073.悪役令嬢は今更気付く事がある
その後、夕食を済ませて少しゆるい時間を過ごしていると、お風呂へ入ることになった。
この世界の平民は、ほとんどの場合が自宅に風呂は持っていない。基本は水で身体を拭くことが多く、何日かに一回のペースで風呂屋なる場所へ入りに行くのが一般的だ。
だが、この家はさすがというべきか、ちゃんと自分たちのお風呂があった。さすがに毎日入るようなことはないらしいが、それでも自宅にそういう場所があるのは平民としてはかなり珍しい。
そんな訳で一人ずつ順番に入ったのだが……何故か私はノルアちゃんと一緒に入っている。
いやまあ、なんとなくそうなる気はしたんだけどね。なので私は二人で湯船につかる。折角なのでと、湯船につかりながら手で水鉄砲をやってみせた。自分の手を恋人繋ぎにして、手根側から水を飛ばすアレね。
ちょっとやってみせたらノルアちゃんが、喜ぶ喜ぶ。おかげで随分と湯船から外に、お湯をまきちらしちゃったわよ。
ただ、やっぱりノルアちゃんは育ち盛り。昼間もはしゃぎまわり、夕食時もその後もずっと元気だった為、風呂上りにはもう船をこいでしまっていた。
「レミリア様、今日はノルアの事……本当にありがとうございました」
「いいえ、とんでもないです。こちらこそ、こんな可愛い子に懐かれて至福の時間を頂きました」
つかれてすっかり寝付いてしまったノルアちゃんは、ダインさんがそっと抱えて部屋の方へと運んでいった。……もし未だに寝付いてなかったら、就寝時も一緒だったのかしら。私の寝相が保証できないから、そうなったら大変なことになってたかもしれないわね。
ともあれ、安堵半分残念半分でノルアちゃんと暫しのおさらばになった。なので、いつものように四人でのお休み前のティータイムである。ちなみにメイド達と御者さんも、屋内にて就眠となった。流石に寝具は足りなかったので、馬車に積んでおいたシーツなどを持ち込ませてもらったけど。
「お疲れ様です、レミリア。なんだか、すっごい懐かれちゃいましたね」
「そうね……。勿論嬉しいんだけど、なんであんなにも私に懐いてくれたのかしら。聖女だっていう理由なら、寧ろマリアーネの方が子供好きしそうなのに……」
なんと言っても私は悪役令嬢顔。別に普段から顔を怖くしてるつもりはないけど、目つきが悪いとか思わないのかしら。
「子供って純粋だから、案外本質を見抜くって言いますよね。だからこの中で、一番精神年齢が近い人に懐いたんじゃないんですか?」
「あーなるほどー……って、ちょっとぉ!?」
さらっと『あなたが一番子供なのよー』って言われてしまった。一瞬反論しそうになったが、よ~く思い返すと実はそうかもしれないと思えてしまう。
フレイヤは大人しく楚々とした令嬢の手本ですし、ティアナは弟妹のためにと立派な大人を目指してる。ならば私達姉妹はというと、二人とも転生者でありながらその中身はやっぱり違う。女子高生ベースのマリアーネは、寧ろ今が丁度シンクロする時期なのかも。一方私は、会社という大枠の括りから過去に戻っている時間をまだ満喫している。その精神年齢の逆行差が、ノアルちゃんのご贔屓にひっかかったのかも。
そんな私を尻目に、マリアーネが「懐くといえば……」とフレイヤを見る。
「フレイヤ、最近はクレアちゃんとはどうなの?」
「クレアですか? 学園入学してからも、手紙をやりとりしてますよ」
そんな会話を聞いて、ティアナが「あの」と挙手をする。
「クレアさん……とは、どなたでしょうか?」
「……ああっ。そういえばティアナさんは、クレアの事はご存知無かったですわね」
フレイヤの言葉を聞き、私とマリアーネも「あっ」となる。二人が会ったことはないし、ティアナは私と同室だから、寮での手紙のやり取りも知らないのだろう。
「クレアはハーベルト子爵家の長女で、年齢は私達より2つ下。なので再来年──私達が三年生になると、一年生として魔法学園に入学してくると思いますわ」
そういえば私達がクレアに会ったのは、彼女のデビュタントだった。ただ……これは実質自分のせいだが、クレアのデビュタント=おにぎりというイメージが残ってしまっている。うん、これは本当に申し訳ない。
ティアナとの出会いは入学式だったし、フレイヤとは……ああ、そうか。女王陛下主催の王宮のガーデンパーティーだ。
「そういえば、今年のガーデンパーティーって何時かしらね」
「王宮のですか? んー……あれ? どうだっけ、フレイヤ」
マリアーネがそう聞いて、その直後に私とマリアーネが「あ」という顔をする。フレイヤにとってガーデンパーティーは嫌な思いをした場所でもあるんだ。あまり良くない感情を抱いているかもしれない。
そんな風に考えたのだが。
「そうですね……。例年ですと、その年の天候などによって花の咲き具合が違うので、それがわかり次第でしょうか。例えば今の時期に雨が多いと、着物の国より取り寄せた“アジサイ”という花が見ごろで、それを目的とし開催される事もあるかもしれませんね」
「紫陽花があったの!?」
「今までこの季節にやってなかったから気付かなかったわ……」
私とマリアーネは、思わず紫陽花という単語にとびついてしまう。まさかここで、その名前を聞くとは思わなかったから。しかしさすがの読書家フレイヤ、そんな事まで知ってるなんて。
「でも、ガーデンパーティーが開催されたら、やっぱり行くのよね?」
「それはもちろん」
「ですわね……あ」
何かに気付いたフレイヤの声に、私とマリアーネも続いて気付く。いつもワケ隔てなく接しているが、ここにいるティアナは平民だ。ガーデンパーティーは貴族──もっと正確に言うなら、子爵以上の爵位を持っている必要がある。なのでミシェッタとリメッタは、貴族ではあるが家が男爵なので不可となる。
「あっ大丈夫です、気にしないで下さい」
そう言って、本当に気にしてない様子を見せるティアナ。どちらかといえば、植物に詳しく土属性魔力を持っているティアナの方が、王宮の庭園には向いてると思うんだけどね。
あ、でも……もしかして。
「ねえ、王宮の庭園って……平時であれば普通に入れるわよね?」
「いやいや、流石に王宮のお庭ですよ? まぁ、私とレミリア姉さまであれば何とかなるかもしれませんけど……」
何言ってるんですか……みたいな目で見てくるマリアーネ。前世でいうところの、皇居の庭園へ行くみたいな事なのよね。でも今の私達には、強いコネがあるじゃない。
「でもさ、アライル殿下に話を通してみればどうかな? 同じクラスメイトだし、庭園を見たいって申し出ならもらえるんじゃない?」
「……レミリア。確かにそうかもしれないけど、その発想をする人が普通は居ませんよ?」
いい考えね! と賛同されるかとおもいきや、先程とは違う感じでため息を吐かれてしまった。うーん、これもダメかなぁと思っていると。
「でもまあ、レミリア姉さまがお願いすれば、アライル殿下なら多分受けてくれますわね」
「そうですね。殿下も随分王族としての自覚と風格に満ちてきましたが、ことレミリアの言葉にはとことん甘いですから」
「へ!? わ、私アライル殿下にそんなわがまま言ったりしてる?」
「「「………………」」」
まさかの跳弾発言にあせる私だが、何故かみなジト目を向けてくる。ってか、ティアナまで!? 私ってそんな風に見えてるの!?
軽くショックで唖然としている私に、マリアーネがヤレヤレという感じで口を開く。
「あのですね、いくら学園が身分差無しでという規則であっても、アライル殿下に平気で何でも言えるのってレミリア姉さまくらいですよ?」
「え? で、でもマリアーネもお兄様も普通に話してるでしょ? それにクラスの皆だって……」
「私もお兄様も普通にお話はしますけど、アライル殿下を困らせるような事は言いませんよ? ましてやクラスの皆様は、流石に恐れ多いと事務的な会話がほとんどですし」
「ちょっとまって! 今の言い方だと、私アライル殿下を困らせたりしてるって聞こえるんだけど!?」
「「「………………」」」
私の発言で、またしても皆の視線がぶちあたる。なんというか……突き刺す視線というよりも、なんか固めのクッションで延々ばふばふたたかれてるような、そんな妙に居心地の悪い視線だ。
「え、えっと……よろしければ、具体的な事例を教えていただけるとありがたいのですが……」
さすがの私も下手な物言いをしてしまう。そこでもう一度三人がそろってため息を吐く。
「例えばですが……アライル殿下は、よく放課後や休日のご予定をお聞きになってきませんか?」
「ええ、ほぼ毎日聞いてくるわよね。でも放課後は図書館行ったり皆と過ごすし、休日はこうやってお泊り会をするからって答えてるわよ?」
「……ああ、そうですネー」
なんだけフレイヤの声色が少しだけ脱力した感じに聞こえたけど、気のせいよね。それとも慣れない田舎に疲れでも出たのかしら。
「アライル殿下って、お昼ご飯の時によくレミリア姉さまにご自身のを幾つかお分けしておりますわよね?」
「うん! 王室お抱えのシェフご自慢の料理なんですってね。いつも幾つかおかずを頂きますが、どれも美味しいですわ。でもアライル殿下って食が細いのかしら。育ち盛りなのに、いつも私におすそ分けしてくるなんて」
「いやそれは、レミリア姉さまと……いえ、なんでもないです。ハァ……」
何かを言おうとしたけど、結局やめてため息をつかれてしまった。どうやらマリアーネも普段と違う生活環境に気疲れしたようだ。
だが流石にティアナは自宅なので、疲れてるなんてことはなさそうだ。
「……どうしたのティアナ。せっかくだから、貴女も何か言ってみる?」
「い、いえ、私は……」
「ここは貴女の家で、部屋主でしょ? せっかくだから無礼講よ」
「ぶ、ぶれいこう?」
意味がわからないようなので説明する。要するに今この場においては身分上下関係ないって事だと。本当はそういう状況の酒宴のことだが、まあミルクティーでもいいでしょ。
そう言うと、少し迷った後ティアナは意を決した顔をして。
「その……レミリア様は、もう少しその……殿方のお気持ちを察した方が……」
「えっ?」
「その通りですね。特にアライル殿下との接し方は、その何と申しましょうか……」
「ええっ?」
「どっちかと言えば、レミリア姉さまがご主人様でアライル殿下が付き人って感じですよ?」
「えええ~~~っ!?」
三人からの言葉に本気で驚く。たしかにアライル殿下の事は、幼少の頃……しいては前世から知っている。それゆえに私の中では、見目麗しく成長中の今でも『ちょい生意気な年下の男の子』の粋を脱していない感がある。
もしかして、そういうのが知らず知らずににじみ出ているのかしら。
「ええっと…………本当で?」
「「「大本当ですっ!」」」
声をそろえて答える三人。
なんで私わざわざティアナの家まで来て、吊るし上げられてるのよぉ~っ!