072.悪役令嬢と魅惑の味わい
「えへっ、せいじょさまっ」
「ふふ、何かしらノルアちゃん」
私の膝にちょこんと鎮座ましましてるのは、ティアナの妹でありこの家での末っ子ノルアちゃんだ。
姉のティアナよりも少し濃いピンク髪をしており、まだ幼いながらあと何年かすれば、ティアナとそっくりの美人さんになるであろう。
そんなノルアちゃんは、何故か私にえらく懐いてきた。もちろん一緒にきたマリアーネやフレイヤにも笑顔を見せるが、気付けば私にぴったりくっついており、いつしか膝に座らせてあげてしまう始末。だがまあ、別に文句とかあるわけじゃない。寧ろウェルカムばっちこい状態だ。そんな甘えてくるノルアちゃんを、私も全力の笑顔で見守っている。
「……レミリアって、妹とか大好きなのね。あんなにも甘やかして」
「あの、一応私もレミリア姉さまの妹ですよ? といっても、立場としては双子に近いのよね」
確かにマリアーネには、こういった妹成分は少ないわよね。私達の前世がOLと高校生だから、その年齢差を純粋に姉妹感覚にうけとったりはしたけど、それもまた微妙に違うし。
そんな私の膝に座るノルアちゃんを見て、ティアナの両親はどこか申し訳ないような顔をする。いやいや、全然そんなことないですよ。
ただ、せっかく帰宅してみれば妹が私に懐いてしまい、ちょっと寂しげにすねてるティアナにはこちらが申し訳ない気持ちがわいている。なんとなく睨まれてるような気がするし。
ちなみに長男のタリックくんと次男のフーリオくんは、マリアーネとフレイヤにちらちら視線を送ったりしている。当然それに気付いている二人だが、優しいまなざしで微笑み返すと、途端に顔を真っ赤にして俯いてしまう。ん~いいわね、純朴な感じがして。私に年下少年を愛でる性癖はないけど、庇護欲そそられるシチュエーションには惹かれるわ。
……などという感じの中、ふと後ろに控えていたミシェッタが、私の傍にきてこそっと耳うちする。
「レミリア様、皆様落ち着かれてきたようですので、そろそろ……」
「え? ……ああ、そうだったわね」
一瞬何を言われたのかわからなかったが、すぐさまここに来た目的の一つを実行することに。
「ティアナ、あなたご家族に食べてもらいたいものがあったでしょ?」
「あっ! そ、そうでした!」
あわてて立ち上がり、表の馬車へ取りに行こうとすると、フレイヤのメイドであるマインさんに呼び止められる。見れば彼女の足元には目的の品が置いてあった。そしてメイド三人は、すぐに器やデザート用のスプーンなどを人数分用意する。そこそこの人数ということで、そのあたりも持参しておいたのだ。
テーブルに器を並べ、いよいよ持ってきた物を見せると──
「「「わあああぁ~!」」」
子供達がいっせいに声をあげる。見たことがない物のハズだが、そこから漂うほのかな香りなどで美味しいものだと本能的に感じたのだろう。
そこに登場したアイス──バニラアイスを、子供達の前にある器に盛り付ける。単純に大きなスプーンですくい何度か盛っただけだが、それを目を輝かせてみている子供達。とりあえず三人の前に盛りつけおわると、全員がティアナを見る。そこには「食べていい?」という文字が見えるようだ。こちらにチラリと視線を向けたティアナに、私はこくりと頷く。
「さぁ、食べていいわよ」
「「「いただきまーす!」」」
三人が一斉にスプーンをアイスにつきさし、それをパクリと口へ運ぶ。
「美味しい……」
「うん、美味しいね……」
「おいしいー!」
途端に美味しいと口をそろえて連呼する。その様子に、ドキドキしながら様子をみていたティアナは安堵した。そしてすぐさま、今度は両親にアイスを振舞う。初めて口にするアイスに、最初は二人もおっかなびっくりな様子だが、それも一口入れるまでの話。すぐに驚きが笑顔になり、子供達と同じように楽しそうに食べ始めた。
子供達が先に食べおわったが、残りを三等分してもう一度食べることになった。その事で、一瞬両親が申し訳なさそうな顔をしたが、このアイスは自分達で作ったのでいつでも食べれますと伝えると、ホッとした表情を見せるもそれ以上に驚かれた。貴族令嬢が料理するということは、やっぱり平民から見ても異質なんだなぁと実感した。
「とても美味しかったです。皆様、どうもありがとうございました」
「ありがとうございました。ほら、あなたたちも」
「「「ありがとうございました」」」
全員が食べ終わり、器をミシェッタ達が片付けていると、ティアナの両親と弟妹にお礼を言われた。その言葉に気遣いは感じられず、本心から喜んでもらえた事が嬉しい。
ちなみにノルアちゃんはまだ私の膝の上に座っている。先程なぜ私なのかをそっと聞いたら、
「えっと……お母さんと同じ感じがするから!」
と答えられてしまった。それを皆は──正しくは私とマリアーネ以外は『聖女の慈愛を感じた』という風に受け取ったようだが、その当の聖女二人は『中身年齢がおばさんってことよね……』と少しだけヘコんでいた。主に私が。マリアーネは、まだおばさんとしては未熟ってことなのだろう。ちくしょうめー!
とはいえ、今の私は15歳。なので可愛い天使を膝にのせて、愛でる一人の乙女なのよ。
アイスを食したことで、わずかにあった緊張感もほとんど消えた感じがする。そのためか、初めてティアナのお父さんから、話しかけられた。
「あ、あの。皆さんが今日こちらにこられたのは、何か理由がお有りなのでしょうか?」
「理由……というほどの事はありません。先程のアイスを、ティアナの家族に振舞ってみたいのと、ただ私達はお互いの家にてお泊り会をしてますので、今回はこちら──ティアナの家にお邪魔を致しました。できたらでかまいませんが、本日私達が泊まることは可能でしょうか?」
「は、はい。それは構いませんが……その、貴族のご令嬢を、こんな家にお泊めするのは……」
少し困った顔をしながら、隣の妻を見る。同じように少し困惑して、頷いている。
「大丈夫ですよ。それに家もとても綺麗にされてますし、これで文句を言うのはお門違いですわ」
「そうです。それに私達、普段とは違う所に来ているのでとても楽しいのです」
「レミリアだけでなく、私達にも気兼ねなく接してくださいね」
「……わかりました。それでは狭い家ですが、歓迎致します」
そう言って頭をさげる両親。私達が泊まっていくと聞き、ティアナの弟妹たちも嬉しそうだ。
膝にすわっていたノルアちゃんも、じっとこちらを見ている。笑顔で「よろしくね」と言うと「はいっ」と元気よくおもいっきり抱きつかれた。うん、すっごい懐かれたわ。
それから暫し歓談の時間となった。その中で私やマリアーネが、前世の知識等で作り出し広めた物などの話になった。そして今や皆が当たり前に使っている簡易冷蔵庫が、私の発明だと知るとティアナのお父様に思いっきり感謝された。細かいことを言えば私の前世知識からの再現物だが、この世界にはなかった物なので私の発明ということになるのだろう。
そんな簡易冷蔵庫だが、ティアナの家はここいらでも大きな農家であり、米などの穀物なら長期保存は容易だが、野菜などは一部を除いて保存期間を伸ばすのは難しい。そんな中、容器と砂と水で作れる簡易冷蔵庫は、農家にとっては本当に有りがたいものだったとか。
なので本当に感謝していると、また何度も頭を下げられた。ちょっと照れくさいのもあり私は、
「いえ、私も新鮮な野菜は大好きなので……だから、自分のために作ったような側面もありますから」
「おお、レミリア様は野菜はお好きなのですか?」
おっと、私が野菜が好きだという話にかわったぞ。それに私が野菜好きなのは本当だ。それが高じて、ドレッシングだのマヨネーズだのを作ったほどだし。
「はい、大好きです。採れたて新鮮野菜の瑞々しさは、他に変えられませんからね」
「おおおっ! そうなんですよ! 貴族の方にそのよさがわかるお方がおられるとは!」
おおっと、ティアナのお父さんことダインさん。なんか野菜の話になったら急にテンションあがったけど……。
少しおどろいてる私に、ティアナがこそっと教えてくれる。
「すみませんレミリア様。お父さん、野菜作りには並々ならぬ情熱を持っておりまして……。なのでレミリア様の発明である冷蔵庫、あれにはとても感謝してるんです」
「ああ、そういう事なのね……」
驚きはしたけど納得もする。そういったこだわりの意志こそが、物事を前に推し進める原動力になっていくものだから。この家が他所の農家よりも大きいのは、そういった部分が多々あるのかもしれない。
「そうだ! もしよろしければ、今から野菜を収穫しに行きませんか?」
「あなた、流石にそれは皆さんにご迷惑では──」
「行きます、行きたいです!」
ダインさんの申し出に、妻のメーリアさんが嗜めるが、私は全力でその話に乗っかる。そのままマリアーネ達を見るが「行く行く!」「おもしろそうです」と皆乗り気。
かくして私達は、ダインさんに連れられて野菜畑へ。この時期だと、日本ならキャベツか豆類かなぁと思っている間に到着。そんな私達の前に瑞々しく生っている野菜。
「……キュウリ?」
見た目も何もかもキュウリである。確かにキュウリも、早ければ初夏あたりに収穫可能か。にしても、このキュウリ……。
「立派ですね。すごく青々としているのに、瑞々しい感じがします」
「そうでしょう、そうでしょう! 家の自慢のキュウリなんですよ! よかったら今食べてみますか?」
「いいんですか!? 是非っ!」
嬉しそうに語るダインさん。農家の人って寡黙なイメージあったから、その部分だけは驚いてしまう。だが今回は私もそのノリで返事をする。新鮮野菜っておいしいのよねぇ。
「どうぞお好きなのを…………ああ、いいですね。それはオススメです」
「わかりました。ではこれを──」
私の選んだキュウリを、ダインさんがハサミで切り離してくれる。そして手に乗る重さは、見た目よりもずしりときて、中の瑞々しさが既に実感できるほどだ。ミシェッタが塗れた布で、キュウリの表面をささっとふき取ってくれる。うん、これで準備は完了だ。
「では、いただきますね」
「あ、レミリア様。今切りますので……」
「何言ってるのよ。キュウリの一番美味しい食べ方はね……こうよっ!」
そう言って手にしたキュウリのてっぺんにかぶりつく。驚きの声が上がる中、
「おお! 流石です!」
「やっぱりね」
ダインさんとマリアーネだけが、感心したような声をあげる。
「キュウリはね、切ったりせずにかぶりつくのが一番なのよ。いい? ここは社交の場でもなければ、お堅い貴族の屋敷でもないの。“郷に入れば郷に従え”って言葉があってね、その場に合った立ち居振る舞いをなさいって事よ」
そんな私の言葉に、フレイヤも意を決してかぶりつく。
「あ……美味しいです。それに、こんなにも野菜の味が口に広がって……」
「でしょ? 上品に切ったりすると、この感触は味わえないわよ」
「じゃあ私も。…………うん、野菜かじるなんて久しぶりねぇ~」
そしてマリアーネも食するが、彼女はやはり前世経験があるのだろう。ものすごく自然にパクリとかぶりついている。
「………………」
「あら? ノルアちゃん、どうしたの?」
ふとこちらを見上げているノルアちゃんと目が合う。だが、先程のようなキラキラした目ではなく、どこか戸惑っているような……えっ!? もしかして、野菜まるかじりに引かれた!?
「あー……多分ノルアはまだ野菜があまり好きじゃないから、笑顔で食べてるレミリア様に戸惑っているんだと思います」
私の動揺に気付いたのかティアナがそう教えてくれた。私は地面にしゃがんで、ノルアちゃんと視線を合わせる。
「野菜、嫌いなの?」
「…………うん」
うはっ、かわいい! でも今それを喜んでる時じゃないわね。
確かに子供って野菜は嫌いな子多いわよね。大人になったら、自然とそういうのって直る傾向にあるけど、今ここでこんなに美味しい野菜が食べれないのは勿体ないわ。………あ、そうだ!
「ミシェッタ!」
「はい、コレですね」
私が呼ぶと、すぐに蓋の閉じた小瓶を手渡された。さすがミシェッタ、ばっちりよ!
蓋を開け、手にしたキュウリのかじってない方を瓶につける。するとキュウリの先に、白いものが付着している。これは……そう、マヨネーズだ。
「ノルアちゃん。ちょっとだけ、食べてみない?」
「…………うん」
じっと見つめてお願いすると、小さくこくんと頷いてくれた。そしてそっとキュウリのさきっぽをかじる音が響く。コリ、コリ、コリ……とてもかわいらしい音が小気味好くなる。
「…………!?」
そしてノルアちゃんの表情が驚きに染まり……ごくんと飲み込む音がした。
「おいしいっ!」
「「「「おおお~っ!?」」」」
その様子を見ていたティアナの家族が、全員驚きの声をあげる。きけばノルアちゃんは野菜がかなり苦手で、嘘であっても野菜を美味しいと言ったことがないとか。
だが、今ノルアちゃんは本当に美味しいと思ったらしい。続けてまたキュウリにかじりついて、さっきよりも大きくかじりとっていく。それをまた美味しそうに食べたので、私もマヨネーズをつけなおしてあげる。そしてまた~の繰り返しだ。結局それは、キュウリを食べ終わるまで続いた。
「美味しかったでしょ?」
「はいっ!」
嬉しそうに返事をして、わっと抱きついてくるノルアちゃん。そして他の人たちも、いつしかマヨネーズをつけてキュウリを食べることに夢中になっていた。
そっか、やはりみんなハマっちゃったか。後でメーリアさんに、マヨネーズのレシピを教えておかないとね。そうじゃないと大変な事になりそうだし。