079.悪役令嬢と王宮庭園への招待
学園視察は無事に終わった。授業後の報告会でも、とても良い評価を頂いた。私達の授業を視察した後、皆さんは学園内を見て回ったそうだが、その施設や管理も好評だったと。
ともかく視察は滞りなく終了したのだが、一部の人間には大きな課題が課せられたのだった。
その人物とは。
「あの、レミリア様? 本当に私なんかが行ってよろしいのですか?」
「はぁ~……まだそんな事言ってるの?」
目的地へ向かう馬車の中にて、今日何度目かの渋りを見せるティアナ。彼女は先日の学園視察の際、女王陛下に言われた事がある。それは──
『素晴らしいですわね! では、ぜひとも一度いらっしゃいな。よろしければ、私も一緒に庭園を見て回りたいものです』
それは女王陛下直々の、庭園への招待の言葉だった。植物をこよなく愛する事で有名な女王陛下は、王宮の庭園をそれは大切にしている。そして、毎年そこでは女性限定でのガーデンパーティーを開催し、多くの女性に花を披露している。
ただ、そのガーデンパーティーは女性であれば誰でも、という訳ではない。爵位が子爵以上でなければ参加できない取り決めがある。どうも女王陛下自身は、花が好きならば身分をあまり気にしないようなのだが、さすがに王宮の者達がいる手前そうも言えないという事での決まりらしい。その辺りでの線引きが、丁度参加者数を絞る程よい按配らしい。
なので、当然平民であるティアナには参加資格はないのだが、今回はソレではなく普通に庭園へ遊びにきなさいというお誘いだった。女王陛下自らのお誘いの言葉だ。当然ティアナは承諾したのだが、ここにきてまた少々怖気づくような感じになっている。こういう場合、普段ならいつものデコピンで気を入れなおしてあげるのだが、流石に平民と女王陛下では仕方ないなぁと思う。
「大丈夫よ。女王陛下は身分を気になさる方じゃないわ。花が好きな人であれば、諸手をあげて大歓迎して下さるわ。それに……」
「それに?」
「貴女は陛下自らお誘いをかけた人物なのよ? 胸を張って堂々としてればいいのよ。寧ろ今回は私達の方がオマケよ、オ・マ・ケ」
そういってニヤニヤ笑い+ウィンクをばちこーんとやったら、何故かティアナに「ひぃっ!」との悲鳴を上げられた。……あれ、ちょっと期待してた反応と違うぞ。ちらりと同乗しているミシェッタに視線を向けると。
「レミリア様は顔面の基本的構造が怖いので、含み笑いをされますと正直ひきます」
「えっ……」
ここへきて自分の専属メイドにまさかのドン引き宣言。ええ、知ってましたけどね。私だって鏡を見れば、自分の顔がどれほど悪役してるか理解してますし。でも平時の顔より、笑顔のが怖いって何よ。
この顔で、可愛く笑う練習だって少しはしたんだからねっ。……徒労に終わったけど。
そんな感じで、いらない精神ダメージを受けたまま、私達は王宮の庭園へと向かうのだった。
王宮の庭園に到着した。基本的にここはガーデンパーティーの日に来るので、いつもならば他家の馬車で埋め尽くされている門前広場だが、本日は私達しか居ないようだ。聞いたところによると、女王陛下が今日は私達だけ招待をして、いわゆる貸切状態になっているそうだ。よって余所の知らない貴族方が居ないので、ティアナは大いに胸を撫で下ろした。
ちなみに今日は、ガーデンパーティーでは入れないミシェッタ達も許可をもらっている。彼女達姉妹は家が男爵位なので、ティアナ同様に今日が初めての庭園入りとなる。後、フレイヤの専属であるマインも平民なので、同様に本日初めて庭園に入ることになった。
到着した私達は、王宮所属メイドに案内されて奥へ。そこで待っていたのは、先日お会いしたばかりの人──女王陛下その人だった。
「皆さん、いらっしゃい。ティアナさんも、良く来てくださったわね」
「あ、あのっ、はいっ、ご、ご招待ありがとうございますっ」
いきなり名指しでお礼を述べられ、即効でパニックになるティアナ。その様子をみながら、微笑む女王陛下はなんだか保母さんみたいな雰囲気さえ感じる。
思わずほんわかした空気になるが、慌てて私達も挨拶を述べる。そして今回は、私達の専属メイド達も入園許可を頂いたので、それに関してのお礼の言葉も述べた。
「丁寧にありがとうね。でも、今日は貴女達とゆっくりしたいから、他は誰も入ってこないよう徹底してあるわ。あまり肩肘張らずに楽しんでくださいね」
「「「はい!」」」
専属メイド達の返事がハモる。流石に場数とでもいうのか、経験の差からティアナのようにテンパってはいないようだ。……ちょっとばかし声が上ずっていたようには聞こえたけど。
とりあえず挨拶を終えたところで、女王陛下から是非とも見て欲しい花があるといわれた。庭園の中ほどに案内されたその場所、華やかに咲いている花を見て私とマリアーネは驚きを隠せなかった。
「そういえば、以前フレイヤが言ってましたわね……」
「はい……たしかここには紫陽花があると……」
そう、そこには綺麗に咲き誇っている紫陽花の垣根があった。とても見事な紫陽花が、見事な青い花を連ねていた。それに驚いている私達を見て、女王陛下がこれまた驚いたような顔で声をかけてきた。
「レミリアさんにマリアーネさん? 貴女達はこのアジサイをご存知なの?」
「あ、えっと……」
「実は以前、フレイヤからこの庭園に咲いていると聞いたことがあって……ね?」
「は、はい。なんでも遠い東にある島国原産の花で、こちらでは大変に珍しいとか……」
「そう! そうなのよっ!」
前世で知ってますとは言えず、以前会話で出てきたフレイヤにふってみたところ、彼女の発言に女王陛下が飛びついた。ふぅ、流石にちょっとあせりましたわね。
女王陛下が言うには、まさにその東の島国──私達が“着物の国”と呼んでいるこの世界の日本みたいな国から、特別にとりよせた花らしい。そして今が丁度見ごろなのだとか。この庭園の中でも、女王陛下の中ではかなりのお気に入りの花らしい。
「しかし……本当に見事ですよね」
「ふふ、ありがとうね」
私の言葉に、心底嬉しそうな顔を見せる女王陛下。
「この紫陽花、とても綺麗に青とピンクに咲き分かれてますね。本当に見事です」
「そうなのよ! ふふ、レミリアさんいい所に気付いてくれましたわ」
女王陛下はさらに楽しげな表情を浮かべる。私が言ったのは、この紫陽花が咲き連なる垣根の色合いだ。一定間隔で青とピンクに色分けされているのだ。たしかに生前みた紫陽花もこんな色をしていたが、こうまで綺麗に分けて植えられているのはあまり見覚えがない。
不思議がっている私達に、女王陛下が楽しげに答えを教えてくれた。
「実は……ディハルト・ヴァニエール、ご存知よね?」
「はい。学園に来られた教育研修生です。今は担任のゲーリック先生と一緒に、私達のクラスを担当されています」
「そうそう、ゲーリックと一緒だったわね。それはともかく、ディハルトはアーネストやアライルの魔法指導もしているのだけれど、何故か植物の知識が豊富なの。おまけに、どこで見たのかアジサイに関しても知っていたのよ」
楽しそうに教えてくれた話の要約はこうだった。
ヴァニエール先生が紫陽花の育て方の基本を教え、次に土壌成分で色合いが変化することも教えた。それにより、翌年からは青とピンクが交互に花咲くようになったとか。紫陽花が土の成分で変化するとは、流石に私も知らなかった。さすがヴァニエール先生は、前世で農民だっただけはあるわね。しかも着物の国の農民。紫陽花なんてのは身近な花だったのだろう。
一通り話を聞き終えたところで、ふと私は先程の女王陛下の発言に気になった事があったのを思い出した。
「あの、先程ゲーリック先生の事をその……」
「ふふ、その事ね。私とゲーリックはね、魔法学園での同級生だったのよ」
「「「「えええ~~~っ!?」」」」
私とマリアーネ、そしてフレイヤとティアナの驚きの声が、穏やかな陽気ふりそそぐ王宮庭園に響き渡るのだった。