067.悪役令嬢と感謝の言葉
私とマリアーネが生徒会へ勧誘された翌日。
お昼休みの生徒会室には、現生徒会メンバーの他、アライル殿下と、私、マリアーネ、そしてフレイヤとティアナの姿があった。
昨日私が提示した、生徒会へ入る為の条件──
『生徒会のお手伝いとして、フレイヤとティアナ……この二名の生徒会への関りを許可していただきたく思います』
これが認められ、そして多少手こずったものの二人の説得にも成功し、はれてこの場所にやってきたという訳だ。
ちなみに二人への脅迫──じゃない、説得材料に関してだが。フレイヤは「私のお兄様と一緒にいられますよ」と言い、ティアナへは「クライム様からの魔法指導の機会が増えるわよ」と言っておいた。もちろんそれ以外にも、学校向けへのメリットもあるので、それらを踏まえて納得してもらってここに来ている。
そしてアライル殿下だが、実は彼もこの度生徒会に入ることになった。というか、実のところ私はその事をゲーム知識で知ってた。……のだが、本来はアライル殿下が書記となり、翌年担うであろう副会長の仕事を学ぶはずだったのだが、そこへ私が入ってしまったのだ。
私が書記になった理由、それは──字が綺麗だから。なんとも平凡すぎる理由かと思えるが、これが案外バカにならないらしい。
じゃあアライル殿下が会計になればいいじゃないか……と思ったのだが、そこにはマリアーネが収まってしまった。なんせ彼女の前世最終知識は高校生。さすがにこの世界で数学知識までは必要ないが、計算能力に関しては秀でているものがあった。……私? 私はほら、パソコンについてる電卓とか使っちゃってたし。
そんな訳で、なんとアライル殿下も役割は庶務だとか。これには流石に不満があるか……と思ったら、なんとフレイヤとティアナも庶務のため、庶務組の中のまとめ役的な立場らしい。いってみれば、後々の生徒会代表の練習みたいなものだとか。
……そうそう。昨日、なぜあの場にヴァニエール先生が同席していたのか。あの時は聞き忘れていたので、今日聞いてみたところ……なんとヴァニエール先生が生徒会の顧問になったとか。
赴任してきていきなり? と驚いたが、ヴァニエール先生はここの卒業生であり、在籍中は生徒会の会長をやっていたとか。なのでどちらかといえば最適であるともいえるそうだ。
卒業生だといのは設定資料で知っていたけど、生徒会会長だったことは知らなかった。多少情報を得ているからと、そこで満足していると不足しているってことかしらね。
気がつけば、新規加入が皆一年生で、尚且つA組なのは大丈夫かと思ったが、成績順になっているクラス分けなので必然そうなることが普通らしい。
おまけにその一年生も、第二王子だったり聖女だったり。そんな肩書きを持つ人物は、そう毎年入学してくるわけじゃないから、今年は特別中の特別との事。……その上さらに手伝いを引き込むなんてのは、異例すぎるらしいけど、まあお手伝いだしね?
ともかく、こうして生徒会勧誘については話はまとまったのだった。
そして夜。いつものように寮の大浴場は、私達四人の貸切のようになっていた。既にクラスメイト達とは壁のようなものはないが、私達が少し遅い時間に入る……というのが定番になってしまい、何か用事でもないかぎりはそこでは入浴しない風潮があるっぽいのだ。ちょっと申し訳ないと思いながらも、気心知れた者だけでのんびりできる贅沢はやっぱり嬉しい。
「……生徒会、か……」
隣で湯船につかったティアナが、ぽつりと呟く。
「どうしたの? やっぱり嫌だった?」
「いえ、嫌というのではなく……その、私なんかでよろし──あいたぁ!?」
「中々直らないわねぇ。私なんかは禁止!」
「はい……ううっ」
デコピンされたおでこを押さえ、ぶくぶくと湯船に少し深く沈むティアナ。何よこの子、かわいいことしちゃって。……脳天まで沈めたら泣くかしら? 流石にやらないけど。
「あのねティアナ、あんまり難しく考える必要はないのよ?」
「えっと、それは一体……」
身体を洗い終わって湯船に戻って来たマリアーネが、軽く諭しながらティアナの隣に腰を下ろす。そして、どちらかというと今回ばかりはティアナ側の意見寄りのフレイヤも、話を聞きたいと心持近寄ってくる。大浴場のせっかく広い湯船なのに、その一角に集まってるのはちょっと面白い。
「生徒会っていうのはね、勿論“生徒の代表の会”って意味もあるけど、他にも色々あるんだから。私の認識としては……そう! “生徒の生徒による生徒の為の会”って感じかな?」
良いこと言った! みたいなマリアーネに対し、私は思わず噴出しそうになる。それってアレでしょ、人民の人民による……ってヤツ。元ネタは何か知らないけど、多分有名な人の言葉よね。
だが、フレイヤもティアナもそんな事は知りもしない。その言葉を反芻し、感心したような眼差しをマリアーネに向ける。
「だからさ、まずはお試し……ってわけじゃないけど、気楽にやってみよう? 私だってレミリア姉さまだって、当たり前だけど生徒会なんて始めてなんだから」
「……そうですね。わかりました、私でやれることがあるなら」
「うん、いい返事ね。フレイヤは?」
「私も……頑張ってみます。こういった事はやったことありませんけど、皆さんが一緒なら……」
そう言って私達を見渡すフレイヤ。それにティアナもうんうんと頷いて、
「私も皆さんが一緒なら、頑張ってみます! 特に……」
「……ん? 私?」
ティアナの視線が私を捉えてるのを見て聞き返す。なんだろう、学園ではメイドとしての雇い主という立場だからって事?
だが、彼女の口から出た言葉はそうじゃなかった。
「レミリア様は……格好いいです。あの時、もうどうしようもなく、泣きたくなった私を助けてくれたのはレミリア様でした」
「あ、うん。そうだったかしらね……」
興奮気味に語るティアナに、少しばかり恥かしい感情が噴出してくる。
「あの時は本当にありがとうございました」
「そ、そうね。ええっと……」
只でさえお風呂で血行が良いのに、頭に血が上るような事を言われてしまい、ちょっぴりクラッとしそうになる。なので話を変えようと、マリアーネ達の方を見ると。
「私もレミリアには助けてもらいました! あの時の事は決して忘れることないです!」
「フ、フレイヤ? それは──」
「そうなんですか!? 是非その話をお聞かせ下さい!」
迷いながらもちょっと押さえようとしたが、目を輝かせたティアナが嬉々として話を聞き始めてしまった。
フレイヤが話すのは、私とマリアーネがフレイヤに始めて会った時の話──王女様主催の王宮ガーデンパーティーでの一幕だ。その時私とマリアーネにどう助けてもらったかを、ちょっと大げさなくらい雄弁に語られてしまった。
それにしても、その話をするフレイヤの表情がとても楽しそうだ。以前ならば、辛い思い出だったはずなのに、もうすっかり乗り越えているんだなぁとちょっと感心。……ちょっと年寄り臭いかしら。
ともあれ、妙に褒められ照れくさいけどフレイヤの話も終わり、これで──
「実はね、私も昔レミリア姉さまに助けてもらったことがあるのよ」
「え、ちょ、待っ──」
「マリアーネも!? その話、私聞いたことないですよね?」
「あ、あの、あの! 是非それもお聞きしたいです!」
またしても私の声は、前のめりな二人にあっさりと遮られた。ちくしょう、こんな時はすごいチームワークよねあんたたち!
そんな私の心情を知らず……いや、マリアーネだから知っててわざと話を始める。内容は、私達のデビュタントで起きたあの事だ。余所の令嬢たちが、マリアーネをフォルトラン家の邪魔者だと勝手に糾弾していたあの時の事。
その話を、マリアーネも先のフレイヤ同様に大げさに話している。確かに嘘はないけど、私がそこまで格好良く言われるのは照れくさいのよ。
その後も、持ち回りか知らないが、順番に皆が私を褒めるように話を続けた。それは、私が耐え切れなくなり、這々の体で風呂を上がるまで続けられてしまった。
風呂上りは、浴衣で部屋で寛ぐ。さすがにここで続きを話されたらと思ったが、そこまではしてこなくて一安心。
まったりとした時間を過ごしながら、皆の視線はなんとなくベッドの上にならべたぬいぐるみへ。
そこには皆の子犬のぬいぐるみがあった。先週サムスベルク家にお泊りに行った際、ようやくフレイヤのぬいぐるみも学園寮へやって来て、今は仲良く4つとも並んでいる。
「レミリア様、ありがとうございます」
ふとティアナが口にする感謝の言葉。何に対してなのかよくわからないけど、多分彼女に他意はなく素直にそう感じているのだろう。
「…………どういたしまして」
極自然に口からでた言葉は、正解だったのか自分でもわからない。
ただ、それを聞いたティアナが、より嬉しそうな笑顔を浮かべたことは、見間違いじゃないのだろう。
少し投稿が遅くなってしまいました。