068.悪役令嬢ときっかけの花壇
新たな生徒会が発足して一週間ほど経過した。
加入した新規人材が全て1-Aという事で、何か言われるかと思ったがそんな事もなく。通常はAクラスから選出されるのが慣習のようで、先生方は無論生徒からも特に不平不満は出なかった。
というか、おそらくは出せなかった……が正解だろう。フレイヤとティアナはお手伝いポジションの庶務となっている。この二人も同じクラスだし、常日頃から私やマリアーネと一緒にいるから、その流れで手伝いを頼まれた……的な認識をされているっぽい。
そんな感じで生徒会役員に組み込まれてから、一週間ほどが経過した。
といっても今の所、何か大きな行事が差し迫っているわけでもなく、平時の生徒会業務はお昼休みに食事をしながらの業務連絡が主だった。
今日も放課後の業務はないため、ティアナはクライム様による魔法指導を受けに行った。マリアーネとフレイヤは、一緒に寮へ帰りましょうと誘ってくれたが、その時なぜか私は「ちょっと寄りたい所があるから」と断った。
これは別に嘘ではないが、正確には本当でもない。なんというか……ふと、この学園を一人で散策してみたくなったのだ。だから目的地はあるんだけど、目的はないという状態。気ままにふらふらしたかったので、申し訳ないが一人での行動にした。
それではどこへ行こうか……と考えたが、なんとなく先日行った人気の無い校舎裏へと足が向いた。そこは以前、ティアナが取り囲まれていじめをうけていた場所だ。さすがに今日は居ないだろうけど、何故かそこへ足を運んでしまったのだ。
だが、いざその場所へ行った私は驚いた。校舎の傍にて、こちらに背中を向けてうずくまっている人がいたからだ。しかもあれは……
「ティアナ!!」
「えっ…………レ、レミリア様!?」
呼びかけられた声に驚き振り返ったのは、やはりティアナであった。だがその表情は、純粋に驚いているだけだったので少しほっとした。
「ティアナ、あなたこんな所でどうしたのよ? クライム様の魔法指導は?」
「あ、はい。もちろんすぐ向かいます。でもその前に……」
そういってティアナが視線を前に戻す。そこには──
「……花壇?」
「はい。以前ここに花壇があるのを見まして……それを思い出してきて見たのです。でも、どうやら暫くの間お手入れがされてないみたいで……」
そう言われて花壇を見ると、確かに少し雑草が生えている。ここ最近が晴れ続きだったせいか、土も少し乾燥してひび割れている様子も見られる。
「それでティアナはどうにかしようと?」
「はい。家は農家ですから、種類は違いますが植物を育てる事に関しては多少の知識はあります」
そう言いながら、手にしたガーデンスコップで土を掘り返す。どこにあったのかと聞くと、花壇の脇にある棚に、ちょっとした園芸用具がいくつか入っていた。ここから見るに、スコップのほかにガーデンフォークや肥料っぽいものが見える。
「……どうやら、少し前まではどなたかがお世話をしていたようね」
「みたいです。おそらくその方は、卒業されてしまったのではないかと」
なるほど、それでここが放置されてしまったのか。植えられた花を傷つけぬよう、そっと土を掘り起こしているティアナの横にしゃがんで土を手に取る。掘り起こした土も、けっこうパサパサした感じがしており、水分不足がけっこう進んでいるような気がする。
「あ、あの、レミリア様……大丈夫なんですか?」
「何がですの?」
「いえその、レミリア様は土とかに触れるのは、平気なのですか?」
一瞬何を言われてるかと思ったが、自分が貴族令嬢でどういった風に見られていたのか思い出す。普通は自ら進んで土に触れたりしないだろうから。
「ええ、全然平気よ」
「そうなんですか……」
私の言葉に暫し唖然とするティアナ。だが、私にとって土に触れるくらい別になんてことない。多少土で手が汚れるだろうけど、それを嫌悪するほどの潔癖症でもないし。
「それよりティアナ。あなたクライム様を待たせているのでしょ? 今日はもういいから行きなさい」
「で、でも……」
「いいからそうなさい。とりあえず私が軽く土を掘り返しておくし、明日にはフレイヤもつれて土に水をまいてもらいましょう。彼女は魔法で水を作り出せるから、水場から遠いこの花壇にもしっかり水を与えられますわ」
それを聞き「あ……」という表情を浮かべるティアナ。やはり水をどうにかしないと、という事は思い当たっていたようだ。
「とりあえず今日の夜、二人にも話して手伝ってもらいましょう。いいから、ホラ! 行きなさい」
「は、はい。それでは、失礼します!」
まだ後ろ髪ひかれそうな感じだったが、さっさとする! と睨むと慌てて走っていった。クライム様との約束もあるが、彼女の性格上この花壇も放っておけなかったのだろう。
まぁいいわ。とりあえず花が生えてない部分の土を、ガーデンフォークで掘り起こしやすく耕しておきますか。ついでに雑草を抜いて、それから──
「レミリア嬢? 何をしておいでですか?」
「はひっ!?」
考え事をしていたら、突然背後から声をかけられて驚いた。なんとも間抜けな、貴族令嬢らしからぬ声を上げてしまい振り返る。
「ヴァ、ヴァニエール先生!? わっ、ご、ごきげんよう?」
「……ごきげんよう。それで何をなされているんですか?」
そういって私の手元を覗き込む。先程の私とティアナに良く似た構図だ。
「そ、そのですね、ここの花壇の手入れが少し行き届いてないようで……おそらくは卒業されてしまった方が、今までお世話をしていたんではないのかと」
「ふむ、なるほど……」
そう言ってヴァニエール先生は周囲を見渡し、私と同じように脇にある園芸用具棚に目がとまる。
「それで貴女が花壇を? しかし、よく気付きましたね」
「あ、実は最初はティアナがここにいたんです。ですが、彼女はクライム様からの魔法指導の約束がありましたので、そっちを優先しろと私が無理やり……」
「それで彼女の代わりに、貴女が花壇の世話……ですか」
「は、はい」
どう返事をしていいかわからず、曖昧な返事を返してしまう。
「それでレミリア嬢、この花壇をどうするつもりですか?」
「えっとですね……とりあえず、晴天続きで水分が不足しているため、土が乾燥して固くなっています。こうなると微生物も死滅しますし、何より植物が栄養を受け取れません。おまけに少ない栄養は、雑草が根こそぎ奪っていました。だからまずは土を細かくやわらかくし、次にあそこにある肥料と混ぜて撒きます。既に花が植わっていますので、それを阻害しないように上へ満遍なく敷き詰めるつもりです。後、明日にでもフレイヤを読んで水分補充もします。彼女の魔法なら水場に遠いこの場所でも十分な水が用意できますので。……そんなところです」
そう言ってヴァニエール先生を見ると、ひどく驚いた顔をこちらに向けていた。
「……驚きました。レミリア嬢は、どこでそのような知識を? まさかこれも聖女たる由縁か何かなのでしょうか?」
「あー…………そう、ですね。すみません、詳しくはいえません」
前世の知識です……とは、当然言えるわけがない。おまけに私の植物知識は、ちょっとだけ上乗せされてる。なにしろ母とおばあちゃんが、ガーデニングに凝っていたからだ。おまけで私も、何度か土いじりをさせられた。これが私が平気で土に触れる事ができる理由だ。
「……わかりました。では私もお手伝いしましょう」
「え? ど、どうして……」
「どうしても何も、貴女は私がどのような知識を持っているかご存知のはずでは?」
「え? ……ああ、そういえば……」
そういえば、ヴァニエール先生の前世は農民だった。ともすれば、植物の世話においては私よりも優秀ではないか。おそらくはティアナと同じで、自分の知識が役立つのならばという事なのだろう。
「わかりました。それではお願いします」
「はい、承りました」
そう言って先生は、ガーデンフォークを取ってくると耕しながら雑草を抜いていく。少し強く根付いた雑草も、さすが成人男性だけあってグイグイ引き抜いていく。当たり前だが、それらの手際も凄くいい。
その為、花壇の雑草は綺麗に抜き取られ、土もある程度は綺麗に耕されていた。今思えば、私ひとりじゃこの半分も終わらなかっただろう。
「ありがとうございました先生。おかげで予定していた作業がすっかり完了しましたわ」
「そうですか。お役に立ててなによりです」
笑顔で返事を返してくれたヴァニエール先生に、私は少しドキリとしてしまう。なんせ自分のイチ推しが、こんな間近で笑顔を見せてくれたのだから。
ゲームのイベントCGでも見たこと無い笑顔が、まっすぐに自分を見ていると思うと、何の言葉も発することができなくなってしまった。固まっている私をみて、ヴァニエール先生はふっと相貌を崩す。
「……どうやら私は、色々と貴女を誤解していたのかもしれません。これまでの事、謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
そう言って服が汚れる事もいとわず跪いて頭を下げられた。それを見て私は慌てて動き出す。
「そんな、頭を上げて下さい! これまでの事は、私の無神経な発言が招いた結果ですから! 頭を下げるべきは私であって、ヴァニエール先生ではございません!」
私も跪いて、目の前のヴァニエール先生の正面へ。下を向いていた先生の視界に、跪いた私が見えたのだろう。驚いて顔をあげ、こっちを向いてくれた。
そんな様子にどこか安堵してしまい、私もなんとなく表情を緩めてしまった。
それを見たヴァニエール先生は、すっと手を私の方に差し出した。
「……色々と誤解がありましたが、あらためてよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します」
さしだされた手をそっとにぎり、次にしっかりと握り返した。
そこに流れる、完全下校時刻の予鈴チャイム。それを聞いた私と先生は、何故か照れくさくなって手を解いた。
「……帰りましょうか」
「ええ、そうですね」
そしてもう一度挨拶をしてその場を後にして分かれた。途中でこちらに戻ってきたティアナと合流し、ちゃんと作業が終わったと伝えると酷く驚かれた。
私の様子から何かあったと気付いたようだが、彼女の性格上無理に聞いてこないのはありがたかった。
なぜならば、私自身も随分と上機嫌になっていることを自覚していたのだから。
誤字報告いつもありがとうございます。