050.充実の すごい 休日
私達が魔法学園に入学して、最初の休日を迎えた。この世界も七日で一週間という概念があるようで、最初の五日間……いわゆる月から金の平日は授業があり、残り二日の土日が休日となっている。週休二日なのは私的になじみやすいので安心だ。
そんな初めての休日、私達は学園を出て街へとやってきていた。同行者はマリアーネとフレイヤ、各々の専属メイド。そして──
「あ、あのレミリア様。何で私は、その……この服装なんですか?」
もちろんティアナも一緒だ。……メイド服を着ているが。
「仕方ないでしょ。あなたってば手持ちの服は制服しかなかったじゃないの」
「な、ならば制服で……」
「今日は学園お休みだから制服は洗濯したのよ」
「あう……」
そんな訳で、現在ティアナはミシェッタが持っていた予備のメイド服を着ている。軽くサイズを仕立て直しただけだが、特におかしなところもなく着こなせているようだ。
「それに、今日あなたにメイド服を着せているのは、他の理由もあるのよ」
「えっと……それは一体何でしょうか」
「貴族の屋敷に来るメイドっていうのはね、働き口を求めてという理由の他にも、社交界での行儀やマナーを学ぶための講習の場でもあるの。例えばうちのメイド、ミシェッタとリメッタ」
名前を呼ばれた二人は、こちらを見て頭を下げる。
「彼女たちはノーバス男爵家の三女と四女よ。元々は行儀見習いとしてうちに来たのだけれど、あまりに優秀すぎるため、今では私達には必要不可欠な存在になってしまったわ」
その言葉に二人とも笑顔を返す。マリアーネも「ありがとうね」と声をかける。
「そうなんですね……。それでは、フレイヤさんのメイドさんもそうなんですか?」
「えっと、彼女は違いますよ。マインは平民の出身です」
「ええっ!?」
フレイヤの言葉に驚くティアナ。当然だが彼女の専属メイドであるマインは、とても行き届いた行儀をとっており、貴族が集う場所に出てもなんら問題のない存在だ。
「元々マインはうちの一般メイドの一人でしたが、格闘が得意のため護衛をかねて一緒にいてもらってます。マインがいると、私も安心なんですよ」
「恐縮です」
ほめられて頭をさげるマインさんだが、どこか嬉しそうに見えるのは私だけじゃないハズだ。
「そんなわけで、メイドというのは行儀を学ぶための役割もあるの。ティアナはまず、そこからきちんとしていかないといけないからね。せっかくだから、今日はメイド服を着てもらい、そういう心構えを培ってもらおうって狙いもあるのよ」
「わ、わかりました。その期待にこたえられるように頑張ります」
とりあえず、ティアナが納得してくれたようだ。
「では皆さん、まずは──」
「まずはやはり、服ですわね」
私の言葉に皆が頷く。……いや、一人だけ戸惑っているような表情の者が。
「あ、あの! 私は服を買うようなお金とても……」
「大丈夫だから。あなたの分は出世払いにでもするから」
「しゅっせ……?」
「いいからっ。後でちゃんと納得のいく説明をしてあげるわよ。さ、行くわよ。ミシェッタもサポートお願いね」
「わかりました」
「わ、わ! レミリア様!」
まだ何かを言おうとするティアナの手をつかみ、目の前にある服屋へと入っていく。服屋と言っても、前世の日本とかでいうブティック等とは違い、ここは平民が日常の服を購入する店だ。とはいえ、捨てたものじゃない。何よりこのお店は、
「こんにちは。お久しぶりですね」
「まぁレミリア様! お久しぶりです、本日はどうなさいましたか?」
いわゆる顔なじみだ。といっても、この店が特別というわけではない。私とマリアーネは根底にある庶民感覚のため、変に気取った貴族用の店より、こういった気楽な庶民の店が好きでよく来ていたのだ。たとえるなら……かしこまったホテルディナーよりも、友達とわいわい食事するほうが好き……という感じと同じかしら。
「今日はね、こちらのティアナに合う服がほしくてね」
「あら、そちらの方は初めましてですね。私がこの店の店長です」
「は、はいっ、初めましてティアナです」
「実はね店長、今はこんな格好してるけど、ティアナは私と同じ学園の生徒なの。そんでもって平民なんだけど、魔法の才能もあるからって私が目をつけてるのよ。だから、店長のセンスで何か選んでもらえないかしら?」
「まぁ! レミリア様のお気に入りというわけですね。わかりました、ではティアナ様こちらへ」
そう言ってにこやかな笑みを浮かべて、店長はティアナを店のおくに連れて行ってしまった。その手際のよさに私とミシェッタは感心し、ティアナは驚いてるだけで声も出せずに連れて行かれてしまった。
そこで、少しばかり静かになったので、店内をぐるりと見渡してみる。貴族御用達のきらびやかな店とは違うが、整理整頓が行き届き清潔に保たれた状態はとても好感が持てる。
マリアーネはリメッタと、フレイヤはマインとそれぞれがお互いに似合う服を選びあっている。私とミシェッタがこの店では、主従云々を抜きで似合う似合わないと服をやりとりするのを見て、いつしか二人も同じようにするようになったのだ。
「ん~~~~、やっぱりこの街のこういった店は落ち着くわねぇ」
「レミリア様は不思議ですね。旦那様も奥様もケインズ様も、ごく普通の貴族ですのに」
「んむ? それってどういう意味?」
「誤解を恐れずに申し上げるなら……どうしてそんなにも庶民の感性といいますか、そういうものが理解できるのか……それがずっと不思議です」
不思議だと口にするが、何かを探っているというよりも、その声は楽しんでいるという感じだ。
「そこがレミリア・フォルトランっていう人間の持ち味ってことで」
「ふふ、わかりました。これからも色々と楽しみにしております」
「あんまり過度な期待はナシよ」
周囲を見渡しながら、ミシェッタとのんびり雑談をする。当初学園に入学した際には、こうしてミシェッタと二人だけの時間が増えると思っていたのだが、初日からティアナを引っ張ってきたりして、思いのほかそんな時間はほぼ無かったかもしれない。
そんな、どこか貴重に感じた時間を満喫していると、店の奥から店長が戻ってきた。そしてその後ろから、ティアナが少し恥ずかしそうについてきた。
「レミリア様、お待たせいたしました」
「ど、どうですか、レミリア様……」
私の前おずおずとやって来て、恥ずかしそうな顔をするティアナ。そのティアナの服装だが……正直なかなかのコーディネートに驚いていた。
ティアナの髪の毛は、薄いピンク……いわゆる桜色という感じなので、それを生かした明るい色でかためると思っていた。だが、今彼女が着ている服……庶民用のワンピースなのだが、色がなんと“黒”である。そんな黒色のワンピースだが、フレアスカート丈が膝がギリギリ隠れるほどで、色合いとかもし出す雰囲気がとても庶民とは思えない愛らしさを演出していた。
「…………いい、いいわね」
「え?」
「いいわね! すっごくいいじゃない!」
元々の素材も悪くは無いと思っていたが、入学してから毎日お風呂も一緒にはいり、頭も体もしっかりと洗ってあげている。おかげで髪はとてもふわふわだし、肌も初めてあった時よりぜんぜん滑らかだ。そこへきて、きちんとしたコーディネートをしたティアナは、どうみてもいいとこのお嬢様だ。さすがに上流貴族とまではいかないが、子爵男爵あたりの令嬢なら十分通せるレベルだろう。
ワイワイやっていると、声をききつけたマリアーネたちもやってきた。
「わ! ティアナさん、すごく可愛い!」
「本当です! とても似合ってます!」
「あ、ありがとうございます……」
二人の賛辞にティアナが照れる。その様子を見ていた私は、店長に提案を持ちかける。
「店長、よかったらティアナにもう2~3着選んでもらえないかしら。そうね……今度は別の色を基調にした感じで」
「いいですね。では……白や青、紫といった色はいかがでしょうか?」
「ふむ……いいわね! よし、お願いするわ!」
「承知いたしました。ではティアナさん、また少しお願いしますね」
「へ? あ、あれ? ええ~っ!?」
再び店長に手を引かれて行ってしまうティアナ。そして、今度は皆でその結果を待つことにした。先程のコーディネートを見ても、店長のセンスはとても優秀だ。ティアナには悪いが、ちょっとしたファッションショーを見ているような気分なのよね。
「私ってば、黒髪だからさっきみたいな黒いワンピースはあまり似合わないのよね」
「というよりも、レミリア姉さまが黒を着衣すると、ある意味似合いすぎて怖いですよ」
「うぅ……酷い……」
「あ、あの。私も黒髪なんですが……」
「フレイヤは不思議よね。たぶんさっきティアナが着てたワンピース、フレイヤも似合うわよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「なんかマリアーネが私に辛らつなんですけど!?」
ティアナが戻ってくる間、私達は華やかに……そして少しばかり騒がしくも楽しい時間をすごしていた。そしてそれは、ティアナが戻ってくる度に、よりいっそう盛り上がるのであった。