005.素敵なデビュタントに向けてって本当ですか?
お兄様から私達のデビュタントの事を聞かされた。そういえばこの世界では12歳になったらデビュタントを執り行う習慣があった。
多少緊張はするが、貴族の令嬢ともなれば誰もが通る道。むしろデビュタントなしの貴族令嬢なんて荒唐無稽な存在いるのだろうか。そう思っていた私の耳に届いたマリアーネの言葉は──
「『でびゅたんと』、ですか?」
だった。おいおい、まさか知らないんじゃないよね?
恐る恐るマリアーネを見ると、少し「?」という顔をした後、「あっ!」と小さく声をあげた。
どうやら記憶が戻る前の、セイドリック男爵令嬢時代の記憶からなんとか掘り起こしたようだ。だが安心するのもつかの間、今度は、
「えっ!? わ、私がデビュタントですか!?」
「ああ、そうだよ。セイドリック男爵……前のお父様よりお聞きしてなかったかい? 家のレミリアとマリアーネは同じ年齢だから、デビュタントを一緒にするという話は通してあると父上は言ってたよ」
「そうなんですのお兄様!?」
そんな話は初耳ですわ。でも確かに、同じ歳の娘がいるのであれば一緒に行うのは普通ですわね。
ならばもうすぐに気持ちは切り替えて──
「レミリア姉さまと一緒なんですか!? やったぁぁああっ!!」
きゃっほーっと万々歳で喜ぶマリアーネ。そのはしゃぎっぷりに苦笑しながらお兄様がなだめている。まあ、正直なところ私も一人でやるよりマリアーネと一緒の方が何倍も嬉しい。
大喜びのマリアーネは私を見ると、がしっと両手をつかんでぶんぶん上下にふる。
「レミリア姉さまっ、素敵なデビュタントにしましょうね!」
「え、ええ。そうね、一緒に良いものに致しましょう」
「はいっ」
ともあれ、こうして私とマリアーネの合同デビュタント作戦は開始されたのだった。
私とマリアーネは、二人合同でのデビュタントについて少し考えることにした。
まず基礎情報として、デビュタント・ポール──デビュタント舞台は、ここフォルトラン家の屋敷にあるホールとなっている。そこはダンスホールとしての役割をも果たせる広さで、領主主催の催しなどを執り行える場所だ。今までもこの場所を使用しての催しには、幾度か参加もしてきた。
だが今回のデビュタントは、私とマリアーネが主役だ。それだけで少し緊張してくる。
そんな場所でおこなわれるデビュタントだが、普通に私達二人をお披露目する──というだけでは終わらないだろう。なんせ領主令嬢となる身分の二人。今後、この領主を取り仕切っていく者としての手腕の片鱗を、このデビュタントで見せなかれば納得もされないと。
ならばその、他者へ誇示するための“魅力”をどうアピールすればよいのか。
「……という訳で重要なのは『私達だからこそ』という事ね」
「私達……という事は、なにか前世──日本にいた時の知識とかですか?」
おぉ、なるほどそうきたのね。確かにそれは私達にとっての唯一無二かもしれない。でも、
「方向性はいいけど難しいわね。知識だけで多くの人に誇示できるような特技でもあれば別なのかもしれないけれど……」
「そうですか……。これといって特技みたいなこと私は……」
「私もよ……」
姉妹そろって軽くヘコむ。うーん……あまり厚みのない前世だったなぁ。でも私は20余年だしマリアーネなんて10数年だもんね。よし、気を取り直していこう。
「でも、そうなるとどうしましょう。着飾って、ただ普通に皆と話すだけではダメだと思うのよね」
「そうですよね……。あっ、私達が着るドレスってどんなのですか?」
「そういえば、どうなっているのかしら」
デビュタントで着るドレスというのは、今後の在り方を決めるとも言われる大事なものだ。デビュタントに費やされる費用のうち、特に大きなものは料理とドレスの二つ。この二つと立派な会場があり、初めてデビュタントの格が問われるレベルとなる。故に貴族たちは、庶民であればひと財産ともなる金額を一夜の為に費やすのだ。そんなデビュタントの華であるドレスが、今回は二着となる。今更だけど家の両親ってすごいなぁ。そんな事を頭の隅で考えていると、ドアをノックする音がした。
「レミリアお嬢様、マリアーネお嬢様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「は、はい」
了承の言葉を受けて開かれたドアの所に一人のメイドが立っていた。彼女はミシェッタといい、私が5歳の時に男爵家から行儀見習いとして家にやってきた。ちなみに彼女の妹リメッタも一緒にやってきて、ミシェッタが私専属となっていたので、リメッタがマリアーネ専属のメイドになった。
「お嬢様方のデビュタント用ドレスの採寸を行いたいのですが、今よろしいですか?」
「ええ、かまいませんわ。マリアーネも大丈夫ね?」
「はい、お願いします」
「わかりました。では失礼致します」
「失礼します」
そういってミシェッタに続いてリメッタも入ってきた。マリアーネはリメッタが行うのね。
二人はそれぞれ主人の傍へいき、メジャーを持ち出して採寸をはじめる。私の方は慣れたものだし、よく計っているのでまあ誤差確認のようなものだ。ちらりとマリアーネをみると、初々しい主従関係のようでちょいと微笑ましい。
「マリアーネ様、次は両手を横に伸ばして頂けますか……はい、少しそのままで」
「は、はい」
「ありがとうございます。では次は──」
私の方は特に言葉を交わさずとも順々に採寸をしており、視線だけじーっと隣をみてしまう。そんな感じでいる間にこちらは終わったようで、ミシェッタが話しかけてくる。
「リメッタが楽しそうで、私も安心しました」
「そうみたいね。まだ主従になったばかりだけれど、あの二人も仲良くなってくれたら嬉しいわ」
そう言ってミシェッタに笑みを向ける。私と彼女はもう7年の主従だ。その絆は信用しているし、なによりよき相談相手でもある。それは彼女も同じであるとの自負もある。
「大丈夫だと思いますよ。あんな風にすましてますが、昨日は『自分も専属メイドになれた』と喜んでおりましたから」
「あらま」
「お、お姉様、その話は──」
「そうなんですかリメッタさん!?」
突然の暴露話で、先程までの凛とした雰囲気がうせて慌てるリメッタ。だがその文句が言い終わる前に、自身の新たな主であるマリアーネの発言がかぶさってしまう。
「それは…………はい。大変嬉しく思っております」
「ありがとう! 私も嬉しいですリメッタさん」
「そ、その、私のことはリメッタと呼び捨てて下さい」
「はい、リメッタ!」
屈託ない笑みを向けられて、少し物怖じしながらもリメッタも採寸を終えた。だがその頬が少し染まっており、表情もどこか優しげに見えたのは気のせいじゃないのだろう。
「これで採寸は終わりましたが、お嬢様方はドレスの色の希望はありますでしょうか?」
「色?」
「はい。お嬢様方の個々の外見と、希望の色合いを吟味して、それに似合うデザインでドレスを仕立てますので」
そういうことか。でもまあ、私の場合はなんとなくだが決まっている。
「私はやはり『赤』かしら」
黒髪ロングで赤いドレス姿。これは『リワインド・ダイアリー』でのレミリアのメインビジュアルだ。ゲームに置いても彼女は赤いドレス姿が多い。だからという訳ではないのだが、レミリアには赤いドレスが何よりよく似合う。
「わかりました。ではそのように手配致します。マリアーネ様はいかがでしょうか?」
「えっ、わ、私ですか? うーん……」
そう言って悩み始めるマリアーネ。今彼女は淡いクリーム色のドレスを着ているが、彼女自身が金髪なのでちょっともったいない感じもする。というか、私の中ではマリアーネに似合うドレスの色なんて始めから一つしかないんだけど。
「私はマリアーネには『白』だと思いますわ」
そう言うと、三人の視線が私にあつまる。そしてメイド二人の視線はマリアーネの方へ向く。じっと凝視しているのは、今着ているドレスが白ならば……という図柄を思い描いているのだろう。
「白……いいかもしれませんね」
「はい。とても良く似合うと思います」
「でしょ? それでね、もし裾などに別の色を設けるのであれば、青系統なんてどうかしら? あ、私は黒を希望しますわ」
「いいですね、そういたしましょうか?」
「どうですかマリアーネ様?」
「あ、はいっ。レミリア姉さまのお奨めなら、是非ともお願いします」
そう言ってメイド姉妹にペコリと頭をさげる。
「マリアーネ、貴女はこのフォルトラン家の令嬢です。貴女の気持ちはわかりますが、すぐ頭を下げるのは控えなさい」
「あ、はい。すみません……」
「ほらまた。……もう」
「あわわ」
言った傍からまた油断……という感じで、速攻で頭をさげそうになるマリアーネ。本人的……というか、中の人的にはまだまだ日本文化気質が抜けないのだろう。仕方ないとはいえ、こればっかりは慣れてもらわないと。ちょっとだけ気落ちしているマリアーネに、そっとリメッタが寄る。
「大丈夫ですマリアーネ様。マリアーネ様のお気遣いはきちんと届いておりますから」
「あ……うん。ありがとう、リメッタ」
ゆるりと破顔してお礼を述べるマリアーネ。その姿は、どこか堂々としており、でもとても優しい雰囲気にあふれていた。
採寸に来た二人が退室し、再び二人で作戦会議的な続きをすることに。だがその前に、マリアーネが疑問をもったようで質問してきた。
「レミリア姉さま。先程のドレスの色ですが……どうして私に会うのが『白』だと思われたのですか?」
「ああ、さっきの? それはね『リワインド・ダイアリー』で──」
貴女がよく白いドレス姿を見せていたからよ、と言おうとして思考がとまった。この思考停止パターンを、最近私は何度か経験した。……そう、ゲーム関係の重要度が高い事柄を思い出す時だ。
今回の記憶を呼び起こすトリガーは、おそらくマリアーネと『白』の組み合わせ。でもそれは、普通に似合う服装というだけの話。ならば他にもそれを連想させる要素があるということ?
「レミリア姉さま? ……あ、また何か思い出しているのですか?」
横のマリアーネが何か言ってるようだが、よく聞こえない。今意識が記憶の呼び起こしに向けられているからだ。
マリアーネと白。マリアーネと白。マリアーネと……白……光? マリアーネと……光?
「あああっ!?」
「わ! ど、どうなさいましたか!?」
「思い出した! 思い出したのよ!」
「あうあうあう! おち、おち、おちついてくださ……」
思わず興奮してマリアーネの両肩を掴んでがくがく揺らしてしまった。まったく身構えてなかったマリアーネは目を白黒させている。ああ、ごめんごめん。
「思い出したわマリアーネ。貴女は光の聖魔力……『聖女』の資質を秘めているのよ!」
ばばーんと言い放つ私。これはかなり重要なファクターだと言える。なんせ『リワインド・ダイアリー』でレミリアがマリアーネに嫉妬し、嫌味な態度を取る理由の根源なのだから。勿論私はそんなことしませんけどね。
それにしても、そうかそうだったか。この世界では聖魔力を持つ人は少なく、その多くが“聖人”とか“聖女”とよばれ慕われている。これは凄いことだ、私は自分の事ではないのに、妙に興奮してしまっている。
そんな私の言葉を聞いたマリアーネは…………あ。なんとなくわかります。次に貴女が言う言葉はきっと──
「『せいじょ』って何ですか?」
……ホラ、正解ですよ。
前世ではクイズなんてまともに当たった事ないのに、なんでこんな時ばっかり当たるかなぁ。