052.初めての すごい 特技
「お帰り、レミリア、マリアーネ」
「お帰りなさい、レミリア、マリアーネ」
家に着き玄関ホールにはいると、正面にはお父様とお母様が待っていた。また、左右に何名かの執事とメイドも並んでいる。おそらく今手が空いてる屋敷内の者は、全員ここに来ているのだろう。
「もう、まだ一週間なのに大げさだなぁ……。ただいま、お父様、お母様」
「ただいまです、お父様、お母様」
まずは私とマリアーネが進み挨拶をする。その後ろには、フレイヤが続く。
「お久しぶりです、ギルバート様、アルメリア様」
「久しぶりだねフレイヤくん」
「娘と一緒に貴女も入学ですもの、寂しかったわフレイヤさん」
両親がフレイヤを笑顔で迎える。フレイヤにとってうちの両親は、もはやもう一人の父母くらいに親しくなっている。同様に私とマリアーネも、フレイヤの家の両親とは随分と親しくしてもらっている。
だが、今日はここにもう一人連れてきている。
「さあ、ティアナ様。どうぞ」
「え、あ、ええっと……」
ミシェッタに後ろから押されるように、ティアナがホールへ入ってくる。それに気付いた両親が、真顔となり視線を向ける。
「…………」
「あ、あっ、あのっ……」
だが、すっかり萎縮してしまったティアナは言葉がでない。だがそれを見ても、お父様はじっと見ているだけで言葉を発しない。
「こら! こんな事で緊張しないの。まずは挨拶なさい」
「あ、はい! ティ、ティアナです! 学園ではレミリア様について、色々と学ばせていただいております! ど、どうぞよろしくお願いします!」
元気良く挨拶をし、少しぎこちないながらもカーテシーをする。衣装は先ほど買った白いワンピースドレスに着替えており、見た目的にはまずまずという感じかしら。
挨拶が終わると、お父様はゆっくりと近寄ってきてティアナの前へ。その状況は、まるでヘビに睨まれたカエルという感じにしか見えない。そしてお父様が、右手を前に伸ばし──
「はじめましてティアナ嬢。レミリアとマリアーネの父、ギルバート・フォルトランだ。今後も娘達と仲良くしてやってくれ」
笑顔で挨拶を述べるお父様。それに対しティアナは、目の前に差し出された手と、自分に向けられた言葉に呆然としてしまう。
「……ほら、握手!」
「あっ、は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
慌ててお父様の手を、いつぞやのように両手で包み込んで握手をするティアナ。……この子、緊張するとこんな感じになるのよね。
「私は母のアルメリア・フォルトランよ。よろしくね、ティアナさん」
「は……はい! よ、よろしくお願いします!」
軽く頭を下げたお母様を見て、手を繋いだままティアナは何度も頭を下げる。……なんか、落ち着きのないコメツキバッタみたいだわ。絶対に心臓は小動物系よね。
そんなティアナに笑顔を向ける両親を見て、とりあえず私は安堵するのだった。
玄関ホールでの顔合わせをした後、今度は私の部屋へ。屋敷内ということで、ミシェッタ達専属メイドも一旦他のハウスメイドと一緒に家事へ。フレイヤの専属であるマインも、すっかり家の者たちには顔なじみなので一緒に仕事をこなしてくれているらしい。
「お二人とも、お元気そうでよかったですわね」
「まあねぇ。まだ入学して一週間しか経ってないんだから」
「でもフレイヤも居なくなって寂しいって、お母様は言ってたわね」
「………………」
とりあえずお茶を飲みながら、ゆっくりと談笑に浸る。街に出かけるのは楽しいけど、こうやって落ち着く場所でのんびり話すのは、徐々にかけがえのない時間になるかもしれない。
「しかし、まだ数日しか経ってないのに、もう部屋が少し懐かしいわね」
「……レミリア姉さま、もうホームシックですか?」
「別にそんなんじゃないわよ。ただ、私ってば思った以上にこの家が好きなのかなぁって」
「あの……『ほーむしっく』とはなんですか?」
「ああ、ホームシックというのはね……」
「………………」
さすがに、ほんの数日でノスタルジアに浸るほど繊細じゃない。もしそんなんだったら、私はずいぶんと日本を思い返しで塞ぎ込んでいたであろうし。そんな事を考えながらふと横を見ると、先程から一言も発してない人物が目にとまる。
「ティアナ、どうかしたの?」
「………………」
「──すぅ……ティアナッ!!」
「ひゃぁあああいいいぃっ!?」
あら、面白い声。息を吸い込みながら悲鳴あげるとこんな感じなのかしら。
「先程からどうしたの? 一言も発言してないじゃない」
「あの、えっと……すみません。なんだかずっと緊張してしまって、その……」
そう言ってキョロキョロと部屋の中を見渡す。確かにティアナってば、ここへ着てからはホールでも廊下でも、ずっと周りをみてばかりだったけど。
「この部屋は私の部屋で、今は私達四人しかいないから、安心していつも通りデーンとかまえてていいわよ」
「レミリア……ティアナさんは普段でも、特に横柄な感じじゃないわよ」
フレイヤにさりげないツッコミをされた。もっと気楽にしていいわよって言いたかったんだけど……。
「初めて来た場所だから緊張するかもしれないけど、所詮は私の部屋ってだけよ。学園寮の私の部屋はあなたも同室なんだから、ここも自分の部屋だと思ってくれていいわ」
「無理ですっ!」
「ティアナさん……レミリア姉さまは貴族でありながら、その実中身は爵位とか気にしない……良く言えば奔放な性格なのよ。これはもう慣れるしかないわね」
「そうですわね。ティアナさんは、これから三年間レミリアと寮で同室なのですから、どうあやして──お付き合いしていけばいいのか、ゆっくりでも慣れていきませんと」
なんだかしゃくぜんとしない発言が聞こえた気がする。特にフレイヤが、地味に辛らつだ。
「……わかりました。学園ではレミリア様付きのメイドとしての姿勢も学ばないといけませんし、一日でも早くレミリア様に認めてもらえるように精進いたします」
「え、ええ、そうですわね。……何か話がずれてしまったような気がしますが……」
思っていたのとは違いますが、ティアナから随分と緊張が抜けたようなのでこれでいいかな。後は……
「ねぇ、マリアーネ」
「はい?」
「さっき私を、“良く言えば奔放”って言ってたわよね? じゃあ“良く”じゃなければ?」
「そうですわねぇ……一言で言えば……“雑”?」
……妹からの評価もかなりの辛口でした。
それからは、先程よりもだいぶティアナもしゃべるようになった。とはいえ、終始部屋の中が興味津々なのか、いつしか私の部屋を物色するかのように、皆で色々と見ることになった。
といっても別段怪しいものがあるわけじゃない。人に見られるような怪しい書物もなければ、当然やばいデータが詰まってるパソコンも存在しない。主になんとなーく置いてある家具や、棚に並べられている本棚などが、ティアナの興味の対象だった。そんな中、ふとティアナの視線がある一点で止まった。
「レミリア様、あれは何でしょうか?」
「ん? ……ああ、アレね」
私のベッドの脇にある、あるモノを興味深そうに見つめるティアナ。それを見てマリアーネとフレイヤも、思わず笑みを浮かべる。その笑みは、決してティアナを貶すようなものではなく、ソレを見てしまうと思わずなってしまう表情なのだ。
私はベッド脇にあるソレを手にとり、ティアナの眼前へすっと出す。
「ふわぁ……これは……」
「ふふ、かわいいでしょ? これはね……子犬のぬいぐるみよ」
「子犬の……ぬいぐるみ……」
ティアナに見せたのは、白と黒色の布地を使って作った子犬のぬいぐるみだ。ある時ふとぬいぐるみが欲しくなったのだが、ここらにそういった文化は存在しなかった。だが一度思いついてしまうと、なかなか引き下がれないのが人の性。マリアーネと協力して、デフォルメした子犬のぬいぐるみの絵を描き、それをもとにミシェッタとリメッタにあーだこーだ言って作ってもらったのだ。
「触ってもいいわよ。やさしく手にとってね」
「は、はい……それじゃあ……はぁあああ~……」
こわごわと手にとったぬいぐるみを、目を輝かせてみつめるティアナ。こっちではぬいぐるみが無いので、こういう“人形”に対してどうしていいのかわからないのだろう。
とりあえずなでたり抱きしめたりを教えてみようとしたとき、さきほど部屋を出て行ったマリアーネが戻ってきた。そして、その手にあるのは。
「ティアナさん、こっちが私のよ」
「ふわぁああ……白い子犬……」
マリアーネが差し出したのは、白と薄い灰色で同じように作られた子犬のぬいぐるみだ。私のを作ったときに、色違いで一緒に作ったものだ。
「ちなみに私は、家に青い子犬さんのぬいぐるみがありますわよ」
「フレイヤ様も……」
フレイヤのぬいぐるみは、うちに遊びに来た時ぬいぐるみが大変気に入ったようで、ミシェッタ達にアドバイスをうけながらマインが作成したものだ。さすがに皆メイドだけあって、初めて作るぬいぐるみも、とても上手に出来上がったのには感心した。
「このぬいぐるみはね、ミシェッタ達メイドが作ってくれたの」
「ミシェッタさんたちが……」
私の言葉を聞いて、驚きながらもどこか納得してもう一度じっくりとぬいぐるみを見る。そっと指を押し込んでみたり、手足をちょんとつまんでみたり。頭部や背中をなでたりと、いつしかぬいぐるみを自然と愛でるような行動をとっている。
しばらくそうしていたが、ふと手を止めて何か決意したような目をこちらに向けるティアナ。
「あ、あの! レミリア様、お願いがあります」
「ふふ、何かしら?」
そう聞き返しながらも、おおよその予測は付いていた。きっとティアナもぬいぐるみが欲しい……そう言うのだろう。もっとも、最初からそういう意図があって触らせたりしているのだ。むしろ、そんな要望を言ってくれることがちょっと嬉しい。
「わ、私も……この、ぬいぐるみが欲しいです」
「ええ、いいわよ──」
「だから!」
がばっとこっちに寄ってくるティアナ。思わずその勢いに言葉が途切れてしまう。
「是非私に、ぬいぐるみの作り方を教えて下さい! 自分で作ってみたいのです!」
そう言って頭をさげられた。もちろん申し出は了承だ。
すぐさまミシェッタとリメッタを呼び、急遽ぬいぐるみ作成会が開催されたのだった。
農家の娘であるティアナは、生活の必須として家事手伝いが思いのほか上手だった。そのためぬいぐるみを縫う作業も、手順を教えるとすぐにコツをつかんでいった。
最初は色々とアドバイスをしていたが、徐々にかける言葉が減っていき、途中からは彼女が行う裁縫作業の音だけが部屋に流れていた。
そして……気づけば目の前に、彼女の髪色と同じ薄いピンク色の子犬のぬいぐるみが完成していた。
「すごいじゃないティアナ! 初めてなのにこんなに上手に」
「とても良く出来てますわね……。ティアナさんって手先が起用なのね」
「うふふ。このピンクの子犬さんもかわいらしいですわね」
「あ、ありがとうございます」
私たちの言葉に、嬉しそうに照れるティアナ。
「……いえ、本当に上手です。これは普段より、縫い物などをしている人ならではです」
「そうですね。縫い目の一つ一つがしっかりしていて、もしかすると私達よりも……」
ミシェッタ達も賞賛の言葉を送る。さすがにティアナも照れくさいのか、出来上がったばかりのぬいぐるみを、ぎゅっとだきしめて笑みをこぼす。
そのティアナの笑みは、普段どこかオドオドしている平民ではなく、何かに自信を持った人が見せる満足感のあふれてくる表情だった。自分事ではないのに、それがなぜか嬉しいと思ったのだった。