064.無意識の すごい 記憶の残り香
明けて翌日。予ねてから約束していたとおり、本日はフレイヤの家──サムスベルク伯爵家にて、お泊り会だ。
前回のお泊り会は先に街へ寄って行ったが、今回はまた別の場所へ行ってからフレイヤの家へ行く段取りとなっている。
そして、その行き先は──
「ティアナは初めてなのよね? 王立図書館」
「はい。学園の図書館でも驚きましたが、あれよりも凄いんですよね」
「そうね。建物の規模もそうだけど、蔵書の数も種類も豊富よ。……何か調べたいことでもあるの?」
「土魔法について知りたいのもありますが……魔法関係なら学園の図書館にもありそうですので、家の仕事に役立つような知識が得られたら……」
そう言って少し恥かしそうに笑うティアナ。彼女はかなりの家族想いなので、何かあれば家族の為に……という考えを持つ傾向にある。無論、私はそれはいいことだと思っているので応援している。
そんな感じの雑談をしている間に、目的地の王立図書館に到着。今回、マリアーネと専属のリメッタは、フレイヤの馬車に同乗してもらい、合計二台での移動にした。二台で可能なのを、わざわざ三台にする事もないという事だ。元々二人は寮では同室のうえ、移動中の話し相手にも困らないとのこと。まぁ、年齢的には花の女子高生なんだから、おしゃべりする時間はいくらあっても足りないわよね。……ちょっと例えが古かったかしら。
「ふわぁ~……ここがフレイヤ様のお父様が、館長をされてる図書館……」
「ふふ、その言い方は少し照れますわね」
馬車を降り、見上げた図書館の建物に感心するティアナ。学園の図書館も立派だが、さすがにここは王立なだけあって非常に見栄えの良い環境になっている。領外から……場合によっては隣国からの訪問者もあるという、由緒正しい図書館だとか。馬車の駐車場も広く、図書館としての役割の為か周囲には賑やかしい建物もない。いままでそんなに気にしてなかったけど、かなり静かな環境になっているようだ。
全員が降車して揃ったので中へ。入り口の警備員は、私達を見て丁寧な敬礼をして通してくれた。フレイヤがいるからというのもあるが、私とマリアーネを見て最敬礼をしたので、おそらくは聖女の通達が行き届いているのだろう。
まずは建物正面の受付に……と歩み進めていた時。
「フレイヤ、それに皆さん。お待ちしておりましたよ」
「え? ……お、お父様っ」
名前を呼ばれたフレイヤが声の方を見ると、こちらに歩いてくるフレイヤのお父様──ここの館長さんがいた。私もマリアーネも親しくして頂いており、気安く“おじさま”と呼ばせていただいている。同様にフレイヤのお母様も“おばさま”とお呼びしており、逆にフレイヤは私の両親をそう呼んでいる間柄だ。
おじさまに向き直り会釈をする私を見て、ティアナもあわてて頭をさげる。それを見たおじさまは「おや?」という顔を向ける。
「君は……初めて会う子だね。名前を教えてもらえるかな?」
「あ、はいっ。ティアナと申します」
少しぎこちないながらも、ドレスの裾をつまみなんとか挨拶をする。そんな彼女を見ながら、おじさまは何か思い当たったような顔を浮かべる。
「そうか、君が……」
「え? あ、あの……?」
初対面である人物に含みがあるような事を言われ、ティアナが少し慌てる。とはいえ、私達はおじさまが無意味に人を傷つけるような方じゃない事は重々承知だ。だからだぶんこれは──
「いや、驚かせてすまない。クライムから聞いているよ。なんでもフレイヤや皆さんと仲良くなったティアナという新入生がいて、その子が将来有望な土属性魔法の使い手だともね」
「なっ……そんな、有望だなんて、私は……」
まさか褒められると思っていなかったのか、わたわたと手を振って慌てふためく。
「ティアナ、ここは図書館よ。少し落ち着きなさい」
「あ、はい……」
少し騒がしくなりそうだったので、先んじて釘をさす。
「ははは。元気なのは良い事だが、ここでは程々にね? では私は失礼するよ。……ああ、そうだ。今日は家に泊まりにくるんだよね?」
「はい。お邪魔させていただきます」
おじさまが此方をみて確認してきたので、私が返答をする。フレイヤの家にはもう何度も泊まりに行っているので、予め伝えておけばサムスベルク家の人達も、ちゃんと準備をして待ってくれている。
「楽しみにしてるよ。それではまた」
優しい笑みを残し、おじさまは仕事へ戻って行った。それと同時にティアナが「はぁ~」と脱力したように息を吐く。おじさまは貴族の中でも、かなり親しみやすい人柄ではあるが、まだまだティアナにとってはまともに会話を交わせる気安さはない、という事なのだろう。
「……さぁ、せっかく来たのだから色々見て回りましょう。私は今回はティアナに付き添いますので」
「え! あ、あの、そんな私なんかに……」
「なんか、なんて言わないっ」
「うっ」
ティアナの物言いにじろりと睨みをきかせる。ちなみに今回、私がティアナに付き添うのは、ちゃんと理由があるのだ。
「以前学園の図書館で一緒だった時、私のせいで見学が途中で頓挫したでしょ? だから今回はお詫びに、ティアナが見たい所に私が同行するのよ。わかった?」
「そ、そんな。レミリア様のお手をわずらわせなくとも……」
「ここ、結構広いわよ? 私はもう何度も来てるから迷わないけど……大丈夫?」
ちょっとばかり意地の悪い顔で問いかける。ズルいかもしれないが、こうすることで話をさっさと進めたいんだよね。案の定ティアナは「それは……」と口ごもる。
「という訳なので、二人ともいいかな?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「それじゃあティアナさん、また後で」
「え、あ、はい」
マリアーネとフレイヤは、二人で連れ立って歩いて行った。向こうは向こうで、二人一緒に何かを見るつもりなのだろう。面白いものがあったら後で教えてもらわないとね。
「さぁ、それではティアナ。貴女が見たい本のところへ行きましょうか。どういった内容の書物をお探しですの?」
「えっとですね──」
「……なるほど。ティアナらしい選択ね」
「そうですか? ……そうかもしれませんね」
どこか恥ずかしげな表情のティアナが見ている本棚は、植物関係の書籍が並ぶ棚だ。彼女も目的は植物……というか、実家の農家で扱っている野菜について調べたいのだろう。
彼女自身が何か特別に趣味があるとかではなさそうだが、それでもまず第一に考えるのが家族の事というのは本当に彼女らしい。
「それで、どういう事を調べたいの? 実家で作ってる野菜に関しては、もう十分な理解があるのではないの?」
「そうなんですけどね……。例えば調べたい野菜が、どんな場所でどういう風にすると多く取れる……とか。そういった条件を知れば、品質が上がったりとか収穫が増えたりとか……」
「要するに、より良くしたいと思っているのね。いいわね、そういう向上心は」
「あ、ありがとうございます」
ティアナがじーっと見ている本棚を、私も見てみることにした。とはいえ、いくら前世知識があっても所詮私はそこでは一般市民。きちんと農業に携わっているティアナには、知識面で及ばないだろう。そんな事を考えながら本の背表紙を流し見していると、なんとなく肥料に関するタイトルが目に付いた。
「ねぇ、ティアナ。農家ってことは、やっぱり畑とかに肥料ってつかってるの?」
「え、ええ。そう……ですね」
私の質問に、なぜか歯切れ悪く応えて目をそらす。どうしたのかしら。何かまずい事を聞いてしまったとでも?
「……どうしたの? もしかして私、何か答えにくい事でも聞いてしまったかしら?」
「あ、いえ、その……まぁ、少しだけ」
そう言われてしまうと、逆に気になるのは私の悪いところだ。なので、どうしても……そう! どうしても言いたくない! というのでなければ、教えて欲しいとお願いをした。………うん、教えてくれた。
なんでも家で使っている肥料というのは、動物の糞を用いたいわゆる動物性堆肥なんだとか。農家にとってそれは普通の事だが、貴族からは敬遠される事柄だと言う。
「……なるほど。で? ティアナをそれを言うと、私が貴女から離れてくんじゃないかって思ったりしたの?」
「い、いえ、それは…………あれ? 考えませんでした。何故でしょう……」
不思議そうな顔をするティアナだが、その心中で私に対しての信頼みたいなものが芽生えたのだろうか。何にせよ、そういった後ろ向きな考えがなかったのは喜ばしい。
それならばどうして言いにくいと感じた──なんて事はあらためては聞かない。十台の女性ならば、あまり口にするべき話題ではないものね。……聞きだした私のせいなんだけど。
「でも……そうなのね。ティアナの家では、植物性の堆肥は使ってないの?」
「え? 植物……ですか?」
私の言葉に不思議そうな顔をする。どうやらティアナの家では、動物性の堆肥しか使ってないらしい。
「植物性の堆肥というのはね、雑草や落ち葉なんかを土と混ぜてつくるのよ。混ぜた草は、時間が経過すると分解されて細かくなって土と混ざるから。それが植物性の堆肥よ」
この知識に関しては本当に偶然だ。昔小学生の頃、学校の教育の一環で校内菜園で野菜を育てたことがあったのだ。その際、野菜を収穫しおわった後にやったのが、この植物性の堆肥作成。この時作られた堆肥は、翌年の校内菜園でつかわれた。私たちが使ったのは、前年の人たちが用意してくれたものだったということだ。
そして、何故か私はこの時のやり方などをハッキリと覚えていた。よもやその知識が、転生してきた先で披露されることになるとは思わなかったけど。
「雑草っていうのはね、地面にある栄養を吸い上げて育つでしょ? その栄養を蓄えた雑草を土とまぜて、そこで堆肥にすることで栄養を含んだ土になるわけ。植物性の堆肥はね、動物の糞とかと違って病害虫などの影響が少なく、分解などにより栄養素は微生物のバランスがいいの。長く使ってみれば、その効果は実感できると思うわよ」
「………………」
私の中にある、極々限られた農業知識を披露してみたところ、正面にいるティアナが口をあけて動かない。これは……驚いてるのかしら?
呆けてしまっているティアナに手をのばし、戻ってこーいとやろうとすると。
「……今の話、本当ですか?」
「へ?」
「はっ!?」
ふいにかけられた声に、驚いてそちらを向く。ついでにティアナも戻ってきたようだ。
「今の、植物から作る堆肥……その方法と効果です」
「え、ええ。本当ですわ。って、あなたは──」
何冊かの本を抱えているその人物は、私がよく知っている人物だった。
「ディハルト・ヴァニエール……ヴァニエール先生、どうしてこんな所に……」
「どうして、といわれましても……少々知りたいことがあったから、です」
応える必要などないのに、律儀に返答をしてくれるディハルト。だがその返事を聞いて、私はなんとなく納得いってしまう。ただ、それで済ませばよいものを、突如目の前に現われた“推し”に心が浮かれてしまったのだろう。ついつい余計な事を言ってしまう・
「そうでしたわね。ヴァニエール先生は、前世は農家の方でしたから興味がおありなのですね」
「なっ……!? ど、どうしてそれを……」
「……………………あ」
驚愕の顔で私を見るディハルトを見て、そこでようやく自分の発言に気付く。
……また、やってしまったわぁあああ!