が初めてでした。その感情が何かわかりませんでしたが、いつしかそれが人を好きになることだとの結論に至りました」
そこで一つ息を吐くクライム様。先の独白は、やはり緊張したのだろう。恋愛に不慣れだと言うクライム様であれば、その心情は押して知るべしというところか。
「でも、違っていたんですね?」
「……はい。私が貴女に感じていたのは、尊敬であり、感謝であり、そして──」
「“友としての親愛”、ですね?」
「………………はい」
私の言葉に、大きくゆっくりと……だが、しっかりと頷かれた。
「妹と仲良くなってくれた貴女、色々な知識を披露してくれる貴女、常に皆に笑顔を振りまく眩しい貴女。そんな貴女を私は愛おしく思っていた。だからこれが恋なのだと、愛しているという事だと思っていました。でもそんな私の中に、いつしか一人の女性への想いが生まれていました」
複雑な表情で心情を吐露するクライム様。それだけ彼の私に対する心向きが、純粋だったという事なのだろう。
「最初は小さな灯火のようだった想いが、気づけば心に大きく広がっている自分がいました。その人を想うと、胸の奥が訳のわからない苦しさに押されるようになる。でも、何故か本人を目の前にして会話をしていると、何でも出来そうなほどに心が高揚した。そこにきて私はようやく理解した。これが、人を愛する……という事なんだと」
そう言って、クライム様はこちらに向き深々と頭を下げる。
「本当に申し訳ない。私の未熟ゆえ多大な迷惑をかけた。私に出来る事であれば、何でも言って欲しい」
クライム様の発した言葉に一瞬「おほっ」と変な声が出そうになるが、なんとかこらえたので気付かれてはいない。ダメですよ、そんな「何でも」とか言ったりしたら。
でもこういう場合って、そこに便乗して丸く治める事が無難で定番よね。よーし、なんだか楽しくなってきましたわ。
「…………クライム様、お顔を上げて下さい」
私の言葉に、ゆっくりと下げていた頭を上げるクライム様。だがその表情は、私の顔を見た瞬間「っ!?」と驚きに染まる。
なんせ今の私、ちょーっと悪戯でもしちゃおうかなーっていう『イイ感じ』の顔をしているからだ。おそらくクライム様は見たことないんじゃないかな、この悪役顔。
「え、えっと、レミリア嬢? その──」
「ふふふ、クライム様」
「えっ」
何か聞こうと口を開いたクライム様の言葉を切って止める。私の声色に何か不安を感じたのか、恐縮した表情から一転ものすごく濃厚な焦りが溢れてきた。
「先程私に、『何でも言って欲しい』とおっしゃいましたよね?」
「あ、ああ、そうなのだが──」
「うふふ、結構ですわ」
クライム様の顔色が更に変わる。うーん、私ってやっぱりこういう事が好きなのね。だから転生したとき、魂が入ったのが悪役令嬢だったのかしら。
っと、いけないいけない。あまりクライム様を無闇に不安がらせてもダメよね。
ひとつ「コホン」と咳払いをして、じっとクライム様を見る。いわゆる蛇に睨まれた蛙がごとく、うっすらと汗を浮かべていらっしゃいますわね。
「私からクライム様への願いは一つだけですわ」
その言葉に、クライム様の顔に緊張が走る。
「……是非とも、その人を第一に想い大切にして下さい。きっと彼女もクライム様の事を、大切に想ってくださいますから」
「え…………」
私の言葉を聞いて、ポカンとした表情を浮かべるクライム様。おそらく彼のこんな表情、お兄様でも見たことがないでしょうね。
「彼女を泣かせたりしたら許しませんわよ? なんせ、私の──いえ、私達の大切な親友なのですから」
「……ああ、わかった。約束する……必ずだ」
表情を一転、今度はこれまた今まで見たことないほどに力強く口にする。それに私も安堵して、普通に笑顔を浮かべる。
それを見たクライム様も、ようやくこちらの意図した流れを理解し、どちらからともなく笑いがこぼれ、最後は二人で大きく笑いあった。
ひとしきり笑った後、クライム様がすっと手をさし伸ばしてきた。普通なら、貴族の子息が他所の令嬢に握手を求めることはおかしいことなのだろう。
だが、その相手は私。ニカッと笑みを浮かべると、がっちりと握手を交わす。それにより、クライム様も笑みを浮かべるが、その笑顔は今まで私に向けて見せたきたものとは違っていた。
「……そうか。レミリア嬢をどこか親しく感じた理由には、ソレもあったのだな」
「あら? ソレとは一体なんですの?」
とても楽しそうに言うクライム様に、私も興味を引かれて聞き返す。さすがにそこまでは、私も理解の及ぶところではありませんし。
「レミリア嬢は、ケインズと良く似ている。さすが兄妹というべきところか」
「あらまぁ。お兄様がお聞きになりましたら、渋い顔を致しますわよ」
私の言葉に、またしても二人で笑みを交わす。
元々私はクライム様との婚約に思うところはありませんでしたが、今のこの関係性は非常に喜ばしく感じている。
心の中にあった、どこかハッキリしないモヤモヤが、ようやく一つ解消された気がした。
願わくば、これからの日々も平穏無事に過ぎてくれたらと、そう切に思うのだった。