071.悪役令嬢と農家宅訪問
学園に入学して二ヶ月ほど経過した。前世の日本で言えば六月……梅雨の季節だろうか。あ、でも私が子供の頃はそうだったけど、大人になった頃は梅雨の時期って七月の方が多かった気がするわね。
などと考えながら、私は自室でお風呂上りのミルクティーを頂いている。同室のティアナは無論、マリアーネとフレイヤも一緒に飲んでいるのだ。皆就眠前のミルクティーをするようになって、目覚めがよくなったという。その辺りは前世で得た知識なのよね。
まぁそんなワケで私達は、いつものようにお休み前のティータイムを満喫中。この時間は、さすがのおしゃべり大好き女子軍も、まったりとした時を過ごす事が多い。
だが、今日は私がその静寂をちょっとだけ破ることに。
「……そろそろ、いい頃合だと思うのよね」
「「「?」」」
私の発言がよくわからなかった三人は、頭上に疑問符を浮かべてこっちを見る。その視線をうけた私は、じっとティアナの方を見ると、マリアーネとフレイヤの視線もつられてそっちへ。
「えっ!? わ、私が何でしょうか!?」
突然話題の中心にひきあげられて戸惑うティアナ。うんうん、なんかこの子の慌てる顔ってそそられるのよねぇ……って、これじゃアブナイ悪人みたいじゃない私。あくまで私は悪役令嬢なの!
気を取り直して、発言の続きを述べることにする。
「以前に言ったでしょ? 今度はティアナの家に遊びに行かせてもらうって」
「ああ、言ってたわね!」
「いいですわね」
「ええええ~っ!? わ、私の家ですかぁああああ!?」
思わず立ち上がって声をあげてしまうティアナ。こら、たとえ寮とはいえもう夜ですわよ。あまり騒がしくしないのっ。
「何故驚くのかしら? 以前そうお伝えして了承頂けたではありませんか」
「そ、そうですけど、でも私の家って……只の農家ですよ?」
「ええ、そうですわね。楽しみですわ」
別に農家にすごい物を期待しているわけじゃない。寧ろこの世界のこの時代、どんな農業文化なのかって事の意味合いで興味がある。ここには農業用トラクターとか無いんだから、どうなってるのかなーとか。
「楽しみって……何もないですよ?」
「貴女にとって『何もない』であっても、私達にとっては十分『何か』はあるのよ」
別に気取って「“何もない”があるじゃないの」とか言ってるのではない。都会には都会に、田舎には田舎にしかない物ってのがある。それと同じという意味である。
だが、中々素直に頷いてはくれない。ふむ……こうなったら仕方ない、ちょっとズルいけど。
「それに、これも以前お話したでしょ? 貴女の弟妹に、特製スイーツ『アイスクリーム』をご馳走してあげたいと」
「あ……そ、それは……」
途端に弱気になるティアナ。以前その話をした後日、学園に言ってる間にミシェッタに作ってもらい、帰宅後に一緒に食べたことがあるのだ。その時のティアナの顔ったらもう、無邪気な喜びに満ち溢れていたわね。
そんな幸せを感じたアイスクリームを、大切な弟妹に食べさせてあげたいと思うのは必然で。
「そんな訳ですから、よろしいかしらティアナ」
「……はい。お待ちしております」
がっくりとうなだれるように頷くティアナ。なによ、本当に私悪役みたいじゃないの。幸いにもマリアーネとフレイヤは、私をみてくすくす笑ってくれてるから救われますけど。っていうか、二人も説得を手伝ってくれてもよかったですのに。
──そして、いよいよティアナの家へ遊びに行く日。
既にお土産として持って行くアイスは用意してある。私がよく使う簡易冷蔵庫と、塩をふりかけた氷をつかって内部温度を冷凍庫並みに下げた、いわゆるお手製クーラーボックスにしまってある。ちなみに味はバニラのみ。バリエーションを増やすと、個々の溶けやすい温度など細かい違いが出てしまうからだ。色んな味のアイスは、もっと冷凍庫技術が発達してからね。
そんな感じでお土産のアイスは準備完了。それを大事そうに抱えて馬車へ運ぶティアナ。その表情はやっぱり嬉しそう。
今回の馬車は、私とティアナで一台だが、マリアーネとフレイヤはそれぞれで一台の、全部で合計三台となっている。というのも、流石にティアナの家に友人三人とそのメイド三人、合計六人が泊まるのは無理だろうという判断だ。たとえ場所があっても寝具が無いだろうし。なので、メイドたち三人は馬車で寝ることが決定だが、場合によっては私達も馬車での就眠になる。それもまあ経験だし面白いのだが、出来たらティアナの家で寝てみたいって気持ちもあるんだよね。その辺りは行ってみてからの判断かな。
こうして、私達は一路ティアナの家へ向かい出発したのだった。
馬車は最初、街の方へと向かい進んでいった。だがある程度行くと少しわき道にそれ、そのまま田畑の広がる農村地を進んでいく。こんな所の道は大丈夫なのかしら……と少し心配になったが、どうやら特に問題なく走れているようだ。
「思っていたよりも道が普通に進めるのね。もっと馬車の通行が困難な道かと思ってたわ」
そんな疑問を口にすると、それに対する答えをティアナが教えてくれた。この道が整備されてないと、農家が国と作物のやり取りが出来なくなってしまうそうだ。言われてみればごもっとも。何よりこの道を一番使うのって、その人達なんだもんね。
しかしまあ窓から見える外の風景は、どこか田舎の農村だといわれても不思議の無い光景だ。特にこの辺りは水田が多く、なんら日本の田園地帯と変わらぬ光景が広がっている。
「……これだけ田んぼが広いと、収穫は大変でしょうね」
「ええ、それはもう家族総出どころか地域全員での大作業です。レミリア様って貴族なのに、よく農家の事とか知ってますね」
「ま、まあね。私やマリアーネはお父様が領主ですし、領民の事を広く知らないといけませんから」
前世知識でも「なんとなく」しか知らないが、それでも普通の貴族よりは知っている事になるのだろう。時期的にそろそろ田植えの季節だろうし、遊びに行くタイミングとしてはここしかなかったかも。
まだ苗の植えてない水田は、風を受けて水面に細かな波紋が広がる。収穫の時期には、この辺り一面が稲穂で埋まるのね……なんて考えてると、
「見えました! あれが私の家ですっ」
「どれどれ……あら、結構大きな建物じゃないの」
「あ、いえ、その……あの建物の半分は器具や穀物用の倉庫で、実際はそれほど……」
「それでも十分大きいじゃない。もしかしてティアナの家って、この辺りじゃかなり大きな農家なんじゃないの?」
私の疑問にティアナは、少しだけ困った顔をした後「はい」と返事をする。この子は自分で自慢みたいなこと言わないし、きっと家のことも「両親が」「家族が」とか思っているんだろう。
そんなティアナの実家に、ようやく到着した。といっても同じ領内だし、なんだかんだとおしゃべりしてたからちょっとした遠足くらいの気分だ。
「で、では家族を呼んできますので、少々お待ちください!」
そう行って慌てて家に駆け込んでいってしまった。ティアナが家族を連れてくる間に、私達も馬車を降りて玄関の前で待つ。暫くすると、ティアナが少し息を切らせて戻ってきた。その後ろに恐縮したような態度の人物が付いてくる。
「み、皆さん、お待たせいたしました。こちらが私の両親です」
「ティアナの父、ダインです」
「母のメーリアです」
ティアナの両親が、自己紹介をして頭を下げる。それを受け、私達も自己紹介をする。こちらとしては目上の方々に対して丁寧に接しようとするのだが、やはりこの世界での身分差というのは大きいようで、お二人ともとても緊張しているのがばっちり伝わってくる。
なので、予めそうなる事を見越して家についたらティアナに動いてもらうように言っておいた。
「えっと、とりあえずこんな場所じゃなく、一度中に皆さん入ってください」
「お、おいティアナ」
「大丈夫だよお父さん。皆さんとってもいい人たちばかりだから」
「そ、そうか……? それなら、すみません汚いところですが、中へどうぞ」
ティアナと両親の了承を得て、家の中へ入ってみる。我が家やサムスベルク家のような玄関ホールはないが、入り口付近がそこそこ広くなっている。これは家が農家なので、泥汚れなどをここで綺麗にして奥へ進むための場所らしい。他の農家にはあまりこういう造りはなく、ティアナの家がそこそこの大農家だという事を表しているのだろう。
興味深そうにまわりを眺めながら進むと、テーブルとイスのある空間に案内された。ここが多分食事などをする一家の集まる場所で、リビングとかそういう役目をしてる場所なのだろう。
「あの、レミリア様、マリアーネ様、フレイヤ様はこちらの椅子にどうぞ」
ティアナに促されて、テーブルに向かっている椅子に腰を下ろす。他にも丸太を切った椅子もあり、そちらに専属メイド達をすすめたが、案の定彼女達は「いえ、仕事ですので」と座らなかった。ティアナもそれをわかっていて一応言っただけなので、すぐに受け入れる。そして家の奥をみながら、
「後は……あ、いたいた。皆、こっちに来て挨拶しなさい」
そう言われて家の奥から二人の男の子が顔を出す。年齢は私達よりも下のようで、おそらくティアナの弟たちだろう。
「……タリック、です」
「フーリオ……です」
座っている私達の前に来て、少し緊張した声をにじませて挨拶をしてくれる。その様子がどうにも可愛く感じて、思わずなでたくなるがその前にと立ち上がる。
「レミリアです。どうぞよろしくね」
カーテシーではなく、軽く腰をかがめて視線を低くして挨拶を述べる。貴族同士の固い挨拶より、子供達とかわす言葉はこういう方がいいと思って。
私の様子を見て、マリアーネとフレイヤも同じように自己紹介を述べる。そんな私達をみて、二人の弟さんたちは顔を赤くしてしまった。あら可愛いわ、ふふふ。
そんな感想を抱いていると、家の奥からさらにもう一人の視線を感じた。そちらを見ると、これまたかわいい女の子だが、その髪の毛はなんとピンク色。どこからどう見ても、ティアナの妹さんね。
せっかくだからと、私はドレスのすそが汚れるのも気にせず膝立ちになる。誰かが「あっ」と声をあげるが、そんなものは気にしない。
「はじめまして、レミリアです。お名前、教えてくれますか?」
そっと両手を開いて、その子に呼びかける。名前は以前ティアナから聞いているが、ちゃんと本人から聞きたいと思ったからだ。
私の方をちらりと見て、次に視線をティアナに向ける。ティアナがこくんと頷くと、その女の子はパアッとまばゆい笑顔になり、とてとてと私の前にきてくれた。
「ノ、ノルアです。はじめまして、せいじょさま」
「ふふっ、はじめまして。よろしくね」
もじもじと名前を教えてくれたノルアちゃんが、すごく可愛らしい。なので思わず手がそっと頭をなでてしまう。その行為に一瞬ビクっとされるも、こちらを見る視線に微笑んであげると、顔には満開の華が咲くように輝き、
「せいじょさまっ!」
「わっ!? え、え、えっ!?」
がしっと思いっきり抱きつかれた。いきなりのことで驚いたけど、抱きついたまま見上げるノルアちゃんを見て、私の中の淑女モードがいっきに霧散する。
「かわいいーっ! よし、今日からノルアちゃんは私の妹に──」
「それはダメですーっ!」
「あいたぁーっ!?」
ティアナのツッコミセリフと共に、軽く暴走した私の頭はペシンとはじき叩かれた。誰よっ!? と、思わず振り返ると、思いっきり手を振りぬいたティアナがそこに居た。だがその顔は、みるみる青ざめていく。そしてあまりの事に凍りつく室内から──一転して、慌しく頭を下げるティアナとご両親。
あー……っと、ごめんなさい。今のは完全に私が悪いです。
そこから暫くの間、とにかく謝罪する私の姿がそこにあった。
平民に頭を叩かれた挙句、その平民に謝罪する聖女なんて、後にも先にも私くらいだろうなぁ……。