081.<閑話>女王陛下と愛すべき者達と
私の名前はアンネリーナ。侯爵家に生まれた私は、その後国の王子殿下──今現在の国王陛下と婚約し、結婚して王族となった。
元々貴族としての立ち居振る舞いは十二分に身に付いており、王族に嫁ぐと決めた頃よりそちらの事柄も十分に学んできた。そのため、いざ王室へ仲間入りをしても、驚くことは多けれど困るような事もそうそうおきなかった。
そして、私は二人の子供を授かった。二人の男の子で、上がアーネスト、下がアライル。これにより世継も安泰だと、国を挙げて祝福してくれたのは本当に幸せだった。
そんな子供達も、上が14歳で下が12歳となった年。わが国で『聖女』となるべく者が見つかったとの報告を受けた。しかも二名。一人は領主フォルトラン侯爵家のレミリア嬢。もう一人はセイドリック男爵家のマリアーネ嬢。ここ何十年何百年と現れなかった聖女が、まさか二人も同時に見つかり関係各所は一時騒然となった。聖女は何故か私達が知らない知識や、思いも寄らぬ事象を成しえるという、とても不思議で平和の象徴でもあった。だが、これまでの世界中の歴史を紐解いても、二人の聖女が同時に……という話を聞いたことがなかった。
しかし、まずは二人の事をきちんと保護する事が最優先だ。幸いにもレミリア嬢は、領主の娘ということもあり国内でも有数の警備体制の中だ。こちらは改めて何かをしなくても十分である。
問題はマリアーネ嬢だ。貴族とはいえ男爵家ゆえに、もし不届き者が襲撃でもしてきたらとてもじゃないが無事では済まされないだろう。結果、彼女と男爵夫婦に話を通し、マリアーネは侯爵家の養女とする事になった。ひとまずこれで、大切な聖女二人の安全を確保できたということだ。
聖女二人のデビュタントへ行ってきた息子たちが帰ってきた。聖女となる二人がどのような人物なのか、それが知りたいとの事で出かけたのだが……。
「どうかしたの、アライル」
ここは私の私室で、今は私と息子二人しかいない。専属の侍女は壁際に控えているが、この場では勘定には入らない。そういう信頼の置ける人物が王家に仕えているのだ。
「母上、アライルはお願い事が出来たようなんですよ」
「お願いごと? 一体何かしら」
あまり私にそういった話をしないアライルなので、興味を持って聞いてみる。すると少し逡巡したのち、私の目を見ながら言った言葉は。
「お、お母様。私は……レミリア嬢との婚約を願い申し上げます!」
それが、私がレミリア嬢に興味を持つ切欠だった。
それから暫くして、王宮でのガーデンパーティーの日となった。
花が好きな私は、毎年この日がとにかく楽しみでしかたない。王宮庭園に、多くの方々が集まって花を愛でる。勿論全員が全員花を見にきているわけではないが、中には私のように花が大好きだという人も多い。そういう方達と過ごす時間は、他には変えられない大切なものだと思っている。
それに、今年は別の楽しみもある。聖女となる資質を持った令嬢、レミリア嬢とマリアーネ嬢も来てくれるとの事。彼女達が聖女だと公表するのは、15歳──魔法学園に入学してからになる。なので今はまだ大っぴらに会いに行く事もできないが、こういった催しに参加してくれるのなら挨拶を交わせる。
そんな思いを抱えて来場者へ挨拶をしていると……来たみたいね。
前から歩いてくる二人の貴族令嬢。領主の娘ということで、当然質の良いドレスをまとってはいるが……それ以前に二人からかもし出す雰囲気が違っていた。とりわけ物凄く上品だという訳でもないが、そこに居るだけで何か圧倒されそうな、でも至極自然に溶け込んでいるような、例えがたい雰囲気がある。
一瞬の驚きをしまい、私は二人に声をかけた。
「もしかして、レミリアさんとマリアーネさんかしら?」
声をかけたのが私だと気付くと、二人は少し慌てて挨拶を返してくれた。そんなところは、どこか年相応の女の子に見えて、返って私の中では好ましい印象を植え付けた。
せっかくなので色々話し込みたい気持ちがあったが、アライルからも釘を刺されていたし、あまり長話をせずに二人とは別れた。
でも少し話しただけで、他の方々とは違うのが十分に理解できた。二人が聖女となったなら、もっと話が出来るのかと考えると、なんだか楽しい気持ちがあふれるようだった。
そんな私に次に挨拶をくれたのは、これまた不思議な魅力を持った令嬢だった。
「……サムスベルク伯爵が娘、フレイヤ・サムスベルクです。本日はお招き頂きありがとうございます」
綺麗な声でされた挨拶に、私は歓迎の言葉を返す。だが、私の目は彼女──フレイヤ嬢の白く綺麗な肌や、艶やかな黒髪に向いていた。そして何より、高価な宝石よりも魅力的に見えた蒼い瞳。
そこで彼女の家名から、王立図書館の館長であるサムスベルク伯爵家の令嬢だと気付く。それに伯爵のご夫人も図書館で司書長を勤めており、二人には花についての調べごとでも幾度かお世話になっていた。
……だが、どうやらフレイヤ嬢は他の方達よりあまり歓迎されていない様子だった。私は視線を離れた処にいるメイドへ向ける。すぐさま寄って来たメイドへ指示を出すと、小さく頷いて離れていった。
彼女はこのガーデンパーティーでの、給仕をしながら警備をしている者達だ。その後しばらくして、彼女が戻ってきて報告をしてくれた。
あの後、フレイヤ嬢は周囲から死角になっている場所にて、数人の令嬢たちに詰問されていたそうだ。だがその場に聖女の二人が現れて、令嬢達を追い払った後フレイヤとベンチで和やかに談笑をはじめたとか。その話を聞いて、私は思わず頬がゆるんでしまった。なんとも優しく、そして勇ましいと。
結局その日、私は聖女二人ともう一度話す機会はなかったが、どこか清々しい気持ちになっていた。
それから翌年、さらにその次の年も、聖女の二人はガーデンパーティーに来てくれた。その際、仲良くなったフレイヤ嬢との三人で、終始仲良くしている姿はとても微笑ましい。
せっかくだからと少し話をしたところ、フレイヤ嬢はさすが両親が図書館勤務なだけあり、自身も読書が大好きだとか。また、今回ガーデンパーティーへ来るとの事で、花についても色々と調べてきたとか。なので私は、こんな年若い少女達と暫し楽しい時間を過ごした。
私には二人の息子がいるが、もし娘だったらこんな感じなのだろうか……。そう思いながら過ごした時間は、短いながらもとても強く私の中に刻まれたのだった。
そして今、私は魔法学園の校舎裏に来ている。
本日は学園視察でやって来たのだが、視察に王族が来るのは初めてだとか。私も去年までは代理の者にまかせていたが、今年は息子二人に加え、聖女二人に領主の嫡男、他にも世話になっている貴族の子息令嬢も多い。なのでと今回の視察は、私と夫も参加することになった。
そんな私が何故校舎裏にいるかというと。
「この花壇は、ティアナさんたちがお世話を?」
「はい、そうです。今は大勢の方で世話をしていますが、最初はティアナ嬢を含む生徒会の子たちだけでお世話をしてました」
私の質問に答えてくれたのは、今年から教育研修生として学園に入っているディハルトだ。彼は息子達の魔法指導をしており、珍しい二属性魔力の持ち主だ。
「もしかして、この花壇の土もティアナさんかしら?」
「はい。最初に土を沢山入れ替えた時に、ティアナ嬢の土魔法を多用したと聞いてます」
「そうなのね。……ふふ、綺麗ですわ」
花壇で生き生きと咲いてる花を見て、私は嬉しさのあまり笑みを零す。
今この場にいる者の中で、今日ここへ来た理由を知っているのは私だけ。
昔この花壇を造ったのが誰なのかを、知っているのも私だけ。
それが無性に懐かしくて、そして嬉しくもあった。
少し傾いた陽射しが、花びらについた水滴にキラリと輝いていた。