006.聖女って本当ですか?
マリアーネは乙女ゲーム『リワインド・ダイアリー』のヒロインであり、尚且つ『光の聖女』である。その辺りの事を思い出した私は、連鎖的にこの世界での聖女という存在や、なぜマリアーネがセイドリック男爵家からフォルトラン侯爵家へ養女に来たのかも思い出した。
まずこの世界での聖女についてだが……よくファンタジー作品で言われている聖女に近い存在だ。とはいえその発言や権利が絶対的だとかいった傾向はなく、優秀な神官のような存在らしい。また“聖女だから”というような感じで、何かを強制させられることも無い。というのも、基本的に聖女に選ばれる者は往々にしてその人柄もよく、自らその力を多くの人に役立てたいと考える人が主だからだ。……まあ、マリアーネの場合は少し特殊なので、本人にそういった意思があるかは不明だけど。
そんなマリアーネが家に養女に来た訳だが、やはり光の聖女としての資質が関係している可能性があると思う。たぶん両家の親は皆この事を知っているのだろう。それ故に、男爵家ではマリアーネの扱いが難しいと判断し、懇意にしている侯爵家……つまりフォルトラン家へ養女に出したという所か。
だが当人のマリアーネは、
「『せいじょ』って何ですか?」
本当に分からないのかなと詳しく聞いてみると「ああ! 教会のシスターみたいな女性ですね」という返答をされた。あながち間違いではないけど、あんまりそういう認識はしないかな。
よくよく聞いてみると、なんでもマリアーネは前世ではほとんどゲームとかしなかったとか。じゃあなんで家庭用移植版の『リワインド・ダイアリー』を遊べたのか聞いたところ、どうやらゲーム機は父親のものだったらしい。なんだよお父さんゲーマーかいな。でもまあ、それじゃあ『リワインド・ダイアリー』もちゃんと遊んでないのも納得かな。
ともかく、マリアーネが聖女の資質があるのは確実だろう。なので夜両親が帰ってきたところで、お兄様も交えて聞いてみた。すると私がマリアーネの聖女の資質を話したとき、何故わかったのかと両親は驚いていた。つまり両親は知っていたという事だ。
その後お父様はマリアーネについての事を話してくれた。元々15歳となり魔法学園へ入学させる折に全て話すつもりだったらしい。まさか現時点で私が気付くとは思っていなかったそうだ。
とりあえず、明日は全員で教会へいって司祭様と話をすることになった。詳しい話はそこで行うため今日はもう休みなさい、という事ですね。
それならばと私もマリアーネも、お父様の指示に従い部屋にもどった。マリアーネと一緒にお風呂にはいり、そのまままた一緒に寝ることにした。どことなく、まだマリアーネが不安そうな感情を目に宿しているように見えたからだ。私が一人だと寂しとか、そういうシスコン風をふかしたわけではない。……ホントだよ?
明けて翌日。
私達は家族と、お付きの者を連れて教会へやってきた。領地にある教会はなかなかに立派で、厳かな雰囲気と高い天井はヨーロッパの格式高い教会を思い出すようだった。……実物見た事ないけど。
ちなみに家族以外の同行者は、護衛の兵士たちと私達姉妹の専属メイドであるミシェッタとリメッタだ。実はこの二人、私達を十分護衛できる護身術を使える。なのでこうやって外出する際はすぐ傍に同行させているのだ。え? 両親とお兄様ですか? お母様はお父様が護衛しますし、お兄様は自分で身を守れるだけの技量がありますので心配不要です。
「お待ちしておりました、フォルトラン侯爵様と奥様。それにケインズ様、レミリア様、マリアーネ様」
「うむ、急な訪問の申し出を受けて頂き感謝する」
教会の入り口を入ったすぐのところで、一人の女性がお父様に声をかけてくる。後ろに控えているシスターたちと服装が違うし、どうやらここの責任者的立場の人らしい。
私とマリアーネがじっと見ていると、優しく微笑んでこちらに挨拶をする。
「レミリア様、マリアーネ様、お初にお目にかかります。私は当教会の最高責任者サライア・クレマールと申します。こちらでは司祭を務めておりますので、そのよにお呼び下さい」
「初めまして司祭様。レミリア・フォルトランです」
「は、はじめまして。マリアーネ・フォルトランです」
司祭様ことサライアさんに、私とマリアーネが自己紹介をする。その様子を見て、ニコニコと笑みをうかべながらも視線がこちらをしっかり見ている。司祭様は笑みを浮かべたまま、
「……聖女ですね」
ズバリ言い当てた。
「はい。本来はもう少し後にお話を伺う予定でしたが……申し訳ありません」
「いいえ、かまいません。それにしても、驚きましたね」
そういってこちらを見てくる司祭様。なんだろう、私がマリアーネの聖女資質を言い出した事にも気付いているとかじゃないよね? そう思っていたところへ、司祭様から予想だにしない言葉が飛び出した
「本当に驚きました。まさか聖女お二人が一緒にいらっしゃるなんて」
………………。
「え?」
暫しの沈黙の後、ようやく出た声は私の驚きの一言。聖女? 二人? 誰のこと?
「……もしかして、お気づきになっておられないのですか?」
そう言って司祭様は、私の方へ近寄りぎゅっと両手で包むように握る。
「レミリア様、あなた様も聖女ですよ。とても強いそれは──『常闇の聖女』」
「えっ!? 常闇って……でも聖女? でも闇って……私闇なんてすか!?」
「はい。とても深い純粋な闇の魔力を携えておりますわ」
「私が……闇……」
「レミリア様、しっかり!」
「嗚呼っ、レミリア姉さまっ!?」
その言葉を聞いて私は思わず崩れ落ちた。そりゃもう面白いくらいにガックリと。すぐ後ろにいたミシェッタが支えてくれなければ、地べたに両手ついてヘコんでたであろう程に。
「色々と誤解があるようですので、順番に説明をしますね」
あれからなんとか気持ちを呼び戻した私は、教会の奥の応接間に通された。室内には司祭様の他には家族五人と専属メイドの二人。廊下と窓の外は家の護衛兵士が警備をしてくれている。
にしても、なんでこんな事になっているのよ。ただマリアーネの聖女についての話を伺いにきただけなのに。ともかく、まずは司祭様の話を聞こうという事になった。ただ両親と兄は、私が聖女であるということを知っていたようだ。そしてマリアーネはあれから私の手をずっとにぎってくれている。うん、ちょっと情けない姿みせちゃってごめんね。
気を持ち直して司祭様を見る。その視線をうけて、司祭様が続きを話しはじめた。
「まず本日は、そちらの──」
そういって掌でマリアーネを指し示す。
「マリアーネ様が聖女であるという事についての話に来られたとの事。間違いありませんね」
「ええ、その通りです」
お父様が肯定の意を返す。そうよ、もともとはソレが来た理由なのに。
「それなのですが……マリアーネ様、お手をよろしいですか?」
「え? あ、はい」
司祭様に言われ手を伸ばすマリアーネ。それを先程私にしたように、両手でぎゅっと包むようにする。
「……やはりそうでしたか。マリアーネ様は、とても強い光の魔力を感じます。この強さは……なるほど、そういうことだったのですね」
「ええっと、何がどういうことなのでしょうか?」
マリアーネの質問をうけ、ちらりと私をみる司祭様。そして、
「マリアーネ様は──『栄光の聖女』──ですね。慈愛と希望に満ちた、まさに聖女の誉れです」
「私が、『栄光の聖女』ですか」
ポツリと呟くそれは、実感がないためか、それともやはり聖女ということを認識してないのか。ただ、お兄様や両親、それにメイド二人もその言葉を聞いて驚き声もだせない状態だ。
……そして。私は違う意味で声が出ない。マリアーネは『栄光』で私は『常闇』? 無論マリアーネを妬んだりとかはしないけど、これだけでもゲーム『リワインド・ダイアリー』の悪役令嬢なら不穏要素満載なんだろうなぁ。
「そうです。そして──」
司祭様の視線が強く、でも慈しむような優しさで私を見る。
「『栄光の聖女』の対となる『常闇の聖女』──それがレミリア様です」
改めて私の事を聖女と呼ぶ。……闇だけど。どうにもその“闇”という単語で、いまいち踏ん切りがつかずにいると、
「その『常闇の聖女』とは……いかなるものなのでしょうか?」
お兄様がズバリ聞いてくれた。聞いてくれたけど……何だろう。これって知って良い話なのかな。
そう思っていたのだが、司祭様はその質問に含まれた疑問に気付いているのか、ゆっくりと説明をしてくれる。
「『常闇の聖女』の説明の前に、まずおそらく皆さんが勘違いをしている事をお話致します。この世界にある魔法の属性は、火・水・風・土、そして光と闇です。先の4つを元素魔法とし、光と闇を神聖魔法と呼ぶことは皆さんもご存じかと思います」
そういえば『リワインド・ダイアリー』の魔法学園でも、そんな話が雑談で出てきた気がする。そう思ってマリアーネを見ると「そうなんですかー」と小さな声でつぶやいてた。マイペースだよねぇ。
「では、何故光と闇の魔法は共に“神聖魔法”と呼ばれるかご存じですか?」
お兄様に向けて司祭様が質問をする。確かに闇なのに神聖ってのも不思議だ。
「元々闇魔法というのは光魔法の反属性であり、魔法を行う上での過程が同一視されるためです。また、他の属性魔法にくらべ闇魔法を扱える人は極端に少ないため、便宜上光と同じ神聖魔法に区分されているとも聞きました」
「正解です。さすがフォルトラン侯爵の嫡子ですね」
「ありがとうございます」
お礼を述べて安堵の笑みを浮かべるお兄様。だけど司祭様の話はここからが本番だった。
「……それが一般に知られている闇魔法についてです。ですが、闇魔法の本当の姿はそうではないのです。闇魔法と光魔法は根源は同じ魔法……この事は王族やそれに連なる一部の者、そして教会において司祭以上の位を持つ者のみが知っております。別段隠しているわけではありませんが、あまりにも明確な闇魔法の担い手が少ないため、世間には曖昧な形で話が広がっております」
「あ、あの! それではレミリア姉さまは、とても貴重な闇魔法を使える人であると……?」
「ええ、そうです。中でもレミリア様はとても強い闇の魔力を有しており、それは有史で語られた『常闇の聖女』と呼ぶにふさわしきかと」
「凄いですレミリア姉さま!」
「あ、うん、ありがとうね」
なんだか凄い凄いとマリアーネが喜んでいる。うーむ、貴重なのは凄いけど、やっぱり光と闇だとどうしてもねぇ? でもこんなにマリアーネが喜んでくれるならいいかしら。
「それと……光魔法と闇魔法は反属性ではないのです。正しくは対属性。光魔法と闇魔法は、お互いを補完し助け合うことで本当の姿が成り立つ魔法です。闇という言葉により、不安を感じ忌み嫌われる事が多いですが、実際には私達が生きてく上でとても大切なものなのです」
そっと司祭様が私とマリアーネの手を握る。
「『栄光の聖女』マリアーネ様、『常闇の聖女』レミリア様。お二人にお会いできた事、まことに光栄に思います」
そして微笑むその顔をみて、私は先程まで燻っていた不安がすっかり消えていたのだった。
何よりマリアーネと対だと、一緒だという事に気付かないうちに喜んでしまっていた。