074.悪役令嬢は少し先の未来に憂いて
ティアナの実家でのお泊りは楽しかった。彼女の家族が皆本当に良い人ばかりだったから。両親のダインさんとメーリアさんは無論、二人の弟タリックくんもフーリオくんも元気で素直な子だった。
なにより末っ子の妹であるノルアちゃんが可愛かった。思いの他懐かれてしまい、別れ際にはスカートをしっかり掴まれて大いにぐずられてしまった。もちろん困りはしたが、それを無理やり放すなんてことは出来ず困っていたのだが、これを解決してくれたのはミシェッタだった。
なんと彼女は、私に思い切り懐くノルアちゃんを見てこの事態を予測し、急遽子犬のぬいぐるみを作ったのだった。裁縫道具は常備しており、馬車に積んであった白い布と、メーリアさんから頂いた柄布を使って、私達の持っているぬいぐるみを一回り小さくしたものを作ったのだ。
それを私からノルアちゃんに手渡し、また遊びにくるからねと約束し、ようやく解放してくれた。そして見送るノルアちゃんは、ずーっとぬいぐるみをしっかり抱きしめてくれていた。
ともかく、こうして無事にティアナ家のお泊り会は終了したのだった。
そして翌週。
いつものように学園へ行き、いつものように授業をうける。そして、いつものように昼休みは生徒会室に集まって、生徒会役員+お手伝い二名での昼食会。
だが私は、先日皆に言われたことが少し気になっていた。それによれば、どうも私はアライル殿下には遠慮がなさすぎて、どっちか上位階級の人間かわからないほどだと。何度も言われてしまうと、流石に私もどうにかしないといけないレベルなのでは……と思うようになった。
確かに遠慮……というか、配慮は欠けてしまっているかもしれない。その辺りの思考や感覚は、転生者としての弊害だろう。さすがにこの世界へ転生して10年になるが、前世で生きた時間のまだ半分以下だ。根っこの部分では、貴族よりも庶民感覚のほうが強く根付いてしまっている自覚もある。
そんな訳で、今日はなんとなくアライル殿下の顔色を伺ってしまう自分がいる。こういう行動は逆に目立ってしまうとは承知しているが、ついついやってしまうから仕方ない。
「えっと、レミリア? どうかしたのか?」
「…………いえ、お気になさらず」
少しばかり見過ぎただろか。アライル殿下からどうしたのかと問われてしまった。思わず平静を保って返事を返したけど、自分ながらあからさまに不自然だと思った。
しかしアライル殿下も、私のこんな行動にはなれているのだろう。そうか、と呟いた後少し考えたあと、自分の弁当を此方に差し出して、
「何か食べてみたいものがあれば、好きに取っていっていいぞ」
と言って来た。何も考えず「あ、それじゃあ……」と動こうとしたとき、じっとこちらを強く見つめる視線に気付いた。マリアーネとフレイヤとティアナである。瞬間、先日言われた事がすぐさま脳裏を豪快に横切っていく。
「あ、えっと……いいえ、今日は遠慮しておきます」
「「「「!?」」」」
私の言葉に男性陣全員──両殿下とお兄様とクライム様が、『今、何て言ったッ!?』と訴えんばかりの表情でこちらを見た。何? アライル殿下のお昼を貰わないだけで、そこまでなの!?
ちょっとした動揺を覚えながらも平静でいると、お兄様が訝しげ──いやいや、心配げだ! 心配げにこちらを見る。
「レミリア……どこか体調が悪いのか? ヘンな物でも拾って食べたとか──」
「してませんっ!」
すごくベタな事を言われてしまったが、実はこれには前科がある。といっても、そのまんまの意味での“拾い食い”ではない。群生してた山菜やキノコなどを、私が取ってきて食べた過去をお兄様は知っているからだ。……はい、ちょっとばかしキノコでおなかを壊しました。念の為にと闇属性魔力を使った解毒ポーションを用意してたけど、本当に使う事になるとは思わなかったデス。
「別に体調は悪くありません。私も少し色々と考える事があっただけです」
「……そうですか。でも、もし何かありましたら私達にも相談して下さいね」
「はい。ありがとう御座います」
言葉をかけてくれたアーネスト殿下に礼を述べる。アライル殿下は、それでもまだ腑に落ちない……という表情のままだが、他が納得した様子を見せたので特に何か言ってくることはなかった。
とはいえ私自身、もう少しアライル殿下と話をしたい。思えば学園に通うようになってからは、平日は毎日顔を会わせているからだろうか、以前よりも会話をする機会が減った気がする。勿論皆無ではないが、主な会話は昼休み……そう、アライル殿下の昼食をちょっと摘ませてもらってる時なんかだ。
……いや、待てよ私よ。正直それ以外の会話を最近してないだろ。その考えに至った時、さすがに自分をお説教したくなった。うん、私ヒドイ女ね。
そんな訳で、昼休み終わりで教室に戻る際、アライル殿下に放課後の予約を入れた。もちろん先に予定があるかどうかを聞いてから。聞くと、個人的な生徒会仕事があるので、生徒会室で執務があるとか。ならばその手伝いと共に少々話がしたいと申し出ると、二つ返事どころか四つ返事くらいで了承してくれた。普段なら引く勢いだが、今回はちょっとだけ申し訳なさが勝った気がした。
放課後になり、私はアライル殿下に声をかけて生徒会室へ。教室を出る際、マリアーネ達がなにやら生暖かい視線を送ってきた。どうにも何か勘違いをしてる風の視線だったが、まあ後で問い詰めておきましょう。
向かう途中、私は何をするのかアライル殿下に聞いた。お昼はそこまで詳しく聞くことは出来なかったからだ。それにちょっと疑問でもあった。今のアライル殿下は、生徒会の庶務という位置付け。もし放課後に行わねばならない仕事があるのなら、まず書記の私や会計のマリアーネ、場合によっては会長や両副会長が執り行うのが普通だろう。なので、何故アライル殿下が? という疑問があったのだ。
その質問をすると、
「今後の事を見据えて……かな」
「えっと、今後……ですか?」
少し照れくさそうにはにかみながら、アライル殿下は言う。
「今年は兄上をはじめ、会長と副会長二人が年上で構成されている。だが、来年になれば二人減り、再来年は我々一年生が最上級生だ。その時の生徒会は、自惚れではなく確実に我々が取り仕切る事になる。その時の為に、今から少しずつ学んで行きたいんだ」
「そういう事でしたか。では、放課後に行っている執務というは……」
「過去の生徒会──主に兄上が執り行った事についてのまとめをしているんだ。それと、今年の生徒会の活動なんかについても、個人的に改めて記録している」
「……知らなかったです」
「まあね。自分に必要だと思って、勝手にやってるだけだからね」
笑みを浮かべたアライル殿下は、生徒会室へと入っていく。それに続いて入っていく私だが、そんな事をしていたと知らずどこか気恥ずかしい気分にもなった。
とりあえずいつもの席へ座る。普通は書記である私は、副会長と会計に挟まれるのだが、お昼のおかず云々の事もあり、いつしかマリアーネとアライル殿下が席を交換していた。今思えば、それも私の我が儘って事になるのよね……。
とりあえず資料をまとめて、自分用の生徒会記録の作成に入るアライル殿下。手伝うとは言ったものの、これで手を出すのは逆に邪魔になると思ったので、まとめに使っている元資料に目を通すことにした。
最初の一枚目が年間行事を一覧にしたものだった。ざっと見てみると、入学式をはじめ色々な行事が記述されている。ざっと見て気になったのは……やはり卒業パーティーだった。卒業式はそのまんまだが、卒業パーティーはその夜に執り行われる卒業生の為のパーティーで、何より乙女ゲームでは定番の“婚約破棄”イベントが行われるアレである。
「……レミリア、どうかしたのか?」
「え? ……あ。いいえ、なんでもないわ」
行事一覧を手にじっと凝視していたのが気になったのだろう。執務中のアライル殿下に声をかけられてしまった。いけないわね、これじゃ完全に邪魔してるダケじゃない。
申し訳ないのでなんでもないと平静を装ってみたが、そんな私をアライル殿下はくすっと笑う。
「本当にレミリアは嘘が苦手だね。態度も表情も素直すぎるよ。もう少し表情を偽ることを覚えないと卒業後は色々苦労するよ」
「卒業後……」
アライル殿下の言葉に、思わず思考が停止する。……そうか、卒業した後もこの世界は続くんだ。この世界はゲーム『リワインド・ダイアリー』に似てるけどそうじゃない。私は生きてるし、物語は卒業パーティーの後はエピローグじゃない。正式に社交界での生活──私とマリアーネは『聖女』としての、正式な立場もあるんだと。
「貴方の言うとおりね。今私も、ここの『卒業パーティー』って文字を見てちょっと色々思う所があってね……」
「そっか、レミリアも気にはしてるんだね」
そう言って笑う笑顔はとても純粋だった。よもや乙女ゲームの断罪イベントを思い出していたなんて、夢にも思っていないのだろう。
不覚にもその顔に見惚れていると、アライル殿下は続けて言った。
「卒業パーティーは、卒業した貴族が社交界に本格参戦するための前哨戦だ。とても大切な場で、そこでの行いが今後の貴族位を左右することもある。そしてそれは王族も同じ。ひょっとしたら、卒業式よりも卒業パーティーの方が重要視されているかもしれないね」
どれほど大切な事なのか、それを重々理解している言葉だった。だからこそ、私はついつい聞いてみたくなってしまった。
「もしアライル殿下が私と婚約をなさっていて……」
「……ああ」
『婚約』という言葉を聞いて、瞬時に笑みを消し空気が張り詰める。
「私が相手に相応しくないと感じられたら、その卒業パーティーで婚約破棄を大々的に発表したりされますか?」
私の言葉を聞き、大きく目を見開くアライル殿下。そしてこちらの真意を確かめるように、じっと目を見てくる。思わず逸らしたくなるが、こちらが投げた質問なのでなんとか逸らさずに耐える。
「……まず、レミリアが相応しくないという前提が疑問だが、今聞きたいのはそこじゃないのだろう?」
「ええ」
「なら答えは簡単だ。そんな大切な場にて、そのような愚かな行為を致すはずもない。そんな事をすれば、発言をした者が批難を受け、今後社交界で肩身の狭い思いをするだけだ。それが私──王族であれば尚更だ。そんな王族の治める国、どの民がついてきてくれるというのか」
アライル殿下の言葉に対し感心しながらも、やはりどこか腑に落ちない部分もある。
なんせゲームでは、確かに卒業パーティーでの断罪イベントは存在する。あの場において、それを成すのはアライル殿下なのだから。ならばこのアライル殿下は、ゲームの其の人とは別なのかもしれない。それにゲームでの悪役令嬢は、ことごとくヒロインに嫌がらせの限りを尽くしてきた。明確な描写は無いが、断罪イベントを見る限り他の一般生徒や教師、もしかして自分の取り巻き令嬢からも疎まれていた可能性すらある。そんな状況でのアライル殿下の行動は、まさにヒロインを救うヒーローだったのかもしれない。
まあ、ともあれ今の段階ではどう転んでも断罪イベントは発生しないだろう。アライル殿下がきちんとした意志を持っているし、何より婚約していないのだから。
「しかし、そんな事を聞いてくるなんて一体どうしたんだ? もしかして婚約の事、少しは前向きに検討してくれたってことなのかな?」
「いいえ、それは……ええ、違います。多分……」
いつものようにアライル殿下からの婚約に関して前向きにという言葉。なので、いつものようにそれは無いと否定した……と思う。
でも何故かいつもすんなり出ていた言葉が、少しだけ……そう、少しだけ支えて出たような気がした。
──少し考えすぎたせいだろう。
誰に聞かせるでもなく、何故か少しいいわけ染みた事を自答していた。
先週は仕事で家を空けた為、投稿をお休みしました。今週からまたよろしくお願い致します。