075.悪役令嬢と恋する乙女たち
「あっ! お帰りなさいレミリア姉さまっ」
「へ? あ、うん。ただいま……って、どうしたの皆して」
帰宅した私を部屋で出迎えたのは、同室のティアナだけじゃなく、お隣のマリアーネにフレイヤもいた。別に二人がいてもおかしくはないが、何故かその視線がすべて私の方をむけられていては気になるというものだ。
「いえいえ、ただレミリアのご帰宅をお待ちしていただけですよ」
にっこりと笑みを浮かべてそういうフレイヤだが、もう結構な付き合いがあるゆえわかることもある。この顔は絶対待っていただけじゃないだろうと。
こういう時はまずティアナだが……ちっ、先読みされてるのかマリアーネとフレイヤが、二人でかばうように背にしていた。
「……それで、一体何を聞きたいのかしら?」
「ふふっ、それはもちろん本日の成果についてですわ」
マリアーネがどやぁという顔で胸を張る。ちゃんと張るだけの胸があるのがずるいと思う。だがそこは、この悪役令嬢には流石に及ばないわね。
「本日の成果とは?」
「もちろん、アライル殿下との事ですわ。わざわざ放課後、二人きりの空間で何をしていらしたのか。よろしければ、それをすこ~しだけお聞かせ願いたいと思う次第ですの」
わざとらしい恭しさをちらつかせ、マリアーネが腰を折る。これはもう、どう見ても力技でそういう話にもって行くために煽っているのだろう。……清楚なヒロインどこへいった。
「特に話すような事なんて何もないわ。……まぁ、アライル殿下が思ったよりも色々と考えていたのには少々驚きましたけど」
ヤレヤレという感じで自分の椅子に座り、ぐるりと皆を見渡してみる。……ふむ、やはり全然聞いていませんわね。マリアーネやフレイヤだけじゃなく、ティアナまで興味津々な視線を浴びせてきますわ。
それを受けて一つ大きなため息をついて足を組む。乙女ゲームの悪役令嬢っていうのは、おそらく作品中でも一番のスタイルを誇るキャラなのよ。こうやってスカートで足を組んでいても、あまりにも自然体で美麗だと自画自賛したくなるわね。
それと同時に、他者に対しては妙な迫力のある姿勢に見えることも。
「……というか、そんな事を聞きたくて私の帰りを待ってたの?」
「そんな事って……身近な人の恋バナって興味ありません?」
「それは……そうかもしれないけど──」
「でしょ!?」
なんとなく肯定すると、それに全乗っかりするようにマリアーネがぐいっと寄せてくる。何でそんなに恋バナ好きなのよ、女子高生か──って中身は過去の女子高生かもしれんけど。
「でも、本当に何もなかったわよ。アライル殿下も、来年再来年の生徒会を見越して仕事してたし。その姿勢に私もちょーっとはちゃんとしないとな……とは思ったけど」
他にもあの場では、思想などについてのディスカッションはあった。そこに恋愛要素は皆無で、生徒会業務の話から始まり、学園、教育といったおよそ生徒が思いを巡らす事柄ではない事を話したり。
正直なことを言ってしまうと、その時間は非常に楽しかった。元々話好きな性格だったためか、学生時代も会社勤め時でも、会議などで自分の意見を口にするのは結構好きだったのだ。
というわけで、私とアライル殿下二人きりの空間であったが、皆が色めき立つような甘い展開は皆無だった。
「そもそも、そういった色恋の話がしたいのならば、貴方達が提供したほうが豊富なんじゃないの?」
「「「はい?」」」
私の言葉に対する三人の返事がシンクロする。だが、その声色は微妙に異なっているのを私は聞き逃さない。
マリアーネはどうも微妙な感じの返事だ。ティアナにいたっては本気で「?」となっている。
だがフレイヤ……貴女は違うわよね。そんな私の視線に気付いたのか、さりげなく下がろうとするも後ろ手にかばっているティアナのせいで逃げ道はない。
「フレイヤ、最近お兄様とはどうなんですの?」
「ど、どう……とは?」
どうなのかと問いかけただけなのに、何故か少し汗をかきおびえるフレイヤ。それを見て、思わず近寄ってしまいじっと凝視する。……うん、いまこの瞬間を切り取ったら私は、文字通りの悪役令嬢っぷりが発揮されてますわね。
「いえ……お兄様は最近、よく学園の図書館に通われているとお聞きしましたので。元々読書はする人でしたが、そんな足しげく通うほどの読書家でもありませんし、どうしたのかしらと思いまして……」
「そ、それは、その……」
ちらりと見やると、フレイヤが目をそらして本気の困り顔をしている。別に困らせるつもりはなかったのですけれど。
「図書館へ通うフレイヤを気にかけて、お兄様が付き添っていたのですね?」
「…………はい」
まるでいたずらを咎められた子供のように、ションボリと肯定するフレイヤ。全然そんなつもりはないのに、お説教でもしたような空気になってしまった。
「フレイヤはお兄様が一緒で嫌でしたか?」
「まさか! ケインズ様が一緒にいてくださって、とても嬉しかったです。でも、私の都合でケインズ様の貴重なお時間を奪ってしまうのではと──」
「ていっ」
「はわあああっ!?」
「ちょ、レミリア姉さま!?」
後ろ向きなコトいう人にはこれねっと、軽くデコピンをしてみる。それに驚くフレイヤとマリアーネ、そして「私の時より強くない……」と愚痴るティアナ。なによそのツッコミは。
「うちのお兄様は、たとえ相手が誰であろうとやりたくない事は拒否するわよ。それがたとえ両殿下であってもね。ならばフレイヤと一緒にいる事は、嫌ではないという事ではないのかしら?」
「そ、そう言われてしまうとその、嬉しいのですが……」
「それに、もし本当にお兄様が『時間を無為に過ごしている』と思っていたのならば、それこそ意味があるのではありませんか?」
「えっと……それはどういう意味ですか?」
私の言葉が飲み込めず、困惑気味に聞いてくるフレイヤ。そんな彼女に私が告げるのは。
「お兄様自身が嫌うあり方と理解したうえで『それでもフレイヤの傍にいる』ということは、どちらが自分にとって優先すべきことか理解しているという事では?」
「え? …………ああ! あ、あのっ!」
要するにお兄様──ケインズ・フォルトランが最も優先すべきことは、フレイヤの傍にいる事──そのことが徐々に理解できると、フレイヤはさあっと顔を赤くする。随分と健康になったものの、いまだきめ細かい白肌は健在のフレイヤ。その顔がここまで真っ赤に染まるのを見るのも、これまた久しぶりか。
「ふわぁ……フレイヤ様、なんだかすごいですね……」
「ううっ~~!」
ティアナから発せられる悪意無き感想は、ある意味真実でありフレイヤにとっては残酷なまでの羞恥だった。読書家であるフレイヤだからこそ、物語に憧れ、夢に夢見る少女は、今まさにその立場を自覚したらどうしていいのかわからないのだろう。
「……ともかくフレイヤ。お兄様をよろしくね」
「は、はい……うぅ……」
顔を真っ赤にしたまま椅子に深く座り込んでしまうフレイヤ。これが漫画とかなら頭の上に『きゅう~~』とかいう効果音でも出てそうなほどだ。
私達と一緒にすごし、自分を慕ってくれる年下のクレア達とのふれあいで、随分とたくましくなったとは思うが性根はやはり優しく思慮深い子なのだ。……なんか自分が、俗世にまみれてしまった存在みたいだけど決してそういう意味ではない。ないハズ、だ。
だが、ふとある事に気付く。フレイヤにはクライム様という、妹をとても大切にしている兄がいる。なので今までの経験からいえば、放課後の図書館に付き添うのは私達姉妹の兄ではなく、彼女の兄なのではないかと。
だが、その疑問は浮かんだ瞬間すぐさまアンサーにたどり着く。
「…………」
「えっと、レミリア様? どうかなさいましたか?」
思わず無言でじっと見ていたため、逆にどうしたのかと聞き返された……ティアナに。
──そう、ティアナだ。
彼女が放課後、私達以外と時間をすごす相手が一人いる。それが、フレイヤのお兄様であるクライム様だ。元々は同じ土属性の魔力を有しているため、その指導という事で放課後を共にすることが多かった。クライム様の指導の上手さと、ティアナの真面目な取り組みで、およそ二ヶ月ほど経過した今では随分と土魔法が上達したとの事。それは非常に喜ばしいことなのだが、ふと思い返すと「?」となる事が。
その放課後の指導は、いつまで続くのだろうか?
「ねえティアナ、ちょっと聞きたいのだけれど……」
「はい、なんでしょうか?」
真っ赤になったフレイヤを堪能してたのか、にこにこ笑顔で返事をするティアナ。
「貴女が放課後にクライム様から魔法指導をうけるようになって、もう二ヶ月ほどたちますわね。聞けばもう十分なほど土魔法が上手になったとか。最近では、どのようなことをしてますの?」
「………………」
私の質問に、ティアナの笑顔が固まった。
「ティアナ?」
「………………」
再度呼びかけるも、その笑顔が崩れることがない。というか、動かない。……いや、よくよく見れば少し汗をかいてる気がする。咄嗟に私はマリアーネに視線を向ける。
そんな私の視線に対し、マリアーネはゆっくりと大きく頷いた。……よし。
「確保ーッ!」
「ラジャー!!」
「ひゃああああああッ!?」
いきなり始まった私達の恋バナは、予期せぬ延長戦へとなだれ込むのだった。