007.姉妹仲が良好って本当ですか?
司祭様から、私は『常闇の聖女』、マリアーネは『栄光の聖女』であると言われた。そして光と闇は反するものではなく、対なるものであるとも。
そう伝えて微笑まれた神官様を見て、私とマリアーネは無意識にそっと手を繋いだ。それが何故だか、とても優しい気持ちに満たされた。
そんな感情に少しばかりの戸惑いを覚えていたら司祭様が、
「皆様申し訳ありませんが少しの間、私と聖女の資質を持つお二方の三人だけにしていただけないでしょうか?」
と、少しばかり神妙な顔つきをしてそう言った。
「それは、聖女に関する重要な話──という事でしょうか?」
「はい」
お父様の質問を肯定する司祭様。お兄様とお母様が少し迷ったそぶりを見せるも、お父様が了承したため皆一度部屋を出て行ってしまう。もちろん私達の専属であるメイド姉妹も外へ。とたんに部屋の中が三人だけになってしまった。
さぁどんな話をするのかしら……と、わずかに気持ちをひきしめたのだが。
「ごめんなさいね、少しばかり深刻そうな雰囲気にさせてしまって。でも安心して下さい。聖女に関しての話をするのは本当ですが、何よりあなた方お二人とお話がしたかった為の処置なんです」
「……そうですか。わかりました、お手数をおかけします」
「お、おかけしますっ」
返事を返す私達を見て、神官様は先ほどと同じようにまた微笑む。
「あなた方お二人は、本当に仲が良いですね」
「はい! 私はレミリア姉さまが大好きです!」
「ふふっ、そうね。私もマリアーネが大好きよ」
「……本当に、よかったですわ」
私達の言葉に、司祭様は何故か安堵の表情を浮かべた。確かに仲が悪いよりも良いほうがいいが、今の安堵の息はそんな感じではなかった気がする。
そんな疑問をマリアーネも感じたのか、私の方をじっと見ている。ならばその事を聞いてみようか……と思ったのだが。
「光の聖女と闇の聖女……。この二つは表裏一体で対となっているという話は先ほど致しました」
「……はい」
「その対となる存在として、あなた方二人は共に信頼しあう良い関係のようです。ですが、必ずしもそうではなかった可能性もあったのです」
その言葉に私は驚き、無意識に繋いだ手を少し強く握る。同時に向こうからも強く握られた感触が伝わってくる。
「それはつまり、私とマリアーネが不仲……あまり好ましくない関係になったかもしれない、という事でしょうか?」
「……はい。その通りです」
司祭様は少し溜息をついた後、肯定した。
私とマリアーネが、信頼を持たない……つまり険悪になった可能性があったと? 少々動揺してしまい言葉を発せないでいると、
「最初から説明致します──」
そう言って司祭様が話した内容から、私はここ数日の出来事を考察した。
光と闇の聖女は、お互いに反発する力と引きあう力を有している。それが何かのきっかけで出会ったりしたとき、両者が光の聖女と闇の聖女としての資質が芽生えるそうだ。ただ、その時両者がお互いをどう思っているかでその性質が大きく変わってしまうらしい。
例えば今回の私達。養女としてやってきたマリアーネは、記憶を呼び戻したばかりで行先不安な人生を歩み始めるところで、同じように転生した私と出会った。そのため刷り込みではないが、嫌悪の感情は一切なく純粋に私に寄り添いたいという気持ちでいっぱいだった。一方私の方は、突如現れたヒロインが自分に頼ってくる姿を見て、庇護欲をうけたように優しく迎え入れた。結果、私とマリアーネはお互いを信頼しうる仲となった。
だが、もし違う可能性に進んでいたらどうなっただろうか。その答えは……そう、『リワインド・ダイアリー』のヒロインと悪役令嬢のようになるのだ。互いの信頼を得られず、何事に置いても反してしまう存在となる二人──それがゲームでの私達だった。ゲームの裏設定にそんな話があるとは聞いたことがないが、もしもあるならばそういう経緯だったのだろうと妙に納得してしまう。
要するに、私とマリアーネは良い出会いの縁を結べ、その結果今のような関係になれたということだ。ただ、そうなると一つだけ気になってしまうことがあった。
今の私のマリアーネの親しさや愛おしさは、『聖女』という枠にあてはめられた故に与えられたものなのではという事だ。この気持ちが自身のものではなく、役割を演じる為に作られた感情なのか……そう考えると少しだけ寂しい。その事を、すこし勇気をだして司祭様に話してみた。
「──なるほど。レミリア様はそう思われたのですね? マリアーネ様もですか?」
「……はい。私のこの気持ちに嘘はありません。ですが……」
握った手がまた少しぎゅっと握られた。その手に私はそっともう片方の手を乗せて包み込む。それに気付いたマリアーネは顔をあげ、同じように両手で私の手を握ってくれた。
「お二人とも安心して下さい。その互いを思いやる気持ちは本物です。確かに対となる聖女は惹かれあいますが、そこには確固たる信頼があってこそ初めて成り立つものです。ですから、例えお二人が聖女でなくとも今のような信頼を得た仲になれました。ただ、お二人がただの聖女ではなく『常闇の聖女』と『栄光の聖女』であったため、少しだけ仲良くなる手順が前倒しされたようにも見受けられます」
そう言ってくすりと笑みを零す司祭様。
一方私達はその言葉に安堵していた。今感じてるこの感情が、作られたり与えられたものではなく、自分から生み出たものであると言う事に。そして、それがマリアーネも同じであると言う事も。
「よかったわね、マリアーネ」
「はいっ、レミリア姉さまもですね」
もう一度繋いだ手を強く握った。先程よりも力も気持ちも籠っているのに、なぜだかとても穏やかなつながりに感じた。
部屋を出ると、ドアの向かい側にミシェッタとリメッタが待っていた。そうやら私達が出てくるまで、ずっと待機してくれていたようだ。こちらを見て静かに頭を下げる。
「お待たせ二人とも。お父様達は?」
「皆様は講堂にいらっしゃいます。護衛も同行しておりますのでご安心を」
「わかったわ、では行きましょう」
「はい!」
私の言葉に元気よく返事をするマリアーネ。その手は繋いだままである。部屋を出る時繋いでる手に気付いたのだが、なんとなく離すのが寂しい気がしてそのまま出てきてしまった。メイド姉妹もそれを見て、一瞬だけ驚いていたようだが。
講堂へ行くと、両親とお兄様が待ってくれていた。だけど折角来たし、何より『聖女』の資質がある等言われてしまったので、まずはマリアーネと二人でお祈りをした。さすがにお祈りをするので、手は離してしまったけど。
「フォルトラン侯爵様、少しよろしいでしょうか?」
話ができる状態になるのを見計らって、司祭様が声をかける。ふと見れば、今日は講堂にどなたもいない。おそらく私達が訪問してくることを知って、あえて人払いをしているのだろう。
「この度、お二方に聖女の資質があるという判断が下りました。その事に関して、陛下にご報告を致したいと思います」
その言葉に私とマリアーネが「!」となる。陛下というのは国王様のことで、当然その内容は王家の者には伝わるであろう。そうなると、一生懸命関わり合いを持たないようにと考えていた王子達との邂逅に繋がる可能性が高くなってしまう。15歳となり魔法学園に入学する時はさすがに仕方ないが、今この時期に関係性ができるのは出来ればさけたい。
「あ、あの司祭様。私達はまだその……」
「大丈夫ですよ。報告は致しますが、本来であればまだ聖女として資質を自覚してない時期です。たとえ陛下であったも不用意に聖女に接することのないように申し出致しますから」
「そうですか……ご配慮、痛み入ります」
司祭様の言葉にほっとする私とマリアーネ。そんな二人をやさしく司祭様は見てくれる。きっとこれからも、色々な事を教えてもらうことになるだろう。そう思って私は、改めて頭を下げたのだった。
家に帰ると、私もマリアーネもすぐに部屋に戻る。身体的にも精神的にも、色々と疲れる一日だった。
外出用ドレスを脱ぎ、部屋着でベッドに寝転がっている姿は淑女としてはどうだろうか。でもまあ、今日はそんな気分だった。そう思っているとドアがノックされる音がした。
「は、はいっ。誰ですか?」
「レミリア姉さま、マリアーネです」
慌てて起き上がり問いかけると、訪問者はマリアーネだ。私はほっとした声で入室を促す。
すると彼女も部屋着姿だった。そしてそのまま、私のベッドにあがり隣に座る。
「今日はつかれましたね」
「本当にね。でも、色々と知れて良かったと思える一日だったわ」
「ですね! ……まだちょっと明るいですけど」
そう言われて外を見るも、太陽が出ておりまだ明るい。寝るにはまったくもって早すぎる時間なのだが……
「えいっ」
「わわっ!?」
マリアーネをぎゅっと抱きしめてベッドに寝転ぶ。突然のことにマリアーネは驚くも、すぐに笑みを浮かべてこっちを見る。
「びっくりしました~。まさかレミリア姉さまからこんなことをするなんて」
「そうね、私もびっくりしたわ。でもマリアーネともっと仲良くしたかったから」
「えへへ。私ももっと仲良くしたいです」
そういって体をこっちに向けてぎゅっと抱き付いてくる。お互い薄い部屋着のみだから、普段よりも身体の密着度が高い気がする。それに夜寝ている時も、こんな風に抱き付いたりはしていなかった。
でも、だからこそ気付く事があるようで。
「……レミリア姉さまって、胸……大きいですよね?」
「そ、そうかしら? 別にそんなこと無いと思うわよ」
「いいえ大きいです。……もしかして、前世でも大きかったですか? だからですか? だから私は──」
「お休みなさいマリアーネ」
「あっ! ちょ、レミリア姉さまっ、寝ないでください!」
「……ぐうぐう」
「寝てる人はそんな寝言言いません! レミリア姉さま!」
ベッドで横になる私の身体をぐわんぐわん揺らしてくるこの妹が、なぜか無性に愛おしく感じた。そしてそれが自分から生まれた感情だということに、また気持ちが穏やかになっていくのを感じた。
「ねえってば、レミリア姉さまぁ~!」
……ちょっと元気すぎるけどね。あ、こら。揉むんじゃないのッ。