051.引き続き すごい 休日
店を後にした私達は、今度は屋台などの立ち並ぶ道を歓談しながら歩いている。いわゆるウィンドウショッピング……と言いたいところだが、雰囲気としてはお祭りの屋台めぐりに近い。食べ物を中心とした屋台が並んでおり、玩具や射的などの屋台の替わりにアクセサリなどちょっとした装飾品が並んでいる。
私としてはどっちでもいいし、隣のティアナにいたっては視線がめまぐるしく動いて忙しない。なんか都会にやってきたおのぼりさんみたいだ。
「……ねえティアナ。ひょっとして、貴女ってあまり街には来たことないの?」
「はい! だからこんなに賑やかな所初めてです!」
その返事っぷりから、元来元気が取り柄な子なんだと感じられる。学園では貴族にかこまれて、心苦しい心境であったのだろう。だが、この賑やかな街の通りの雰囲気は、どうみても下町感満載で気安い感じになるのか。
「こんなに人がいるのに、今日って別にお祭りとかじゃないんですよね?」
「そうね、ここはいつもこんな感じね……って、貴女って本当にここに来たこと無いのね」
「は、はい……親が農家だから、その手伝いとかでずっと忙しくて……」
私の言葉に、少し寂しげに苦笑いを浮かべる。それを聞いてちょっとばかり私も恥じ入ってしまう。この世界の農家の子には当たり前の事かもしれないが、子供時分からずっと家の手伝いばかりの生活というのは私には無理だ。
「……ごめんなさい。無神経な言葉だったわね」
「そ、そんなこと無いです! それに今日、連れてきて下さいました! レミリア様には本当に感謝してます!」
あまりの剣幕に、少しばかり驚いて絶句してしまう。私がそんな風になるほどだから、一瞬辺りの音が掻き消えて視線がこっちに集まる。
「おお、レミリア様じゃないですか!」
「お久しぶりですね、レミリア様!」
「マリアーネ様とフレイヤ様もご一緒だ」
「お嬢様方、こんにちはー!」
途端、周囲からよせられる歓迎の声の雨あられ。歩いてる最中も時々視線を感じたが、こう大々的にみつかってはごまかしようもない。本当は普通にまぎれていたかったけど、こうなったら腹をくくるか。
「お久しぶりです皆様。今日は妹や友人たちと遊びに来ております。私どものことは気になさらず、ご自由にお寛ぎください」
そう言って軽く頭をさげる。それに習いマリアーネとフレイヤも頭をさげる。
「ティアナ、あなたもなさい」
「え? ……あ、えっと、よろしくです」
あわてて頭を下げるティアナ。それを見て周りからは暖かい視線が投げかけられる。
「レミリア様、そちらのお嬢様はどなたですかー?」
「こちらは私のご学友のティアナです。学園寮では同室の相方ですわ」
「え、あ、あの?」
私の突然の紹介に、ティアナが驚いて振り向く。だが周りの人たちは今度はティアナに声をかける。
「おー! ティアナ様ー!」
「よろしくティアナ様ー!」
「あ、あの! 私は平民なので様なんてつけなくても……」
「わかったー! よろしくねティアナちゃーん!」
「よろしくティアナー!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
ノリ良い住民たちは、すぐさまティアナにも暖かな声をかける。その声が心地よく、素直に笑みを浮かべて返事を返すティアナだった。
その後も何度も声をかけられながら道を進み、ようやく少し休めそうな所まで来た。近くに小川が流れ、心地よい風がながれる広場だ。休憩するのにほどよい岩の段差もあり、そこに座って休むことにする。
そして例のごとく、自分は座ろうとしないティアナを強引に隣に座らせる。一瞬躊躇するも、だんだんと私のやり方がわかってきたのか、すぐにおとなしく座った。
「それにしてもレミリア様達は、街の皆さんにすごい人気ですね」
「そう? まぁ、邪険にされてはいないけど、人気ってほどじゃないでしょ」
「そんな事ないですよ。さっき挨拶したときは人だかりがすごかったですけど、その後はレミリア様達の迷惑にならないようにって皆さん気遣われていましたから」
んー……貴族で領主令嬢のくせに、気軽に街に遊びにくるから受けがいいのかな。よく買い食いもするし、案外チョロい客と思われてるのかも。事実だけど。
「レミリア様達はこの街の方々に色々と貢献なされております。それに皆さんが感謝をして、あのように歓迎の意を示してくれているのです」
「そうなんですか!?」
そうなの? そんなに感謝されるようなことしたっけ? 驚く私を尻目にミシェッタが語ったのは、いつしか領民に広まったハンバーグ等、私やマリアーネがこの世界で再現した料理などだった。ハンバーグのほかにも、ジャガイモを摩り下ろして固めてあげたコロッケや、ハンバーグをあげたお手軽メンチカツ、他にもいくつかの料理などがそうだった。そしてそれは、料理以外でも同じだった。
「えっ! 食材の冷蔵保存方法ってレミリア様が考案したんですか!?」
それは以前、私たちのデビュタント時に食材を遠地から運ぶ際、できるかぎり鮮度を保とうとして行った方法だ。大きさの異なる容器と土と水。これを使った簡易の冷蔵容器の仕組みを、あの後一般に広めたのだ。誰でも手軽にできるうえ、その効果はなかなかのものであり、今では領民は無論のこと王宮でも多用される基本知識になってきている。
「そっか、ティアナの家は農家だから……」
「はいっ! あの冷蔵保存の方法にはとっても助けられてます! ……そっかぁ~、私ってもう以前からレミリア様に助けてもらってたんですね。ありがとうございます」
しみじみとお礼を言うティアナに、おもわずたじろぐ。いつも気持ちを素直に口にする子だが、今回は気持ちがじんわりと強く感じられてどこか気恥ずかしい。
「べ、別に……貴女を助けたわけじゃないわ、偶然よ」
「…………レミリア姉さま、それってもしかしてツンデレってヤツですか?」
「んなっ!? わ、私がそんなありふれたテンプレ台詞を……」
マリアーネの定番ながらもするどいツッコミに、本気でひざから崩れ落ちる。よくアニメやゲームで
『べ、別にアンタのためにやったんじゃないんだからね!』
という台詞を見るたびに「そんな事言う人いるわけないない」と笑い飛ばしていたのが、今となってはとてつもなく恥ずかしい。それが自分だったとは……。
「あの、レミリア様、大丈夫ですか……?」
「ええ、大丈夫よ。ちょっとだけ、ティアナのまっすぐな心が強すぎただけよ」
「…………?」
私の言葉がいまいちわからずに頭を傾げるティアナ。でも、他の人たちは理解したようで、どこか生暖かな視線を注がれてしまった。
ひとしきり楽しんだ後、私たちは自家の馬車に乗り街を出た。私、マリアーネ、フレイヤの三人がそれぞれの自分の馬車にのり、当たり前だがティアナは私と同乗。車内では腰をおちつかせ、ようやく落ち着いて一息つけた。
すると何か思いついたのか、ティアナが私に話しかけてきた。
「先程の街の皆さんですが……レミリア様やマリアーネ様を、普通に名前で呼ばれてましたよね? ひょっとして、お二人が聖女だという話ってまだ行き届いてないのでしょうか?」
「あー……全然気にしてなかったわね。ミシェッタ、そうなのかしら?」
「はい、おそらくは。まだお二人が正式に公表したのは入学されてからですので、今頃は王命により貴族を中心に話が広がっているはずです。早ければ数日……遅くとも、あと半月ほどでこの辺りの領民には伝達されるかと思われます」
そんな感じなのかと思いながら、この世界での情報伝達に関して改めて実感する。とはいえ、ネットも何もないため、普通はこんなものなのだろう。それにいくら私やマリアーネが前世知識があっても、電話とかを整備できるわけじゃない。じわじわと伝わっていくのを待つしかないわけだ。
「でもそうなると、次に街に行った頃には話が伝わってるかもしれないわね」
「そうですね。ですがあの地の方々は、皆レミリア様達を大切に思っておられますので、聖女であってもそうでなくても何ら変わらないと思われます」
「ふふ、ありがとう」
私がお礼を述べるのを見て、ティアナが「おぉ……」と驚いた顔をする。ミシェッタと一緒の馬車だったので、少し気がゆるんですんなりお礼が出たのだろう。それが別段悪いわけではないが、やはりはじめての学園生活で少し力んでいたのかもしれない。
馬車にゆられながら、窓から外を見る。見慣れた領地の景色だが、ちょっと心が安らぐ気がする。
「あ、あの。もう一つお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ、いいわよ。何かしら?」
私の雰囲気が普段よりやわらかく感じたのか、めずらしくティアナから再び声をかけられる。今だけじゃなく、今後もどんどんこんな感じになってくれるといいわね。
「えっと……私達は今、どちらへ向かっているのでしょうか?」
「あら。言ってなかったかしら?」
てっきり馬車に乗る際、行き先も教えていたと思ったけど忘れていたのね。ミシェッタに確認すると、まだティアナには伝えてないとの事。てっきり私が内緒にしているんだと思ったらしい。いやいや、そんなつもり無かったよ。
「ごめんなさい、伝えてなかったわね。行き先は私の家──フォルトラン家の屋敷よ」
「えっ…………えええぇっ!?」
馬車の中に、ティアナの絶叫が響いた。思わず私もミシェッタも顔をしかめるが、まあ私のせいだから我慢しよう。
というかティアナ、貴女ってばよくよく驚いてますわね。そんなんだと疲れますわよ。