058.優しさの すごい 悪役令嬢
9/25更新分は9/26に投稿いたします。
折角図書館へ足を運んだのに、ディハルトとの予期せぬ出逢いにより、特に成果もあげられずに寮へ戻ることになった。流石に別行動していたマリアーネ達と合流する頃には、多少気持ちも落ち着いたけど。
一緒にいたティアナだけでなく、二人も私に何かあったのに気付いてはいたが、気を使ってくれたようで詮索するようなことはなかった。だが、どうにも隠し事をしているようで落ち着かないので、三人に部屋に集まってもらい、図書館での出来事を話した。
最初ディハルトと会ったという話をした時は、「おおっ」と声をあげて盛り上がったものの、話が進むにつれ次第にマリアーネとフレイヤから呆れるような視線が突き刺さってきた。ティアナはといえば、既に知っている事だったので、なまじ最初からため息混じりな表情をしていた。
話が終わるとマリアーネが一息ついて、
「……とりあえず、ヴァニエール先生がどうこうの前に……」
「え、ええ」
少し真面目な雰囲気にマリアーネに、少しばかり気圧される。元々マリアーネとは、喧嘩らしい喧嘩もしたことないので、こんな風に睨まれるというのも初めてかもしれない。
そんな私をじっと見据えたマリアーネは、
「レミリア姉さまは、ヴァニエール先生の事が……『好き』なのでしょうか?」
「………………はい?」
自分に向けられた言葉であり、きちんと理解はしたが自己処理ができなかった。私が……ディハルトの事が好きか、ですって? それはも『リワインド・ダイアリー』の推しキャラですから。好きかどうかなんて聞かれたら好きに決まって……決まって……うん?
何故か思考と言いたいことが合致せず発言に窮していると、マリアーネはもう一度聞いてくる。
「もう少し具体的に聞きます。ヴァニエール先生の事を、異性として……一人の男性としてお慕いしていますか?」
「あ、それは無いと思うわ」
「「「えっ」」」
「あら?」
あらためて向けられた質問に、何故か私はすんなりと否定の言葉を返した。それはあまりにもあっさりと、極自然に出てきたもので、質問側の三人だけでなく私自身も驚きの声をあげてしまった。
だが、その返事で自分の中の答えが見つかる。無意識下での返答は、それこそ本音が隠れているということよね。
どういうこと? と困惑している三人に、軽く咳払いをしてから説明を始めた。
「えっとね……とりあえずディハルト……ヴァニエール先生は、私には推しキャラってことで、なんと言えばいいのかなぁ……確かに好きという感情はあるけど、そこに異性への恋愛感情とかじゃなくて……そうだ! 要するに、中の人が目の前に来て大好きな台詞を生で言ってくれてる、みたいな?」
「…………言ってる意味が全然わかりません」
マリアーネに最上級の呆れ顔で言われた。いや、私だって何言ってるのよって思ってるわよ。だからつまりは──
「そうだ! 憧れのアイドルが目の前に現れた、みたいな?」
「さっきよりマシですが、私以外の二人にはまだ理解しがたいみたいですよ」
「あのフレイヤ様、レミリア様の言ってる事わかりますか?」
「ごめんなさい、私にも分かりかねます。レミリアとマリアーネは、時々二人しかわからない会話を致しますので……」
フレイヤのフォローは、聖女の言葉は難解だ……という意味なのだろう。遠まわしに痛い子認定されているんじゃないって事を願っておこう。
「つまりね、私にとってヴァニエール先生は偶像──憧れの存在なの。そこには憧れや尊敬はあっても、異性としての愛情ってのは存在しないの。……わかるかな?」
「偶像……つまり英雄物語で語られる勇者様とか、そういった存在ですか?」
「そうそう、そんな感じ。さすがフレイヤは本好きだけあって、たとえがわかりやすい」
この世界にアイドルはいないけど、人々が憧れる吟遊の英雄はいるものね。そういった存在が、この世界での偶像でありアイドル的な立場なんだ。
「さぁ、この話はこれでおしまい! それより折角四人いるんだから、今週末の休日の話をしよ?」
「そうですね。次はフレイヤの家でお泊り会よね?」
「はい! お父様もお母様も楽しみにしてますわ。ティアナさんの事も既にお伝えしてありますので、安心して泊まりにきて下さいね」
「は、はい……。でもその、まだ緊張すると思いますので……」
そういいながらティアナは、近くにあった自分のぬいぐるみを手にとって抱きしめる。どうやら彼女、先日作った子犬のぬいぐるみが甚く気に入ったようで、この部屋にいる時は頻繁に抱きしめている。本人曰くそうしていると、少し緊張が和らぐらしい。どんなプラシーボ効果よと思わないでもないが、実際に落ち着いているようなので好きにさせている。……あと、なんか可愛らしいし。
そんなティアナを見て、フレイヤが「むっ」と頬を膨らます。
「今度のお泊り会で、私も家の子をこっちに連れてきます。そうしたら皆さんの子と、ちゃんとならべてくださいね。ティアナさんもですよ?」
「へ? あ、はいっ、もちろんです!」
これは先日ティアナがぬいぐるみを作った後、隣に私とマリアーネのぬいぐるみと並べたのを見て、フレイヤが自分のだけ無いと拗ねた事が発端だ。元々フレイヤは篭りがちだった為、部屋には書物以外にも小物や人形なども多数ある。だがこのぬいぐるみは、私とマリアーネが前世知識でかわいらしくデフォルメしたデザインで作られている。この世界にはまだそういう作風はなかったようだが、感性には響いたようでフレイヤは新たに作ったぬいぐるみが大好きになったのだ。
だからこそ、自分のぬいぐるみ──家の子が並んでないのは、寂しいと感じたのだろう。そこにはきっとかつての自分が、少しばかり投影されているのかもしれない。
そんな、妙な迫力のあるフレイヤに睨まれてビクついているティアナに、私は思い出したように話しかける。
「そうそうティアナ。すぐにってわけじゃないけど、近いうちに今度は貴女の家に遊びにいくから」
「…………?」
私の言葉にティアナが不思議そうな顔をする。上手く言葉が届かなかったのかしら?
「つまりね、近いうちに貴女のお家へ皆で遊びに行くから、ご家族の方達にお話を通しておいてくださいね……という事よ」
「はぁ…………って、はあああっ!? 家にですかっ!?」
少し遅れて、思いっきり驚いてくれた。ああよかった、ちゃんと通じてた。
「あの、ちょと、まっ……待って下さい。家はただの農家の平民ですよ? そんな貴族の方々が来るような場所じゃありませんし、その…………ひっ!」
なんかグタグタ言い出したので、すっと右手をデコピンする形で前に出したらティアナの言葉が止まった……よしっ。
「ティアナ、貴女は私に何度同じような事を言わせたいのかしら? もしかして痛いのが好きなの? マゾなの?」
「……なんかレミリア、生き生きしてない?」
「私もそう思うわ。レミリア姉さまの今の生きがいに、ティアナさん弄りがあるわよね」
「そこ、うるさいわよっ」
「「はーい」」
私に聞こえるように好き勝手言う二人を睨むも、何処ふく風と飄々と返事を返される。本当にもう、二人とも変な逞しさを見につけてしまったわ。
まぁ、それより今はティアナだわ。
「いやいやレミリア様! 私だけなら少しずつではありますが、そのレミリア様の心遣いに応えられるようにとの努力はしてますが……家ですよ? 家族なんですよ? 無理ですって!」
「…………そう?」
「そうですっ。心構えをして魔法学園に来た私も、レミリア様達に会ってなかったらどうなっていたことか……。なのに貴族と会う時なんて殆どない平民の家族が、貴族……ましてやお二人は聖女様じゃないですか。驚き過ぎて卒倒しても、何の不思議もないレベルなんですよっ」
肩を上下させながらティアナが力説する。うーん、でもなぁ……せっかくティアナとも知り合って、少しずつだけど仲良くなってきてるし。
何より私とマリアーネって、未だに貴族だとかそういうの気にしないのよね。もちろん公の場ではきちんと分別をつけるけど、街へ出向けば屋台での買い食いもするし、手ごろな岩があれば平気で座ったりもする。もちろんミシェッタたちは口うるさく言うけど、こればっかりは長年しみこんだ庶民感覚だからと押し通している。おかげで最近では、分別をつけてればそこまで小言も言われなくなったけど。
……よし。ちょっとズルだけど、アレでいくか。
「……そうですか、残念です」
「すみません。ですが──」
「折角ティアナの弟妹方に、美味しいお土産をご用意しようと思いましたのに」
「…………え」
私の言葉にティアナの声が掠れ、表情が固まる。
「以前お話したように私は色々な知識がありまして……ティアナさんもお弁当などで、初めて見た料理とかありませんでしたか?」
「あ、はい。幾つか……アレってレミリア様が?」
「ええ。正確には、私やマリアーネが家の者たちに作り方を教えたんですけどね。同じように、街の方々にも広まっている料理もありますわ。そして──
ずいっとティアナの方へ乗り出し、笑顔を浮かべる。
「よろしければ、貴女の弟妹方へ特製のスイーツをお作り致したいと思ったのですが……」
「特製スイーツ……ですか?」
ティアナがごくりと喉をならす。貴族だろうが平民だろうが、美味しいものはおいしいのだ。それに食に関しては私の事を信頼してくれているようで、まだ見ぬスイーツに心が揺れているがわかる。
「ええ。牛乳を使った、甘くて冷たいスイーツ──アイスクリームと言いいますのよ」
「アイスクリーム……」
「ですが残念です。お土産にと腕によりをかけてお作りしたかったんですが……」
「うぅっ……」
わざとらしく悲しそうな顔を向けて、少し残念そうな目をティアナに向ける。案の定、家族思いのティアナは、それを家族……とくに弟妹に食べさせてあげたいとの葛藤に苛まれる。うん、純粋な家族愛に付け込むなんて、私はなんて悪党なんでしょう! ……あ、違った。なんて悪役令嬢なんでしょう!
暫し悩むも、一度深い息を吐き出したティアナは、私の方を見て。
「レミリア様、是非とも家にお越し下さい。何もありませんが、出来うる限りの事で歓迎いたします」
「ありがとうティアナ。でも大丈夫よ、貴女の家族方にご迷惑をかけるつもりはないわ。私達は、お友達の家に遊びに行く……ただそれだけなのだからね」
そう言ってもう一度最上級の笑みをティアナに見せる。うん! 本当に楽しみだ! 気持ち的には、都会を離れ田舎の家へお泊りするテレビの企画みたいな感じね。
そんな事を考えて浮かれている私の耳に、なりゆきをじっと見ていたマリアーネとフレイヤの声が。
「レミリア姉さまの本気の笑顔……脳髄にビリビリきますわね」
「本当に……アレがよくレミリアが仰ってる“悪役令嬢”の微笑み……」
なんだかあまり嬉しくない言葉が聞こえた気がしたので、二人の方を見るとあからさまに視線を逸らされた。なんでよぉ、今回はずっと笑顔を称えた気高いご令嬢だったでしょ?