056.あらすじの無い すごい 出逢い
攻略対象が全て判明したとはいえ、その本人がやってくるのはまだ来週。とりあえず本人に会ってみなければ、何も話は進まないと思われる。なので今週は一先ずその件は置いておき、普通に学園生活を過ごそうと思う。
……そう、学園生活よ!
前世で学生だったのは、まだ会社へ入る前の短大生の時が最後だった。とはいえ、短大は就職するための準備の場だったから、気楽に過ごしていた高校時代の方が印象が強い。それにこの魔法学園、入学が15歳からということもあり、感覚的には高校生を再満喫しているような気分だ。
朝学校へ来て、クラスメイトとともに授業を受ける。お昼休みには友人と一緒に昼食をとり、午後の授業が終わったら帰宅となる。そのまま帰宅……この場合は帰寮と言うべきかもしれないが、そうしない人達は自主的に活動を行ったりしている。いわゆる部活や同好会だ。
お兄様や両殿下、それとクライム様達は生徒会に所属しており、それも一種の活動括りとなっている。ちなみに私達はまだ未所属だ。まだ──というのは後々、マリアーネが生徒会に入るというのがゲームでの決まった流れだからだ。そこでは私は所属してないし、フレイヤとティアナはそもそもゲームには出てこない。
というか、フレイヤは居るという描写はあるが『クライム様の妹は引きこもりで人前に姿を見せない』的な記述のみであり、クライム様ルートでも明かされずに終わってしまう。今思えば、王宮でのガーデンパーティーで彼女と出会わなかったら、きっとゲームのように接点の無い状況になってしまっていたのだろう。あのとき教えてくれたアーネスト殿下には感謝よね。
そんな学園生活は、ノスタルジックに浸るほかにも色々楽しみがある。その中の一つが『図書館』だ。これは学園内に設置されたもので、フレイヤのお父様が館長を勤める王立図書館とは別だ。無論、そちらと比べたら蔵書の数は比較にならないほど少ないが、“魔法学園”という事もありそこの学生が読むにふさわしい本が選出されて置かれている傾向になる。たから物語的な読み物や、諸外国の文化風習を記載した記録的な文献は期待できない。
だが、やはり過去の先輩方が学園で何をしていたかという、学生記録のようなものもあるので、私達の興味は尽きないのも事実だ。
なので私達いつもの四人は、放課後を待って図書館へと足を運んでいる。普段なら私とティアナが前、マリアーネとフレイヤが後ろなのだが、今日はフレイヤに前を譲っている。一秒でも、一歩でも、早く図書館に行きたいのだろう。
「フレイヤって本が好きよね」
「はい! 本は大好きです」
隣を歩くマリアーネの言葉に、一点の曇りなしの笑顔で答えるフレイヤ。昔は現実から逃げる心のよりどころだった本が、今では本当に好きなものになったようだ。フレイヤの将来って、絶対に本関係にすべきよねぇ……というのは、私だけじゃなく皆の総意だと思う。
「そういえばティアナ。あなたって平民なのに、文字の読み書きが普通にできるわよね?」
「あ、はい。家の農家を手伝うにあたり、色々と記録していく事もありましたので、幼い頃から両親に教えてもらいました」
「そうなんだ……でも、そうか。文字の読み書きできないと、まず入学できないわね」
「ですね」
なんとなく、こういう世界の平民は文字が扱えないと思っていたが、実際のところはそうでもないらしい。ティアナの両親も、お互い平民の出だが親に文字を教わったという。
「それに……私は弟や妹にも文字を教えてますので、うちの家族は皆文字よめますよ」
「へぇー……って、え? ティアナって弟や妹いるの?」
「あ、はい。言ってなかったですか?」
ティアナの言葉に私だけじゃなく、振り返って話を聞いてたマリアーネとフレイヤも「聞いてないよっ」と声を合わせる。ただ逆に考えると、ティアナがこうして家族の事を話せるくらいにはこちらを信頼してくれるようになったとも思える。うん、それは良いことだ。
「私の家族は、両親と私の他に、私の下に弟が二人、妹が一人の合計六人家族です。順番に、長女の私、十二歳の長男タリック、九歳の次男フーリオ、最後に七歳の次女ノルアです」
「うわ、しかも結構いるし」
「……って、こんな事言っていいのか知らないけど、ティアナさんが家から出てきてしまっても大丈夫なんですの?」
十歳前後の子供が、まだ三人もいる家庭の長女であるティアナ。その役割は、両親を手伝って家族を支えるのにまだまだ必要なのではないだろうか。そう思ったが、その質問にティアナは自信に満ちた目で答える。
「家のことは、家族みんなに任せてあるから大丈夫です。私がいない間も、三人が両親を支えてがんばってくれると、私を送り出してくれましたから」
「……そっか。それじゃあ、その言葉に応えるべく、勉強も行儀も、色々学んでいかないといけないわね」
「はい!」
私の言葉に元気良く返事を返すティアナ。色々と大変なこともあるだろうに、いつも前向きにがんばっていたのは、そういった事情があったのかもと感じたのだった。
途中で少し、でも非常に楽しい脱線話を交えながら、私たちは図書館へ付いた。──そう、ここは図書室ではなく、図書館だ。学園敷地内に立てられた専用施設で、そこには学園の警備員とはまた別の警備員がいる。というのも、魔法学園の図書館にある蔵書の中には、それに見合うだけの価値がある蔵書もあるからだ。
とはいえ、この学園の生徒であれば自由に閲覧は出来る、もちろん、貴重な書物は持ち出し不可だが、そういった一部の本以外であれば、学園内だけでなく寮への持ち帰りも許可される。
「あの、初めて利用するのですが……」
入り口にてフレイヤが声をかける。その声で私たちに気付いた受付の人がこちらを見て、
「それでは学生証の提示をお願いします……あっ! せ、聖女様!?」
「あ、はい」
「こ、こんにちは」
フレイヤの後ろにいた私とマリアーネを見て、受付の人が驚いたような声を上げる。それが聞こえた近くの警備員もはっとした顔をしてこちらに敬礼をしてくる。
「あ、あの。私たちはここではただの学生ですので、その、そんな畏まる必要は……」
「いえいえ! 私はこの学園施設の図書館に勤務しているだけで、教師とかではありませんので、お二人のことは聖女様と呼ばせていただきます」
そう言って頭を下げられた。どうやら街の人たちよりも、色々と王命が行き届く貴族のほうが“聖女”という言葉に力がありそうだ。
それならばと今度は警備員にも同様に言ってみるが「任務ですので」と、再び敬礼されてしまった。……うん、まあコレは慣れるしかないか。
とりあえず私とマリアーネ、そして聖女様のご友人としてフレイヤとティアナが許可をもらって図書館へと入館する。その間、受付の人はずっと頭を下げてるし、警備員さんは敬礼していた。
ひとまず奥へ進み、入り口から見えない辺りまで来て皆で大きく息を吐き出した。
「なんか……久しぶりに“聖女”って単語の意味を思い出したわ」
「私も……というか、今まで自覚が無さ過ぎたかも」
私とマリアーネが照れくさい感情を顔に浮かべ、愛想笑いをしながら心情を吐露した。そして同時に、聖女が自分ひとりじゃなくてよかった……とも。さっきは畏まって挨拶されただけだが、これからはアレが当たり前になった場に赴くことだってあるかもしれない。そう思うとマリアーネの存在は心強い。
「……そうですよね。お二人は、聖女なんですよね」
ふとすぐ傍から、そんな言葉が聞こえた。フレイヤだ。とはいえその表情は、どちらかというと「私も忘れてましたー」みたいな気軽さだ。少し前の彼女ならいざ知らず、いまの彼女は私たちが少しくらい面倒くさい──じゃない、特別な存在でも友達でいたいと言ってくれる人物だ。
ちなみにティアナは、貴族ほど聖女という言葉に立場や心情が左右されないためか、『かなり位の高い貴族様』くらいにしか感じないらしい。もちろん特別だと理解しているそうだが、自分の知識の中での区分ボキャブラリが少ないということなのだろう。
ともあれ無事入館したので、早速色々と見て回りたいという事になった。だが、初めて訪れた場所なので、まずはどういった感じで本が納められているのかを、各々がざっと見て回る事となった。……が、さすがにティアナ一人は色々あると困るので、フレイヤとマリアーネは一人で、私とティアナは一緒に散策をすることにした。
「それじゃあ行くわよ。……って、どうしたの? 早く来なさい」
「あ、いえ。その、やっぱり私が、聖女さ──レミリア様の隣を歩くのはいかがかと……あだっ!?」
あんまりグダグダ言うので、素早くデコピンしてみた。案の定涙目でこっちを見るティアナ。
「何度も言ったと思うけど、話がしにくいから隣にいなさい。いいわねっ?」
「は、はい! わかりましたっ!」
私からの命令に、嬉しそうに元気良く返事をかえされた。その顔も、なんだかとても嬉しそうでこちらも続く言葉を思わず飲み込んでしまう。
「──君達。ここは図書館だから、静かにね」
「も、申し訳ありません」
「ごめんなさい」
流石に少し騒がしかったのか、何人かの視線を集めてしまっていた。そして傍にいた人から注意を受けてしまう。うぅ、何が聖女よって思わず自己嫌悪しそうになる。
とりあえず私とティアナは声をかけてきた男性に頭を下げる。そういえば何方でしょうかと顔を上げてみるが、服装は生徒ではなかった。
そこにいた人物は──ディハルト・ヴァニエール。来週来るはずの教育研修生で、攻略対象で、私の推しキャラであるディハルトだった。
な、な、な、な……なんでここにいるのぉッ!?