080.悪役令嬢と友愛の女王陛下
ゲーリック先生と女王陛下は、魔法学園の同級生なんだとか。
それを聞いた瞬間は大層驚いたが、今の私達はアライル殿下と同級生であり、お兄様はアーネスト殿下と同級生である。それを考えれば、無い事も無いのだという結論に至った。
何よりアーネスト殿下は、お兄様と同い年で17歳。であれば、少なくとも女王陛下は国王陛下と一緒になられてからそれだけの年数が経過しているということ。女王陛下はとても若々しく見え、ともすればまだ20代ですよと言われても信じてしまいそうになるレベル。だからこそ、いかついおっさん風貌のゲーリック先生と同い年といわれると、ぬぐいきれないような違和感を覚えてしまったのだ。
しかし、まさか同級生だとは……。そうなると、さすがにちょっと興味がわいてくる。
「あ、あの。ゲーリック先生ってどんな感じだったんですか?」
「あら。昔のゲーリックが気になるの?」
私の疑問に、陛下は少し愉快そうな表情をする。気になるかと聞けば、気にはなるのだが……。
「その、ゲーリック先生っていかにも荒くれ者って雰囲気だと思いまして。もちろん今はちゃんと教師なんだと理解しておりますが、どちらかといえば魔法よりも物理というか……」
イメージ的に魔法を駆使するような感じじゃなく、体を鍛えて物理で押し切る! というスタンスが似合っていると思うのだ。そんな私の言葉に、女王陛下はどんな反応をするのかと思ったのだが。
「おほほほ。さすがレミリアさんですわね。昔のゲーリックは、貴女が今おっしゃったように腕っ節の強い問題児でしたわよ」
愉快そうに笑いながら、さもありなんと教えてくれた。それに関しては私だけじゃなく、マリアーネたちも「おお~」と声を上げて納得していた。
その様子を見た陛下は、楽しくなってきたのか少しばかり過去の話を始めてくださった。
「ゲーリックはね、当時は学校でも結構な問題児だったのよ。座学の成績はそこそこだったのだけれど、魔法学園での肝心な魔法があまり得意ではなくてね」
「ええ!? で、でもゲーリック先生、魔法とても上手で──」
「待ちなさいマリアーネ。これから女王陛下がちゃんと話してくださいますから」
「あっ、す、すみません!」
思わずといった感じで、話を止めてしまい少し慌てるマリアーネ。だが陛下は笑みを浮かべて、
「うふふ、大丈夫よ。それについてもちゃんとお話しますから、慌てないでね」
「は、はい」
恐縮して頷くマリアーネを確認した後、陛下は再び口を開く。
「そんな感じだったゲーリックは、次第に魔法授業に関しての取り組みが不真面目になってきたの。そして、それが学校側でも問題になってきて、より一層ゲーリックは魔法学園の問題児になっていったわ。そんなある日、彼の運命をかえる事件が起きたのよ」
「事件、ですか?」
思わず聞き返してしまったが、話が脱線するような事じゃなかったので頷いた陛下は話を続ける。
「不真面目でサボリ気味になっていたゲーリックに、根気よくあきらめずに魔法授業に参加させていた先生が独りいたの。でもあるとき、その先生の授業でゲーリックが魔法を暴走させてしまったの。実はゲーリックは魔法の才能はあるのだけれど、これまでまともに向き合ったことがほとんどないため、自身の力を正しく扱えていなかったのよ。だから結果として、魔法を使えないような状況に陥ってしまっていたのね。それに見た目通りに身体能力が高かったから、心のどこかで魔法を軽視していたのも理由の一つだった」
そう言って少し寂しそうな目をする陛下。きっと当時、その状況を傍で見ていたのだろう。
「……それで、先生はどうなったんですか?」
「ゲーリックが引き起こした魔法の暴走は、その時いた先生によって無事沈静化したわ。でも、流石に魔法暴走という事で騒ぎになり、ついには教師間で話し合いがもたれて、ゲーリックに重い処分が言い渡されることになったの。普段から真面目に授業をうけていれば、暴走事故なんて起きなかっただろう……と。事故の一番の原因はゲーリックだと判断したのね」
「そんな……」
話を聞いていたフレイヤが思わず口を押さえて絶句する。魔法暴走というのがどのくらい危険かは想像でしかわからないが、それで重い処分を言い渡されるのはきついものがある。
「でもそんな中、一人だけゲーリックの味方になった先生がいらしたの」
「それってもしかして……」
「ええ。その魔法授業をしていた、ゲーリックをいつも気にかけてくれた先生よ。その先生はゲーリックが持つ才能を今まで見抜けなかった自分達に問題があると、彼に適切な指導を事前にできなかった事こそが、今回の事件に繋がったのだと訴えたわ。それによりゲーリックへの処分は保留となった。そして、彼をきちんと指導することが正式な処分取り消しの条件になると」
それを聞いた瞬間、私達は全員安堵の息を漏らした。まぁ、よくよく考えると何かしらの救済があったから、今のゲーリック先生がいるんだってわかるんだけどね。
ただ、今の話を聞いていたマリアーネが「あ!」と何かに気付いたような声をあげる。
「もしかして、ゲーリック先生が教師を目指したのって……」
「ええ、そうよ。その時の先生への恩義から、自分も先生になるんだって言い出したのよ。なんとも単純だとは思うけれど、呆れるくらいに真っ直ぐでね。最初はクラスの皆もあまり関わらないようにという雰囲気があったのだけれど、その一途さが徐々に皆にも伝わっていったわ。いつしか、クラスの全員が彼の夢を応援していたわね。そして、本当にその夢をかなえた。ゲーリックは──ゲーリック先生は立派な先生よ」
そう言ってにっこり微笑み私達を見る。その顔は、本当に嬉しそうだ。本当にゲーリック先生のクラスメイトは、皆陛下と同じように応援していたのだと実感した。
なんだか人に歴史ありって言葉があるけど、人の縁ってものは面白いなって思った。
その後も、女王陛下自らの案内で庭園を回らせてもらった。陛下は本当に花が好きで、多岐多様に話をしてくださり、まったくもって飽きることがない。
今も目の前にある赤い花……これは何でしたっけ? サルビアでしたかしら? 昔学校の花壇にあって、結構ながい期間咲いていた気がしますわね。
「これは……なんとも鮮やかですね」
「ええ。こちらは暖かい国の花で、これからの時期においてもしばらく咲いてくれるのよ。寒くなるまでずっと見ていられる、比較的育てやすい花ね」
そう言って土や茎の様子を観察する陛下。その所作で本当に花を大切にしているのがわかる。ただ、それとは別に私はちょいちょい気になることがあった。折角なので、その事を少し聞いてみることに。
「あの陛下、少しよろしいでしょうか?」
「あら、どうしたのレミリアさん」
声をかけた私に優しく微笑んでくれる女王陛下。でも、だからこそ気になってしまう事も。
「その……私達に対しとても……なんといいますか、気さくとでも言いますか……」
「あら。もしかして馴れ馴れしかったかしら?」
「いえいえ! とんでもありません! ですが、陛下ともあろう方が私達にこのような接し方をしてくださって、皆大変嬉しいのですがその……よろしいのでしょうか?」
そう、これが少し前から気になっていた事だ。
女王陛下といば、この国において国王陛下と並ぶ頂点の存在。そんな方が、私達にとても親しく接してくださるのは非常に嬉しい反面、どこか申し訳ないような気持ちが出てきてしまう。普通であれば名前を呼び捨てるところも、丁寧に呼んでくださったりしてくれる。
魔法学園での視察の時もそうであったが、あの時は学園における身分を持ち出さないという規則にそっての対応かとも思ったが、今日この王宮庭園においても全く陛下の対応は変わらない。いや、むしろ前よりも自然に接してくださっている節さえある。
そんな考えから、思い切って聞いてみたのだが……陛下は少し驚いた顔をみせると、すぐに優しく微笑みをもらす。
「そうね……これがもし公の場であれば、接し方においてもっと違うものになったかもしれないわね。でもここは王宮の庭園──いわば“私の庭”です。そこで大切なご友人と、いかな接し方をしても問題はないのではありませんこと?」
「ご、ご友人……」
「それは私達の……?」
驚きながらも口からでた疑問に、陛下は楽しげに「ええ」と肯定を返す。恐れ多いとは思うが、正直なところとても嬉しく感じてしまった。そこには、陛下と仲良くできるという気持ちよりも、身分関係なく接してくださる陛下がとても好ましく感じたからだ。
「よろしければこの庭園では、私をアンネリーナと呼んでくれてもかまわないわよ」
「そ、それは無理です!」
思わずつっこんでしまった。アンネリーナというのは女王陛下の名前だ。さすがにそれは無理だろうと、陛下もわかっていたようでクスクスと笑っている。からかわれたーと私達四人は、ちょっとばかり顔を赤くしてしまう。
「ふふふ、ごめんなさいね。お詫びにお茶でもいかがかしら? よく合う焼き菓子もあるわよ」
そう言って満面の笑みを浮かべる女王陛下はとても楽しげで、私達も二つ返事でお茶を頂くことになるのであった。