059.<閑話>平凡な少女の決起する一日
9/27追記:本日更新予定分を9/29(日)に変更いたします。申し訳ありません。
平民でありながらも魔力を持つ私、ティアナが魔法学園へ入学して早二週間が経過しようとしている。最初は貴族ばかりの中に入って行くため、不安で押しつぶされそうだったが、今では毎日が楽しくて仕方が無い。それというのも──
「さぁティアナ。そろそろ学園へ行きますわよ」
「はい、レミリア様!」
準備していた弁当の一つをレミリア様に渡し、もう一つは自分のバッグにしまう。この弁当は寮のキッチンにて、レミリア様達のお付である専属メイドさんたちと一緒に作ったものだ。
この弁当もそうだが、大変お世話になっているこの方──領主様のご令嬢であり、『常闇の聖女』との呼び名を持つレミリア・フォルトラン様がいるからだ。
私は学園にいる間、レミリア様の専属メイドとなっている。……いや、恥ずかしながら正直言ってしまうと、メイドどころか行儀の躾けをして頂いている状態だ。平民故に作法がなっていないため、見るに見かねてレミリア様が直々に苦言を呈している──という感じらしいが、実際のところそうではないと私は思っている。確かにそれもあるのだろう。だが、レミリア様という非常に立場の強い人物が、私を傍仕えのようにしているためか、私の学園生活はいまのところ平穏だ。確かに初日に少しばかり辛い事もあったが、今となってはそれがレミリア様と仲良くなれるきっかけでもあったので、今では少しだけ感謝してもいいかなと思えるほどになった。
そんなレミリア様だが、二週間ほど傍にいたから分かったことがある。それは……思った以上に貴族らしくない魅力が溢れている、という事だ。
まず何より、レミリア様は本当に自由奔放だ。平民の私でも“聖女”という言葉も意味も知っているが、それら知識から連想できる姿とは、とても似つかないほどの気軽さをもっている。なんせ、私が自身を『平民だから』と押さえようとすると、すぐさま指でおでこを弾いて説教をしてくる。反対に差し出がましいかと思いながらも、自分の考えを口にするとどこか嬉しそうに返事を返してくれたりする。
魔法実習の時もそうだ。貴族のお嬢様なら、土を手で触れるなんてことは抵抗のある行為だと思った。だがレミリア様は、平気な顔をして土に触れていた。なんの気負いもなく、噴水の水に手を浸すほどの気軽さで。
そして……お休みの日、街へ連れて行ってもらった時は本当に驚いた。そこにいる大半の人は、私と同じ平民だったのだが、レミリア様を見た瞬間皆が笑顔で挨拶をしていたのだ。確かに領主令嬢で、聖女ともなれば皆からの人気も不思議ではない。だが、それほどの貴族の女性に、平民が気軽に声をかけるという光景が信じられなかった。おまけに屋台で食べ物を売ってる人が、あろうことかレミリア様に「買わないか?」と話していたことは思考停止しそうになった。だがそれを聞いてレミリア様は、より一層の笑顔で楽しそうに応対する結果に。
それ以外にもまだまだ色々あった。ともかく、私から見てレミリア様は特別だった。
そんなレミリア様の周りには、やはり特別な人達が集まる傾向にあると思う。
その中でも筆頭は、やはりレミリア様の妹であり、自身も『栄光の聖女』の呼び名を受けているマリアーネ様だろう。レミリア様が自由すぎて目立たないが、マリアーネ様もかなり奔放だ。時折レミリア様と二人だけしか理解できない単語を交えた会話をしているときなんかは、まるで別のどこか違う世界の話でもしているような雰囲気さえ漂わせている。
そして、そんなお二人と常に一緒にいるのはサムスベルク伯爵家のフレイヤ様だ。お父様が王立図書館の館長、お母様がそこの司書長であり、自身も本が大好きだという人物である。見た目も、艶やかな黒髪とそれに対照的な綺麗な白肌で、同姓の私から見てもどこかオリエンタルな魅力に溢れている人だ。だがその中身は、レミリア様たちのご友人ということもあってか、見た目とは異なり随分と行動力のある方だ。とはいえ、日常生活では見た目どおりの楚々とした印象を持たれているらしい。そんな姿を見せてもらえている私は、実は密かに嬉しかったりもする。
レミリア様のお知り合いとなると、異性の方々もすごいことになっている。
まずは同じクラスに所属しているアライル第二王子。……そう、この国の王子なんだ。だが私は入学の日、余所見をしていたせいで殿下にぶつかってしまうというとんでもない事をしてしまった。でも殿下は特に気にした様子もなく、逆に気遣ってさえもくれた。そんな殿下だが、どうやらレミリア様に思いを寄せているらしい。いわゆる公然の秘密ということか。なんでもレミリア様に婚約を申し込んで、断られた経緯があるとか。
他にもレミリア様のお兄様、ケインズ・フォルトラン様はこの学園で副会長をなされている。学園内でレミリア様やマリアーネ様が、よくお話をしているのでお顔も何度か拝見させて頂いた。そしてアライル殿下の兄であり生徒会長、この国の王位継承権一位のアーネスト・フィルムガスト第一王子や、フレイヤ様の兄であり生徒会副会長のクライム・サムスベルク様と、貴族の中でもこんな高貴な方々ばかりが……とうなりたくなるような人ばかりだ。
ともあれ私は、そんな人々に囲まれてこの魔法学園に通っているのだ。
そんなある日の放課後、レミリア様とマリアーネ様は何か用事があると早々に寮に帰ってしまった。私達もそこで帰ってしまってもよかったのだが、
「たまには二人で少しお話しませんか?」
というフレイヤ様のお誘いに、ちょっとばかり好奇心がくすぐられてしばし時間を共有することに。
思い返せば皆さんに出会ってから、基本的にレミリア様と他の方々という感じであり、目の届くところにいつもレミリア様がいるような感じだった。
二人で学食のカフェスペースへ行き、そこで紅茶を頂くことに。勿論私は自分の分を出そうとしたのだが、
「お誘いしたのは私なので、ここは私がお支払いしますわ」
そう言ってさっさと会計を済ませてしまった。以前の私ならば、それでも自分の分は出そうといい続けると思う。だが今の私は少しだけ違う。
「ありがとうございます。では、次は私がお支払いいたします」
「ええ、お願いしますわね」
そう笑顔で返答されて、少し嬉しくなってしまう自分がいた。こういう会話もそうだが、また次の機会を設けても良い……そう思ってくださっているという事も、嬉しさの理由の一つなのだろう。
少しばかり傾きはじめた夕日のカフェスペースで、向かい合って座る私とフレイヤ様。まずは紅茶をゆっくりと楽しみ、落ち着いたところで会話となる。その内容は、やっぱりレミリア様やマリアーネ様、そして自分達の事となる。
そしていつしか話は自分達の家族の話に。以前私は自分の弟妹の事を話したが、クライム様の事を詳しく聞いたことはなかった。だが私は、ここで衝撃の事実を知ることとなる。なんとフレイヤ様のお兄様──クライム・サムスベルク様は、私と同じ『土』属性の魔力保有者だったという事を。
「フ、フレイヤ様! もしよろしければ、私にその、お兄様から魔法についてご教授の程を──」
「ちょ、ティアナ? おちついて、ね?」
思わず立ち上がり、向かい席にすわるフレイヤ様の手をがっしりとつかむ。その小さく、柔らかな手が、今はとてつもない強い繋がりをもたらしているような気がしてしまう。
私の土魔法は、今の状態では何も役に立たないと同じだ。以前マリアーネ様が、随分と私の力を高く評価してくださったが、まだそれを実証できるような事はできていない。だが、土魔法を扱える先輩……きけば、フレイヤ様同様に本を読むのが好きで、おまけに昨年は一年生ながらに生徒会副会長をなさる英才だとか。これはもう魔法のご指導をしていただきたいと思うのも当然かと。
単純であるが故に真剣で必死な私の願いに、フレイヤ様はどこか困った顔を浮かべている。だが今の私にそれを気遣える余裕はなく、ただただ懇願するばかりだった。
だから、そんな私達に近寄ってきた人に気付かなかった。
「フレイヤ、どうかしたのかい?」
「あっ、お兄様!」
「ええっ!?」
驚き思わず振り向いた先に、一人の男子生徒がいた。その『お兄様』と呼ばれた男性は、こちらを見るとニコリと微笑む。……は! もしかしてこの人が!?
「も、もしやフレイヤ様のお兄様の……」
「初めまして、クライム・サムスベルクです。君はティアナ嬢かな?」
「は、はひっ!」
思わず声が上ずってしまった。よもや私の名前をご存知だとは思ってもみなかった。
「そうか、君が……。いや、フレイヤが嬉しそうに教えてくれてね。学園で同じクラスに新しい友達が出来たって大喜びして──」
「お、お兄様! いまここでそんな話をしなくても……」
クライム様の言葉をフレイヤ様がさえぎるが、聞こえてしまった会話内容ですでに私の顔は赤くなってしまっていた。この感情は、恥ずかしい、そして凄く嬉しい、だ。
「そうだティアナ! お兄様にお願いしたいことがあったのでは?」
「そ、そうでした……って、ええ!? わ、私からお話しするのですか!?」
私としてはフレイヤ様経由で、クライム様にお願いできたら……なんて思ったいたのだが、まさかのご本人登場で困惑している。だがここで逃げるという選択は、万が一にも存在しない。
意を決して私はクライム様のほうを見る。
「クライム様、一つお願いがございます」
「……何かな」
姿勢を正してじっと見る私に、クライム様も背筋を伸ばして視線を返す。ただ、その口からでた言葉は質問のようにもとれるが、私からみてクライム様はこれから私がする質問がわかっているような雰囲気でもあった。
「空いた時間でかまいません。もしよろしければ、私の土魔法のご指導をお願い致したく思います」
そう言って頭を下げる。どうお願いすれば一番良いのかわからないが、ともかく私が真剣だという事が伝わればと思う。
返事を待ち頭を下げている私に「ティアナ嬢、顔を上げて下さい」との声が。ゆっくりと顔をあげると、先程と同じようににこやかな笑顔のクライム様がいた。
「一つ教えて下さい。どうして魔法が上手くなりたいと思ったのですか?」
「それは……」
何気ない……でも、それでいて的を得た質問に私は少し答えに戸惑う。
魔法が上手くなりたい理由。
はずかしいから? ……それもある。
自分の力を知りたい? ……うん、それもある。
土魔法だから家の仕事、農業に役立てられたらいいから? ……少しはあるかもしれない。
──いや、でもやっぱり一番は。
「私のつたない魔法を見て、マリアーネ様がおっしゃったのです。『すごいのかもしれない』……と。とても嬉しかったですし、励みになりました。でも、私はまだその成果をお見せしておりません」
そこまで言って一つ大きく深呼吸をする。そしてあらためて姿勢を正し、まっすぐクライム様を見る。
「私を信じてくれたマリアーネ様の言葉、それを……嘘にしたくないからです」
自分の気持ちを言い切った私は、じっとクライム様の返事を待つ。それは先程までとは違い、どこか充実した納得のいく緊張の時間だった。
そんな永劫ともいえる一瞬の時間の後、
「了解した。以後、ティアナ嬢の魔法指導を請け負うことにする」
「あ、ありがとうございます!」
「ふふっ、よかったわねティアナ」
いつの間にか隣にいたフレイヤ様が、どこかほっとした表情をしている。なんでもクライム様は魔法の成績も優秀で、これまでも何人か指導をお願いしてきたが、そのすべてをお断りしていたらしい。
だから私がフレイヤ様に話をした時、若干困っていたそうだ。フレイヤ様からのお願いであれば、きっとクライム様は断らないだろう。でもそんな前例ができてしまえば、お二人に迷惑がかかってしまう。ならば直接頼むしかないが、今までそれで引き受けた前例が無い。故に、今回引き受けてもらえたことは、とても貴重な出来事なのだと。
「さしあたって、明日の放課後はどうかな?」
「はい! 勿論大丈夫です、お願いします!」
そして早速明日の約束を取り付けた。
何故かわからないが、その時の私は今まで感じたことのないような高揚感──期待や不安、その他をすべてない交ぜにしたなんともいえない気分を味わっていたのだった。
明日が……楽しみです!