082.悪役令嬢と絆を紡ぐ花壇
女王陛下の庭園に招待された翌週。私達いつもの四人は、放課後に校舎裏花壇に来ていた。
というのも帰る際に、
「もし気に入った花があれば持って行く?」
そういわれ思わず「あ、はい」と返事をしてしまった。言葉を発した瞬間心の中で
(って、おおい!? なに了承してるんだよ私ィ!!)
と焦ったが、言い出し手の女王陛下がことさら嬉しそうな顔をするので、そのままご好意に甘えることにした。ただ、だからといって高価な花や、世話が大変そうな花は当然却下だ。
その結果、私が選んだのはサルビアだ。私自身が何か思い入れがあるとかではなく、陛下に頂いた花を学園の花壇に植えてみたらどうかなという考えからだ。学校の花壇というと、どうもパンジーとかサルビアのイメージが強く、庭園で見たサルビアの赤が鮮烈に印象に残っていたから。それに詳しく聞けば、サルビアは育てやすい花なので、別の場所に植え替えてもきっと綺麗に花咲くとの事。
そんな訳で、今日は花壇のお世話とともに、新たに仲間入りするサルビアを植えに来たのだ。
今この花壇は、私達だけでなく他の花好きな生徒と一緒にお世話をしている。その子達には、今日サルビアの花を増やすことは伝えてあるので、明日からは一緒に面倒みてもらえるだろう。
花壇の中に、まだ植えられてないスペースがあったので、そこの土をティアナに魔法で耕してもらう。以前ならば目的なく魔力を土に送り込んで、結果耕されているという状態だったが、今ではしっかりと土を意図的に動かして耕している。その制御の腕前は、指導していたクライム様も感心するほどだ。
肥料も混ぜて耕した場所にサルビアを植える。そして最後に水を与えて完了だ。
「……うん。これで作業完了!」
「ふふ、やっぱり学校……学園の花壇といえば、サルビアって感じですね」
にこやかにマリアーネが言う。それに関しては私もかなり同意だ。なんせ初夏に咲いて、そのまま秋深くまで咲いてる花だから見栄えがいいのだろう。学校花壇の『赤』っていえばやっぱりサルビアよね。
無事に花の世話が終わった花壇は、新しい色が増えより一層鮮やかな感じがした。そんな花壇を見ながら、ティアナがぼそりと呟く。
「でも、この場所って花にはいいですよね。あまり人が来なくて静かですけど、ずっと陽射しに当たってますし、適度に風も流れてきます」
「花壇以外は何もないのに水道設備もありますし」
フレイヤも、少し不思議そうな顔をする。確かに花壇が無ければ、こんな校舎裏に水場がある理由が検討つかない。だがこの設備が、花壇のお世話に大変役立っているのは事実だ。
綺麗になった花壇を見ながら、私は傍にある岩にハンカチを敷いてそこに座る。
「あっ……レミリア姉さま、又そこに座ってる……」
「んー……なんかここって座り心地がいいのよねぇ。もしかして、こうやって見るために置いたんじゃないかって思うくらいに」
その岩は、ほどよく休むには丁度いい塩梅の椅子がわりだ。私が腰掛けている部分の隣が少し高くなっており、そこに軽食でも置いたらちょっとした休憩ポイントだ。……今度お昼休みあたりに、バスケットにサンドイッチでも入れて持ってこようかしら。
そんな想像をして、少し笑みを浮かべた時だった。
「おぅ、もう作業は終わったのか?」
「あ、ゲーリック先生」
校舎口のある方から、ゲーリック先生がやってきた。土を耕すための、ティアナの土魔法の許可をもらった際「お前達なら大丈夫だろうが、規則なんで後で確認に行く」と言われていたのだ。
やってきた先生は、花壇を見て少し相貌を崩す。それが少し意外で、思わず私は聞いてしまう。
「先生って、花とか好きなんですか?」
「いや、特別好きでも嫌いでも無い──」
そういいながら私を見ると、少し驚いた様子で言葉を切ってしまう。
「先生?」
「……いや、そうやってそこに座っているのを見ると、アンネを思い出してな……」
「「「「アンネッ!?」」」」
「あ」
ぽろっと漏れ出た、おそらく女性の名前と思われる単語を私達四人が復唱する。それに気付いた先生は、慌てるが時既に遅しとはまさにこの事。座っていなかった私以外の三人が、ザッと目にも止まらぬ速さで先生をとり囲む。ナイスよっ!
そして早速矢継ぎ早に質問の嵐。座っていた私も立ち上がり、尋問……じゃない、詰問……でもないわ、質問集団に加わる。その勢いに根負けした先生は「わかった、言う、言うから」と両手を掲げて降参の意を示した。ならば聞きましょうと、じっと見守る私達に先生が語ったのは。
「アンネというのは、アンネリーナ・ヴォルフリート。女王陛下の事だ」
「「「「………………ああ~ッ!?」」」」
言われて見れば、という内容にまたしても私達の声が重なる。確かに女王陛下は、ゲーリック先生と同級生だったと言っていた。
聞けば女王陛下は当時から気さくで、それこそ身分を歯牙にかけない人柄だったとか。そしてクラスメイトには、自分のことはアンネと呼んで欲しいと言っており、いつしか皆学園ではアンネと呼ぶようになっていたと。
この花壇は、そんなアンネこと女王陛下が中心になってお造りになったとか。手伝ったのはクラスメイトたちであり、その中にはゲーリック先生も含まれているんだとか。その事をを知った私は、思わずポツリと口にしてしまった。
「先生って、昔は問題児だったのにそういうお手伝いはしたんですね」
私の発言に先生が、目に見えてビクッと身体を震わせる。……あ、しまった。
「……おい。その話、誰から聞いた?」
ジロリとこちらを見る目が、どこか泳いでいるように見えてしまう。うん、平静を保とうとしてるけどかなり動揺してるよね。
「あー……えっとですねぇ……女王陛下からです」
「ぐぅっ……アンネのヤツぅ~……」
苦悶の声をあげながら先生が膝から崩れ落ちてしまった。そして絵文字でよく見る土下座記号みたいにうなだれてる。どうやら先生にとって、過去はかなりの黒歴史らしい。
「大丈夫ですよ先生、こんな面白……じゃない、個人的な事、言いふらしたりしませんから」
「あたりまえだっ!」
両手両膝を地面につけたまま、こっちを見る先生はちょっと涙目。おそらく過去の色んな黒歴史が、壮大に脳内再生されているのでしょうね。
その後も、女王陛下や花壇の話を色々聞かせてもらった。そして別れ際、かなり先生がお疲れの様子だったのは、見て見ぬフリをすることにした。
その夜、いつものように風呂上りにて、私の部屋でお休み前のティータイム。
話題はやはり、学園の花壇が中心だった。そこから女王陛下やゲーリック先生、そして当時のクラスメイトの事とかで盛り上がった。
そんな中、ふとフレイヤが何か気付いたように言った。
「もしかして、ゲーリック先生は赴任して以来ずっとあの花壇を守っていたのかもしれませんね」
「ん? あぁー……」
「なんだか……」
「想像できますね……」
その言葉に、なぜか納得ができてしまった。思えば私達が始めてあの花壇を見つけた時、ずいぶん荒れているように思ったが、今思えば多少違和感はあった。なんせ学園の三年生ともなれば、その先の進路を決めてしまえばほとんど学園に顔を出さなくなる。そんな状況で放置されていたにしては、多少の雑草と水撒き不足による地盤乾燥だけだった。何より残された花は、少し弱っていたがまだ生きていた。
おそらくは不慣れながらも、先生が何度か花壇の手入れをしていたのだろう。そう考えたとき、ふと脳裏に浮かんだのは、王宮庭園で女王陛下がおっしゃった言葉。
『──ゲーリック先生は立派な先生よ』
これは女王陛下の素直な賛辞。もしかして、陛下は学園視察の時に花壇を見に来てたのかもしれない。
何にせよ、私はこの言葉を明日先生にもお伝えしてあげようと思った。きっとまた女王陛下の事を思い出すのだろうけど、きっと今日とは違った表情を見せてくれるはずだ。
ちょっとばかり悪戯染みてるけど、悪役令嬢なんだから問題ないわよね、ふふっ。