066.悪役令嬢は新たな風を呼び招く
諸事情により本日分の投稿が遅くなりました。
「皆さん初めまして。本日より、当学園へ教育研修生として来ましたディハルト・ヴァニエールです。どうぞ宜しくお願いします」
教壇にてハキハキとした挨拶をし、頭を下げるヴァニエール先生。彼がこの1-Aの副担任ポジションに納まることは、彼に関するゲーム情報を思い出した時点で既に知っていた。マリアーネには事前に教えておいたので、私達以外の生徒はその事に驚き、そして喜びを顕にしていた。
……まぁ、クラス担任がむさいおっさんじゃなく、優秀な若い男性教師ともなれば騒がしくもなるか。特にこの1-Aは女子の人数が多い。これは性別関係なく、成績上位者からクラス分けしているためだ。なので別の年では男性が圧倒的に多い時もあったりする。
教壇からざっと見渡した際、目があったので軽く頭を下げておいた。さすがにコレならば“何か威圧してる!”という風には思われないだろう。
少しばかりざわざわしていると、窓際にいた担任のむさいおっさん──じゃない、ゲーリック先生が手をうちならして視線を集める。
「ほらほら、あまり騒ぐな。……と言っても無理だな。仕方ないからこの時間は、ヴァニエール先生への質問時間にするぞ。ただし、あんまり騒がないようにな」
そう言われクラスメイト達は声を抑えてわっと沸いた。女子は無論だが、意外にも男子も楽しそうにしている。ヴァニエール先生は見た目もいいので、格好いい男の秘訣とかでも聞きたいのかしら。
ゲーリック先生に言われては仕方ないと、弱ったなぁという表情でもう一度皆をを見渡し、
「えっと……そんな訳なので、何か聞きたい事がありますか?」
「先生ーっ! お付き合いしている女性はいますかー!」
おお、ド定番のお約束質問! むしろベタ過ぎて、私じゃできない問いかけだわ。
だが先生はあまりそういった質問になれてないのか、「おぉぅ……」という表情を見せる。だが流石に大人だけあって、すぐさま笑みを浮かべる。
「残念ながら居ませんね。教師になるための勉強に忙しくて、恋愛をする時間はありませんでした」
あたりさわりの無い返答に、あちこちから「えー」という声が。これがつまんないという意味なのか、本当に~? みたいな意味なのかはわからないけど。
それにしてもこの世界、教師と生徒の恋愛ってどうなのかしら。ゲームの中では当然アリだったけれど、本来勉強する場所でのそういった関係はやはり不可なのかしらね。……そんなことを思っていたら、
「それでは先生、もし誰か……たとえばこの学園の生徒から告白されたらどうしますか?」
怖いもの知らずな質問が。勇気あるというのか、若気の至りとでもいうのか……いいわね、若いって。
……って、私も今は若いんでしたわ! つい教壇にたつヴァニエール先生を見て、『リワインド・ダイアリー』を遊んでいた頃の年齢気分になってたわね。
そんなヴァニエール先生は、あんな質問にもきちんと考えた後、
「嬉しいとは思います。でも、今の私はまだまだ勉強しなければいけない事がたくさんありますからね。おそらくはお断りすると思いますよ」
「その相手が、聖女様だったとしてもですかー?」
……はぁっ!? 今何を質問したぁ!?
思わず質問者である女子生徒を見る。そして視線が合うと、テヘッと笑いながら舌を出した。うわぁ……、クラスメイトなのに殴りてー。
教壇の方を向くと、ちょうどヴァニエール先生もこちらを見た。それが何か気まずくて視線をそらしてしまった。だが、その視線の先にいるマリアーネは、色々知っているからだろう私をニマニマと見ている。……うん、妹もちょっと殴りたいわね。
「……そうですね。お二人の聖女様はどちらも魅力的ですが、今はまず学園での生活に注視し全うして頂きたいと思っています」
またしても当たり障りの無い無難な模範解答。さすが研修生とはいえ教師、ちゃんとわきまえておりますわね……と、感心していたのだが。
「……それに、聖女様達はそれぞれ殿下達から、熱心な愛情を向けられていますからね。私なんかが軽々しく横槍を入れたりしては、大問題になってしまいますよ」
なんて言いましたわよ、オイ。
その話は別に秘密って訳じゃないけど、私達だけじゃなく両殿下……特にここだとアライル殿下にまで飛び火するんだけどいいの? なんて考えていたら。
「ヴァニエール先生」
アライル殿下が軽く挙手をしながら呼びかけた。そらみろ、言わんこっちゃない。心なしか教室内も、静まり返って様子を伺う状況になってしまってるし。
「はい。なんでしょうかアライル殿下」
「今は先生の自己紹介を兼ねた質問の時間であろう。私や兄上にを引き合いに出すのは遠慮頂きたい」
「……これは失礼致しました」
先生の謝罪の言葉で、少し緊張していた空気がおおよそほどける。教室のあちこちから、安堵するようなため息がもれ聞こえる。
そんな中アライル殿下がじっとこちらを見ているのに気付いた。別に睨んでいるとかじゃないけど、こちらを凝視しているのは何かしらね。
よくわからないけど、ニコリと笑顔を返してみる。
「っ!?」
それに対して、声にならない驚きを返すアライル殿下。そして頬をわずかに赤く染め、視線をそらされてしまった。どうやら照れてしまったらしい。さすがにあの反応を見て『どうしたのかしら……』なんて惚ける思考はもっていません。
……そういえば、ヴァニエール先生は両殿下の魔法講師として、既に面識があるのでしたわね。そうでなければ、流石に先程のやり取りはできませんもの。
アーネスト殿下とアライル殿下の魔法の講師。この世界でも珍しい二属性持ちという彼だが、その秘密は『生まれ変わり』にある。『転生』ではなく『生まれ変わり』。意味は同じようなものだが、私の認識で『生まれ変わり』は同じ世界の別の人間に生まれ変わる事を意味する。
彼──ディハルト・ヴァニエールの前世は、この世界の農民だ。そしてゲームと同じ設定ならば、国は私達が『着物の国』と呼んでいる東の島国──私の前世でいう日本に該当する国らしい。その辺りはゲームでも明確な記述はなかったが、所々で和文化に詳しいような描写があり、設定資料にもそれっぽい事が記載されていた。
その前世の農民だった時、彼は平民でありながら魔力を有していた。その時に持っていた魔力が風属性だったのだ。そして今世では火属性を持って生まれたため、結果として二属性持ちという事に落ち着いたというのが、ゲームでも定められている内容だ。
色々と考えている間にも、教室はヴァニエール先生への質問で華やいで進行する。
こうして私達1-Aの生徒とヴァニエール先生は、まずまず良好な関係ではじまることができた。
……できた、と思うんですけど。
とはいえ、私と彼──ディハルト・ヴァニエールの関係性は、生徒と教師でしかない。真面目な彼が私に関わろうとはしないであろうし、私もあくまで“推し”の彼に変な気を起こすつもりは皆無だ。ああいうのはアイドルと同じで、遠くから見て楽しむものである。……できれば視界内に、他の攻略対象も一緒に収めて更なる眼福シーンを拝みたいわね。脳内スクショ機能が欲しいところだわ。
でもまあ、早々関わる事も無し。のんびりまったりと、仲良くできたらいいわ。──この時は、まだそう思っていた。
その日の放課後、私とマリアーネは生徒会室に来ていた。何か用事があるとかではなく、アライル殿下から私達二人に話があるとの事で連れてこられたのだ。
用件を聞いても来ればわかると言うばかり。だが、正直なところおおよその見当はついていた。ゲーム『リワインド・ダイアリー』において、入学早々ヒロインは生徒会の役員に抜擢されるイベントがあるからだ。なのでマリアーネに関してはその件だろう。
だが、悪役令嬢は一体なんだろうか。
実のところそこが皆目見当がつかない。お兄様が生徒会副会長でマリアーネも入るとなれば、その流れで私も……という事なのかもしれない。
幾つか可能性を考えながら歩いていると、生徒会室に到着。場所は三年生の教室があるフロアの一番端の教室だ。広さは普通の教室の半分ほどだが、生徒会という集まりを考慮すると十分だろう。
アライル殿下がノックをし、返事を受けて中へ入る。私とマリアーネもそれに続くと、予想通り中にはアーネスト殿下にお兄様、それにクライム様と生徒会役員がそろっていた。
だが、そこに予想外の人物がもう一人。
「えっ……ヴァニエール先生……?」
驚きが思わず声に出てしまった。そう、なぜか生徒会室にヴァニエール先生もいたのだ。一瞬何か見落としがあったかと思い記憶を辿るが、私の中にある『リワインド・ダイアリー』の思い出スナップに、彼が生徒会室にいる場面は一枚も無い。
驚いて立ち止まっている私とマリアーネを見て、お兄様が声をかけてくる。
「二人とも、順番に話すからこちらに座りなさい」
「あ、はい……」
「わかりました……」
お兄様に言われ、私とマリアーネはとりあえず言われた席にすわる。おとなしくいう事を聞く私を見て、まわりの方々は「ほぉ……」と感嘆をもらす。……なんでよ。
アライル殿下が着席したのを見て、アーネスト殿下が話を切り出した。
「まず始めに、二人には貴重な時間をさいていただき感謝します。さっそく本題に入りますが、よろしいですか?」
「「はい」」
私とマリアーネは返事を返す。ここが学園だからなのか、それとも教師がいるからなのか……アーネスト殿下が普段私達と話す時よりも畏まっている様に感じる。
「実はですね……お二人には、生徒会に入って頂きたいというご相談なんです」
その言葉に私達は『やっぱり!』と内心で叫んでいた。一応ここへ来る途中、マリアーネにもその可能性を教えておいたからだ。
だから驚きはさほど無かったが、逆にそれならば……という疑問はいくつか沸いてくる。
「……では、もし私達が生徒会に入るのであれば、どういった役割を担うのでしょうか?」
「そうですねぇ……現在は会長と副会長二名がいますので、一応の形にはなっています。ですが、それ以外の者がおりませんので、そちらの職務を担う形になります」
「つまりは、書記とか会計とかですか?」
「ご理解が早くて助かります」
ニコリと笑みを浮かべるアーネスト殿下を見て、『あぁ、これはいわゆる出来レース展開……』という感想がこみあげる。
最初から断るつもりもないが、既に結果がきまっている道を歩かされるのはちょっと悔しい。そう思ったら、とある事が頭に浮かぶ。……ふむ、これはゲームには無い展開になるわね。
「……いいでしょう。私達も生徒会に入りますわ」
「えっ、レミリア姉さま!?」
あっさりと承諾した私に、マリアーネが驚きの声をあげる。とりあえず「大丈夫だから」と言って、視線をアーネスト殿下へ向ける。
「……ただし、一つ条件があります」
「ほぉ、一体なんでしょうか?」
普通ならば、たとえ学園では格差無しでの対応をと言われていても、王族……ましてや国の第一王子に条件取引を持ちかけるなど、正気の沙汰ではない事だ。だが、ここに集まったほとんどの人物は知っている。この私──レミリア・フォルトランは、そんな事を気にする存在じゃないということを。
一人驚き顔のヴァニエール先生を置いてけぼりにして、私が口にする条件それは──
「生徒会のお手伝いとして、フレイヤとティアナ……この二名の生徒会への関りを許可していただきたく思います」
ゲームではありえなかった、フレイヤとティアナの生徒会への関与。
それが、私の望む条件だった。