063.貴族の誇りと すごい 心の在り処
ちょっとしたトラブルがあったが、大事になることなく無事収束……なんだけれど。実はこの後、少しだけ余談があるのよ。
それがまあ、ちょっとばかり愉快なことだったのよねぇ。
実はあの後──
少し遅れて開始したクライム様による本日の魔法指導が終了した。昨日の復習と、なにやらティアナの魔力で今できることの確認をして終わりとなった。クライム様は土属性魔法に秀でているためか、ティアナの魔力を付与した土を見て、何か気付いたかのようだった。
本日は平日週末なので、次の魔法指導は来週との事。そこからもう1ステップ進んだ指導になるとかで、ティアナも嬉しそうだ。
そんな上機嫌のティアナと共に寮へ戻る。普通ならばここで、本来の専属メイドであるミシェッタが出迎えそうなものだが、この寮に生徒と同伴で来たメイド達は自分の仕える主だけでなく、広義で寮のために働く必要がある。この時間であれば、寮生の食事の準備なんかをしているはずだ。
なので私達はそのまま二人で部屋へ戻った。
「ふぅ、本日も疲れましたわねぇ…………え?」
「ん? どうしましたレミリア様?」
ドアを開けて徐々に見慣れてきた自分の部屋へ入ると、視線の先に見慣れないものが。
「えっ! あ、あのっ、ちがっ……」
その見慣れないもの──一人の女子生徒は、急に現われた私達をみてオロオロしている。いまいち状況についていけず入り口で立ち止まっていると、中が気になったティアナが肩越しに覗き込む。
「えっと、いったいどうなさったんです…………あああッ!? わ、私のワンちゃん!!」
「は!? ま、待って! 違うんです!」
ティアナの声を聞いて気付くが、その女子生徒は手に犬のぬいぐるみを持っていた。色は薄いピンク色……ティアナのぬいぐるみだ。
そこであらためて彼女を見て、ようやく気付く。この人、先程ティアナを囲んでいた女子生徒の先導者だった人だ。
それに気付いた途端、折角収まった気持ちがまた溢れてきた。あんな目にあったのに、今度はよりにもよって無断で忍び込んで……。さすがに気持ちがもう抑えられないと睨みつけると、もう何もいえないのか顔色を蒼白にして声も出せないほど狼狽していた。だがもう私は我慢できず、そちらへ踏み出そうとしたのだが──
「はっ!? 待ってくださいレミリア様ッ!」
「……何かしら」
呼び止めるティアナの声に、その歩みが止まる。そんなティアナは「少し失礼します」と私の横を通りすぎて、その女子生徒の前までいく。
ここからでは見えないが、おそらくティアナは目の前の女子生徒を睨んでいるのだろうか。
「うちの子、見せてもらえますか?」
「は、はい……」
ティアナの言葉に素直に応じて、手にしていたぬいぐるみを素直に渡す。元々アレはティアナのものだから、返すというのが正確な表現なんだけど。
返されて手の中にあるぬいぐるみを、ティアナはひっくりかえして足の辺りを見る。
「この子を直してくれたのは貴女ですか?」
「…………はい」
「直した? え? どういこと?」
二人の会話がよくわからず思わず聞き返す。直したって……ぬいぐるみを?
「私も、今朝部屋を出る時に気付いたのですが、この子……ちょっとほつれてしまっていた箇所があったんです。ここなんですけど……」
そう言ってぬぐるみのお尻辺りを指差すも、そこは綺麗に閉じてあり縫い目も見えない。
「……もしかして、それを直したと?」
「はい。……すみません、勝手なことをしました」
そう言ってうなだれる女子生徒は、つい先程ティアナを囲んで攻め立てていた人物とは思えないほどシュンとしている。
それにより、私の中にあった怒りの感情は消えた。だが、それ以上にモヤモヤした気持ちは湧き出てきてしまっている。
「……とりあえず、どういう経緯でそうなったか教えて頂きたいですわね。まず、貴女の名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
「失礼致しました。私はサニエラ・イーノリッツといいます。2-Bに在籍しております」
ああ、やっぱり先輩でしたか。
「ではサニエラさん、何があったのかご説明いただけますか?」
「はい。実は──」
あの騒ぎの後、少しして自分がいかに失礼で愚かしいことをしたのか、じわじわと実感してしまったとか。ティアナに対して羨ましいという感情は持っていたが、それが元で酷く妬みあのような行動をとってしまったことを悔いたと。
そこでまずは、謝罪のためティアナの部屋へ来たが不在だったと。確かにその時間は、まだ訓練場で魔法指導をうけていたはずだ。だがそれに気付かなかったサニエラさんは、ノックをして中を確認したとか。それで確かに不在だったので、あらためて出直そうと思い部屋を後にする……つもりだった。
だがそこで彼女が見たのは、棚に並べてあった二体の子犬のぬいぐるみだった。片方は白と黒、もう片方は白とピンクで作られたかわいらしい子犬。実はサニエラさん、家では犬を飼っており大の犬好きだとか。
そんな彼女が、この世界では珍しいデフォルメの子犬を見て打ち震えたとか。そこで、悪意無く思わず手にとったとき、ぬいぐるみの一部がほつれていることに気付いたと。
とはいえ、さすがに差し出がましいかと思って元の位置へ戻したが、一度気付いてしまったので無視することができなくなり、一度部屋へ戻ってソーイングセットを持参し、結果ぬいぐるみの縫い目を直してしまったそうだ。サニエラさん、実は縫い物が得意なんだとか。
こうして一通り説明を終えると、サニエラさんがあらためてティアナの方へ向き頭を下げる。
「先程は大変失礼な言動、申し訳ありませんでした」
「あ、えっと、その……」
「ティアナ。こういう場合、ちゃんと謝罪を受け入れるのも礼儀ですわよ。相手の誠意が感じられるのであれば、ちゃんと向き合ってそして区切りをつけるのが双方の為です」
私の言葉を聞いたティアナは、サニエラさんの方を見る。そして、これまでずっと固くしていた表情をふっと崩す。
「わかりました。サニエラ様の謝罪を受け入れます」
「っ! ……はい、ありがとうございます」
あらためて深く頭を下げるサニエラさん。この様子からして、さほど悪い人ではなさそうな気がする。それと同時に……私の中で嫌な仮説がちょろりと顔をのぞかせる。
ゲームでは、あの場面でヒロインを取り囲んで糾弾するのは悪役令嬢だった。だが実際には、ティアナを糾弾する主犯格がサニエラさんだった。つまりヒロインがなるべき立場にティアナが居たように、悪役令嬢がやるべき事を、今回はサニエラさんが肩代わりをした可能性があるのだ。
そう思うと今回の出来事、まるで私のせいでサニエラさんが担ぎ出された……みたいに思えてしまったりもしたのだ。
そう思った時、最初部屋に入ってきた時の怒りは完全に霧散し、逆にどこか申し訳ないとさえ思うようになってしまった。
おかげで内心では冷や汗の滝状態なのだが、そうとは知らない二人はぬいぐるみ製作について、楽しそうに会話をしていた。
「……なるほど、はしごまつり縫いですか」
「ええ。ぬいぐるみの最後の綴じなんかは、こうすると……ね? 綺麗でしょ」
「本当ですね。しかも、これならほつれにくそうです」
……なんだか楽しげな会話が聞こえる。私より断然女子力高そうよね。
ともかく、丸く収まったのかしら。そう思っているところへ、ノックする音が響く。そしてこちらの返事も聞かずにノブを回す音が。この部屋に遠慮なく入ってくる人物は一人しかいない。
「レミリア姉さま、ティアナさん。そろそろご夕食を……あっ」
「どうなさいましたマリアーネ。……あら、お客様ですか」
夕食の誘いにやってきたマリアーネとフレイヤが、部屋にいるサニエラさんを見て驚いている。そういえばこの四人以外で、この部屋に入った生徒ってサニエラさんが初めて?
驚いた様子を見せたフレイヤだが、すぐに相手を見て「あら」と声を出す。
「ごきげんよう、イーノリッツ様」
「ご、ごきげんよう、サムスベルク様」
お互い軽く頭を下げて挨拶を交わす。そこには友人とかの感じではなく、貴族令嬢としての公的な挨拶を感じた。聞けばサニエラさんのイーノリッツ家は、フレイヤのサムスベルク家と同じ伯爵位だとか。別段不仲でも懇意でもないが、家と家の関係というのは色々あるのだろう。
「それで、何故ここにイーノリッツ様がおられるのでしょうか?」
「そ、それなんですけど! 実はサニエラ様が、私のぬいぐるみの手当てをしてくれたのです!」
フレイヤの質問に、よこからティアナが口をはさんで返事を返す。その様子にフレイヤは無論、その場にいた全員が驚いた。傍目には、部外者たるサニエラをティアナがかばったようにも見えたのだから。
「……ティアナさんのぬいぐるみが少しほつれていたのをお見かけしました。なので、少し裁縫には腕があると自負しておりますので、さしでがましくも修復を私が行いました」
「そうなんですよ。サニエラ様って、すごく縫うのが上手なんです」
ティアナが笑顔をサニエラさんに向ける。それを見て、ちょっと照れくさそうにするサニエラさん。そんな二人を、少し驚いた顔で見ていたフレイヤだが、すぐに自然な笑みを浮かべる。
「……そうでしたか。私からもお礼を述べさせていただきますわね、サニエラ様」
「あ……いえ、好きでやったことなので。でもありがとうございます、フレイヤ様」
二人で言葉を交わし笑顔を浮かべる。
どこかほっとした空気のおかげか、急激におなかがすいた感覚におそわれてきた。
「はいはい! それじゃあ、そろそろ食事に行きますわよ」
私の言葉にみな「はーい」と返事をして部屋を出ていく。サニエラさんはそのまま立ち去ろうとするが、その手をティアナがさっとつかむ。
「サニエラ様、いっしょにどうですか?」
「え!? わ、私がですか!?」
驚いて目を白黒しながら、どうしたらと私のほうを見てくる。どうやらこの四人の中で、色々と決定権を持ってるのは私だという認識のようだ。……そうなの?
だが、そうなると私が何か言わないと進まないのだろう。しかたありませんわね。
「迷惑でなければご一緒にいかがですか? ……少なくとも、先程の貴女と違い、今の貴女は共に過ごす価値のある様に見受けられますから」
「…………わかりました。ご一緒させていただきます」
そう返事をしたサニエラさんは、どこか楽しそうに食堂へ向かう。
そんな様子をみたマリアーネが、私の隣にきてこそっと聞いてくる。
「ねえレミリア姉さま、先程の……って何の話ですか?」
「ふふっ、内緒ですわ」