069.悪役令嬢とプチ生徒会活動
翌日の昼休み、いつものように生徒会室で昼食をとっていた時の事だ。
特に急を要する案件もなく、本日も放課後の活動はなしという話となり、楽しく昼食を頂いた。そして全員が食べ終わり、あとは午後授業の予鈴まで他愛の無い会話でも……という時。
「レミリア、少し……いいか?」
「はい、なんでしょうお兄様」
どこか少し改まった様子のお兄様に声をかけられた。その様子が、どこか緊張を含んでいるように見えて不思議だなと思った。だが次の言葉で、そんな暢気な感想は霧散する。
「昨日の放課後、お前とヴァニエール先生が人気の無い場所で逢引をしていたという噂が流れているのだが」
「……………………は?」
お兄様の言葉に、私の動きが停止する。だがその実、思考はぐるぐる回り廻っていた。
私とヴァニエール先生が逢引? っていうかこの世界に逢引って言葉あるのか。いや今注目すべきはそこじゃない。人気の無い場所でって、おそらく昨日の校舎裏にある花壇のことよね? 誰か見ていたってとかしら? それなら出てきて手伝ってくれてもいいじゃないのよ! 違う違う、だから問題はそういう事じゃないんだってば。まずはこの場にいる人の誤解を解かねば。
そんな事を考えて硬直している私を見て、アライル殿下が落ち着いた態度で軽くため息をつく。
「……レミリアの反応を見るに、どうやら根も葉もない噂話のようですね」
「いえ、確かに昨日の放課後、ヴァニエール先生と一緒でしたよ?」
「はあああっ!? レ、レミリア、それはどういう……!」
一転、ものすごい形相で声を荒げてきた。うん、ちょっと要点を端折りすぎたかしら。声こそあげなかったが、クライム様もなかなか見れない驚き顔を披露してくれている。
ちなみにマリアーネとフレイヤには、既に昨日中に話をしているので、むしろ慌てている男性陣をちょっと面白そうに眺めている。ああ、フレイヤが少しずつ悪い子になっている気がしないでもない……。
とはいえ、いつまでも面白がっているわけにもいかない。私は昨日の事のあらましを、時々ティアナからの発言も交えて説明をした。最初は探るような目で話を聞いていたアライル殿下とクライム様も、説明が終わる頃にはいつもの表情に戻られていた。
「つまりレミリアは、ヴァニエール先生に特別な感情は抱いてない……それで間違いないか?」
念を押すように聞いてくるお兄様の言葉に、少しだけ考えて返事をする。
「特別な感情というのが、男女の恋愛に関する機微を示すのであれば、私は抱いておりません。ですが、ヴァニエール先生は二種類の属性魔法を操り、非常に優秀な成績で魔法学園を卒業したとお聞きしております。なので、尊敬の念は抱いております」
「そうか。それならかまわない」
納得するお兄様の脇、アライル殿下とクライム様が安堵の息を漏らす。本当の事を言えば、この世界の人にはなかなか説明しにくい“推し”という概念での愛着はある。だが、これもまあ恋愛感情とは違うので、わざわざ言及されるネタを放出する必要もない。
しかし、そんな噂が流れてるのか。ヴァニエール先生にも迷惑かけちゃったかもしれないわね。もしかして、職員間でも取り沙汰されてたりするのかしら。そう思ったら表情がこわばってしまった。そんな私を見て、アーネスト殿下が声をかけてくる。
「レミリア嬢、もしかしてヴァニエール先生への迷惑を考えているのかな?」
「は、はい、その通りです。もし教職員間でこの話が問題になったりしたらと思うと……」
「……そうだな、わかった。私の方から先生方に説明をしておこう」
「そ、それは…………いえ、お願い致します」
一瞬そんな事をさせるのはと思ったが、生徒会長であるアーネスト殿下が説明をされるほうが確実に収まるだろう。下手に私が出ていくより、よほど迅速に解決だ。そう思うと心苦しいが、私は素直にその言葉に甘えることにした。お世話になります。
あと、今日の放課後に花壇にてフレイヤの水魔法を使わせてもらえるか相談をした。基本的に生徒は、学内で勝手に魔法を使用することを禁じられている。だが予め申請をして、きちんと監視できる人物立会いでならば使用が許可されている。幸いにも、ここには生徒会長や副会長がいる。私達も生徒会ではあるが、入ったばかりの一年生にはさすがに立会人たる資格はまだ無いからね。
その話を聞いていたクライム様が、何か思いついたように会長に声をかける。
「会長。その立会人は私でよろしいですか?」
「……もちろんかまわない。ただ、なぜ名乗り出たのか理由を教えてくれるか?」
少し驚いた様子のアーネスト殿下は、すぐにいつもの表情に戻り理由を問いかける。それを受けたクライム様は、まずフレイヤを見て次に視線をティアナに向ける。
「水魔法を使用するのが妹というのが一番の理由ですが、先程の花壇の手入れ話を聞きながら、少しティアナ嬢の魔法を活用してみたいと思いまして」
「ええ!? わ、私のですかっ!?」
驚いて思わず立ち上がってしまうティアナ。反動で後ろにすっころんだ椅子に自分で驚き、あわあわと拾い起こしている姿はちょっとおもろい。自分の尻尾を延々おっかける犬みたいね。
ようやく戻した椅子に座り、恥ずかしそうにうつむくティアナへ暖かい視線がふりそそぐ。天然の癒し成分よね。
「了解した。本日放課後の校舎裏にある花壇にて、フレイヤ嬢とティアナ嬢の両名の魔法使用を申請しておくよ。俺なら先生方に口頭で伝えるだけで済むからな」
「お願い致します。私は立会いの責務をはたします」
「よろしくお願いします」
「え? あ、お願いします!」
クライム様の言葉につなげてフレイヤも頭をさげる。それを見てあわててティアナも頭を下げ、またしても周囲にどこか見守る系の優しい視線が漏れ出るのだった。
ちなみにこの後、教室へ戻りクラスメイトに噂話を聞いてみた。すると、確かにそういった話は流れているが、相手が私──聖女であるためか、変に騒ぎ立てることもなくそれほど大事にはなってないらしい。アーネスト殿下による先生への説明もあったおかげが、結局この噂話はこの後あっという間に収束してしまうのだった。
放課後になり、私達は校舎裏の花壇に来た。いまさらながら、何故こんなところに……と思ったが、この場所は意外と日当たりが良い。それに運動をする場が近くにないため、そういった騒乱の影響も及ばないのだろう。そういった事を吟味すれば、水場に遠いという事意外は良い環境なのかもしれない。
とりあえず私達は到着したが、まだクライム様達が来ていない。“達”というのは、お兄様も来ることになっているからだ。最初は「折角だから今回は、生徒会の特別活動にしないか?」というお兄様の発案によるものだが、両殿下は本日夜に公務がああるため来れないらしい。だがお兄様も居れば、もしまた誰かに見られても“生徒会活動”とみなされると。
このくらいの年齢だと、そういう事にも気を使わないとだめなのねぇ……そんな事をしみじみとかみ締めていると、お兄様たちがやってきた。
……? なんかその後ろに、こそっと付いてくる女子生徒が数人。なんだあれ?
「お待たせしたね。それじゃあ──」
「ちょっといいですか? あ、皆そのまま振り向いたりしないでね」
さっそくはじめようかとクライム様が言いそうなところ、割り込んで言葉を止める。
「お兄様達の後ろについてきてた女子生徒……あの方達は何ですか?」
「えっ」
私の言葉で思わず顔を向けそうになって慌てるティアナ。それ以外の人は、落ち着いたもので平然としている。
「あれは……何というか、つまりアレだ」
「ああ、お兄様方の追っかけですか」
「お、追っかけ?」
そのものズバリなぶっちゃけをするマリアーネの言葉に、聞きなれないフレイヤが聞き返す。
「要するにあの方々は、お兄様やクライム様のファンなのですわ。それで、お二人が連れ立って歩いているのを見て、どこへ行くのか好奇心を刺激されたのでしょう」
「そういう方がいらっしゃるのですねぇ」
妙な感心をするフレイヤだが、そんなのが見ているのはどうなんだとも思えてしまう。だが、お兄様達は慣れたものか平然とした様子で、
「気にせず花壇の作業を始めよう。そうすれば、お前達もいるから生徒会の活動だって思ってくれるだろう」
「……そうですね、わかりました」
確かにそうかもしれないわね。実際その通りなんだし。あー……もしかして、昨日もそんな感じでヴァニエール先生の追っかけでも居たのかしら。そんで私と二人でいる場面だけみて勘違いして……。流石に攻略対象キャラね、女子生徒からの注目度が半端ないわ。
でもまあ、今はまずこの花壇の整備をしないと。昨日あらかた土をほぐしておいたけど、水や肥料をちゃんとやっておかないとね。
む~っとうなって花壇を見ていると、皆が私を見ていることに気付いた。あれ? 私が指示を出すの? まぁ、きっかけはティアナだけど昨日の実作業を通してやったのは私だもんね。
「はい、では皆さんに作業の指示を致します」
一度手を打ち鳴らして姿勢を正す。
「まずはフレイヤ。あそこの用具棚にじょうろがありますので、それに水を貯めておいてください。また、傍にある桶は雨水貯水用だと思いますが、現在カラなのでそちらにもできればお願いします」
「はい。……あの、“じょうろ”って何ですか?」
うおっ、なんか久々にフレイヤが箱入りなお嬢様だって感じがした。うんうん、そういう所ずっと残しておいてね。
「じょうろってのはね……」
棚から現物をもってくる。ステンレス製のちょっぴり重厚そうなじょうろだ。って、本当に結構重いわね。
「この中に水を入れてこう傾けると、管の先にある小さい穴から水が細かく分かれて出てくるの。それを花壇の花や土にかけるのよ。水をコップとかでばしゃばしゃ撒くより、満遍なくできるでしょ?」
「はぁ~……」
私の説明に、フレイヤが興味津々でじょうろを見る。初めて見たというのもあって、興味津々なのだろう。私も子供の頃、じょうろで水を撒くのは結構楽しかった記憶があるし。
「ただ……このじょうろ、ちょっと重いのよね。なのでお兄様、同じ水属性持ちとして、フレイヤを手伝っていただけませんか?」
「ああ、かまわないぞ」
「えぇっ!? あ、あの、その……お願いします」
手にしたじょうろをお兄様に渡すと、フレイヤの視線もそちらに移動。そして、じょうろ、お兄様、じょうろ、お兄様と、視線を上下に動かし最後は赤面してしまった。一緒に何かをするって事に、どこか恥ずかしさを感じてるのかな。
ともあれこの二人はこれでヨシ。
「次はティアナとクライム様」
「は、はい!」
「はい、なんなりと」
緊張するティアナに対し、恭しく手を胸に添えて例をするクライム様。くっそ、ふざけてやってるのがわかるのに、すごく似合うのは攻略対象補正かっ。
「固まった土をほぐすついでに、ある程度土を掘り起こしておきました。あの土と棚にある肥料を混ぜていただけませんか? 本来であれば、先に土とまぜ元肥としたかったのですが、既に育ってしまっているので置肥的な使い方をしたいと思います」
「え? あ、あの……」
「わかりました! 大丈夫ですクライム様、私が説明して差し上げますから!」
私の言った単語がよくわからないのか、クライム様が困惑する。だが、逆にティアナは当然知っているらしく、生き生きと返事をした。普段教わるばかりだったのが、逆に教えることができたとウキウキしてるのがよくわかる。
ちなみにこの肥料の使い方は、昨日ヴァニエール先生に相談して教わった方法だ。せっかくなので、格好良く説明したくて単語まで教えてもらったのよ、ホホホ。
これでティアナとクライム様にも仕事を与えたわね。後は──
「レミリア姉さま、私達は何をしますの?」
「そうねぇ……私達は──」
じっと花壇を見る。
土は耕し、雑草は既に抜いた。後必要なのは肥料と水だが、花壇というならそれだけじゃダメだ。
「やはり見栄え良くしたいものですわね。間引く……というほどじゃないにしても、ちょっと花壇の花を整理しましょうか」
「わかりました。家にも花壇があったし、学校でも交代で世話してましたからちょっとはできますよ」
そう言ってマリアーネは、なんの衒いも無く土に触れる。ふふっ、今世の聖女はたくましいですわよ。